第三十八話『トカゲ人間』
「……と、言う訳なんです。」
『ちょい前もおんなじような
場面あったよなオイ。』
アーヴェン辺境伯家の城にて、
シャーリーと屍竜ネェロネペは
貴賓室で向かい合う。
数日前、メェル滅亡とそれを引き起こした
海竜ガルガランの話を持って来た
ネェロネペが、またシャーリーの元に
訪れているのには訳がある。
そして、今回は前回と違う点が二つ。
シャーリーの後ろに控えていた
ディルギーヴがいない事、そして。
『ぐすっ……。』
『さっきからぐずぐずぴゃーぴゃー
泣いてんじゃねえよ、
ネネちゃんの弟かオメェはよ。』
『にゃーん。』
『なんか変な猫ちゃんおるし。』
ネェロネペのすぐ隣で、膝を抱えて
泣きながら丸くなっている地竜ニゥニーマ。
そしてシャーリーの膝の上で
丸くなっているミシケロトクラロ(白)が
いる事だ。
ネェロネペは口ではニゥニーマに
容赦していないが、無意識で
背中をポンポン叩いてやっている。
普段、泣くのが止まらなくなった
弟にやっているのだろう。
『この部屋の“現象”の竜成分が
高濃度過ぎてカオスなんだわ。
余裕で一日のOK摂取量越えてんだよ。
話、途中から頭に入って来てねぇかんな。』
「ならもう一度お話ししますね。
どこから話せば良いでしょうか?」
『不法侵入フードの野郎んとこ。』
ルカと話していたシャーリー達の前に
現れたフード姿の人物。
無言でこちらを見つめている人物からは
感情が読み取れず、底知れなさが恐ろしい。
ミシケロトクラロが威嚇しても
全く意に介さず、一瞬の内に
間合いを詰めて突っ込んできた。
手には例の“ラドの刃”は持っておらず、
おそらく誘拐が目的なのだろう。
『シャリ子ハイパー危機じゃん。』
「大丈夫ですよ、ルカさんが……その……。」
『おっ、なんかネネちゃんセンサーが
ぴょぴぴょぴ反応してるぜ。
そいつ絶対面白ぇ奴だろ。』
そう、ルカは迫って来たフードの人間を
持っていた包丁で迎え撃った。
しかも、手にしていたのはタィドが
己の外殻から作った特別製の包丁。
力加減を誤れば、食材どころか
床まで切ってしまうとんでもない
切れ味の包丁である。
百年間で腕前は鈍っているとはいえ、
ルカは先代鋼竜との戦いで生き残った
兵士なのだ。
その気になれば何でも切れる獲物を
残った右腕で操り、一切の容赦無く。
何と、相手の片腕を切り落とした。
ルカ、実はジョンと同じで、
ネェロネペの好きな“面白れぇ”タイプの
人間であったようだ。
『ヒューーーーッ!!
ネネちゃんそいつ超好き!』
『なぁう……。』
正直、目の前で切り落とされた腕を見て
シャーリーは普通に気絶した。
(ミシケロトクラロはルカの荒業に
宇宙を背負った)
怪我人は見慣れているので大丈夫だが、
怪我の瞬間は流石に無理である。
生々しい断面が脳裏に蘇り、
シャーリーは若干涙目になる。
『ネネちゃん、その
ぶった切られた腕を見てぇな。
持ってねえのかシャリ子。』
「持ってません……。」
シャーリーは気絶した為、ここから先は
ルカから教えてもらったのだが。
エマの時とは違い、粗悪品ではなく
擬似的な“ラドの刃”とも呼べる
一級品の武器(包丁)で切り付けられて
片腕を失ってもフードの人物は全く動じず、
冷静に退こうとした。
だがミシケロトクラロがそれを許さない。
容赦無く打ち込まれた猫パンチを
食らい、謎の人物は見事に吹き飛んだ。
……家の壁を突き破り外に、である。
そしてそれは、ちょうど
タィドとディルギーヴが外から
戻って来たタイミングの出来事だった。
「まず、タィドさんが
私達の安全を確認してくれまして。
お父様は外でフードの方を
拘束したそうです。」
顔色を変えて部屋に駆け込んで来た
タィドが、気絶したシャーリーに
『シャルラハロートさん!』と
