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第五話『Lv.1の父娘』





「お嬢様、おはようございます。」


「……おはようございます、エマ。」



朝、いつもの様にエマに起こされた

シャルラハロート。

普段、寝起きは良い方なのだが

今日はどこかぼんやりとしている。

エマに促されるまま鏡台の前に座り、

長い髪を優しく梳かされる。



「昨日、色々あったせいで

寝れませんでしたか?」


「……うん、色々考えちゃって

寝付けなかったんです。


初めて会ったお父様の事とか、

お母様の色々とか……。」



祖母達は寝れたのだろうか、自分の事で

手を煩わせてしまい申し訳なく思うのだが、

まだ未熟な自分が参加しても意味は無い。

ほんの少しの悔しさを感じながら、

シャルラハロートはエマに身を任せ、

身支度を整えた。



「そういやお嬢様、お客様が来てます。」


「お客様?お祖母様達にじゃなくて?」


「お嬢様の準備が終わるまで、部屋の前で

待ってて下さいってお願いしたので、

開けたらいると思いますよ。」ガチャッ


『……』


「ヒャッ」



どうやら扉の前でずっと立っていたらしい。

不機嫌な顔をした大柄な男が、

シャルラハロートを睨み付けていた。

いや、鈍色の目に怒りの感情は見られない。

顔が元々怖いだけなのだろうか?


よくよく見れば辺境伯一家とは違ったタイプ、

雄々しさのある整った顔立ちをしており、

無造作に伸ばされた髪はシャルラハロートと

同じ、闇のような深い紫色。

つまり昨日、嫌と言うほど見た

配色をしている男が腕を組み、部屋の前で

仁王立ちをしているのだ。



「……お父様?

でも人間、ですけど……?」


『あの姿では目立つだろう、

窮屈だが背に腹は代えられん。』


「朝イチで門の前に来てたんです。

門衛のおじさん達もビックリしてました。」



急に竜を名乗る男が現れても

普通の人間は困惑するだけだろう。

それでもちゃんと確認して対応する辺り、

辺境の地でしごかれた優秀な人間達である。

それより、常識破りだったローズのせいで

驚きに慣れてしまったというのも

あるかもしれない。



『我も、本当はここまで

早く来るつもりなど無かったわ。

……しかし。』


「何かあったんですか?」


『身内に連絡を取ろうとしたのだがな……。

巣におらなんだ、どうやら別の場所に

越したらしい。』



ただでさえ不機嫌そうな顔を

さらに歪ませて、ディルギーヴは唸る。



『我が眠っている間の事を

聞いておきたかったのだが……。』


「身内という事は、お父様のご兄弟ですか?」


『まぁな、弟だ。

お前にも近い内に会わせよう。』


「はいはい申し訳ございません!

積もる話はあると思いますけど、

とりあえずお嬢様は朝食に行きましょう。」


「あっ、そうでした……!

お父様はもう朝食はお取りに?」


『我はあまり物を食わんのだ。

終わるのを中庭で待っていよう。』



ディルギーヴはそう言って

シャルラハロートの部屋の窓を

思いっきり開けると、そのまま中庭へ

平然と飛び降りた。



「おい、窓から人が落ちてきたぞ!?」

「この光景、見たのはローズ様以来だぁ。」

「ローズ様はお説教から逃げる為に

毎回、窓突き破ってたもんね。」


『邪魔をする。』


「誰!?」



問題児が引き起こしたトラブルを懐かしんだり、

知らない人間(竜)が降ってきて困惑する庭師達。

その声を聞きながら、シャルラハロートは

エマと顔を見合わせた。



「お、お父様って……

お母様と思考も似てるのかしら。」


「……言わせていただきますと、

ローズ様より大人しいですよ。

お嬢様のお父様は。」



当時まだ幼かったとはいえ、

エマはシャルラハロートと違い

最盛期のローズ伝説を直接見ていたのだ。

忘れたくとも忘れられない

インパクトの連続を思い出しながら、

優秀な侍女は遠い目をしていた。


















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『ここは……我がお前と会った場所か。』


「私、ここが好きなんです!

街が全部見えますでしょう?」



朝食の場で、ヴィレネッテから

「夕方まで親子水入らずで

過ごしてはいかが?」とシャルラハロートは

提案された。


「ありがとうごさいます!」と

二つ返事で頷いたものの、問題は

どうやって過ごすかだった。


まだ大々的に親子と言えないので、

街中を歩いて好きな屋台や食べ物を

ディルギーヴに紹介する事は出来ない。

城の中で話しているだけでは

単純につまらない。


なので、シャルラハロートは

あまり人のいないお気に入りの場所へ

ディルギーヴと向かう事にした。

目的地は日課の散歩の終着点、

つまり昨日、親子が初めて出会ったあの丘だ。

勿論、いつもとは違う裏道を通って、だが。



『随分と……栄えている。

千年前とは大違いだな。』


「お祖母様やお祖父様、それから

伯父様達が先頭に立って発展し続けてきた、

自慢の故郷なんですよ!


