第三十五話『髪飾り』
ガルガランとベラドンナ海賊団と別れ、
まだ着いてくる気満々で
いつの間にか毛皮の模様を変えた
ミシケロトクラロ(虎)と共に
一日ほど移動した後。
シャーリー達は大きな洞窟の入り口に
立っていた。
元々、この洞窟を含む一帯には
国があったのだが、とある理由から滅び、
現在はどの国にも属していない。
つまり、国一つ分丸々が所有者のいない
不思議な場所になっている。
メェル跡地から離れた山間部にある洞窟は、
人里からは離れた険しい山奥の岩場に
ぽっかりと空いている。
どうやら火山地帯のようで、黒い煙が
立ち上る山も近くで確認出来た。
「すごい大きな洞窟ですね!」
『にゃう』
『……行くぞ。』
竜状態のディルギーヴですら余裕で通れる
サイズの入り口からは、暗い闇が
ずっと続いており、洞窟の奥が
どうなっているのかも分からなかった。
ディルギーヴは竜の姿のまま、
シャーリー達を背に乗せて洞窟の中へ入る。
真っ暗で見えない中、迷う事も
ぶつかる事もなくスイスイと
奥へ進んでいく。
「お父様、この洞窟に何があるのですか?」
『何、すぐに分かる。』
暗闇に慣れてきた目で辺りを見回すと、
この洞窟は人為的に掘られたものらしい。
ゴツゴツとした岩肌には、ノミや
つるはしが使われたような跡が
無数に残っているからだ。
暫く父の背で揺られていると、
突然前方が明るくなった。
そこまで長い洞窟ではなく、
出口に到着したのだろう。
『見えてきたな。』
『ニャウニャウ』
「……!
これは……!」
洞窟の出口を抜けるとそこには、
明らかに人間が住んでいる
小さな集落があった。
ここにだけ草木が生い茂り、
どこからか水も流れ込んでいる。
子ども達が遊んでいるのか、聞こえてくる
甲高い笑い声に混じり、集落の奥の方からは
硬い何かを叩くような規則正しい音が
響いていた。
「洞窟の奥に集落があったなんて……!」
『なぁーう』
『我も来るのは千年振りだ。
……攻め入られたと聞いたが、
想像よりは残っているではないか。』
「えっ?
お父様、それはどういう……」
「あらあら、ここに“あの方”以外の
“現象”の竜がいるなんて。」
ポツリと呟いたディルギーヴの言葉を
聞いたシャーリーは、首をかしげる。
“攻め入られた”とはどういう事なのだろう。
父に問いを投げる前に、どこからか
しゃがれた老婆の声が聞こえてきた。
声のする方に顔を向けるとシャーリーより
背が低く、腰の曲がった老婆が
親子の前に立っていた。
小さな老婆は穏やかそうに見えて、
その眼光は鋭い。
特に、シャーリーを見る目は余所者への
敵意も混ざっているように感じられる。
“現象”の竜としての姿をしたままの
ディルギーヴにも臆する事なく、老婆は
一人と二頭の前に立っている。
老婆の後ろにある集落の建物からは
住民とおぼしき人間達が、
建物の影や中からこちらを伺っている。
シャーリー達とは違い、浅黒い肌で
全体的に身長も低いようだ。
いつしか、子ども達の声も
聞こえなくなっていた。
「ご用件は何かしらねぇ。」
『我は闇竜ディルギーヴ。
先代の鋼竜、コァドは古い友であった。』
“コァド”という名前を聞き、
老婆は驚いたような様子を見せた。
そして苦しそうな表情で
「コァド様は……」と声を出す。
先代の鋼竜が、百年以上前に死んだ事を
伝えたいのだろう。
だがディルギーヴは
『コァドが死んだのは知っている』と
老婆に告げ、そのまま言葉を続ける。
『コァドの子に用がある。
引き摺ってでも連れてこい。』
「引き摺るのはよくありませんよお父様。」
『だがお前も彼奴に会いたかろう。
その髪飾りを作ったのはコァドの子故。』
ディルギーヴに頼まれたシャルドームが、
今は亡きローズの髪飾り製作を
依頼したのがコァドの子なのだそう。
確かに、アルサフにいた時のシャルドームは
そう言っていた。
シャーリーは髪飾りを取り、
黙ったままの老婆へ差し出す。
「父が申し訳ありません。
ですが、この髪飾りを作っていただいた
お礼も申し上げたいのです。
鋼竜コァド様のお子さんに
お会いできないでしょうか。」
お忙しいようでしたら、また日を
改めますので……と続けるシャーリーから
薔薇の髪飾りを受け取り、老婆は
様々な角度からそれを見る。
本物と見間違うような繊細な細工は、
確かに“あの方”が作った作品だった。
「……誰か、この髪飾りを持って
“タィド”様を呼んでおいで。
コァド様のご友人が来たってねぇ。」
コァドの子どもである“現象”の竜は
タィドという名前らしい。
老婆は後ろの集落に声をかけると、
一人の子どもが駆け寄ってきて
髪飾りを受け取る。
そして、集落の奥へ駆け出していった。
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「ババ様!