切羽詰まって呼び掛けたのを外で
聞いていたディルギーヴ。
フードの人物が娘に何かしたのだと
勘違いした闇竜は、それはそれは
恐ろしいほど殺気を滾らせて
拘束に拘束を重ねていたのだそう。
……ちなみにシャーリーが
壊した机や床は、気絶している内に
フードの人物のせいになっていた。
『じゃあそいつは捕まったんか。
ネネちゃんにも殴らせろや、
殴る権利はゴリゴリあんだぞ。』
「いえ、その方は……爆発、しまして。」
『なう。』
『は????』
拘束されたフードの人物の人相や正体を
確認しようと、ディルギーヴが
近付いたその瞬間。
身体に爆薬を仕込んでいたのか、
その人物を中心に、激しい爆発が起きた。
つまり自爆したのだ。
咄嗟にディルギーヴは闇を使い、
爆発と自分の間に防壁を貼る。
ほとんどの攻撃はそれで防げるが、
しかし、今回はそうはいかなかった。
「爆発と同時に“現象”の竜の
鱗のような物が飛んできて……
お父様も頬に、少しお怪我を。」
タィドが残った“残骸”を確認したところ、
火薬や粉々に砕けた“現象”の竜の
鱗が出てきた。
どうやら爆発すると周囲に
飛び散るよう、爆薬に仕込んでいたらしい。
ディルギーヴが負った傷は
そこまで大きくはなかったが、
フードの人物が取った戦法は
対“現象”の竜に特化した攻撃方法だと言える。
『やベぇ奴じゃんやっぱり。』
「身体もほとんど残っておらず……
ちゃんと形を保っていたのは
先に切り落とされた腕だけでした。」
周囲に飛び散った肉片や髪。
シャーリーが起きる前に片付けられたが、
とんでもない地獄絵図だったらしい。
タィドは集落への影響や、フードの人物の
仲間がいないかの確認に赴き、
ディルギーヴは残った腕を調べたのだそう。
『んで?
どうだったんだその腕。』
「はい、黒い手袋を着けていて、
人間の男性のものと思われる
大きさでした。
……ただ。」
『ただ?』
「……形は人間のものでしたが、
鱗が……生えていたそうです。」
まるで人間に変化しようとして失敗した
“現象”の竜の腕のようだったが、
死んだら変化は解けるものだ。
つまり腕は、最初からあの形だった。
ディルギーヴは嫌悪感マシマシで
“トカゲ人間”と名付けていたが、
言い得て妙だ。
「お父様はその腕を持って、
竜域に行かれました。
エトワスタ様が“現象”の竜の方々に
呼び掛けて、今回の事件の話し合いを
なさるのだとか。」
『あー、それな。
今回は父様も行ってんぞ。』
シャーリーが目覚め、
集落への被害も無かった事が確認され。
ディルギーヴ達親子&猫は
タィドとルカに別れを告げて、
シュラージュへ戻ってきたばかりだ。
そして、父ディルギーヴは怪我の
治療もせず、トカゲ人間の手を持って
主君へ報告する為に竜域に向かった。
世界に散らばった“現象”の竜を
召集し、竜域で会議をするのだそう。
ミシケロトクラロは護衛として残され
数日経った時、号泣するニゥニーマを連れた
ネェロネペが訪ねて来たのである。
「ネェロネペさんは行かれないんですか?
あ、もしかしてネェログシムさんが
代わりに」
『行ってねーーーーよ!
ネグが! ネネちゃんから母様取ったの!
だからネネちゃんここにいんの!
なんだよなんだよ!
ダチのとこ来ちゃいけねーのかよ!』
「今日もお祖父様、見回りでいませんよ?」
『オメェもネネちゃんのダチやろがい!』
ネェロネペ的には、一緒に
ティータイム過ごしたんだから
シャーリーも友達である。
それは置いておいて、
「ネェログシムがトーマスを取った」とは
どういう事なのだろう。
シャーリーが詳しく聞こうとすると、
ネェロネペは疲れた顔をして口を開く。
『まずはこのガキンチョちゃんの
お話聞けよ、たぶん無関係じゃねぇから。』
「えっと……ニゥニーマさん、
今日はどうしてここに?
