第三十話『忍び寄るナニカ』
『落ち込んでいる所悪いのだがな、
貴様はシャルから何処まで聞いた?』
『悪いと思ってないでしょ!?
……そうねぇ、怪しい動きがある事は
聞いているわ。
まだ詳しくは分かっていないから
他の竜には伏せているけど、
お父様とお母様にはシャルドームが
報告済みよ。
ネゥロデクスも宴には顔を出してなかったし、
独自で何かしてるのかもね。』
宴というか、“現象”の竜の集まりに
定期的に顔を出しているネゥロデクスが
今回の宴には来なかった。
あの死竜は死竜で、こちらと違う
何かしらの動きを取っているはずだ。
『……エトワスタ様。』
『何よディル。』
『此れよりこのディルギーヴ、
少し暇を頂きたく。』
ディルギーヴはエトワスタを見つめ直すと、
友に向ける言葉ではなく、主君への
物へと態度を変えた。
エトワスタは表情を変えず、己が側近を見る。
『我が番の死に、此度の騒動が
関係していると思われます。
……我が娘シャルラハロートと共に、
知りたく思うのです。
番の死の理由を、真相を。』
そう言ってディルギーヴは
エトワスタへ頭を下げた。
静かな沈黙が場に浸り、シャーリーは
父とその主君を静かに見るしかない。
エトワスタは、幼馴染みではなく
主として口を開く。
『……千年間の闇の制御の任、
御苦労でしたディルギーヴ。』
『はっ。』
『よってそれと同じ千年、
貴方に暇を与えましょう。
わたくしも主として、その忠義に応えます。
こちらで何か情報を得たならば、
勿論共有します。
必ず見つけなさい、真実を。』
『……我等が星の光に感謝を。』
『じゃあ代わりにシャーリーちゃん!
孵化したらわたくしの側仕えにならない?
一緒にシャルを探しながら、
世界を周りましょうよ!』
「えっ。」
『全て台無しではないか
馬鹿姫のせいで。』
結局、弟と娘はやらん!と突っぱねる
ディルギーヴと、やだやだ欲しい欲しい!と
ごねるエトワスタ。
だが、ひとまず“現象”の竜の姫である
エトワスタは竜域に戻る事となる。
行方を眩ませた弟シャルドームの事は
とりあえず放置し、時間が経ったら
接触するように、と兄のディルギーヴは
主君にこれでもかと言い聞かせた。
どれだけエトワスタが望んでも、
彼の心が決まらなければ番には
なれないのだから。
そうして騒動の原因である竜姫が去り、
シャーリーとディルギーヴ親子は
やっと一息つけたのだった。
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親子がシュラージュの地に
戻って数週間。
シャーリーは雪薔薇騎士団の
演習に混じり、野宿の練習をしていた。
今日は一人で火を起こす所から。
騎士達と共に、少し暗くなってきた中
手慣れた様子で準備を始める。
一年後には“現象”の竜になるという
事実を聞かされた家族達は、
悲しみながらもシャーリーの
背中を押してくれた。
なのでシャーリーは、今の内から
城にある自身の持ち物を整理したり
最低限習得した料理や洗濯、
裁縫等をもっと上手くこなせるよう、
更なる練習を始める事になった。
「お嬢様もずいぶん上手く
火が起こせるようになりましたねぇ。」
「前の旅ではお父様が
着けてくれてましたから……
次からは私が着けられるようになります!」
一応は、まだ辺境伯家の令嬢である
シャーリーの護衛を買って出た
エマに褒められ、嬉しそうに笑う。
ディルギーヴは家事こそ
出来ない(する習慣と必要がない)が、
食料の確保や夜の番は難なくこなせる。
火の用意だって、硬い爪同士をぶつければ
火花が出て着火出来るのだ。
移動も頼りきりだったし、
護衛もお願いしてしまっていた。
次は何かしら父の役に立てるよう、
前よりも練習に熱が入る。
「お父様は今日も知り合いの方を
