第四十九話『いのちのおわり』
“名無しの大樹”、もとい“ラドの大樹”。
巨大で輝くそれは世界を浸蝕する
呪いに満ちた刃でありながら、
“現象”の竜の血肉と同じモノで出来ている。
なら、こちらも刃で対抗すればいい。
とびきり鋭くて、とびきり恐ろしくて、
とびきり優しい武器を突き立てればいいのだ。
『これは……。』
『あら、最高に“お似合い”の品
じゃなくって?』
ネェログシムが背負っていた包みから
取り出したのは、鈍く輝く刃を持った
とても鋭く、とても美しい剣だった。
そして開けられた瞬間、剣から
放たれたのは周囲の“現象”の竜達の鱗を
突き刺すような強い圧。
『“ラドの刃”、ですね。』
『圧凄すぎんだろ……お近寄りしたくねぇ。
おいネグ、オメェどこでこんな呪物
手に入れやがった!』
『……。』
ネェログシムが言うには、これは
各地の“現象”の竜に召集や
情報共有をしている時に預けられたらしい。
これを作成したのは鋼竜タィド。
『もしもの時の為に。』と手渡された時、
ネェログシムにはまだ
それの中身が分からなかった。
だが素直なネェログシム、とりあえず
渡されたので持って移動していたのだ。
『成る程、銛に使われた父の外殻と
己の外殻を合わせて鍛え直したか。』
『でも、これ僕らじゃ使えなくない?
柄を触っただけで肉が切れそう。』
タィドが作った“ラドの刃”は
作者の腕も、素材も一級品。
あの大樹に多大なダメージを与える事が
出来るのは確かだろうが、“現象”の竜達では
到底扱える品ではなかった。
『ジョン連れてくっか?
アイツならその剣余裕で使えるだろ。』
『人間では容易くあの樹に浸蝕されるぞ、
我々ですら若干気分が悪いというのに。』
『このまま樹を放置すれば生命が暴れ、
これから全ての“母と子”は死ぬ。
そして誰も生まれなくなり、
滅んでいくだけの世界になってしまう……
最終的に世界どころか、わたくし達も
作り替えられてしまうかもね。』
現在、竜域及び“ラドの大樹”周辺は
“現象”の竜以外いなくなってしまった。
危機を本能で察知した魔獣達は
四方八方に逃げ出し、竜域に近い領地を持つ
貴族達は押し寄せる魔獣による被害と
大樹の影響を考え、近いエリアの民に
避難を指示。
勿論シュラージュ領の一部や、
スノウ達が滞在していた領もそれに該当する。
『つまり、浸蝕されても問題のねぇ
お人間ちゃん連れてこればいいんか?』
『そんな人間いないでしょ……
ん、待って。
浸蝕されても問題のない人間……?』
シャルドームはネェロネペを見る。
正確には、ネェロネペにごりごりと
頬擦りされている自分の姪を見た。
まだ人間だが“現象”の竜への孵化が間近で
体内での準備は済んでいる為、
今回の浸蝕自体による身体への負担が少ない。
人間故に竜のような機動力は皆無だが、
父親のディルギーヴに乗り慣れており
障壁さえどうにかすれば、一気に
樹の近くまで近付く事も可能。
エトワスタやネゥロデクス、
そしてディルギーヴも同じ可能性に
辿り着いたのだろう。
一斉にシャーリーの方を見た。
「……え?」
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「良かったのか? ……行かなくてさ。」
『中途半端な僕じゃ、行ったとしても
戦力になれっこない。
だから、自分がやれる事は
全部アレに詰め込んだつもりだよ。』
竜域での騒動の最中、遠く離れた集落に残る
鋼竜タィドはルカの……番のベッドに
腰を下ろしていた。
何をするでもなくお互いの手を繋いで。
ルカの右手に握られた、
タィドの手は生傷だらけで痛々しい。
タィドはディルギーヴから
父コァドの外殻で作られた銛を渡された。
そして親子達を見送った後、
すぐに“ラドの刃”の製作に取りかかったのだ。
理由は分からない、ただ、
異様なまでの胸騒ぎがしたから。
竜の姿に戻り、己の外殻の一部を
無理矢理剥ぎ取る。
そして人型になって、傷の痛みに耐えながら
父と自分の鋼を混ぜ合わせた
あの剣を作り出した。
タィドという“現象”の竜により
丹念に仕上げられた“ラドの刃”は、
製作した者にすら容赦なく傷を付ける
出来栄えとなった。
本来なら役に立たない方が良い、
使わなければそれに越した事はない。
だが、胸騒ぎの通りに事件は起きる。
それを知らせてくれたのは
恩竜の息子、そして恩人の番である
黒い“現象”の竜。
戦いにおいて自分の無力さを
知っているタィドは召集を断り、
代わりに彼に剣を託した。
何か起きた時、少なくとも自分よりは
役に立つだろうから、と。
『きっと、あの剣を作った事は
無駄じゃなかった……そんな気がするんだ。
だからここで結果を待つよ、君と。』
「……そっか。」
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「あの、私本当に剣の腕がなくて……。」
『大丈夫、あの樹を斬り倒せって
言ってる訳じゃないわ。
その“ラドの刃”をぶっ刺してくれれば
良いだけよ。』
『そこに至るまでの道は我々が開きます。
せいぜいお嬢さんを振り落とさないように
努力なさい、ディルギーヴ。』
『その口無くしてやろうか?
