第四十五話『命は黄金、死は漆黒』
『命竜ミャウメインは
千年前に死んだのではなかったか。』
『正確には、ミャウメインの魂を
一万個に分割した内の一つがこの私。
貴方達が死んだと思い、埋葬したのは
私の脱け殻……いわば脱ぎ捨てた
服のようなもの!」
「魂を分割……?」
『そのまま他の生き物の群れに
潜り込んでも良かったのだけれど、
それだと核を見ればバレてしまうから。
だからミャウメインは魂を細かく分けた。
“現象”の竜よりか弱く、愚かな存在に
なるように切り分けて肉を付け足した。
聞いた事ないかしら。
「悪女は金色の髪をしている」とか
「赤い目の女には気を付けろ」、とか!」
「それは……。」
『千年前から世界各地に散らばり、
人間の群れに潜り込んだ私達。
でも嘆かわしい事に、分割された
個体の中には“目的”ではなく、
己の欲望にのみ走る個体も多く出ました。」
過去のリュゼーヌ王国や島国メェルで
言い伝えられてきた諺は、
命竜の魂を分割された個体達による
騒動が原因だったらしい。
しかし、ここ最近でも金の髪に
赤い目の“悪女”の話をいくつか耳にした。
と、言う事は。
「では、北国サフィの反乱の原因や、
メェルで起きた海竜襲撃の犯人は……!」
『ええ、“目的”の為に潜り込んでいた
個体によるものです。
でも、詰めが甘い個体だったみたいで。
この私のように特別製であれば
死ななくても済んだのに!
他の分割された個体とは一味も二味も違い、
目的を果たす為の司令塔なのだから。」
『目的、か。
どうせろくでもなかろう。』
命竜ミャウメインは魂を分割したのだと言う。
何の目的かは分からないが、自らの肉体を
捨て、死んだ事にしてまで行いたかった
何かがあった。
「そもそも、魂を分割なんて
出来るのですか?」
『我は出来ん。
だが命を司る命竜なら可能であろう。』
『正確には私ともう一頭。
死を司る、死竜なら可能なのよ。」
『……。』
『うふふ、何をそんな睨むの?
貴方も番に魂を分けたというのに!」
「ッ、キャァアッ!」
『私は貴女と違い、
番の為だけに行いました。
千年前、私の番を……貴女が殺したのだから。』
死竜の金色の目が最大まで開かれると、
今度はメリイの身体が爆発したかのように
吹き飛んだ。
そしてまた新しいメリイが現れ、
シャーリーの悲鳴など気にせずに
肉片でぐちゃぐちゃになった玉座に座る。
メリイを憎々しげに見やるネゥロデクスの
番であるトーマスが、千年前に
殺されていたとはどういう事なのだろうか。
シャーリーが会って話したトーマスは
至って普通の人間だったというのに。
『さっきから言っているように、
私達には目的があります。
それを叶える為に、“現象”の竜の番で
とある実験をしようとしたのです。
その頃にはもう、こっそりと
カラスの浸蝕を進めていたから
堂々とね、ネゥロデクスの番を拐ったの!
だけど、“強め”の実験をしたら
すごく簡単に死んじゃって……。
まだ番としては未完成だったのね。
嵩張るし邪魔だから、手足や頭を
バラバラにして麻袋に入れて、
元の場所にポイっと捨てたのだけど。」
そう笑いながら吐き捨てたメリイが
ぐちゃりとまた死に、新しいメリイが現れた。
ネゥロデクスは到底、家族には
見せられない形相で玉座を睨み付ける。
普段の余裕を含んだ笑みは消え、
瞳孔は極限まで開き、口からは
獣のような唸り声が絶えず漏れている。
『勿論、命竜とはいえ命を扱うのは
代償や枷が伴うものよ。
現に、ミャウメインは〖何かを殺したら、
その何かを増やさなければならない〗
制約があった。
その逆で、死竜たる貴方にも制約がある。
〖何かを生き返らせるなら、
その何かを減らさなければならない〗。
だからネゥロデクスは戦争派に
鞍替えしたのですよね?
手っ取り早く、誰からも咎められず
多くの人間を殺せるように。
愛する相手の為に、あそこまで必死になる
ネゥロデクスは本当に面白かったわ!
この澄まし顔の死竜が絶望した顔!
ディルギーヴなら、それにどれだけの
価値があるか分かるでしょう?」
『……普段ならば大笑いしてやったとも。
だが、番を失った末の選択が
それだったのならば責める気にはならぬ。』
現在、トーマスが生きてネゥロデクスと
共に暮らしているのは、魂の分割が
成功したかららしい。
ネゥロデクスは殺された番を
生き返らせる、つまり己の魂を一部
分ける為に戦争派に変わったのだという。
確かに当時、個の理由で人間を表立って
殺せばエトワスタや他の竜とも
本格的に敵対する事になっただろう。
だからこそ自身の信念を曲げてまで、
戦争派に変わったのだ。
『貴様が狂っておるのは十分に理解した。
そろそろ語ってもらおうか、
貴様の目的とやらを。』
『ふふ、そんなに大袈裟な事じゃないわ。
ただちょっと……
世界を滅ぼしたいだけで。」
「……せ、世界を、滅ぼす?」
『殺れ陰湿ガラス。』
『言われずとも。』
何でもない事のように、
〖世界滅亡〗が目的だと言ったメリイ。
あまりのスケールに呆然とする
シャーリー、メリイを殺すネゥロデクス。
ディルギーヴは胡乱な目を、再び現れた
メリイへ向けた。
『まぁまぁ、お話は最後まで聞いてよね!
