第三十七話『呪い』
「鋼竜討伐に向かわされた兵は、
ほとんど討伐中に死にました。
俺達はただ生き残る為に、
がむしゃらに剣を振って……。」
もしも兵達が持っていた武器が
“ラドの刃”でなかったなら、
鋼竜コァド相手になす術なく
殺されただけだった。
しかし、彼らは長時間の戦闘の末、
多大な犠牲を払いながら鋼竜の討伐に
成功する。
「倒れた鋼竜を見て、
やっと帰れると思いました。
家に、タィドの元に帰れると。
あいつの父親を殺したとも知らずに。」
『なぅ。』
「だけど、それだけじゃ終わらなかった。
“現象”の竜は“殺された”時、周囲を浸蝕する
力が抑えられなくなり、暴走する事が
あるんだそうです。
それは、“呪い”と呼ばれているんだとか。」
“現象”の竜は存在するだけで
周囲を浸蝕してしまうが、無意識下で
ある程度の制御をしている。
だが、もし寿命ではなく何者かの手によって
死を迎えた場合、浸蝕の制御が
外れてしまう事がある。
「……鋼竜コァドの“呪い”は、
ありとあらゆる生き物が
切り刻まれていく呪いでした。
まるで、鋭い金属で叩き斬られていくように。
俺は鋼竜の攻撃で目をやられてて、
少し離れた場所にいたので即死は
免れましたが、死体に近い場所にいた
他の兵士達は……。」
あっという間に肉塊になった。
その様を呆然と見ていたルカの手足も、
先端から徐々に刻まれていく。
“ラドの刃”を握っていた右手は
刃の効果によるものか浸蝕を免れたが、
生きたまま手足を切り刻まれていくのは
とてつもない苦痛を伴う。
勿論、立ってなどいられない。
痛みにのたうち回りながら、ただただ
身体が全て切り刻まれるのを待っていた。
霞む視界、流れる血、薄れる意識。
逃れられない己の死を確信するルカを
突然、誰かがきつく抱き締める。
「あいつが、タィドが……
俺に血を与えて助けてくれた。
“現象”の竜に孵化してしまった事で、
自分も苦しかったはずなのに。」
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『ルカが父の討伐に赴いた時、
父にもルカにも、死んでほしくないと
思ったんです。
だから都を抜け出して、ルカを追って……。
もう、遅かったんですがね。』
子どもである自分の声なら、
狂ってしまった父に届くかもしれない。
そうやって必死に向かった先で見たのは、
人間の残骸が転がる血の海に倒れ伏す
父の亡骸だったが。
そして、呪いが始まった。
父コァドの呪いにより、生き残った
兵士達も、次々と切り刻まれて死んでいく。
呪いの矛先は、ルカも例外ではなく。
『“現象”の竜にしては些か圧が薄いとは
思っていたが、やはり孵化不全か。』
『はい、孵化自体は出来ましたが
僕は完全な“現象”の竜ではありません。』
急いでルカに駆け寄ろうとした
タィドは、突然身体の内側から走る
激痛により、その場に倒れ込んでしまった。
何故なら、“揺籃の雛”であるタィドは
父の呪いは効かなくとも、
その影響で体内での浸蝕が著しく進み、
未熟だというのに孵化しかけていたのだ。
命こそ落とさなかったがタィドの持つ
“現象”の竜としての能力は未熟。
寿命も他の竜に比べれば短いらしい。
(それでも、人間よりは
格段に長生き出来るらしいのだが)
『孵化した竜の姿を、脱け殻と同じ
人の形に何とか変化させて。
無理矢理身体を動かして、彼の元まで行って。
抱き寄せたルカは、血を大量に
失ったせいで死にかけていました。
手足も……右腕以外が。』
『では、何故貴様の唾付きは生きている?』
『……血を、与えたんです。
あの時は何も考えられず、ただ本能で。』
タィドは自らの血を大量にルカに与えた。
本来なら“現象”の竜の血を与えられれば、
通常の人間は死に至る。
だがルカはその時、鋼竜コァドの
呪いを受けていたのが逆に功を奏した。
『父の呪いと、僕の血。
それが拮抗しあって呪いは止まり、
“現象”の竜の血による代償も
打ち消されたそうです。
……その後は、ルカを抱き締めたまま
ずっと父の亡骸を見ていました。
事態を確認しに来た、ネゥロデクスさんに
声をかけられるまで。』
死竜たるネゥロデクスは、
他の“現象”の竜の問題にも介入する。
かの死竜は鋼竜の死体を確認する為に
訪れた時、タィドとルカを
発見したのだそう。
『やはり、彼奴の監視網に
何かが起きているのだな。
あの死竜がその時まで動かなかったとは。』
『ネゥロデクスさんは僕の代わりに
父の亡骸と、“ラドの刃”と呼ばれる
武器の処理を引き受けてくれました。
そして、子の番である先生を
連れて来てくれたんです。』
その時ちょうど義実家に顔を出していたのか
分からないが、ネゥロデクスはエドガーを
連れて来てタィド達の治療を任せたらしい。
その名医の迅速な治療により、
タィドもルカも一命は取り留めた。
だがルカの身体に残った傷は、
百年経っても完全には治らない。
呪いが深くまでこびりつき、
彼の身体から消えていないからだ。
『父の亡骸は、この奥に埋められています。
もしかしたら何者かが掘り起こして
身体の一部を盗んでいったのかも
しれませんし、後で確認してみます。』
タィドの目線の先には、入り口とは
また違う洞窟があった。
あの奥に、先代鋼竜の死体が
埋められているという。
だいぶ奥まった場所で、しかも
パッと見では分かりづらい。
民達はほとんど立ち入らないのだろう。