タィド様連れてきたよ!」
十分ほど待った後、集落の子どもに
手を引かれながらシャーリー達の前に
現れたのは、精悍な顔立ちをした
鋼色の髪を持つ若い男性だった。
集落の人間達の背丈は皆小さいが、
彼だけずば抜けて大きく、肌も白い。
ディルギーヴより大きい背丈の
この青年が、シャーリーの髪飾りを
作った“現象”の竜のようだ。
彼は、黒い目で親子を見据える。
『僕がコァドの息子ですが。』
『ほう。』
「お忙しいところすみません。
私達は……」
シャーリーの自己紹介と説明を
コァドの息子であるタィドは、
薔薇の髪飾りを片手に静かな様子で
聞いていた。
『事情は分かりました。
立ったままもなんですし、こちらへどうぞ。』
そう言って歩き始めたタィドの後ろを、
人型に戻ったディルギーヴと
シャーリーが続く。
ちなみに、ミシケロトクラロは
シャーリーの腕の中でゴロゴロ言っている。
道はある程度歩けるように
舗装されているのだが、街に比べれば
砂利が大きく、歩きにくい。
シャーリーはミシケロトクラロを
抱えた状態で転ばないよう、歩くことに
集中していた為気付かなかったが、
やはり集落からは様々な視線が
飛んできていた。
『集落の人間がすみません。
あまり外と関わりがないので、
珍しいのもありますが……ここは
百年ほど前に滅びかけた事があるんです。
当時を生き延びた人達はもういませんが、
あの虐殺を聞かされて育ってきたので。』
『外と関わりが無いと言うのに、
我が弟の依頼は受けたのか。』
『えぇ、恩がある方からの
紹介だったもので。
ご存じかは分かりませんが、
ネゥロデクスさんという“現象”の竜の……。』
『グゥゥウウウウウウ!!!!』
『……どうしました?』
「すみません、お父様は
ネゥロデクスさんと仲が良くて。」
『仲が良いのにこんな顔するんですか。』
『なぁう。』
思わず腐れ縁の竜の名前を耳にし、
ディルギーヴは唸った。
番への贈り物にあのカラスが
関わっていたと知り、とにかく顔が
すごい事になっている。
尚、シャルドームは情報料として
ディルギーヴがローズへの惚気を語る姿を
そっくりそのまま物真似して見せた。
双子の弟による、兄の渾身の物真似に
ネゥロデクスも大満足である。
「髪飾りを作ってくださった方に
お礼が言えて嬉しいです。
お母様が亡くなって譲り受けたのですが、
もうずっと着けていますもの!」
『そう言ってもらえると、
製作者冥利に尽きます。
僕達は、金属の優れた加工技術を
持っている民族ですから。
襲撃を受ける前までは、
もっと集落の規模が大きかったので
大きな物も扱っていましたが……。
今は装飾品や刃物がメインですね。』
この場所で作られた品は、
とても評価が高いのだという。
鋼竜が棲まうこの場所は良質な鋼や
金属が採れ、民達は自然と優れた技術を
身に付けていった。
現在では作り出せる品の量こそ
少なくなったが質は落ちておらず、
一度市場に出ればかなりの高値が付く。
シャーリーも髪飾りを良い品だと
思っていたが、そんなに価値のある物
だったなんてと驚いていた。
「お母様が壊していない時点で、
とてもすごい頑丈な髪飾りだとは
思っていましたが……。」
『そうよな、あのローズが
壊せなかったのだから、そこいらの
ダイヤモンドより硬度があろう。』
『壊“さ”なかったではなく?』
贈られた髪飾りを壊そうとする、と
番と娘から思われているローズが
どんな人間だったのか謎で仕方がない。
タィドは、多少質が良いとはいえ
普通の金属を使って髪飾りを作った。
髪飾りを贈られたローズという人は、
単純に大切に扱っていただけ
なのではないだろうか。
でもそれを言っても親子は
信じないだろう。
主にローズの生前のやらかしのせいで。
そうこうしている内に、集落とは
少し離れた場所に辿り着いた。
他の建物が見下ろせる高い位置に
ポツンと建てられた小さな家は、
華美な装飾がなく、他の家と同じように
シンプルな作りになっている。
『ここは僕の家です。
少し待っていてください。』
そう言ってタィドが家の中に入ると、
中からは話し声が聞こえてきた。
内容は分からないが、タィド以外の
誰かがこの中にいるらしい。
話し合いはすぐに終わったようで、
数分も経たずにタィドは外へ出てきた。
『お待たせしました。
すみませんがお嬢さんと猫さんは、
家の中で待っていてもらえますか。
正直、父の……僕の両親の死は。
あまり気分の良い話ではないと思うので。』
タィドはそう言って目を伏せる。
彼の父であるコァドの死に様を、
死竜を通して知ったディルギーヴとしても
それには賛成だ。
如何せん、シャーリーが知るには
流れた血が多すぎる。
『構わぬ、髪飾りの礼を伝えた今、
貴様に話があるのは我のみだ。
シャーリー、ミシケロトクラロと
少しばかり待っていてくれ。』
「はい、お父様。
それではお邪魔しますね、タィドさん。」
『ナウナウナウ』
ミシケロトクラロが護衛として
ついてくれるなら安心である。
何しろ、巨体のガルガランを一撃で
沈めた猫パンチを放つ猫。
あの光景を見たら、全力で頼りにしてしまう。
『暇でしょうし、台所に置いてある
食材は好きに使っていただいて結構です。
ただ、奥の部屋には……同居人がいるので、
なるべく近づかないでください。』
タィドの話をしっかりと聞いた
シャーリーは、ミシケロトクラロと
共に頷いた。
そしてディルギーヴは背負っていた荷物を
置き、タィドと家を離れる。
だが、ガルガランの口に突き刺さっていた
例の銛だけは持っていったようだ。
父とタィドの背を見送り、
置かれた荷物を持ったシャーリーは
「お邪魔します」と声をかけてから
室内へ入った。
ミシケロトクラロも続いて入ろうとしたが、
一歩踏み出す前に、頭をかしげる
動作をする。
「あら?
どうしたんですか、
ミシケロトクラロさん。」
『……なぁーう。』
「あ、待ってください!」
ミシケロトクラロに問いかけた
シャーリーへ『問題ない』と一鳴きすると、
たっぷり猫はシャーリーを置いて
トテトテと中へ進んでいってしまった。




