第二十七話『王都』
「シャーリー、ディルギーヴ様。
ようこそ王都へ。」
『……。』
「レンズ伯父様!
お久し振りです!」
シュラージュへと戻る前、親子は
リュゼーヌ王国の王都に立ち寄っていた。
流石に王都へ“現象”の竜の姿のまま
寄る訳にはいかないので、
ある程度離れた場所から馬車に乗って
移動したので時間は掛かってしまったが。
そしてアーヴェン辺境伯家が持つ
邸の一つまで到着すると、
その中から出てきたシャーリーの
二番目の伯父にして宰相の右腕、
レンズ・アーヴェンが出迎えてくれた。
レンズは非常に優秀な頭脳を持ち、
あのフレシオスと同級生として
学年一位の座を争っていた過去を持つ。
「長旅で疲れているのに、
いきなり呼び出して申し訳ないね。」
「いえ、伯父様にも
お会いしたかったですし!」
『シャルに呼ばれたから来たまでだ。
貴様らの為ではないわ。』
シャルドームからディルギーヴへ
送られた念の内容は二つ。
一つは、とうとうノワエが羽化し
エトワスタと成った事。
これに関しては、シャルドームが
責任を持って竜域への報告と
エトワスタの護衛を行うので安心して欲しい、
といった内容だった。
現在、竜域内はお祭り騒ぎだろう。
様々な場所から“現象”の竜達が
訪れるに違いない。
そしてもう一つは、“王都”で王族と
面会して欲しいという内容だった。
理由までは伝えられていないが、
何故大して人間に思い入れの無い自分が
王族に会わないといけないのか、
理由が気になるが、あの弟の願いだ。
おそらく必要な事なのだろう。
聞かない訳にはいかない。
しかし長旅の結果、ボサボサになった髪や
服の汚れを気にするシャーリー。
このままでは王族と面会は出来ないと、
どこかで身嗜みを整える必要があった。
「侍女達にも話を通してある。
妻がシャーリーに似合いそうなドレスを
いくつか選んでくれたから、
好きなものを選びなさい。」
「ありがとうございます、レンズ伯父様!」
最近はもっぱら動きやすい服ばかり
着ていたので、久々に可愛らしいドレスを
身に纏えるのは心が躍る。
まずは湯浴みをして、歴戦の侍女達に
磨きに磨いてもらったシャーリー。
父と自らの髪色と同じ、深い闇色の
ドレスを身に纏って伯父と父の前に現れた。
磨かれて美しさと愛らしさが増した
シャーリーは、ディルギーヴと並ぶと
とても美しい親子である。
何ならレンズもとんでもなく美しいので
美男美女しかいない空間の出来上がりである。
(侍女の数人があまりの美しさに
倒れたらしい)
人間達が群れをなす王都に呼ばれ
不機嫌だったディルギーヴも、
娘が自分の鱗と同じ色のドレスを
選んだ事で一気に上機嫌となった。
そしてシャーリーが準備している間、
ずっと不機嫌な“現象”の竜の圧に耐えていた
レンズは、表に出さずとも心の中で
息を吐いたのだった。
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「シャーリーちゃーん!」
『失せろ間男未満。』
「今日のドレスは一段と素敵だね!」
「ありがとうございます!」
『失せろと言っておる間男未満。』
レンズに連れられ王城に到着した親子を
待ち構えていたのは、フレシオスだった。
馬車から降りてきたシャーリーに
抱き着かんばかりのテンションだが、
ディルギーヴに威嚇されて止めた。
遅れて馬車から降りたレンズは、
やれやれと言った様子でフレシオスを見る。
「“現象”の竜を刺激するのはやめてくれよ
フレシオス。」
『そうだぞ、疾く失せろ。』
「だってシャーリーちゃんに
会いたかったんだもの!
さ、女王様の所まで案内するよ。」
『手を差し出すな、切り落とすぞ。』
本当に切り落とすなりしそうである。
ひとまずシャーリーはディルギーヴが
これ以上怒り出さないよう、
素早く父と腕を組む。
ディルギーヴの機嫌は最高潮になったし、
レンズは幼い頃から見守ってきた
姪の成長を見て涙ぐみそうになった。
フレシオスは変わらず笑顔のまま。
そうやって、顔の良い二人と一頭に
囲まれたシャーリーは、周囲の注目を
浴びながら王城へ入っていく。
「王城に来たのは初めてです……
スノウお姉様は、ここで
暮らしてらっしゃるんですよね。」
「そうだよ!
