第三九話『行き方知れず 』
「エ、エドガーさんが!?」
『オメェの元侍女がトカゲ人間?を
撃退した時の刃物あったろ。
アレを届けて、昨日結果を
聞きに行ったらいなくなってたんだと。』
ネェログシムが戻った診療所の扉は
開け放たれており、中には誰もいなかった。
診察室には調べていた最中と思われる
“ラドの刃”が置かれたままで、
資料や貴重な素材にも手は付けられておらず、
エドガーだけがいなくなっていた。
そして号泣しながら帰ってきた
ネェログシムが、トーマスに抱き着いて
離れなくなってしまったのだという。
あんまりにも弟が泣き続けるものだから、
ネェロネペは仕方なく母を
譲るしかなくなってしまった。
『ネグは診療所をカラスで監視してた。
なのに気付けなかったってのが
気持ち悪ぃぜ。』
「一体誰が……。」
『トカゲ人間じゃねえか?
複数体いる可能性もあるし。』
「それなら、トーマスさんは大丈夫ですか?」
ネゥロデクスが竜域での
話し合いに出ているとしても、
ネェログシムがトーマスに
泣きついているのなら“現象”の竜が
一頭は側にいる事になる。
だが、念の為にネェロネペも
いた方がいいのではないだろうか。
『問題ねぇよ、父様の知り合いが
最近ずっといるから。』
「そうなんですか……
なら安心ですね。」
『そいつ、事情があるから
竜域の話し合いにも出れないらしくてよ。
『エトワスタ様に会いたくない』って
言ってたぜ。』
「まあ、どうしてでしょう?」
『結婚したくねぇからだって。
結婚ってあれだろ、人間がやるやつ。
“現象”の竜なのに変な事言……』
「シャ、シャルドームおじ様!?」
シャーリーの大声に、“現象”の竜ズは
身体をびくりと震わせた。
まさかの逃亡した身内が、知り合いの元に
身を寄せていたという事実が発覚したのだ。
確かに人間に好意的で文化に造形の深い
シャルドームなら、番になる事を
結婚と例えるだろう。
『身内なんか?』
『お父様の弟さんです。
竜姫様の幼馴染みで、番になってと
お願いされて……。』
『逃げて父様のとこに来たんかい!』
呆れたような顔をするネェロネペ。
だが、竜姫の側に仕えていた竜が
巣にいるなら母は大丈夫だと再認識した。
ネェロネペ的には、すごい情けない
竜の印象しかないのだが。
『……まあ、話を戻すぜ。
“揺籃の雛”のシャリ子は
誘拐されそうになって、弟の番は
いなくなった。
そんでこのガキンチョちゃんの“唾付き”も
いなくなったんだろ?』
『……!』
もしかしたら、エドガーとジョージも
誘拐されたのかもしれない。
二人を拐ったのがトカゲ人間である
証拠はないが、可能性は高く感じられた。
ジョージが誘拐された可能性に、
ニゥニーマは更に泣きそうだ。
深緑の目が零れ落ちてしまいそうに
なっている。
『ジョー……!』
『おいゴラ、床に穴を
空けようとすんじゃねえよ!
場所も分かんねぇのに無闇に穴掘んな!』
『だって……だってぇ……!』
『弟も父様も義弟の場所分かんねぇんだぞ。
ネネちゃんやオメェらが
見つけられる訳ねぇだろうがよ。』
「“現象”の竜は傷付けて、
“揺籃の雛”や番は誘拐しようと……?