私達の目的は、命竜ミャウメインの
抱いた願いなのだから。」
『そこにどう、我の番や此度の事件が
関係すると言うのだ。』
『関係大ありですよ!
時間はたっぷりあるし、まずは
ミャウメインがどうして世界滅亡を
願ったかをお教えしましょう。
命竜ミャウメインは、貴方方が
知っている通りの竜でした。
大人しく穏やかで、全ての命を愛している。」
メリイは芝居がかった仕草で語り出す。
生命という“現象”を司る黄金の竜は、
本来であるならば、メリイのように
嬉々として誰かを傷付ける個体ではない。
緩やかに、この世界に生まれた命を
平等に愛し、守り、見守っていた古き竜。
虫であろうと人であろうと竜であろうと、
ミャウメインは愛している。
『だからこそ謎だったの。
ミャウメインが多くの命を生み出す度に、
それらは醜く争いあって消えていく。
平等なはずの命に優劣をつけ、
子供がアリを踏み潰して遊ぶように
殺してしまう。
全ての命を平等としてしか見られない
ミャウメインにとってそれは、
理解しがたい苦痛でした。
だから今度は増やす数を減らしてみても、
早く朽ち果てて死んでいく。
二つにしても争い合い、
一つにすれば孤独に死ぬ。
区別され、奪われ、殺してしまうくらいなら。
命竜ミャウメインは、全ての命の為に
全ての命に滅ぼします。
虫も、人も、“現象”の竜も、世界も。
何も無ければ何も起こらないでしょう?
争いにより誰も泣かない。
区別により誰も飢えない。
誰かの為に誰かが傷付かない。
死んでいるから誰も死なない。
私達は、全てを救う為に、
普く全てを消し去る為に。
その為だけに生きています。」
しかし命竜たるミャウメインは
世界を滅ぼせない。
世界を滅ぼさないように生まれもって背負う
制約により、命を奪えばそれの何十倍もの数を
増やさなければならないからだ
だから、かの竜は命を分けた。
制約を背負える程の重さを切り分けて、
脆く、か弱く、制約をすり抜ける軽さにまで
己を堕とした。
『惨めよな。
他者など放れば良いのに、
自らを狭小な存在にまで堕とすとは。
世界を滅ぼす等不可能よ。
“現象”の竜の中で、貴様の愚かな妄言に
耳を貸す者がおるものか。』
『えぇ、だからバレないよう
わざと死んだ事にしたり、ネゥロデクスの
カラスを浸蝕したりしたんじゃない。」
争わないよう、従順になるように
頭を弄くられたトカゲ人間達。
彼らはメリイ達分割した個体の
指示に従う操り人形だ。
『そうそう、シャルラハロートさん。
貴女を連れてこようとした時、
最初はそこら辺にいた浮浪者にお金を渡して
使ったのだけど、辺境騎士団の人に
阻止されちゃって……
だから二回目からは、仕方なしに
トカゲ人間を使ったわ。
そろそろ準備が整ったから、
“現象”の竜狩りにだけじゃなく
小間使いとして外に出してみたのよね。」
「どうして、私を……?」
『貴女はエラーの結果。
すごく貴重だったから、ぜひ直接調べたいって
研究の私が煩かったのですよ。」
『エラー、だと?』
ディルギーヴは何が起きても守れるように
シャーリーを抱き寄せる。
メリイが口を開き、親子へ声をかける前に
入口付近から別の声がした。
「本来なら、母子共に死んでいた。
だが彼女だけが生き残った……違うか?」
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『では早速、貴方に
色々していきたいと思います!
久しぶりだから手が震えますね……!
最初は加減を間違えて殺しちゃったし、
二回目はエラーが起きちゃうし。
今回は十分に浸蝕が進んだ番ですから
あれもやってこれもやっ
「はぁい先生、ご機嫌いかが?」
「……よく入ってこれたな。」
「最初から無いなら無理だけど、
扉と窓があるなら密室なんて無いんだよぉ。」
「しかし容赦がないな。
手慣れ過ぎているのも気になる。」
「気にしない気にしない。
あとね、助っ人が来てくれたよ。
ニゥちゃ~ん、もういいよ入っといで。」
『……ジョー、悪いやつ、やっつけた?』
「ニゥちゃんがお部屋の外を
見張っててくれたお陰でね。
よしよし、ありがとねぇ。」
『ふへ、ふへへ……!』
「ふむ、これからどうしたものか。」
『あの、ね。ニゥね。
ネネちゃんとか、と、いっしょに、来たよ。
ネネちゃんは、どっか、行ったけど、
たぶん……あとから、来る、シャーリー……
ここのどっか、いる。』
「あ~ら、あのお嬢ちゃんも来てるんだぁ。
……なんで?」
「……ローズ・アーヴェン、やはり。
あの患者もアーヴェン姓だったと
言う事は親子か。
であればおそらく親玉の所にいるだろう。
行くぞ。」
「えっ、おじさんも?」
『ジョー、シャーリーんとこ、行こ?』
「あ~、う~ん……えらく懐いちゃったねぇ……
は~い分かりました分かりました。
おじさんも行きますよって。」




