第三十二話『“真珠の牙”《海竜ガルガラン》』
海の上に浮かぶ小国、メェルは
ある日突然滅亡した。
この国が滅んだのは“現象”の竜、
海竜ガルガランの暴走が原因である。
海竜と呼ばれる“現象”の竜は複数匹いるが、
ガルガランは比較的浅く、温暖な海域を
縄張りとしている。
その中にメェルも含まれてはいたが、
ガルガランにとって、広い縄張り内で
特段、重要なポイントではない。
普段から近寄ったりはしていなかった。
超大型サメ型魔獣の父と、
“現象”の竜の母との間に生まれた
海竜ガルガラン。
体長千メートルを優に越え、
海蛇のように細長い身体を有した
巨大な“現象”の竜であり、サメのように
鋭い牙が夥しく生えた口は
獲物を切り裂き、生かして帰さない。
その竜の大暴れにより国が一つ滅び、
周辺の海に面した他国の街も
被害を受けている……。
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『娘に近寄るでないわゴロツキが!』
「グエッ!?」
「ふ、船乗りさん!」
「おっ、この魚が好きとかツウだなぁ~!
こっちも食うか?」
『にゃーん♡』
シャーリーとディルギーヴ、そして何故か
ついてきたミシケロトクラロ(黒)は
メェルに一番近い港町を訪れていた。
突然城の貴賓室に現れたふてぶてしき猫、
ミシケロトクラロ(黒)はエトワスタの
羽化と同時に、シャルドームとも
ザンバギとも別行動になったらしい。
そしてどうやら彼女(?)は、親子と一緒に
メェルに行きたがっているようで。
一応は“現象”の竜でもあるので、
ディルギーヴも背に腹は代えられないと
シャーリーの護衛になるよう言い含めて
連れてきたのだ。
この街にも高波が襲ってきているらしく
街の海側では避難指示が出ており、
港に人はいない。
波打ち際には、死体こそ無いが
大量の瓦礫や木片が押し寄せていた。
素人から見ても荒れていると分かる
海を見て、ひとまずディルギーヴは
シャーリーとミシケロトクラロを
港に待機させ、一頭でガルガランの様子を
確認しに向かった。
メェルのあった場所は、建物や木が壊されて
残骸だけが残る場所となっていた。
ディルギーヴは空から、メェル跡地近くで
のたうち回っているガルガランを確認。
かの海竜の状態をシャーリーや
ミシケロトクラロと共有する為に
戻ってきたの、だが。
「お父様!
この方々は私達を心配して、
声をかけて下さったんです!
すみませんお二人とも……!」
「嬢ちゃんの父ちゃん、良い拳だぜ……!」
「娘を心配したんだろ?
良い親父さんじゃねえか。」
「ほら、これも食え食え。」
『オサカナァウマィナァ~』
「おい今絶対喋った!」
荒れた海の側に立つシャーリーを心配して、
“船乗り”達が声をかけてくれたのだ。
見た目こそゴロツキだが、下心無しで
避難先まで教えてくれた優しい連中である。
ミシケロトクラロはその内の二人から
魚をもらってご満悦。
更にふくふくになっていた。
『豚にでもなる気かこの駄猫が!
ちゃんとシャーリーを護衛しておれ!』
「親父さん、猫は例え豚になっても
可愛いんだぜ。」
「ありとあらゆる猫は、猫である以上
最高だって確約されてんだよ。」
『先程から貴様らは何なのだ、
猫の奴隷か?』
ミシケロトクラロに魚を与えていたのは
猫好きの“船乗り”だったらしい。
ディルギーヴに猫の魅力を説く、
その目は真剣だ。
「てかよぉ、お嬢ちゃん連れて
こんなに荒れてる海に来るんじゃねぇよ。」
「そうだぜ、今は海竜ってのが
大暴れしてんだ。」
『フン、我等はその“現象”の竜の
暴走を止めにきたのだ。
暴れておらねばむしろ困るわ。』
「……そいつは面白い事聞いたねぇ。」
屈強だが優しい海の男達に注意されたが、
ディルギーヴとしてはガルガランを
大人しくさせて原因を特定するのが
今回の目的なのだ。
男達の忠告を鼻で笑うと、
背後から他の誰かの声がかかった。
「暴れてんのは“現象”の竜だよ、
アンタらに何とか出来んのかい?」
『誰だ貴様。』
「「「「お頭!」」」」
ディルギーヴへ声をかけたのは、
かなり大柄の女性だった。
顔は整っているが、あちこちに傷が入り
厳つい印象を与える。
明るい緑色の目と対称的に、
暗さを感じさせる黒みがかった長い青髪は
ひどく痛んでいた。
肩にかけられた厚手の黒いコートの下には
胸元をかなり開けたデザインの服を
着ており、焼けた肌と豊かな谷間が
見えている。
“お頭”と呼ばれた女性は、
カツカツとブーツを鳴らしながら
こちらに近付いて来た。
「お頭!海竜どうでした?」
「駄目だねぇ、ありゃ
うちの船じゃ近付けないよ。
波は何とかなるが、奴の身体が
少しでもかすりゃ大破間違いなしだ。
しかも空から、別の“現象”の竜らしいのが
海竜を見てたからねぇ。
ちょいと戻ってきたのさ。」
『それは我だから問題無い。』
「我だぁ?」
シャーリーは父と猫に代わり、
この街に来た理由を女性へ説明する。
ディルギーヴとミシケロトクラロが
“現象”の竜である事、諸事情あって
海竜ガルガランの沈静化の依頼を受けた事。
“船乗り”達は目を丸くして、
信じられないと言わんばかりの
表情を浮かべていたが、
“お頭”は「なるほどねぇ」と言い、
どこか納得した様子だった。
『我等は理由があって此処に来た。
貴様らは何をしに来たのだ。』
「アタシらかい?
