第三十一話『迫る波音』
「……と、言う訳なんです。」
『やべぇじゃねえか。』
『そうだ、やべぇのだ。
我の不在時によくも……!』
突然城を訪れた屍竜ネェロネペ。
彼女も貴賓室に案内され、ふてぶてしく
椅子にふんぞり返る。
シャーリーはぼんやりと、最近の
貴賓室は“現象”の竜専用の部屋に
なってきたなと思っていた。
『話聞く限り、ネネちゃんを
襲った野郎と何か似てね?
シャリ子に怪我無くて良かったな。
ネネちゃんみたいに一撃、
ぶちかまされたのかと思ったが。』
『賊の狙いは誘拐だ。
少なくとも“現象”の竜である貴様への
襲撃とは理由が違うのだろう。』
「……。」
シャーリーは雪薔薇騎士団の演習に
混じっての野宿特訓中に、フードを被った
何者かに襲われたのだ。
まるで、ネゥロデクスから聞いた
母ローズを襲った人物。
そしてネェロネペを傷付けた犯人と
同じ姿をした何者かに。
気配も無く忍び寄っていた
その人物は、シャーリーの腕を引っ張り、
連れ去ろうとしたらしい。
突然現れた敵に、雪薔薇騎士団の
猛者達の行動は早かった。
シャーリーには当てないよう、
あちこちから賊目掛けて飛んでくる
弓矢や鋭い刃。
無数の攻撃が賊に当たり、
シャーリーの腕を掴む力が弱った瞬間を
見逃さず、エマは掴まれていない片腕を取り、
シャーリーを己に引き寄せた。
『ネネちゃん襲った野郎とおんなじか?』
『分からぬ、だが只者では無かった。
何しろ刃も弓矢も通じなかったらしい。』
「騎士団の皆さんの攻撃が、
何も効いていなかったのです。」
騎士団からの攻撃に力を弱めはしたもの、
賊へは大してダメージは入らなかった。
攻撃をいなし、受け、避けながら
シャーリーを守るエマに突っ込んできた。
『でもシャリ子、ここにいんじゃんよ。
そいつはきっちり殺したって事だろ?』
『いや、逃げられた。』
「エマの反撃で逃げていきましたけれど……。」
エマも持っていた小型ナイフで
反撃しようとしたが、勿論弾かれた。
尚も食い下がるフードの不審者に
対応する為、エマは襲撃の影響で
周辺に散らばっていた武器の中から、
咄嗟に掴んだソレで敵を迎え撃つ。
『それは、少し前に
このシュラージュで押収された“ラドの刃”だ。
切れ味等の調査をする為に、騎士団の武器と
同じ場所で保管されていたのだと
聞いたがな。』
『うげぇ……。』
“ラドの刃”と思われる武器により
傷を付けられたせいで、診療所へ
強制入院させられているネェロネペは
思わず舌を出す。
もう痛くはないし、前よりは治っている。
だがまだ傷が残っているのが苦々しい。
「隣国アルサフの反政府組織の方々が
持っていた“ラドの刃”は、
人間にも大してダメージは与えられず、
“現象”の竜を傷付けるだけの性能も
無かったはずです。」
ネェロネペを傷付けた刃物は
“現象”の竜の身体の一部から作られた
一級品だと思われる。
しかし、エマが咄嗟に使った物は
通常の竜種から作られた所謂粗悪品。
『でもその野郎は怪我したから
退いたんだろ?
人間が使う普通の剣ではノーダメなのに、
粗悪品ではダメージ受けた……?
あ゛ー!!
訳が分かんねぇよ、ネネちゃん
ただお使いに来ただけなのに!
なんでこんな頭使わねぇといけねぇんだ。』
『エトワスタ様も頭を捻られていた。
おい小娘、貴様の父親は
何か言っておらなんだが。』
『言ってたよ。』
「言ってたんですか!?」
そう言えば“お使い”と言っている。
わざわざ入院しているネェロネペを
使いにした理由は分からないが、
何か新しい情報を得たのだろうか。
『つっても、その事件についてじゃねえ。
父様からシャリ子の父親へ、
一つ依頼があるんだってよ。』
『依頼?』
ディルギーヴは訝しむ。
あのネゥロデクスは有能故に、
誰かに頼るといった事はしない。
そんな相手からの“依頼”だなんて、
明らかに怪しい。
『南の方にある島国……
確か名前はメェル?
