第二十六話『“死を連れる娘”《屍竜ネェロネペ》』
『ほーん、オメェの母様死んでんのか。』
「はい……その理由を調べています。」
『番が死んだってのにそこの“現象”の竜、
やたらピョペピョペしてんな。』
「ピョペピョペ……?」
「義姉殿語だ。
おそらく、『番を亡くしたのに
ピンピンしている』と言いたいのだろう。」
『我は番って四年だった。
それにまだ“揺籃の雛”である娘も居る。
……傷心に浸っておる時間は無い。』
勿論ディルギーヴも、ローズが死んだと
知ってとても悲しんだ。
“現象”の竜は番と子を何よりも愛する。
故に失った時の悲しみはとても大きく、
共にいた時間が長ければ長いほど
気が狂ったり、後を追ったり…
ただではいられない事が多い。
例えば、鋼竜は番を殺され発狂し
暴れ回った。
七百年前に死んだ樹竜は鹿を番としたが、
とある国の王女が戯れに指示を出し、
それを受けた狩人が射殺した。
番を殺されて怒り狂った樹竜は、
王女の国を丸ごと森にしてしまったという。
そして、“現象”の竜きっての
のんびり屋と言われた樹竜は己の能力で
生やした木で身体を貫き、死んだ。
『貴様らの両親の様に、千年を
共にしたならば立ち直れなかったやも
しれんがな。』
『分かる~、父様は
母様好き過ぎてキメェもん。
オメェもそう思うだろネグゥ?』
『……!』(フルフル)
『そ う 思 う よ な?』
『……!!!!』(フルフル)
「弟さん、すごい否定なさってません?」
「うちの番はな、昔から
義姉殿には勝てないんだ。
今日はあれでも頑張っている方だよ。」
この姉弟の力関係は、
圧倒的にネェロネペが上らしい。
姉ネェロネペの圧に負けそうになる
弟ネェログシムはまた涙目である。
「お元気なんですねぇ。」
『どうせ、ネゥロデクスと番が
変に甘やかしたせいだろう。』
「いや、義姉殿には諸事情があってな。
義姉殿は早産だったそうだ。
それに、孵化出来る年齢になるまで
生きられるか分からない程、
身体が弱かったらしい。」
今でこそ元気溌剌どころか
爆発しまくりのネェロネペだが、
実は“現象”の竜に孵化するまで
ずっと病弱な子どもだった。
人間の赤子が生まれる平均より
一ヵ月以上も早く産まれたネェロネペ。
我が子を取り上げた時、娘に絡み付いた
“死”を見たネゥロデクスの心情は
計り知れない。
産まれた時に呼吸をしておらず、
脈は徐々に弱まり、手を尽くしても
小さな心臓は止まってしまった。
その時、父であるネゥロデクスが
咄嗟に己の血を与えなければ、
ネェロネペは産声を上げる事なく
死んでいただろう。
その後も些細な事で体調を崩し、
熱を出し。
部屋を訪れる両親を、
ベッドの上で待って過ごす日々。
「その反動で、“現象”の竜に
孵化した途端ずっとあの有り様なんだと。
好きなだけ動き回れる事が、
九百年経っても変わらず嬉しいんだろうな。」
『文句おありか、義弟!?』
「特には。」
『なら良いわ。』
「良いんですか。」
シャーリーはネェロネペの事が
よく分からない。
急に怒ったと思えば急に鎮火する。
シャーリーが生きてきた中で見た事がない
タイプの存在で、あまりにも自由過ぎる。
「そう、一つ気になった事がある。
義姉殿は何歳で孵化をしたんだったか。」
『ネネちゃんか?
ネネちゃんは確か…十三だったと思うぜ。』
『十三?
随分と早いではないか。』
通常は、番の種族で
生まれてくる“揺籃の雛”。
“現象”の竜に孵化するには、
ある程度年齢を重ねる必要があるのだ。
大体は数年から十数年、
人間なら十八から二十年ほどかかる。
『ネネちゃん、しょっちゅう
父様から血ぃ貰ってたから仕方ねえだろ。
産まれた時とか、体調崩して
死にかける度に貰ってたんだからよ。』
『成る程、与えられた血によって
早く浸蝕が進んだのか。』
“揺籃”の雛は体内の核を中心に、
内部から身体が浸蝕されて“現象”の竜になる。
親個体がいれば外からの浸蝕もあって
更に早く進み、ネェロネペのように
体液を与えられればもっと早く孵化をする。
『ネグは健康だったから血は貰ってねぇ。
孵化したの十八くらいだったろ。』
『……。』(頷く)
「なら、私もあと四年くらいで
“現象”の竜になるんでしょうか?」
「いや……君の“核”の大きさから
試算すると、一年程で孵化するだろう。」
『何?』
ネェログシムが確認しエドガーに伝えた
シャーリーの“核”の大きさは、
データから計算すると、あと一年で
孵化するサイズだと言う。
『我とシャーリーは、
十四年も離れておったのにか?』
「だから気になったんだ。
親の“現象”の竜が側にいなかったというのに、
何故か浸蝕のスピードが早い。
例えばだが……言葉とか。
ここに来るまで、言葉はどうだった。」
「……そう言えば、私、旅に出てから
一度も“異国の言葉”を使ってません!」
“現象”の竜の言葉は、他の種族の
言葉に勝手に翻訳されるのだという。
長年共に過ごした番もそうなるし、
孵化間近の“揺籃の雛”の言葉も
そうなるらしい。
『確かに、そうだな。
我は“現象”の竜故、言葉を変えぬから
気付かなかった。』
「で、でもどうしてこんなに
孵化が近いのでしょう?