残念な事に、頼れる甥っ子と一緒に
“最終試験”に出ていてね。
もしシャーリーちゃんに会えたら
とても喜んだと思うよ。」
『最終試験?』
「モーサス王太子と婚約者のスノウが、
次期国王と王妃に相応しいかの試験です。
我等が女王陛下は、第一子だから
王座を譲る等の甘い考えは
持ち合わせていらっしゃらないので。」
フレシオスの代わりに王座に就いた
女王ステラは実力主義である。
就任時に、王城に勤める貴族や従者達を
精査し、「有能たれば椅子はあり、
無能たれば地に座れ」と言い、冷血とも
とれる入れ換えも辞さなかった。
そしてモーサスとスノウは、女王から
とある地域の視察を命ぜられていた。
現在その地域は記録的な不作に
悩まされており、領主や民達が
頭を悩ませているのだ。
二人は次期国王夫婦として、
学者や現地民の力を借り、まとめながら
原因を特定するように言われている。
「女王陛下は厳しい方と伺っています……
ご無礼の無いようにしなければ!」
「ステラは真面目だからねぇ、
でも大丈夫だよ!
というか、君と君の父君の方が
立場は上なんだけど。」
リュゼーヌの王族にとって
“現象”の竜は絶対。
国を滅ぼさぬよう、絶えぬように
触れず、関わらず、されど敬意を薄めず
シャルドームの爪も借りながら、
千年を生き延びてきた。
「シャルドーム様の事は私も知っていたよ、
これでも宰相殿の補佐だからね。
しかし、お会いするのは
先日が初めてだった。」
「今からステラが伝える話なんだけれど。
最初は、先日この王城に立ち寄られた
シャルドーム殿にお伝えしたんだ。
そうしたら、『お兄ちゃんにも
伝えといた方が良いかもね。』と
仰られてさ。」
エトワスタが羽化した事により、
シャルドームはリュゼーヌ王国へ
戻って来ていた。
まずは主君を“名無しの大樹”まで送り届け、
間を空けず王城にも顔を出す。
その時女王ステラから伝えられた情報を、
シャルドームはディルギーヴにも
伝えた方が良いとアドバイスした。
『全く……シャル自ら
伝えてくれば良いものを。』
「おじ様もお忙しいんですよ。」
『そうだが……む?』
「?
どうされました、ディルギーヴ様。」
長い長い廊下の途中で、
ディルギーヴは足を止める。
窓から見えるのは手入れされた
美しい中庭だ。
その中庭を見やる父の顔を見て
シャーリーは気付いた。
この顔は、不機嫌になっている顔だと。
『……少し用事が出来た。
すぐ戻るが、先にシャーリーを
女王とやらの元まで連れていけ。』
「お父様?」
『……問題無い。』
中庭から視線を外し、
我が子を見る顔に不機嫌さは
浮かんでおらず、優しさだけがあった。
少しの不安を感じながらも、
シャーリーはフレシオス達に連れられて
女王ステラの待つ部屋に向かって行く。
その背中をディルギーヴは見送った後、
再び中庭へ視線を戻した。
「だから、確かに見たのよ!
あの“アバズレの娘”が顔の良い男に
囲まれてるのを!」
「母親も母親なら娘も娘ねぇ。
最近は年の離れた男を侍らして、
他の国で遊び歩いてるんだって。」
「仕事もせずに羨ましいわぁ、
代わって欲しい。」
「どうせ辺境伯が男好きの孫のために
つけたんでしょ。
あそこって身内に甘いらしいし。」
「でも、“アバズレの娘”が腕組んでた男は
顔が良かったわね!」
「そう?