……腐れ縁、みたいなもんかねぇ。」
「腐れ縁?」
「まずは自己紹介をしようか!
アタシはナンシー、
ナンシー・ベラドンナ!
このベラドンナ海賊団の船長さ!」
「俺らはその団員でーす!」
「よろしくな!」
「猫可愛い!」
ナンシーと名乗った女性は、
両手を広げて豪快に名乗りを上げる。
彼女の後ろに控える団員達にも
負けず劣らずの逞しさだ。
『つまり賊ではないか。
娘に悪影響……』
「ナンシーさん……格好いいです!」
「ありがとよ、お嬢ちゃん。」
『なっ……!?』
『にゃう。』
シュラージュで育った
シャーリーから見たナンシーは、
まさに格好いい、理想的な女性像だった。
もちろん領主である祖母のような
淑女にも憧れているが……物理で強ければ
強いほど良いのだ、あの過酷な辺境の地では。
「言っとくがな親父さん、俺達は
悪どい事してる連中からぶん盗るのが
仕事なんだぜ!」
「そうだぞ!
世界各地を股にかけてんだ!」
「今回はメェルが標的だったんだが、
先に滅んじまったんだよな~。」
ベラドンナ海賊団は、各地の悪党が
所有する船などを襲って奴隷解放や
金品強奪を行っている。
その船長であるナンシーは、
とある地域では英雄、別の地域では
逆に悪党とされており、団員達は
彼女に助けられた人間ばかり。
そして、彼女らの今回の標的は
メェルだったのだとか。
「メェルは何をしていたんですか?」
「あの国は昔から、
海の中継地点として栄えてたのさ。
でもここ数年は特に……奴隷や孤児の
売り買いが盛んになっててねぇ。
他にもやらかしてたみたいだけど。」
人間にはいくらでも使いようがある。
そして、価値が下がれば下がるほど、
“使い方”は雑になるのだ。
シャーリーの事を気遣い、“やらかし”の
一言でまとめられて濁された、
メェルの闇は言えないほどにおぞましい。
他にも悪どい事に手を出していたらしく
因果応報なのか、キレイさっぱり
滅ぼされてしまったが。
国民達は各々船に乗り込み
逃げ出したが、海竜が起こした波で
船が沈んだりうねる尾に当たって
木っ端微塵になってしまったり。
特に、他国での王にあたる“国主”と
その一族が乗った船は一番大きく
豪華で目立っていたからか、海竜に
噛み砕かれて海の藻屑と消えた。
(乗っていた人間は全員亡くなったらしい)
ナンシー達も救助に向かったが、
助けられたのは国民や奴隷達の
ごく一部だったのだそう。
「猫……の方は置いとこうかねぇ。
“現象”の竜ってならアンタ、あの海竜を
どうやって正気に戻すんだい?」
『まずは、あの“現象”の竜を
気絶させるなり何なりせねばならぬ。
我ならば、海竜程度は
一対一でも“勝敗”に問題は無い。
だが……海竜系統はしぶと過ぎるのだ。
ぶつかる力が大きく、戦う時間が
長ければ長い程世界への影響は
大きくなる。』
ディルギーヴの戦闘力は、
“現象”の竜内でも上から数えた方が早い。
ガルガランと戦っても勝てるだろう。
……勝てるだろうが、ガルガランの
体躯は大きく、しかも海竜が
最も力を発揮し供給出来る海での戦闘。
鎮圧までに時間がかかり、そしてその分
世界にかかる負担は大きくなってしまうのだ。
地竜ニゥニーマはまだ幼く、
“現象”の竜としての力もほとんど
使いこなせていなかった為、こちらも
力を使わず肉弾戦で制圧出来たが、
ガルガラン相手ではそうはいかないと
ディルギーヴは判断した。
「では、お父様。
どうするんです?」
『世界への影響を考えずとも良いのなら、
我が今すぐにでも赴いて気絶させてこよう。』
「その影響ってのは
どれくらい出るんだい?」
『この海域が数年は荒れて
船が通れなくなり、近隣の街には波が
押し寄せて人間が住めなくなる程度だ。』
「程度じゃねえ。」
「竜ってスケール違いすぎねぇか?」
「却下だよ、他には無いのかい!」
別に周辺の街がどうなろうが
ディルギーヴ的にあまり興味はないので
全力で片を付けても良いのだが、
シャーリーが見ている以上
その後の被害も最小限に抑えたい。
『他……他か。』
「とりあえず、一撃で気絶させるのが
良いんじゃないっすか?」
「じゃ、親父さんが取り押さえて
誰かが海竜を気絶させれば……。」
「乗り掛かった船だ、協力はするけど……
ハープーンぶちこんでも
平然としてるような“現象”の竜に、
アタシらは有効打を持ってないからね。」
ディルギーヴが取り押さえるにしても、
気絶させるにしても、穏便に済ませるには
あと一手が足りない。
ナンシー達の船は海竜の起こす波に
耐えられても、直接攻撃に当たれば
無惨に砕け散るだろう。
どうしてこの場にシャルがいないのか、と
ディルギーヴは困り果てた。
片割れシャルドームがいればこの問題、
難なくクリア出来ると言うのに。
『にゃーん。』
『……丁度良いのが居るではないか。』