でも、それだとお母様は。」
探しに行こうとしたのだろう、
元の竜の姿に戻ろうとした
ニゥニーマの頭を、ネェロネペは
咄嗟に叩いて止めさせた。
“現象”の竜のネェロネペは攻撃され、
“揺籃の雛”や番、唾付きのシャーリー達は
おそらく誘拐された、されそうになった。
ローズはよく分からないが、
トカゲ人間による犯行は“現象”の竜に
関連した人物を狙っているとしか思えない。
シャーリーは決意したように顔を上げると、
“現象”の竜達に声をかける。
「……ネェロネペさん、ニゥニーマさん。
それからミシケロトクラロさん。」
『んだよ。』
『なぅ。』
『……?』
「お父様が帰って来たら、
お願いしたい事があります。」
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『貴様の番は放っておいて良いのか。』
『今は息子が側にいます。
それに今の私の巣には、
面倒な事にもう一頭いますので。』
『……自身の娘を面倒と言うとは。』
『可愛い愛娘を面倒と思う訳がないでしょう。
匿ってくれと押しかけて来た
お前の弟ですよ。』
『シャルが貴様の所に!?』
現在、竜王サヴァンやエトワスタは
各地の“現象”の竜へ竜域に集まるように
声掛けをしている真っ最中だった。
そして情報を束ねるネゥロデクスと、
エトワスタの側近で今回の事件に
近しいディルギーヴが、話し合いに向けて
現状の確認をしているのだ。
まさか、弟が死竜の元に逃げ込んでいたとは
思ってもみなかったディルギーヴは
普通に驚いた。
『シャルドームの事は置いておきます。
お前が持って来た腕ですが……
見て分かるように人間のものでは
ありませんね。
これに関連する話をしましょう。
ネェログシムの番が調べていた
“ラドの刃”ですが、表面に血と混じって
鱗の欠片のようなものが見つかったと
メモに残されていました。
同一人物か、同一の種なのかは
分かりませんが……関係のある事は確かです。』
『そんな生物がいるのか?』
『竜の特徴と人間の特徴、
双方を持った存在は私の知る限りいません。』
『つまり、また分からぬ事なのだな。』
『悔しい限りですが。』
ネゥロデクスの“知る”限り、
そんな存在はこの世界のどこにもいない。
だがネェロネペを襲い、シャーリーを
誘拐しようとしたのはトカゲ人間で
間違いない。
そして、ディルギーヴの番である
ローズを攻撃したのも同じ存在だろう。
『貴様の情報網を潜って好き勝手する
謎の生物、か。』
『……それについて、シャルドームの力を
借りて分かった事があります。
先日、ネェログシムの番が拐われました。
息子はカラスを用いて
番を監視していたというのに、です。』
『何……?』
父ほどではないとはいえ、ネェログシムも
カラスを使っての監視や諜報はお手のもの。
特に、住んでいるイルシャ国の
カラスのほとんどは、ネェログシムの
管轄であった。
勿論診療所には多数のカラスがいる。
それなのに、エドガーが
いなくなった事にすら気付かなかった。
『どう言う事だ。』
『こればかりは私の慢心、落ち度です。
……この世にいるカラスは全て、
永遠に我等死竜の眷属であると
思っていました。』
そう言ってネゥロデクスは
今まで浮かべていた笑みを消した。
ネゥロデクスが息子のネェログシム、
そしてシャルドームの力を借り、
“全世界のカラス”を片っ端から調べて
分かった事をディルギーヴへ共有する。
『この世界のカラスの一部が、
私ではなく他の“現象”の竜の眷属に
なっていました。
ただ、私との繋がりは外れていません。
カラスが見た映像や聞いた声が、
正しく私に伝わらないように
細工をされていたのです。』
背景や景色は写っているが、
特定の人物などが写らないよう
加工された監視カメラのような存在に
されていたのだ。
カメラが写らなくなれば異変に気付くが、
何の故障も違和感もないなら気付けない。
数え切れないカラスからの情報を
常に処理しているネゥロデクスならば
尚更だ。
『……イルシャを訪れた際、羽根を見せても
反応しないカラスがいたな。』
『それらが問題のカラスです。
年月をかけてゆっくりと浸蝕したのでしょう。
私が気付かない内に、手から離れた
カラスの一族があちらこちらに
生息していました。
勿論、全て処分しましたが。』
つまり、今までネゥロデクスが
“分からなかった”部分はそのカラス達が
見ていた部分なのだろう。
今回、本腰を入れて調べたから
分かったものの、まさか自身の目や
耳ではないカラスがこの世に
存在していたとは思わなかった。
しかもカラスの“剪定”は自身やネェログシムの
巣周辺から行ったのだが、それを
済ませていたはずの診療所のカラス達が、
また新たに浸蝕されていたのだ。
だからエドガーが拐われた事も
分からなかったし、再度調査を行う事になった。
『随分とコケにしてくれたものですね、
この死竜のカラスに爪を出してくれるとは。』
『その浸蝕を行ったのが黒幕であろう。
我が捻り潰してくれるわ!』
まさか、“現象”の竜がこの一連の事件を
引き起こしていたとは考えたくもないが、
死竜の眷属たるカラスを浸蝕し
情報を遮断するなど、“現象”の竜にしか
不可能だ。
そしてカラスを己の眷属に
作り替えた存在が、今回の事件の
黒幕だろう。
『……それが奇妙なのです。
有り得ないと、言えば良いでしょうか。』
『はぁ?』
『私のカラス達をそれだけ丁寧に、
器用に、そして気付かれないように。
書き換えられるのは私の知る限りでは
たったの一頭。
ですが……』
ネゥロデクスは金の瞳で
ディルギーヴを真っ直ぐと見る。
そして、鋭い牙が並ぶ口を開き、
その有り得ない事を答えとして返した。
『その竜は既に死んでいます。
今から千年前、人間達に
殺されているはずなのですよ。』