……すまんなシャーリー。
我が全力でお前を守る故、頼む。』
エトワスタ達の話し合いにより
“現象”の竜達による攻撃で障壁を破壊し、
孵化間近だがまだ人間のシャーリーに
剣を持たせ、“ラドの大樹”の幹に
突き立てさせる作戦に出た。
障壁の中に入った者はいない為、
何がどうなるかは分からない。
なのでディルギーヴが背に乗せて
突っ込み、そのままフォローをする。
これが失敗した場合、時間が無いので
“現象”の竜総出の全力であの大樹の破壊を
しなければならない。
そうなれば暫く世界の天候や気候、
大地や海は荒れに荒れ、人間や他の生き物が
生きていくには厳しい世界になるだろう。
“ラドの大樹”の表皮はますます輝きを増し、
明らかに宜しくない今の状況を照らし出す。
『わたくしの合図で他の“現象”の竜達が
攻撃をして、障壁に穴を空けるわ。
そしたらディルギーヴがシャーリーちゃんを
乗せて大樹の近くまで飛んでいく。』
『頑張れよシャリ子、
何かあったら飛んでってやらぁ。』
「は、はい……。」
正直、剣を持ってもまともに振れず、
年月を経て何とか振れるようになっても
目も当てられないままだったシャーリーの
腕前に、世界の命運がかかっているのだ。
英雄の祖父や騎士団団長の叔父、
それに母なら……きっと凛と前を向いて
剣を構え、対峙しただろう。
だが時間も大樹もシャーリーを
待ってくれない。
『我がついている、気を負うな。』
『あはは、樹だけに?』
『……おい馬鹿姫、こんなので良いなら
嫁にでも婿にでもくれてやる。』
『ホント!?』
『軽口じゃん緊張する姪っ子を
落ち着かせようとする軽口じゃん!?』
『これはシャル次郎が悪い。』
『変な所でアホよな。』
『姪殿に謝れ。』
『バーカバーカ。』
『皆ひどくない!?』
“現象”の竜達はこんな時ものんきだ。
まあ、例えこの作戦が盛大に失敗して
奥の手の方を選ぶ事になっても、
荒れた世界でくらい、平然として
生きていられるからである。
全く緊張感の無い竜達の会話を聞き、
少し気の抜けたシャーリーは
早まる心臓を落ち着かせる。
手にした“ラドの刃”は重いが
辛うじて、振えない程の重さではない。
だが柄を握りしめた掌にピリピリとした
謎の刺激が走る。
もしかしたら自身の孵化が近くなり、
“ラドの刃”の効果が自身の身体にも
発動しかけているのかもしれない。
やはり、時間はもう残っていないのだ。
「お待たせしてすみません……行けます!」
『良い覚悟の目をしてるわね。
それじゃあ配置に着いて……
攻撃、開始ッ!』
エトワスタの咆哮と同時に
障壁の一点を目掛けて炎や水、
雷といった攻撃が鋭く飛んでいく。
攻撃が当たり発生した爆発により、
障壁と共にビリビリと大気も揺れていく。
その振動は遠く、王都にも届いていた。
爆発の煙を突っ切り、ディルギーヴは
障壁の中へ飛び込んだ。
「……!」
『やはり小賢しい真似を!』
しかし、ディルギーヴが大樹に
近付こうとした際、黄金の鱗が生えた
幹に巨大な赤い目が開いた。
その血のように赤黒い目がディルギーヴ達を
捉えると、突然地面から大量の太い根が
生えてきたのだ。
幹と同じように黄金の鱗が生えた根は、
決して近付けさせまいとディルギーヴ達に
襲い掛かる。
『チッ!』
『お兄ちゃん達!』
『シャリ子!』
『なぁう。』
『お待ちなさいネェロネ、ペ……
あぁ、全くあの子は。
……エトワスタ姫、障壁への攻撃を
もう一度行いましょう。
根を操る力も、障壁を貼る力も
あの大樹から出ているはず。
ならば、障壁への攻撃で多少は
根の動きを鈍らせる事も出来るのでは。』
『分かったわ、ネゥロデクス。
貴方達、聞いてたわね!!!!』
閉じかけの穴に咄嗟に飛び込んだのは
シャルドームとネェロネペ。
……と、ミシケロトクラロ。
影を操り、死を爪に纏わせながら
根を攻撃していく二頭の隙間を器用に
縫いながら、気ままな猫はどこかへ
消えてしまったが。
外の面々もエトワスタの声に応じ、
もう一度障壁へ攻撃を行った。
確かに障壁へのダメージからか、
根の動きが少し鈍る。
だが、幹を守るように張り巡らされた根を
突破するにはまだ足りない。
「お父様、大丈夫ですか!?」
『問題ない!