それが少し前に消えたんだと。
理由はね、“現象”の竜の暴走。
その竜が未だに暴れてやがるから、
止めて欲しいんだってよ。』
メェルは小さな島国であったが、
周辺の国々にとって海の輸送経路の
中継地点になっていた。
そこそこ栄えていたのだが、
突然暴れだした“現象”の竜により
国を大きな波が襲い、数日前に
滅んでしまったらしい。
その海域は波がうねり、空は荒れ、
船が通れるような状況ではない。
『は?何故我が……
嗚呼、成る程“分からなかった”か。』
おそらく、その“現象”の竜が
暴れ出した理由がネゥロデクスには
“分からなかった”のだろう。
つまり、メェルという国が滅んだのも、
ローズの死と同じ“分からない”事なのだ。
だからディルギーヴとシャーリーに、
娘を遣いとして出した。
『分かった、南にあるメェルだな。
……メェルの方向なら、確か彼奴の……。』
『あ、さっき話に出てた“ラドの刃”、
ネネちゃんに貸せよ。
今さ、父様の巣にネネちゃん達
姉弟で呼ばれて、ネグも一緒に来てんだよ。
アイツに届けさせて、
診療所の義弟に見せてみる。
賢いしなんか分かんだろ。』
ネェロネペが“入院中”にも関わらず
おつかいに来れたのは、弟である
ネェログシムと共に、両親の棲まう巣に
呼ばれたからだった。
道具や他人を運ぶ時は無理だが、
死竜の子である二頭は単体でなら
父と同じ様に何処へでも移動出来る。
それに、元々“カラス”とも呼ばれる
死竜系統は空を飛ぶのが得意だ。
誰も背中に乗せていない、
全力で飛べる状態ならイルシャほどの
距離があろうが直ぐに着くだろう。
箱に仕舞われ、更に上から厳重に
布で巻かれた“ラドの刃”をネェロネペは
受け取った。
「あれ、ネェロネペさんが
エドガーさんに届けないんですか?」
『ネネちゃん、しばらくは実家に入り浸って
母様にいっぱい甘える予定だから!
義弟には甘えらんねぇじゃん。』
そりゃそうである。
あのエドガーが義姉であるネェロネペを
甘やかしてくれるとは思えない。
というか、番であるネェログシムにも
中々の塩対応だった。
ちなみにそのエドガー、
父から呼び出されたのでエドガーと
離れる事になり、半泣きになった
ネェログシムを無表情、尚且つ手で
しっしっと追い払っていた。
一人で過ごすのも全然平気なタイプらしい。
『九百で親に甘えるでないわ。』
『でも父様言ってたぜ、
“現象”の竜の姫様は親にも
側近にも甘えまくりだったって。』
『グウッ、反論出来ん……!』
『じゃあそろそろ帰るわ、
ジョンによろしくな。』
「えっ、お祖父様には
お会いにならないので?」
手をヒラヒラと振りながら、
ネェロネペは扉に向かう。
だが、シャーリーから声をかけられて
少しだけ後ろに振り向いた。
『今ジョンに会ったらよ。』
「はい。」
『喧嘩しかけちゃうから……。』
ぶっちゃけ、シャーリーから聞いた
雪薔薇騎士団とやらに今すぐかちこんで
暴れまわりたいが、そんな事をすれば
母様に叱られちまう、とネェロネペは言う。
(滅多に怒らないが、一度怒ったトーマスは
それはそれは怖いのだとか)
そうだった、この“現象”の竜は
人間と戦うのがめちゃくちゃに
好きな個体であった。
棲みかに帰るネェロネペを見送り、
ディルギーヴはため息を吐いた。
『メェル、か。
此処からなら時間はかからんが。』
「お父様、何か?」
『お前を狙ったあの賊の事を考えるなら、
共に連れて行くのと、置いていくのは
どちらが安全なのだろうな。』
メェルまでは数日で辿り着ける。
だが、ネゥロデクスが睨んだ通りならば
この一件はローズの死にも関わりがある
可能性が高いのだ。
なら、あの賊がまた出てくる可能性もある。
自分だけで守り切れるのか、
それともシュラージュの人間達を信じて
置いていけば良いのか。
『連れて行くにしても、
我一頭だけではなくもう少し爪が欲しい。
シャルが居れば……
何処に逃げたのだ我が弟は!』
『にゃーん。』
「あら?」
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『うぇーん!
ネゥロデクス助けてよぉー!』
『おいネグ、なんか門ガシャガシャ
揺らしてる不審竜いねぇか?』
『……。』
『母様、なんか変な奴来た!
多分父様の浮気相手!』
『……!?』
『違いますお宅のお父さんとは
古くからの知り合いみたいなものです
やめて特に今は色恋に巻き込まないで!!』
「アッハッハッ、千年目の浮気ってやつか?」
『断じて違います。
憶測で判断するのはお止めなさい、
ネェロネペ。
シャルドーム、お前も何故
竜の姿から変化していないのです。
門が壊れたらどう責任を取るつもりで?』
『ちょっと色々あってぇ!
頭混乱してて変化どころじゃないのぉ!』
『うわ鼻水と涙で汚なっ、ネグみてぇ。』
『……!!!!』
「こらネネ、弟を汚いなんて
言うんじゃない。
とりあえずその“現象”の竜には
入ってもらったらどうだ。」
『全く……何があったのですか。』
『……“何があった”?
えっ、ネゥロデクスならカラスを通して
“見てた”でしょ?』
『……ちょうど良い。
手伝いなさいシャルドーム。
ディルギーヴよりお前の方が、
今から行う事に役立つでしょう。』
『えっ、まあ、エトワスタ様から
匿ってくれるなら良いけど。』
『ネェログシム、ついて来なさい。
ネェロネペ、お前には伝言を頼みます。
場所はリュゼーヌ王国がシュラージュ領、
闇竜ディルギーヴとその娘……
シャルラハロート嬢へ。』
『えっ、僕のお兄ちゃんと
姪っ子ちゃんに?』
「なんだ、お前さんあいつらの身内か?」