それに……お母様の故郷でもありますから。」


『そうだな、人だからこそ作れる見事な街よ。

我等“現象”の竜では作れぬ部類の

美しさだ。』



見て欲しかったんです……と街を見ながら

呟いた娘をしばらく見つめた後、

ディルギーヴは黙って同じ様に街を見下ろす。


隣に立って街を眺めるディルギーヴも

きっとローズとも来たかっただろう。

だってシャルラハロートもそうだから。

まあ、あの血薔薇が大人しく景色を

見ていられるかは疑問であるのだが。


それからはお互い無言で、

静かに美しい街を見ていた。



「……あっ、スノウお姉様の馬車!」



城から出てくるのは王家の紋章が入った

豪華な馬車。

王都へは馬車でここから2週間もかかる。

次に会えるのは王都で行われる

彼女の結婚式でだろう。

シャルラハロートは小さな馬車が

見えなくなるまで、優しい従姉妹に

ずっと手を振り続けた。



『随分と懐いているのだな。』


「……スノウお姉様もですけど、

ここの皆は私に優しいですから。」



外に比べれば、いや比べるまでもなく

シュラージュはシャルラハロートの天国だ。

一歩外に出た瞬間、晒された悪意を思い出して

無意識に手を握り締める。



『……人間は完璧ばかりを求める。

完璧なモノなど無いというのに、

少しでも欠けたと感じたモノを杜撰に扱う

愚かな生き物だ。


例えこの場所がお前に優しくとも、

親がいない故、かかった苦労もあったろう。

……不甲斐ない父で、すまなかった。』


「大丈夫です! 確かに小さい頃は寂しくて、

この丘から“お父様とお母様のお馬鹿ー!”って

よく叫んでましたけど。」


『申し訳ない。』


「それに……」



今思えばとんでもない事だったと思う。

ただ、叫んだら「俺もそう思います!」

「ローズ様冗談抜きで怖かった!!」

「成り行きで店壊されました!

新しいの建て直してもらったけど!!!!」

とか街から大声が聞こえて来たのは

懐かしい思い出だ。


それから各人思いの丈をぶつけるようになり、

最終的にエマの冗談による

「お給料上げて下さい!」で本当に

給料が上がってからは止めた。

(もう十分貰っている、これ以上は…と

城の使用人一同が怯えてしまったので)



「お父様がいない事より、

お母様関連の逆恨みばかりで

嫌な目に遭ってましたしね!」


『ローズ……。』



竜も頭が痛くなるらしい。

ディルギーヴは己の番の破天荒さを再確認し、

思わず眉間を押さえた。

しかし娘が遭った「嫌な目」を確認する方が

先決だと思ったのだろう。

眉間を押さえたまま、シャルラハロートに

問いかけた。



『嫌な目、とはどんな事があったのだ……。』


「そうですねぇ……十一歳の時、

王都の学校に体験入学……

あ、リュゼーヌ王国の王都にある学園では、

入学する前に一週間だけ学校生活を

事前体験するんです。


家を離れて寮生活になる生徒も多いので、

慣れておくという配慮だそうで。」



教育に力を入れるリュゼーヌ王国には

多くの教育機関があり、他国からの

留学生も多い。

そして基本的に、王国の貴族の子供は

領地ではなく王都にある学園のどれかに通う。

王都から離れた領地の貴族でも、

学園で様々な人脈を作る事が出来る学園は

貴族社会において重要だ。



「お母様に昔、ボコボコにされた?方の

ご息女が同じクラスにいらして。

私が暇な時に読もうと学校に持ち込んだ

本にインクを……」


『滅ぼすか、其奴の一族。』


「滅ぼさないで下さい!

あの本はお借りした物で、

本来の持ち主の方が犯人さんに

それはもう怒って、はい……。」


『そうか、気持ちが変わればいつでも言え。』


「変わらないので大丈夫です……。」



ローズと三日三晩戦い続けられる竜なら

確実に有言実行する。滅ぼせる。


娘に宥められて一旦は落ち着いたが、

「結局王都の学校に通わず、家庭教師を

つけてもらう事になりましたが」と

ほんの少し寂しそうに笑う

シャルラハロートを見たディルギーヴは

どす黒いオーラ、もとい闇を纏い始めた。

このままだと貴族名鑑から、

一つの家の名前が消えるかもしれない。



「他には、あ、去年の出来事ですけど……


お祖母様のご友人が主催したお茶会で、

婚約破棄されました!」


『婚……約?

