第二十八話『動乱の気配』
「偉大なる闇竜ディルギーヴ殿、
貴殿とは初めてお会いする。
私はリュゼーヌ王国が女王、
ステラ・ジュ・シーク・リュゼーヌ。
“現象”の竜たる貴方様に御足労を
お掛けした事、誠に申し訳ない。」
リュゼーヌ王国の頂点、女王ステラは
フレシオスと同じ色をした
美しい女性だった。
凛々しく、圧倒的なカリスマ性により
心酔する家臣も少なくはない。
今回は“現象”の竜との面会なので
謁見の間ではなく、
貴賓室での話し合いになった。
リュゼーヌの王族は、“現象”の竜より
上に座ってはならないからだ。
そして、これから行う会話は極秘。
フレシオスとレンズは部屋の外で待機し、
室内にはシャーリー達親子、
そしてステラとその護衛という
最低限の人数だけ残された。
『下らぬ貴様の自己紹介は要らぬ。
さっさと本題を話せ。』
「もう、お父様!
王国を照らす麗しき女王陛下に
ご挨拶申し上げます。
私は辺境伯家の生まれにして
闇竜ディルギーヴが娘、
シャルラハロート・アーヴェン。
そしてこちらが我が父、
闇竜ディルギーヴでございます。」
『我が父……。』
ディルギーヴ、感無量である。
「シャルラハロート嬢、顔を上げたまえ。
兄のフレシオスからローズ殿や
君の詳しい事情は聞いている。
聞いた通り、父君と仲が宜しいのだな。」
「はい、自慢の父でございます!」
『自慢の父……!?』
ディルギーヴ、泣きそうである。
「それは良かった。
シャルドーム様から『姪っ子ちゃんと
お兄ちゃんが可愛くて最高で!』と
聞いていたのでね。」
『我も!?』
「シャルドーム様はよく貴方の事を
『大切な兄』『一番尊敬出来る』と
仰っていた。
この国どころか世界もを救っていた、
偉大な方とお会いできて光栄だな。」
今度はシャーリーが、
父を褒められてニコニコである。
その父は弟から『可愛い』と
思われていたと知り、衝撃を受けた。
我が……可愛い……?
宇宙を背負ったディルギーヴは、
女王ステラの咳払いで現実に引き戻される。
「早速本題に入らせていただこうかな。
実は、このリュゼーヌに
厄介な依頼が来たのだよ。」
「厄介……ですか?」
「ああ、そうだ。
しかも“現象”の竜絡みのね。」
リュゼーヌ王国には竜域がある。
いや正確には千年前、国土の半分が
竜域になった。
あの戦争の後、“名無しの大樹”により
分けられた半分に“現象”の竜達が
棲み着いたのだ。
“名無しの大樹”がある場所は、
ちょうど旧王都のあった場所。
千年前の城塞は大樹にほとんど飲み込まれ、
もはや見る影もないが。
そしてリュゼーヌ王国は、
世界でも稀に見る“現象”の竜の
一大棲息地となった。
人間の近くに降り立つ事はないが、
彼らが町の上を飛んでいく姿は
時々見られる光景だ。
リュゼーヌといえば“現象”の竜、と
答える人間も多い。
『それで?
何があったのだ。』
「……とある国から「王族と婚姻させる為、
“現象”の竜を一頭融通してくれないか」という
依頼が来たのだ。」
『ほう、滅ぼすか。』
「待ってくださいお父様!」
勿論断ったさ、と女王ステラは
頭が痛そうに言う。
自国の王族と結婚させる為に、
リュゼーヌ王国に“現象”の竜の
斡旋依頼をしてくるなんて、
滅べと言っているようなものである。
「……そう言えば、
似たような話を聞きましたね。」
『あぁ、地竜の唾付きからな。』
地竜ニゥニーマの唾付きである
ジョージ曰く、今世界中で流行っている
竜と人間の恋物語。
そのせいで、一部の貴族が
娘を番にしようと躍起になったり、
少女が竜に迫ったり。
結構な騒動が起きているのだと言う。
『とうとう国まで動きおったのだな。』
「それだけではない。
リュゼーヌ王国内部の一部貴族から、
王太子妃には“現象”の竜の娘……
つまりシャルラハロート嬢の方が相応しい!
とまで言い出し始めた輩もいてね。
アーヴェン辺境伯殿や兄が黙らせていたが、
いつ再燃するか……。」
「スノウお姉様に代わって
私が王太子妃だなんて、無理です……!