訪ねてらっしゃるけど……。」
「最近しわしわで帰ってきますよね。」
「私に会わせろと、
たくさん言われるのですって。」
ディルギーヴは普段、なるべくは
シュラージュの城にいるようにしているが
時々、情報を集める為に竜域や
他の“現象”の竜の棲みかへ赴いている。
どうやらエトワスタがシャーリーの事も
伝えていたらしく、様々な竜が
『ディルギーヴの娘に会いたい!』と
言ってくるのだそう。
中には人間嫌いの個体もいるが、
その“人間”が“揺籃の雛”なら話は変わる。
竜の子はとにかく数が少ないのだ、
姿が人間だろうが、めっちゃ見たい。
エトワスタの両親、サヴァンと
ルェロナからも遠回しに会わせて欲しいと
言われたのだとか。
(親を亡くしたディルシャル兄弟を
育てたのはこの二頭なので、シャーリーは
孫のようなものらしい)
顔合わせは落ち着いてからとして、
ローズの死、そして人間界での
“現象”の竜絡みのアレコレを探っているが
あまり情報は得られていないようだ。
「“竜の診療所”とか呼ばれてる場所にまで
行ったのに大した情報無かったんでしょ?
そこら辺の知り合いが情報を
持ってるとは思えませんけど。」
「“現象”の竜で一番の情報通の方でも
“分からなかった”そうですからね……。」
「ソドシアンやら、まさかイルシャまで
行ってたなんてビックリしましたわ。」
ディルギーヴの正体を知っている
一部には出掛けた場所も伝えたし、
お土産も渡した。
だが、流石に遠く離れたイルシャまで
行っていたのは想定外だったようで、
ウィンズは腰を抜かしたし、
普段冷静なヴィレネッテですら
驚いた様子を見せていた。
エマも勿論驚いた。
飛行機といった空路が確立していない
この世界には陸路か海路しかない。
通常種の中でも温厚な竜を飼い慣らして
乗っている民族もいるが、
“現象”の竜ほど遠くへは行けない。
だからこそ、まさかお嬢様が
遠いイルシャまで行っているなんて
思ってもみなかった。
「よし!
火も安定してきました。」
「じゃあ次は鳥の捌き方です。
まずは生きた鳥を締めましょう。」
「うっ……。」
旅中は、立ち寄った街で買った
携帯食料やディルギーヴが狩った動物を
焼いたりして食べていた。
大物は食べきれないからと
小さめの動物を狩ってくるよう
頼んだのだが、きっちり首が切り落とされた
死体を意気揚々と見せてくる父に
シャーリーは少し引いた。
だがディルギーヴは獲物を手際よく
解体し、食べられるサイズの肉にして
シャーリーに渡してくれたのだ。
なんでも、昔エトワスタが
『人間の食べ方で食べてみたい!』と
駄々をこねたので解体と焼き方くらいは
覚えたのだそう。
「頑張ってくださいお嬢様!
まあ、一人で暮らすようになったら
獲物はそのまま丸呑みとかかも
しれませんけど!」
「せめて火には通します!」
周囲から起きた、豪快だが優しい笑い声達に
背中を押され、シャーリーは意を決して
まだ生きている鳥を掴もうとする。
「……えっ?」
しかしその前に、突然目の前に現れた
ローブ姿のナニカに腕を捕まれたのだった。
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『おい、ここがシュラージュの
領主一家が住んでる城で間違いねぇよな。』
「ん?
そうだよ、なにかご用かなお嬢さん。」
『ジョンかシャリ子出せ、なるはやで。』
「ジョン様って今日居たか?」
「うんにゃ、見回り行ってる。
あんな事があったばっかりだでよ。」
「じゃあシャリ…
えっ、シャリ子って誰だい?」
『シャリ子はシャリ子だよ。
オメェらが何て呼んでようが
ネネちゃんにとってはシャリ子なんだよ。
屍竜ネェロネペがご足労してやったぜって、
お伝えやがれだ野郎共!』