私が“現象”の竜に会ったのは
お父様が初めてで……
お祖父様はお知り合いに、
“現象”の竜がいるらしいですが。」
『やべぇ祖父じゃん。
普通、知り合いに“現象”の竜いねぇだろ。』
新たな謎に困惑するシャーリーと
ディルギーヴ。
一方でネェロネペはシャーリーの祖父、
ジョンの事を笑っている。
やはり“現象”の竜から見ても、
“現象”の竜と斬り合って友達にまでなった
人間は可笑しいらしい。
「お祖父様もネゥロデクスさんを探す為に
久々に連絡を取ったらしいので……
私の浸蝕の早さに、その方は
関係はないですよね。」
『ソイツ、父様の知り合いなんか?』
「違うと思います。
その方とは昔、喧嘩を売られて
斬り合ったら仲良くなったそうで。」
『ギャハハ、ヤバ!』
「……“現象”の竜と斬り合ったのか?」
「はい!しかもその後、
その方の背に乗って敵陣に突っ込んで、
一緒に大暴れして壊滅させたそうです。」
『……。』(ビックリ)
「他人のアレコレに口を出す気は無いが、
君の祖父は中々強烈な御仁だな。」
『んだソイツ!面白ぇな!』
シャーリーが語る衝撃的な事実に、
ネェログシムは目を丸くし、
エドガーは無表情。
ネェロネペはケタケタ笑っている。
『まるでジョンみてぇじゃん!』
『は?』
「えっ?」
『あ? んだよ。』
「ジ、ジョンと仰いました……?」
『言ったけど?』
~ジョンの友竜について分かっている情報~
・昔、斬り合って仲良くなった
・人間が好き(弱いのに竜に勝とうと
色々努力するのが面白いらしい)
・人間によく喧嘩売ってる
・呼んだら来たので背中に乗って
敵陣に突っ込んだ
・カラスに頼めばその竜に
手紙を届けてくれる
・死竜の羽根を入手出来る
→ネゥロデクスの関係者?
「ジョ、ジョン・アーヴェンは、
私の祖父です!」
『えっ。』
どうやら、ジョンの友竜は
目の前にいるこの少女の姿をした
“現象”の竜の事だったようだ。
ネェロネペは、金色の左目を丸くして
シャーリーをまじまじと見る。
「最近、お祖父様から
お手紙が来ませんでしたか?」
『来たわ。』
少し前、この診療所にカラスが
手紙を届けてきたのだ。
旧友からの手紙が嬉しくて、勢いのあまり
壁を突き破り、弟を泣かせたのは
記憶に新しい。
「これ、お手紙に入ってた
死竜さんのものらしき羽根です。」
『……!!!!』
『ネネちゃんが毟った
ネグの羽根じゃねーか!
なんでジョンが父様探してんのか
謎だったけど、孫のオメェに必要だったから
探してたんかい!』
手紙には、何故か「死竜を知らないか」と
書かれていたのだが、両親のいる
巣の場所を説明するのは難しい。
入院している自分は案内も出来ない。
なので、カラスに連れていって貰えるよう、
近くで泣いていた弟の羽根を毟り取り、
(お散歩から帰ってきたばかりで竜の姿だった)
手紙に入れて返事を返した。
自分は要らないと突っぱねたから
持っていないが、弟のネェログシムは
父からカラスを三分の一譲り受けている。
カラスに羽根を見せて頼めば、
父ネゥロデクスの棲まう屋敷まで
案内してくれるだろうと思ったのだ。
……実は、案内ならネェロネペの羽根でも
別に問題は無いのだが。
「ネェロネペさんがお祖父様の
お友達だったんですね……
はっ、ならシュラージュを
守って下さった恩人ならぬ恩竜……!」
『……!!!!!!』
『ネネちゃん、別にオメェの故郷を
守るつもりなかったぞ?
ダチに呼ばれたから行っただけで……。
ってやめろやめろネグ!