私はフレシオス様の方が好き。」
「やぁだ、あの方いまだに
“アバズレ”が好きらしいのよ?」
「だから顔だけだってばぁ!」
廊下から見た中庭の死角になっている
場所では、与えられた仕事も
そこそこに、三人の侍女が集まって
ヒソヒソ噂話に興じていた。
何しろ今日は、王城にやって来た
“アバズレの娘”の話で持ち切りなのだ。
この侍女達はシャーリーの事を
直接知っている訳ではないが、
王都に暮らす貴族の娘達だ。
社交界での噂“だけ”は知っている。
「あのモーサス様の側にいる
辺境魔獣と従姉妹なんでしょ?
フレシオス様も手玉に取ってそう。」
「フフ、もうやめてよぉ。
王太子妃を辺境魔獣だなんて!」
「本当じゃない、女なのに剣持って
騎士団ボコボコにするなんて魔獣よ。」
「あの“アバズレの娘”も絶対
ろくでもないわよね。
目付きも悪いし、性格も母親と一緒で
最悪に決まってるわ!」
久々に面白い話の種を見つけ、
三人で笑い合う。
だって、自分達以外は
誰も聞いていないのだから。
仕事の合間の時間、好きなだけ
内緒話をして、少しだけでも
ストレスを発散したい。
そう、誰もいないのならば。
彼女達は助かったはずなのに。
『随分と言ってくれるではないか。』
「えっ。」
女達の前に突如現れたディルギーヴは、
おぞましい程顔を歪ませて
女達の前に立った。
誰もいないから下世話な噂話に
興じていたというのに、突如
恐ろしい男に睨まれ、女達は縮み上がる。
『貴様等、シャルラハロート・アーヴェンを
“アバズレの娘”と呼んでいたな?』
「ヒッ……!?」
ディルギーヴは、シャーリーの
陰口を一番話していた女の顔をわし掴む。
横でその話に笑っていた二人の女は
逃げ出そうとしたが、足に
何かが絡まって転んでしまった。
足を見ると闇色の細い手のようなモノが
絡み付き、その場に縫い付けていた。
そしてその細い手は、
倒れた女達の姦しい口をゆらりと塞ぐ。
温度の無い冷たく暗いナニカにより、
彼女達はその場に縛り付けられた。
助けを呼ぼうにも声が出せないし動けない。
女達の顔は恐怖に染まっている。
ただ、いつものように“笑い話”を
していただけだったのに。
美しくも恐ろしい男は、
無慈悲にそこに立っている。
『あぁ、そう言えば最近聞いたのだが。
貴族の娘は顔に傷があると、
良縁に恵まれないのだったか。』
メキメキと音を立てて、シャーリーを
馬鹿にしていた女性の顔が軋んでいく。
ディルギーヴは何の感慨も無さそうに、
己の手によって歪んでいく
女の顔を見ていた。
『我の娘を蔑んだ、
その代償は払って貰おう。』
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「……ディルギーヴ様。」
『何だ貴様等、来たのか。
丁度良い。
シャーリーの目に入る前に、
アレを片付けておけ。』
「アッハッハッ!
随分と派手にやらかしましたねぇ!」
『殺してはおらんぞ、間男未満。
娘もそれは望んでいないだろうからな。
では我はシャーリーの所へ行く。』
「……衛兵、彼女を医務室へ。
側にいる侍女達は女官をつけて、
私の執務室へ連れて行ってくれ。」
「急にシャーリーちゃんから
離れたと思ったら、
陰口を聞いちゃってたのかぁ。
“現象”の竜を邪魔する訳にもいかず、
見殺しにしてしまったね!」
「嬉々とするなこのローズ馬鹿!
全く……この侍女の生家に、
どう説明すれば良いんだ。」
「うーん、女王が呼んだ
“現象”の竜に無礼を働いたのだから、
自業自得としか言えないよ。
しかし、不用心な事だ。
貴族たる者、常に自分より
恐ろしい何かに見られていると思って
行動すべきだというのに。」
「やはり“現象”の竜は人と違う。
王城の中庭で平然と傷害沙汰を
起こすだなんて……。」
「この調子だと、他にも
被害者が出そうだね。
今日はシャーリーちゃんの噂で
持ち切りだから。」
「……ローズも、いやローズだからか。
とんでもない相手と
結ばれてくれたものだよ、我が妹は。」