それよりお前の身体は無事か?』
「はい!」
シャーリーの身体は、命竜の浸蝕により
猛スピードで孵化が迫って来ている。
剣を持つ手の痛みも鋭くなり、
まるで刃先を掌に押し付けられているような
痛みが走っていた。
『離せっつっとんじゃゴラ!』
『払っても払ってもキリがないなぁもう!』
根元ではシャルドームとネェロネペが
纏わりつく木の根を切り払うが、
地面から溢れ出る根は終わりが見えない。
あまりにも強力な攻撃を行えば
世界が傷付き、しかしこのままでは
ディルギーヴ達が只では済まないだろう。
エトワスタが両親や自分も、この攻撃に
加わるべきかと悩んでいる時の事だった。
『グォオオオオオオオオオオオオッ!』
「!?」
『なっ、あれは……。』
強大な咆哮と共に、強大な存在が現れた。
この世の全てが見上げる程の巨体。
“ラドの大樹”よりは小さいものの、
あまりにも大きすぎる“最高峰”。
突然現れた比例なき最高峰、
山竜ヅォーガンが峰のような片腕を
持ち上げ、障壁に思い切り叩き付けたのだ。
能力を使わない只の叩き付けであったのに
障壁はバリバリと壊れ、金色の欠片が
空から振り落ちる。
“現象”の竜達も、シャーリーも。
ヅォーガン本竜以外が目を丸くした。
あの巨体がどうして突然現れたのか、
そもそも、あのヅォーガンが何故
助太刀をしに来てくれたのか。
ヅォーガンによる攻撃により
障壁はものの見事に木っ端微塵になった為か、
幹に生えた巨大な目からは赤い涙のような
液体がドロリと溢れ出ていた。
そして障壁を再び貼り直す為に
木の根へ回されていた力が分割される。
見て分かる程に根の動きが遅くなった今、
このチャンスを逃す訳にはいかない。
『今だシャリ子、行けぇ!』
『殺っちゃえ二人とも!』
『わたくしが許すわ!!
仇を取っておしまいなさい!!!!』
『突っ込むぞ、掴まっておれ!』
「はい、お父様!」
後ろに控える“現象”の竜達の声援を受け、
ディルギーヴは一気に幹に迫った。
血の如き赤い目が、至近距離で
シャーリーを見つめる。
敵意も害意も持たず、ただただ
死んでいるだけの亡骸の目。
あまりにも温度の無い、ゾッとする目を
シャーリーは怯みながらも睨み返した。
そして剣の柄を一際強く握る。
掌を切り付けられたような激しい痛みが
走ったが、気に止めず突き刺そうとした、
その刹那。
「……っ、え?」
『なっ、おい、シャーリー!?』
シャーリーの身体が勝手に動き出した。
ディルギーヴの背中から飛び上がり、
突きの姿勢ではなく、思いっきり
剣を振りかぶったのだ。
流れるような身体の動きは明らかに
玄人のそれで、シャーリーの
モノとは全く違う。
何かに取り憑かれたというより、
身体を外から動かされているような。
だが、無理矢理身体を動かされているにも
関わらず違和感がほとんどない。
ふいに、自分のうねる闇色の髪に混ざって
さらりとした茶色の透けた髪が視界に入った。
自由に動くと気づいた首をそちらに
向けると、そこには。
「……お母様?」
長いストレートの茶髪を
赤い薔薇の髪飾りで一つに纏め、
鋭い緋色の目を湛えた半透明の女性……
血薔薇のローズ・アーヴェンが
娘であるシャーリーの姿勢を支えていた。
『……ローズ。』
ディルギーヴの目もローズの姿を捉えた。
そよ風にすらかき消される小さな声で
名前を呼ばれたにも関わらず、
己が番を興味なさげに一瞥をして
血薔薇は、また大樹に向き直る。
ああ、死んでもお前は変わらないのか。
その傲慢さ、美しさ。
どれだけ経っても変わらず愛おしい。
シャーリーはローズに言いたい事や
伝えたい事が山程あった。
ローズへの逆恨みで受けた嫌な出来事、
シュラージュの家族やようやく会えた父の事、
そして、命を懸けて産んでくれた事への感謝。
でも母の事だから、きっとこっちの事なんて
興味も何もないのだろう。
だから何も言わず、
ただシャーリーは身を任せる。
「……いきます!」
もう“ラドの刃”による手の痛みも感じない。
シャルラハロート・アーヴェンは、
思い切り大樹を断ち斬った。
およそ千年の長きに渡りリュゼーヌ王国を
真っ二つに分けていた“名無しの大樹”。
その樹はこの日を境に、綺麗さっぱり
真っ二つ、縦に切り裂かれてしまったのだとか。
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『命は重い、から、潰れてしまう
軽く、すれば、捨ててしまう
だから私は、私、は……』
『にゃぁん。』
『……ひどいなぁ、『頑張ったね』、なんて
そこは、……叱って、ほしかった
ひどいよ、優しくて……ひどいね……
ごめんね、ねえさん。』