キラキラした目で見るんじゃねえ!』
ネェログシムとシャーリーは
同じように目をキラキラさせながら、
ネェロネペを見つめた。
ネェログシムにとってネェロネペは、
羽根を毟るわ圧力掛けてくるわ
診療所は壊すわ、暴君と言っても
差し支えないような姉だが、
何だかんだでネェログシムを
可愛がってくれる大好きな姉なのだ。
小さい頃もお土産を持ってちょくちょく
会いに来てくれたし、子どもの
遊びにだって付き合ってくれた。
強くて、分かりにくいけれど優しくて。
そんな自慢の姉が、大勢を
救っていたなんてとても誇らしい。
『おい義弟!
何とかしろオメェの番だろ!』
『自分の番である前に、
義姉殿の可愛い弟だろうに。』
『テメェの娘ちゃんも何とかしろや!』
『今日も素直な娘が愛い。』
『好きな愛娘発表ドラゴンがよ!』
ネェロネペ、周囲が自分より
自由過ぎてキレた。
自分のペースを崩さないエドガーと、
とにかく娘が可愛くて仕方ない
ディルギーヴに囲まれてしまった故に
どうしようもないのだが。
「義姉殿、一応入院中なんだ。
少しは大人しくしておけ。」
『オメェらのせいじゃろがい!!!!』
「ネェロネペ様、どこか悪いのですか?」
『様はやめろ!』
どこからどう見ても健康体の
ネェロネペだが、確かに入院中だと
言っていた。
本竜は退院したがっているが、
入院するなら何かしらが悪いはず。
どこが悪いのだろうか。
バツの悪そうな表情を浮かべた
ネェロネペは、自身の服の袖を捲り
白い腕をシャーリー達の前に突き出した。
「……これは。」
『この前知らねぇ奴に襲われてよ、
一撃ズバッと食らっちまった。』
細い腕に浮かぶのは、
横一文字に広がる切り傷。
もう塞がりかけてはいるようだが、
大きな傷は痛々しい。
『……“ラドの刃”か。
それに“現象”の竜に傷を付けられる
質のモノときた。』
「傷自体は深くない。
だが回復が遅く、何かしら
仕込まれているかもしれない。
義父殿と自分の判断により、
この診療所でしばらくは経過観察だ。」
『変な気配するなと思ったら、
突然現れやがったフードの人間野郎に
やられてよぉ!
潰す前に逃げられちまったし、
傷治るまでこっから出られねえし……。』
少なくとも、ネェロネペは人間態でも
竜形態でも戦闘能力は高い。
不意打ちとはいえ、そう簡単に敵に
逃げられる事は無いはずなのに。
しかも、“現象”の竜に治りにくい傷を与えた。
ただの“ラドの刃”にそんな性能は無い。
武器に何かの仕込みがされていた
可能性も考えられる。
ディルギーヴの脳内に、
ネゥロデクスから得た情報が浮かぶ。
ローズもかすり傷とはいえ刺客から
攻撃を受け、逃がしている。
もしかしたら犯人は、
同一人物なのかもしれない。
『……ネゥロデクスも
その可能性を考えたか。』
「お父様?」
もしもローズが、その時の傷により
引き起こされた何かが理由で死んだのなら。
“現象”の竜とはいえ、ネェロネペにも
何か起きるかもしれない。
今回の、過保護とも思える対応の理由の
一つは恐らくそれだろう。
『いや、ネゥロデクスは慎重だからな。
娘に何かあっても対応出来る様、
念には念を入れ、この場所へ
押し込めておるのだろう。
……我等“現象”の竜を取り巻く渦に、
どうにも怪しい動きがある。
貴様らも注意しておけ。』
ローズの死についてはむしろ
謎が増えた結果となったが、
収穫がゼロだった訳ではない。
シャーリーの診察結果を簡単に
まとめた用紙をエドガーから受けとり、
ディルギーヴ達は死竜姉弟&番に
見送られてリュゼーヌ王国への帰路に着いた。
帰り道でナグラ山の街道を修繕する
ニゥニーマとジョージに手を振ったり、
トーマスにネェログシム達から渡すように
頼まれた品物を届けたり。
そして、あと少しでリュゼーヌ王国内に
入るというタイミングで。
ディルギーヴは双子の弟である
シャルドームから、とんでもない連絡を
受けたのだった。
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『……。』
『……。』(プルプル)
『貴様、食い足りないからといって
弟に圧を掛けるでないわ。』
『いや欲しい訳じゃなくってよ、
可愛い弟ちゃんがおやつ食ってるシーンを
ちょっと近めで見てるだけだし。』
「また泣くからやめろ義姉殿。」
「あの、私の分でよければ……。」
『アァ!?
うちのネグの菓子が食えねえってか!?』
「ヒャッ」
『でも譲ろうとしたそのお心遣いは
褒められてしかるべきだから褒めるぜ。
えーっと……
オメェ良い子だなシャリ子!』
「ちょっと違いますね。」