待て、お前に婚約者はいなかったのでは。』


「はい、いません。」


『いないのに、婚約破棄か?』



シャルラハロートには、後見人に

名乗り出てくれている上位貴族がいる。

母親関連の知り合いなのだが、恨むどころか

夫婦でシャルラハロートを気にかけてくれる

良い人達なのだ。


婚約破棄を叫んだ子息の家は、どうやら

そちらとの繋がりが欲しかったらしい。

母親から口酸っぱく「あの令嬢に

気に入られなさい!」と言われた子息は

どこをどう勘違いしたのか、

シャルラハロートを婚約者だと思い込み、

「お前みたいな悪名高い女と結婚しない!

婚約は破棄だ!」と宣言した。


それもお茶会のど真ん中、公衆の面前で。


悪名高いのはシャルラハロートではなく

母親のローズだが、子息は好みではない

令嬢と結婚したくないので必死らしい。


次々と並べ立てられる、

シャルラハロートの容姿の否定。

「目つきが悪い」だの「髪がボサボサ」だの

好き勝手に言っていた。

だが、父を知った今なら言える。

両親共に凶悪な目つきなので

シャルラハロートのつり目は可愛い方だし、

どれだけケアをしてもピョコピョコと

跳ねる髪は父からの遺伝である。

(ローズは髪まで剣なんじゃないかと

言われる程真っ直ぐなストレートだった)

短くてちょっと太め、キリッとした眉毛は

母というか、祖父からの遺伝だ。


子息の戯れ言を共に聞く、付き添いの

ヴィレネッテは笑っているようで

全く笑っていなかったし、

シャルラハロートの後見人も

同じ顔をしており、つまりとても怒っていた。


シャルラハロートとしては、

それ以来シュラージュの外へ出る事を

止めたので、とんでもない2人から

睨まれる事となった子息が

どうなったのか知らない。

少なくとも、子息の父親は顔が

真っ青だったし、母親は泡を吹いて倒れた。

本当にあの後どうなったのだろうか。



『……は?』


「大丈夫です、大丈夫ですから!」



我が子を襲った理不尽を聞き、

益々闇があふれ出るディルギーヴ。

これはまだ一部なんですけれどね……と

思いながら、シャルラハロートは

口をつぐんだ。


これ以上言ったらディルギーヴは

本気で全員消しに行く。黙って正解である。

とりあえず話を変えようと、違う話題を

振る事にした。



「あの……私は本当にお父様の娘なんですか?

“現象”の竜の話は全然聞いた事が無いので、

なんだが実感が無くて。」


『そうだな、まだ自覚は無かろうよ。


……本来なら昨日、お前に

告げておくべき事だったのだが。』



ディルギーヴは眩しいモノを見る様に、

目を細めてシャルラハロートの顔を見る。


突如、立っていられない程の

強い風が吹いた。

風にあおられて体制を崩した

シャルラハロートをディルギーヴは

引き寄せる。

風程度では微動だにしない竜は

胸元に寄せた己が娘へ、残酷な言葉を放った。



『我が娘、シャルラハロート

……お前はいつか、竜になる。


人間である事を、

手放さねばならん日が来るのだ。』















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「チッ、風が強すぎて

何言ってるか分かんねぇわね……。

まあ読唇術使えば問題ないけど。」


「あのさエマ、盗み聞きなんて良くないぜ?」


「盗み聞きじゃなくて護衛任務の一環です。

仕事でもないのに盗み聞きしてるのは

アンタでしょうが、ジェイズ坊っちゃん。」


「坊っちゃんは止めてくれよ……

同い年なんだから。」


「うるさいんですよ、婚約解消4回連続男。」


「俺は悪くないだろ!相手にもっと良い、

更に言うなら国の為になる縁談が

舞い込んだんだから!」


「だからうるさいって言ってるでしょう?

黙らせますよ、暴力で。」


「仕えてる家の人間に暴力を

振るおうとするな!


……あーあ、もうここまで来ると

誰も嫁いでくれないんじゃないか?

スノウに子どもが三人以上生まれたら

一人、養子に取ろうかな……。」


「むしろ、婚約したら良い縁談に恵まれるって

釣書がドンドン来てるのでは。」


「婚約解消が前提の婚約を、

辺境伯家の人間として受ける訳には

いかないだろ!


はぁ、いっその事……エマが俺と

結婚してくれよ。」


「は?嫌ですけど。


馬鹿を言ってないで、

さっさと仕事に戻ったらどうですか?

未来の辺境伯、ジェイズ・アーヴェン様。」


「……ごめん。」





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