第四十四話『王座の間』
薄暗く、薬臭い実験室。
エドガーはそこで目を覚ました。
椅子に座らされた形のエドガーの手足は
手錠のようなもので拘束され、
動く事が出来ない。
特に焦る事なく周囲を見渡せば
多くの実験器具や無造作に置かれ、
床にはそれらによる“実験結果”が
散乱している。
正直、見ていて気持ちの良いものではないが、
何をされた結果そうなったのかを
見極めるように、床の残骸を凝視する。
『起きましたか、おはようございます!
その椅子の寝心地はどうでした?」
「特に言う事はない。」
『それは良かった!
貴方は大切なモルモットですから、
過ごしやすい環境をご提供します。」
この部屋の主らしき女性が、
エドガーが目覚めた事に気付き声をかけた。
金髪の女はにこやかに、
無表情のエドガーへ近付いてくる。
『私はチノ、そして貴方は記念すべき
千体目のモルモットです!
ようこそ、エドガー・ラストラリーさん。」
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ディルギーヴと共に旧王城へ向かった
シャーリー。
旧王城に近付くにつれ、地面には
トカゲ人間の死体が多く転がるように
なっていく。
ぐちゃぐちゃで原型を留めていないモノも
あれば、己の首を鋭い爪でかきむしって
死んでいるモノもいる。
「……。」
『見たくなければ目を瞑るが良い、
誰もお前を責めはせぬ。
……相変わらず、悪趣味にも程があるな
あの陰湿粘着ガラスは。』
呆れたようなディルギーヴの言い方から
察するに、ネゥロデクスが殺したのだろう。
旧王城までを彩る死体の花道の上を通り、
目的地の入り口に降り立つ。
贅の限りを尽くした装飾が施された扉に
人型に戻ったディルギーヴは手を掛け、
ゆっくりと開く。
惨状としか言えない外とは違い、
中は何事もなかったかのように
しんと静まり返っている。
血の汚れもなく、部屋も荒れていない。
だがメリイ・アルサフがここにいる以上、
ネゥロデクスも辿り着いているはずだ。
トカゲ人間からの襲撃に注意しながら、
ディルギーヴとシャーリーは
メリイがいる場所を探していく。
「メリイさんがいるのは
どこでしょうか?」
『人の気配がするのは向こうと……下だな。
だが死竜の圧は向こうからだ。』
ディルギーヴが指差したのは
大きな中庭を抜けた向かい側の建物。
ここに出発する前、エマから渡された
旧王城の図面を広げて確認する。
「向こうは……玉座の間と書いてあります。
でも、地下に誰かいるなら
先に助けるべきでしょうか?」
『……問題無い、“適任”がいる。
それに、メリイとかいう女に
ローズの死の真相を吐かせるのが先だ。』
そう言ってディルギーヴは
シャーリーの腕を取り、玉座の間に向かう。
“適任”が誰なのかは分からないのだが、
ここは父の判断に従うしかない。
腕を引かれるまま、父に着いていく。
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「過ごしやすい環境とはよく言ったものだ。
足の踏み場もないくらい、
実験結果が転がっているじゃないか。」
『ぜーんぶ、失敗作なのでご安心下さい!
捨てる先がゴミ箱か床かの違いです。』
エドガーとチノの足元に散らばるのは、
見るも無惨な生物達のミイラだった。
蛇や虫、ヤギといった様々な生き物の
死骸が無造作に置かれている。
……が、正直エドガーもネェログシムが
いなければ、これぐらい診療所を
散らからせているのだが。
「失敗作……か。
確かに、蛇から角が生えていたり
ヤギの顔に金色の鱗が見られるな。」
『ええ、“番”化を人工的に
引き起こせないか実験したんですよ。
結局は肉体が変質するだけで
失敗しましたが、それを応用したのが
あのトカゲ人間達です!」
「ほう。」
チノは胸を張り、エドガーに
自身の実験を語る。
“現象”の竜の浸蝕により成る番を、
人工的に作ろうとした、と。
結局は失敗に終わったが、副産物として
トカゲ人間の作成に成功したのだと。
そのトカゲ人間に、ここへ誘拐された
エドガーは何とも言えない。
番が持ち込んだ“ラドの刃”を調べている
最中に、突然拐われたのだから。
『ですがトカゲ人間ちゃんは最初、
言う事を聞いてくれない悪い子ばかりで……
仕方ないので、脳も調整して大成功!
驚異的な身体能力と従順さを
兼ね備えた、優秀すぎる捨て駒に
生まれ変わったのです!
現在、この都市の住民達のほとんどが
トカゲ人間になっていると思いますよ?
まあ、下準備の浸蝕に
二十年かかりましたけど!
そこはこれから要改善です!」
「……下準備の浸蝕と言ったな。
君は“現象”の竜なのか?」
『いいえ?
