第三十三話『クソ痛かったですわ!』
竜状態に戻ったディルギーヴと
ベラドンナ海賊団の船は海に出る。
シャーリーも一人で置いていくわけにいかず、
ナンシーが責任を持って守るとして
船に乗る事になった。
彼女達の船はとても大きく、
忙しなく動き回る船員達の数も
数十人はいるだろうか。
「海賊船に乗るのは初めてです……!
そもそも、リュゼーヌには
海が、ありません、し……ウェ……。」
「そいつは勿体ないねぇ、
船ってのは最高の乗り物だよ!
ま、船酔いに慣れりゃあだけどねぇ!」
『ウニャウニャウニャァニャァン』
シャーリーはミシケロトクラロを
腕に抱えていたが、波に揺れる船によって
ダウンしてしまった。
前回の旅では少しだけ海に寄って遊んだが、
今回は楽しむどころではない。
シャーリーの足元では、一切揺れに動じない
ミシケロトクラロがうなうな鳴いている。
ナンシーや乗組員達は平気なようだが、
内陸育ちのシャーリーはかなり辛い。
「我慢せず海に吐いちまいな、
魚の餌になるだけさ!」
「げ、限界を超えたらそうします……。」
まずはディルギーヴが先行して
ガルガランを拘束、無力化をする。
そして少し離れた場所で待機していた
ナンシー達の船が接近するという
シナリオだ。
ここから肉眼ではほとんど見えないが、
少し先でディルギーヴとガルガランが
戦っているらしい。
時々、黒い塊と細長い紐のようなものが
ぶつかり合っている様子が見てとれる。
“現象”の竜同士の戦いの余波で
船は更に大きく揺れ、空模様も
どんどん重くなる。
しばらく待っていると、望遠鏡を覗き
戦いを確認していたナンシーが
大声を上げる。
「野郎共!
最大船速で突っ込みな!」
「「「「アイアイサー、お頭!」」」」
船は物凄いスピードで、戦いが
起きているであろう場所に突っ込んでいく。
シャーリーはぐらついて船から
落ちそうになったが、ナンシーに掴まれて
放り出されずに済んだ。
ミシケロトクラロは船首に座って
尻尾を揺らしている。
揺れる船の船首に座っているのに、
落ちそうになる気配も無い。
流石“現象”の竜、体幹がすごすぎる。
そうして、船はあっという間に
ディルギーヴとガルガランの
近くまで辿り着いた。
ガルガランの身体には手のような……
恐らくディルギーヴが操っている闇だろう。
それがびっしりと絡み付き、
あの巨体の動きを止めている。
ディルギーヴはガルガランの背中に
しがみつき、拘束を制御しているが
ガルガランも抵抗しているようで、
身動きが取れないらしい。
『あまり長くは持たぬぞ!』
「問題ないよ!
このまま船首を海竜の頭に寄せる!」
ナンシーの指示通りに、船の先端が
ガルガランの頭部に近付いた。
頭部だけでもとんでもない大きさである。
ガルガランが拘束から抜け出せば、
この船は一噛みで海の藻屑の
仲間入りだろう。
正気を失っている、ガルガランの
水色の瞳に船が写り込む。
そしてその目線の先には、
たっぷりサイズのお猫様が一匹。
『にゃーん。』
瞳孔ガン開き、臨戦態勢に入った
ミシケロトクラロが哀れな獲物を
待ち構えていたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『そこな駄猫も戦力にはなる、
なるが……手がな。』
ミシケロトクラロの猫パンチは
ディルギーヴもよろけさせる威力だ。
頭に当たれば、大抵の“現象”の竜は
一撃で簡単に昏倒する。
ディルギーヴが倒すより、
ミシケロトクラロの不意打ち猫パンチで
昏倒させるのが一番被害の少ない
結果になるだろう。
しかし、身体が大きめの猫でしかないので
どう考えても海竜には届かない。
『最悪、駄猫をあの竜の頭部
目掛けて投げ落とすか。』
『シャーーーーッ!!!!』
「おめぇさんなんて事言うんだ!?