それに、モーサス殿下とお姉様は
相思相愛ですし。」
リュゼーヌ王国には表立って
活動していないが、王族よりも
“現象”の竜に心酔する貴族もいるのだそう。
“現象”の竜からすれば心酔されても
迷惑でしかないが、彼らにとって
そんな事は関係無いのだ。
シャーリーとしても、仲の良いモーサスと
スノウの間に入るなんて絶対に嫌だ。
お互いを尊敬し合い、支え合う二人は
シャーリーの憧れ。
そんな憧れを自ら壊すわけがない。
「断りの返事はしたし、
シャルドーム殿にも今回の話は
伝えてある。」
『何処の国だ、斡旋等依頼した愚かな国は。』
「ここから北にあるサフィ。
寒さも厳しく、ひどく貧しい国さ。
……どうやら王族に、怪しい人間が
入り込んで唆していたようで。
『“現象”の竜の番になれば、
国は豊かになる」とでも言われたのだろう。」
しかし、サフィでは依頼から少し後に
民衆による反乱が起きたのだそう。
“現象”の竜の斡旋料を確保する為に、
民達から金を取ろうとした事に
怒ったらしい。
王族に取り入った女も、
王族も共に殺されてしまったそうだ。
金髪赤目の美しい女だったらしいが、
国を揺るがせた悪女として首を落とされた。
「リュゼーヌの諺でも、
「悪女は金の髪をしている」と
伝わっているがね。
全く……隣国の女狐といい、
厄介な存在ばかりだよ。
まあ、それを言うなら私も金髪だが。」
「私達が旅に出ている間に、
そんな事が……。」
「うむ、シャルドーム様は
ディルギーヴ様とシャルラハロート嬢を
気にかけていらしたよ。
恐らく、世界の動きに気を付けろと
伝えたかったのではないかな。」
エトワスタの羽化に関わっている
シャルドームとしては爪が離せず忙しい。
だが、片割れとその娘には
警告をしておきたいと思ったのだろう。
自身だけではなく、兄にもその話を
代わりに伝えるよう、女王ステラに頼んだ。
「私からの話はこれで終いだ。
旅から帰ってきて疲れているというのに、
時間を取らせてすまなかったね。」
「いえ、こちらこそ教えていただいて
ありがとうございます。
リュゼーヌが益々輝きますよう、
願っております。」
そうして、シャーリーとディルギーヴは
フレシオスとステラに見送られ、
王城を後にした。
馬車の中で、レンズと
今日得た情報を擦り合わせる。
「まず、リュゼーヌ王国から世界各地に
“現象”の竜との恋物語が広がって、
各地の一部の貴族達が怪しい動きを
しているんですよね?」
「そして北国サフィが、王族との婚姻に
“現象”の竜を宛てようと
リュゼーヌ王国に打診してきた。」
『人間はどうして
身の丈を知ろうとせぬのだ?』
「申し訳ない……。」
ディルギーヴとしては、
特に弱い種族である人間がどうして
ここまで馬鹿をやれるのか謎で仕方ない。
ローズやジョンのような存在なら
まだしも、そこら辺の一般人達には
無理があるだろうに。
「シャーリー達はこの後
どうするんだい?
我が家に泊まっていくかい?」
「いえ、このままシュラージュに
向かいたいと思います!」
『シャーリーはこの長旅で、
我の背に乗る事に大分慣れた。
シュラージュにも、今日中に
辿り着けるであろう。』
「レンズ伯父様、大変お世話になりました。
これ、イルシャやソドシアンでの
お土産です!」
「イルシャ!?
ソドシアンはまだ分かるけれど、
イルシャまで行ってたのか!?」
最初のフライトより早いスピードで
飛ばれても、今のシャーリーには
何の問題もない。
見た目はあまり変わっていないが、
父ディルギーヴと出会い、共に旅をし、
シャーリーは格段に逞しくなった。
そんな姪に、レンズは今は亡き妹ローズの
面影を少しだけ見たという。
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《“現象”の竜の説明~孵化編~》
解説:ネェロネペ
『ネネちゃんだぜ!
“揺籃の雛”は孵化をすると、
まず“現象”の竜の幼体になる。
“現象”の竜としては、十代なんて
まだまだアブバブーちゃんだからよ!
ネネちゃんは五十年くらい、
ネグは三百年くらいで一人立ちしたっけ。
あ、脱ぎ捨てた元の身体は
卵の殻みてぇなもんだけど、
大体は親か自分が食うぞ!
残しといても邪魔なだけだからな。
特に人間は肉だからほっとくと腐るし。
でも謎なのがよぉ、元の身体の傷とかは
竜に孵化しても残るんだぜ?
ピカピカ新しい竜の身体が出来たから
孵化すんのにな。
ネネちゃんも、昔罹った病気で
目ん玉が一つ無ぇのそのままだったもん。
ま、母様が可愛い眼帯
作ってくれたから良いけど!
薔薇の飾りが可愛いだろ?
このお洋服も母様が作ってくれてんだ!
生地もネネちゃんの羽根から織ってくれて、
変化する度にいちいち着替えなくても
服ごと変えられんだぜ。
ネネちゃんやネグは元人間ちゃんだから、
習性ってか食性とかも人間と
ほぼ同じなんだけどよ。
今は別に、生肉だろうがなんだろうが
食えちまうんだよなぁ。
ネグは料理するのが好きだから、
生肉あんまバリムシャしねぇ。
ネネちゃんはする、時短だから。
だけど義弟の野郎がお医者様だからよ、
生肉モグモグにはあんまり良い顔しない。
でもあいつほっとくと、まともな
おマンマ食わねぇんだぜ!?
研究に没頭して人の話も竜の話も
聞かねぇもんだから、ネグが泣きながら
飯を口に突っ込んでんだ。』