“私”は違います。」
首都の住民を襲った悲劇の原因だと
思われるチノは平然と言い放つ。
犠牲者達を弔うどころか、
面白そうに笑っているのだ。
エドガーは、チノが言った「トカゲ人間を
作るための“下準備”」について引っ掛かった。
“現象”の竜が引き起こす浸蝕がそれだと
言うが、チノ自身は“現象”の竜ではないとも
言った。
『さて、“現象”の竜について詳しい
エドガーさんはご存じかと思いますが。
番……特に他種族の番は
とっっても珍しいんですよ!
だから久々に実験出来るなんて
嬉しくて嬉しくて!
前回の個体、直接弄っちゃダメでしたしぃ。」
「前回?」
『はい、前回。」
楽しそうにメスや注射針など、
ガチャガチャと用意する謎の人物チノ。
彼女は実験道具を準備しながら
エドガーに言葉を向けた。
『ローズ・アーヴェンって名前の
個体なんですけど。」
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「……これ、は。」
『シャーリー、こちらへ。
おい、ネゥロデクス!
貴様……随分やらかしたな。
我が子に何と醜いものを見せてくれる。』
王座の間の扉を開けると、
そこには異質な光景が広がっていた。
少し高い場所に設えられた玉座に座る
美しい人間の女と、その足元に無数に転がる
“同じ見た目をした遺体”の山。
この惨劇を引き起こしたと思われる
竜の姿をしたネゥロデクスは、無言のまま
こちらに背を向けて立っている。
『……。』
『やっと来てくれた~!
もう、ネゥロデクスったら途中から
何も言わなくなっちゃうんですもの。
もっと退屈になっちゃった!
さぁさぁディルギーヴにその娘さん、
ここには私達以外誰もいないのだから
こっちまでいらっしゃい!」
メリイ・アルサフは心底嬉しそうに
ディルギーヴ達を呼び寄せる。
念の為に周囲を見回した後、ディルギーヴは
シャーリーを背に庇うように歩みを進め、
そしてネゥロデクスの隣に並んだ。
竜状態のネゥロデクスは、普段の
飄々とした雰囲気が霧散し、
見るだけで分かるくらいに怒っている。
『ネゥロデクスは悪くありませんよ?
ちょ~っと“真実”を教えて上げたら、
カンカンに怒っちゃっただけで。
普段あんなに冷静なのに、
やっぱり番はたいせ」
言葉の途中であるが、
突然メリイの頭部が落ちた。
身体はだらりと力なく崩れ落ち、
頭部はごとり、と玉座の下の階段を
転げ落ちる。
どうやらネゥロデクスが行ったらしい。
気絶こそしなかったが、シャーリーは
ヒュッと息を呑んだ。
『ネゥロデクス、貴様……』
『あ~あ、次は斬首だったのですね。」
「えっ!?」
『……殺しても殺してもキリがない。』
容赦なくメリイを殺したネゥロデクスが
睨み続ける玉座の後ろから、
新たな“メリイ”がひょっこりと現れた。
そして“メリイ”はメリイの身体を
ポイと下へ投げ落とし、空いた玉座へ
代わりに座った。
ゴロゴロと転がり落ちたメリイの身体は
階段下の死体の山へ仲間入りだ。
『でもネゥロデクスに殺されるのは
飽きてきたわぁ……。
次はディルギーヴにお願いしたいですね!」
『……貴様は何だ。
人間ではあるまい、だが』
“現象”の竜でもない。
断じられたメリイは赤い目を細める。
二十年前からアルサフを治めているにしては
若々しすぎる見た目をしたメリイ。
血のようなドロリとした目で、
ディルギーヴとシャーリーを見た。
突然、地面の下から突き上げるような
大きな揺れが部屋を襲う。
外で戦う“現象”の竜の攻撃がこの王城にまで
届いたのだろうか。
とても激しい揺れだったのだが、
メリイは全く動じていない。
『私?
私はメリイ・アルサフ。
アルサフを治める国のトップ!
そ、し、て~、今回の事件の首謀者!
ウフフ、ご足労ありがとう。
誘拐するまでもなく、実験結果を
この目で確認出来て嬉しいわ!」
「誘拐……やはり、私に
トカゲ人間さん達を差し向けていたのは。」
『当然勿論この私!
うんうん、十五年前の小細工で
そんな風に“実った”のですね。
チノにも教えてあげたいわ。」
ネゥロデクスのみならず、
ディルギーヴもメリイに向けて殺気を放つ。
娘を誘拐しようとしただけではなく、
“十五年前の小細工”、即ちローズにも
関係している事が確定したからだ。
だが感情のままに殺しても意味がない。
まだ情報が得れていないし、何より
首を落とされてもまた新しいメリイが
出てくるだけだろう。
必死に怒りと殺意を抑え、事件の首魁に
問いかける。
『貴様、我の番に何をした……!』
『そんなに焦っちゃダメダメ!
まずは、私の正体から教えてあげる。」
“現象”の竜二頭からの圧など気にする
素振りも見せず、メリイは立てた人指し指を
わざとらしく振った。
そして優雅に足を組み、赤い唇を歪ませて
“真実”とやらを口にする。
『命竜ミャウメイン、それは私。」