人間じゃねえ!」
『“現象”の竜だが?』
「お父様、駄目です。」
『ぬぅ……。』
流石に娘からNGが出たので
ディルギーヴも渋々引き下がる。
すると、それを聞いていた
ナンシーが声を出す。
「そんじゃあさぁ、その猫を
海竜の近くまで連れてきゃ良いのかい?
猫のパンチが届く場所まで。」
「えぇっ、危ないですよ!?」
「なぁに、波の方なら問題無いさ。
アンタの父親がガルガランの身体を
抑えててくれるなら、猫を乗っけたまま
突っ込むくらいはしてやんよ。」
『構わぬ、闇を使えばあの巨躯でも
短時間の拘束は可能だ。』
「それじゃあ決まりだね!
野郎共、準備しな!」
ドタバタと準備に取りかかる海賊団と
腕を組んで海を見つめる父を横目で見ながら、
シャーリーはしゃがんでミシケロトクラロに
話しかけた。
「……これが終わったら、
美味しいお魚ご馳走しますね。」
『ニャウニャウ』
多分了解してくれた、と思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『クッッッッソ痛かったですわ!!!!』
『喧しいわ、声量を下げよ。』
『あらごめんあそばせ!
あたくし一頭で過ごしておりましたから、
声のデカさを気にした事がありませんの!』
メェル跡地に頭を乗せ身体に見合った
大きな声を上げるのは、片方の頬が
パンッパンに腫れ上がっている海竜ガルガラン。
恐ろしい顔だが陽気な性格で、
人間達にも“現象”の竜にも友好的な
態度を取っている。
まず暴走の原因を探る為、気絶した
ガルガランをディルギーヴと船で引っ張り、
メェル跡地に頭部だけ乗せた。
その時、ガルガランの牙に混ざって
大きな何かが刺さっているのを
ナンシーが発見し、抜いてみたのだ。
深く刺さっていた何かを無理やり抜いた
衝撃でガルガランの意識は戻り、
正気にも戻っているようだった。
『あたくしは海竜ガルガラン。
“現象”の竜でしてよ!』
「私はシャルラハロート・アーヴェン、
こちらは父の……」
『闇竜ディルギーヴだ。
ついでにこの豚はミシケロトクラロ。』
『シャーーッ!!』
『へぇ、豚さんは初めて見ましたわ。
猫さんみたいな見た目してるんですのね~。』
『シャーーーーーーッ!!!!』
ガルガランは海から出た事がない。
何故なら、陸地に上げられても呼吸等は
問題ないが移動が出来ないからだ。
海竜の中でも、ガルガランは完全に
海を移動する事に適応した身体の造りをしている。
猫は海辺でよく見かけるので
知っていたが、豚は見た事がないらしい。
ディルギーヴに首根っこを持ち上げられて
ぶらんぶらん揺れるミシケロトクラロを
興味深そうに見ていた。
「それでこちらの方々が、
今回協力してくださった……」
『……ナンシー?
ナンシーじゃありませんこと?』
ガルガランは目を丸くして、女海賊を見る。
団員達やシャーリーから
驚きの声が上がる中、名前を呼ばれた本人は
水色の目を見つめ返した。
「なんだい、覚えてたのか。」
『忘れませんわよ~!
だって、貴女はあたくしのお友達だもの!』
「見た目がこんなに変わっても?」
『オーッホッホッホッ!
変わらず可愛いままでしてよ!』
楽しそうに会話をするナンシーと
ガルガラン。
どうやら知り合いだったようで、
海竜は長い尻尾の先端を、パシャパシャと
水面に叩きつけて喜んでいる。
波と揺れがすごい。
『あたくしを正気に戻してくれて
助かりましたわぁ~!
正直、痛すぎて何やってたか
覚えておりませんけど。』
「ここにあった国を滅ぼしたんだよ、
アンタ。」
『まぁ、それはやっちまいましたわね。
でもひどい目に遭わされましたもの、
トントンですわ~!』
前言撤回、ガルガランも普通に物騒だった。
暴走の原因はメェルにあったらしいが
正気を失っていたとはいえ、
滅ぼしても罪悪感ゼロとは中々である。
『ひどいんですのよ~!