ジョージさんはお留守番ですか?」
『……!』
シャーリーに前と同じように
優しく話しかけられ、ニゥニーマの
丸い目に、更に涙が浮かぶ。
この幼い地竜は、“唾付き”のジョージに
ひどく懐いていたはず。
べったりと彼にくっついていたのに、
どうして一頭だけでナグラ山から
遠く離れたシュラージュに来たのだろうか。
『うぅっ、ジョ……ジョーが、
ジョーがぁ……。』
わんわんと泣き始めるニゥニーマ。
目の周りや鼻は、泣き過ぎで
赤くなってしまっている。
シャーリーはニゥニーマにそっと
ハンカチを差し出し、ネェロネペは
がしがしと頭を撫でてやっていた。
『ニゥ置いて、どっか、どっかに、
ぐすっ、いっちゃった……!』
「ジョージさんが?」
『もう、なんにちも、いないの……ッ!
おやまは、いっぱいさがしたけど……いなくて。
へんな……感じの場所、さがしてたら、
なんかここに、来ちゃったの……。』
「変な感じの場所?」
『ここ、へん。
ちょっと……向こう側はもっとへん。
地面がへん、なんかいや……。
でもあやしいから、ニゥ来たの……。』
『ここに来る途中で、
このガキンチョちゃんが竜状態で
尻隠して頭隠してなかったからよ。
話しかけたらめっちゃ泣き始めて、
ウザかったから連れて来た。』
ニゥニーマが言うには、
突然ナグラ山から消えたジョージを探して
違和感のある場所に向かったら、
ここに辿り着いたのだとか。
特に違和感が強いとニゥニーマが
指差したのは“名無しの大樹”だが、
現在、あそこには多くの“現象”の竜が
集っている。
大地が影響を受けていてもおかしくはない。
そしてその大地の違和感に困惑し、
竜状態で頭だけ出していたニゥニーマに
ちょっかいをかけ、泣かせたネェロネペが
ここまで連れて来たらしい。
『ここ、ジョー、いない……。』
「そうですね、私もジョージさんを
見かけたらニゥニーマさんにお教えします。」
『……あり、がと。』
「どういたしまして。
ジョージさんが行方不明なのは、
私も心配ですから。
それでネェロネペさん、弟さんと今の話が
関係しているとは一体……?」
ネェロネペはあからさまに
面倒臭そうな様子で溜め息を吐く。
まあ、このネェロネペが甘えている
最中の母を譲る程度にネェログシムは
泣いているのだろう。
通常時なら絶対に譲らないはずなのに。
『居なくなったんだよ、義弟も。』
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『ギィイイイイイイイイイ!
ネグのバカ!
ネネちゃんが母様に甘えてたのに、
ギャン泣き乱入しやがって!!
義弟いなくなったとかマジ知らねぇから!
父様いねぇけどネグと影竜?が
巣にいるし問題ねぇ……!
家出してシャリ子かジョンに愚痴ったらぁ!
……ん?』
『……ぐすっ、ぐすっ……ジョー……。』
『おいオメェ。』
『……!?』
『ネネちゃんの弟じゃあるめぇし、
ぐすぐす泣いてんなうるせぇんだよ。
てか誰だよオメェ、知らねぇ顔だな
新入りか?』
『……』
『なんとか言えやゴラ。』
『うえええん! 怖いよぉ!』
『あーーーーん!?
このパーフェクト激かわ美少女の
どこが怖ぇんじゃ言ってみい!
あ、もしかして可愛すぎて怖ぇのか?
それは悪ぃな、ネネちゃんが
全世界ナンバーワンの圧倒的キュートさを
爆発させながら生きてるせいで
怖がらせちまってよ。』
『ち、ちがうもん……
ニゥは、ジョー、さがしてる、だけで……
ジョーの、方が……優しくて、
かわいい……もん……。』
『あ゛?』
『ふぇ……ぐすっ、ジョー、助けてぇ……。』