もう自由に動く事が出来ないルカの
世話をしながら、タィドは
この集落を再建し、民達が持っていた
優れた加工技術を復活させた。
現在でも民達の上に立ち、
多くの仕事をこなしている。
『番を亡くし、我が子の見分けも
つかなくなる程に狂うとは……
コァドはさぞかし無念だったろう。』
『……僕は、誰も恨んでいません。
勿論、父も、ルカも。
だからこそ数少ない生き残った
民達と共に、集落を再建して今に至ります。
もう過去に囚われていたくないんです。』
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「結局、呪いは都まで
到達してしまったらしくて。
都の住民は半分くらい助かったそうですが、
王族や貴族は軒並み死んでしまったって
聞きました。」
鋼竜コァドの呪いは都にまで届き、
壊滅的な被害を与えた。
都は“現象”の竜に呪われた場所として
人々が去り、呪いを恐れて周辺の国も
手を出さず。
国が崩壊した挙げ句、誰のものでもない
空白地点になってしまったのだ。
「仕事も、帰る場所も、価値も、
右手以外の手足も。
命以外をほとんど失った俺を、
タィドは面倒見てくれてるんです。
せめて、“好きに使ってくれ”って頼んでも
首を振るばっかで……俺は、タィドから
奪ってばかりだ。」
「ルカさん……。」
タィドは、ルカが兵として集落を襲った事も、
父を殺した事も勿論知っている。
だが、知っていて彼を献身的に世話し、
番として求めているのだ。
過去に故郷を、家族を奪い、
今は時間と労力を奪うだけの自分。
だが現在、ルカの手元に残ったのは
傷だらけで欠けた、醜い肉体しかない。
それをせめてもと差し出しても、
タィドは静かに首を横に振って
ルカを優しく抱き締めるだけだった。
「すみません、くだらない話をして。
聞いてもらえて少し……スッキリしました。」
そう言うルカの顔はスッキリとは
程遠く、後悔と苦しみで満ちている。
罪悪感に潰されそうになりながら、
これからも、彼はタィドに縋り付かなければ
生きていけないのだから。
「……これは、私の独り言なんですけれど。
私のお母様は、とてもひどい人でした。
例えば攻めてきた隣国の王族を
赤ちゃんであっても殺したり、
邪魔だからという理由で別の領のご神木を
斬り倒したり、乱闘でお店を壊したり、
嫌いな相手の鼻を本当に折ったり……。
伯父様達もしょっちゅう喧嘩で
殴られていたそうですし、お祖父様と
お祖母様の話も聞かないで、説教中に
窓を割って逃げ出し……いや本当に
私のお母様、ひどいですね!?」
「そ、そうっすね……?」
口に出すと本当にひどいローズの所業。
シャーリーは母の破天荒さを
再確認してしまい、顔を両手で覆った。
ローズの武勇伝()を急に聞かされた
ルカも困惑している。
「ええと、お母様はとてもその、
問題のある方でした。
でも……私のお父様からしたら
最愛の人なんです。
乱暴に蹴り起こされたりした事も
嬉しそうに語ってしまうくらいには。
他者から見たらどれだけひどくても、
自分から見たお母様は誰よりも
美しいと、お父様は言っていました。」
闇竜ディルギーヴが愛したのは、
いや、愛するのは世界で一番無鉄砲で
いい加減で恐ろしい、そんな悪女だった。
例え他人からどう言われようが、
本人がどう言おうが。
“現象”の竜はそんな些細な事を気にしない。
傲慢不遜の偉大な竜は、自分“が”愛した
あの血薔薇を、いつまでも愛している。
「……。」
「なので、えっと……
ルカさんがご自身で言った通り
ひどい人でも、奪っていくばかりでも、
大切な人に相応しくないって思ってても。
きっとタィドさんからしたら
関係ないと思うんです。
うぅん、何て言えば良いんでしょう……。」
「……俺なんかを、励まそうとしてくれて
ありがとうございます。
ああ、俺なんかって言っちゃ駄目か。」
「うぅ、すみません。
十四の小娘が偉そうにグダグダと……。」
「ハハ、それを言うなら俺も
百越えてるのにウジウジしてますよ。」
シャーリーの不器用な励ましは
ルカに伝わったらしい。
ほんの少しだが明るくなった表情を
見て、シャーリーは安堵した。
暗い雰囲気が和やかになりかけたところで、
ウトウトとしていたミシケロトクラロが
突然頭を持ち上げて周囲を見回す。
耳が徐々にペタンコ……所謂イカ耳になり、
毛は逆立ち、いつでも敵に飛びかかれる
臨戦態勢に移行。
部屋の扉を睨んで唸り始めた。
「ミ、ミシケロトクラロさん……?」
「お嬢さん、静かに。」
尋常ではないミシケロトクラロの
様子を見て、ルカは包丁を手に取る。
ベッドから素早く動ける訳ではないが、
昔は兵士として剣を握っていた。
少なくとも、迫って来た相手を
切りつけるくらいは出来る。
「……。」
『シャーーーーッ!!!!』
そもそもシャーリー達が入った時、
家の入り口の扉には鍵をかけた。
扉の向こうにいると思われるナニカが
タィドやディルギーヴならば、
ミシケロトクラロはここまでの
威嚇をしないだろう。
一体誰が入ってきたというのか。
ルカとシャーリーは食い入るように
扉を見つめ、ミシケロトクラロは
全力の威嚇をしている。
そして、扉はギィと音を立てて開く。
『……。」
「あれは……!」
屍竜ネェロネペに傷を付け、
何故かシャーリーを拐おうとし。
ローズの死にも関係しているであろう
あのフードを被ったナニカが、
そこに立っていた。