この国の方々、あたくしを
攻撃してきましたの!』
『ほう?』
『銛とかでグサグサ刺されて痛くって……
極めつけに、その銛の一つが
歯茎に刺さって!
そこから記憶がありませんわね~、
痛すぎて正気失ってましてよ!』
なんでも、ガルガランが縄張りの見回りで
偶然メェルの近くを通った際、
メェルの国旗を上げた多くの船に
取り囲まれて、攻撃されたのだそう。
銛を身体中に打ち込まれ、痛いし
ムカつくしで反撃しようとした所、
ちょうど口に銛の一つが思いっきり
刺さってしまったようだ。
その痛みで大暴走を引き起こし、
ガルガランは簡単に国一つを滅ぼした。
『……“現象”の竜に傷を負わせたという事は、
これも“ラドの刃”か?』
『“ラドの刃”?
なんですの、それ。』
『千年前に人間が生み出した特殊な武器だ。
特に“現象”の竜の一部から作られた物は、
我等の鱗も容易に切り裂く。』
『千年前……あ、ママが言ってましたわ!
あたくしが生まれた年に、
陸地で大きな戦争があったとか。
でもママもあたくしと同じで海竜ですし、
参加はしなかったと。』
ガルガランの口から抜かれた巨大な銛の
刃の部分はとても硬い金属で
出来ており、鋭い。
これが口に深く突き刺さっていたのだから、
そりゃあ痛かっただろう。
痛みの元を取り除かれて
ご機嫌な様子のガルガランは、
今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気である。
“現象”の竜が暴れるのを止めたからか、
曇り空だった天気も少しずつ回復している。
『皆さんはあたくしの恩人ですわね~!
どんなお礼をしようかしら?』
「お礼だなんてそんな……。」
『なうなう』
『美味しいお魚? 分かりましたわ!
ちょっと潜って取っ捕まえてきましてよ!』
ミシケロトクラロの一言を聞き、
ガルガランは止める間もなく
スルスルと海に潜ってしまった。
そして数分後、戻ってきたガルガランの
口には巨大すぎる魚が咥えられており。
ミシケロトクラロはテコでも動かん!と
ガルガランの捕ってきた魚を
食べ始めてしまった。
結局、ミシケロトクラロだけでは
食べ切れない魚を消費すべく、
(ガルガランが即追加していく為)
海賊団、“現象”の竜三頭、竜の娘という
不思議な組み合わせで魚尽くしの宴が
始まったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『貴女、お名前はなんて言いますの?』
「……ない、捨てられたから。」
『あらぁ~、それは困りましたわね~。
あたくしを初見で怖がらなかった方は
貴女が最初ですの。
せっかくなら、お名前で
お呼びしたかったのに。』
「……アンタさ、そんなにこわくないよ。
牙もキラキラしててキレイだし。」
『あらまぁ~!
パパとママ以外に牙を褒められたのも
初めてですわ!
ひどいんですのよ~、他の方々!
あたくしの顔見て開口一番に、
『怖い』だなんてほざきますの!
きぃぃ! うら若い乙女になんて事
言うのかしらっ!』
「若いんだ……。」
『あっ、そうですわ!
あたくしがお名前つけて差し上げます!
ママが言っていましたの、
『名前は最大級の贈り物』だと。
あたくし貴女を気に入りましたから、
お名前プレゼントしちゃいましてよ!
どんな名前にしようかしら……
ご希望はおあり?』
「別に……。」
『そういえば、東の方に棲む
“現象”の竜の方とお喋りした時、
あちらのお国の言葉を、いくつか
教えていただきましたわね……。
確か名前の無い方をナ、ナナ、ナナシ……?
ナンシーでしたかしら?
あら、ナンシー!
可愛らしくって素敵では?』
「……。」
『さあ、陸地に着きましてよ。
ナンシー、ここでお好きなように
生きてごらんなさい。
あたくし達海竜は、海でしか
生きられませんけれど。
人間は陸でも海でも生きていけますもの。』
「……名前、ありがと。
ねえ、アンタの名前はなんて言うの?」
『……ウフフ、あたくしは海竜ガルガラン!
意味は“真珠の牙”でしてよ!』




