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第二十五話『竜の診療所』




シャーリーとディルギーヴは、

診療所内の診察室に通されていた。

古い建物ではあるが最低限の設備は

用意されており、壁際には何かの液体や鱗、

書類がきっちりと分けて収められた棚が

所狭しと置かれている。

棚の上には可愛らしい動物の人形達も

飾られていた。


書類が山積みになった机に座るエドガーに

促され、シャーリーも丸い椅子に座る。

エドガーの後ろには例の弟竜、

シャーリーの後ろにはディルギーヴが

立ったまま控えている。



「まず簡単な挨拶から。

自分はエドガー、“現象”の竜やその番、

子の“揺籃の雛”について研究をしている。


後ろに突っ立ってる泣き虫は

自分の番で、死竜ネェログシム。


君達に絡んでいたのは

ネェログシムの姉で屍竜ネェロネペ。

諸事情あって、この診療所に

強制入院中の患者だよ。」


「私はシャルラハロートと申します。

“揺籃の雛”だそうです。


それで、後ろの方が私のお父様の……」


『闇竜ディルギーヴだ。』



最初と全く変わらないテンションで

淡々となされる説明。

冷たいとも取れる態度だが、

エドガーは元々そういう気質なのだろう。

番のネェログシムも、

特に気にする様子は見せていない。



『我等が此処に来た理由は二つ。

一つは我が番、ローズの死について

貴様の見解を聞きに来た。』


「見解、というと?」


『ローズは我と番って四年で

シャーリーを身籠り、産んで死んだ。


娘を身籠ってから急激に体を壊し、

回復せぬまま死んだそうだ。』


「成る程、浸蝕が進んでいないにも

関わらず“現象”の竜の子を妊娠し、

出産した訳か……。」


『本人はもう居らぬ、遺体も無い。

それに、あのネゥロデクスですら

“分からない”と言った。


意見だけで構わぬ……何か無いのか。』



エドガーはネェログシムに「おい」と

短く声をかける。

するとネェログシムは頷いて、棚から

一冊の本を持ち出した。

エドガーが見てきた様々な症例を

書き込んだノートのようで、

渡された筆者はペラペラとページを捲る。



「二人目や三人目だったのなら、

数年で誕生した事例もある。

しかし、最初の子が四年で産まれるのは

確かに異常だな。」


「やっぱり、私がこんなに早く

産まれたのは謎ですよね。」


『やはり他に例は無いか……。』



“現象”の竜という存在は、その強さから

意識せずとも周囲を浸蝕して生きている。

例えるなら、川が岩肌を削るように、

火が森を焼き更地に還すように。


番に選ばれた者もそう、

“現象”の竜の為に身体を書き換えられる。


本来であるなら側にいるだけでも

番の身体の“浸蝕”は進む。

他には相手の体液の摂取……

性行為や輸血といった行為を行えば、

更に早く進むのだが。



『……もう1つ付け加えておくが、

我とローズ、つまり番との間に

まだ交わりは無かった。


我々“現象”の竜は番相手ならば、

別に交わらずとも子を成せる。

……だが。』


「それは“浸蝕”が完了した番の話のはず。

そこに至るまで、最低でも三桁の年月が

必要になる。」



本来なら浮気を疑うべきだろうが、

シャーリーは間違いなく“揺籃の雛”。

ローズの浮気など疑いようがない、

ディルギーヴの娘である。



「自分も“現象”の竜の番になって

二百年だが、まだ子どもはいない。

義両親殿も義姉殿と泣き虫との間は

四百年空いている。


……これは、ただ単に低い確率を

引いた訳では無さそうだな。」


「……お母様。」


『全く、ローズは我を飽きさせんな。』



十四年前のローズの死について、

これ以上分かる事はない。

だが、彼女の死がただの死ではない事は

はっきりと分かった。



「力になれなくてすまない。」


「いえ、こちらこそ

お時間をいただいてる訳ですから…!」


「時間なんて気にせずとも構わない。

番になった事自体に文句はないが、

番として生きるのは暇で仕方ないんだ。」



元々はとある町で医者をしていた

エドガーだが、ネェログシムと番になり、

人里で暮らし続ける事が出来なくなった。



「暇潰しとして今でも時々、

人間の街で流れの医者をやる事はあるが……

あくまで一時的だしな。」


『……。』


「そ、そうなんですか……。」



いかにも不健康そうなエドガー、

ワーカーホリックの気があるらしい。

ネェログシムは心配そうに番を見つめる。



「だからムカついて、

自分を研究する事にした。」


『は?』


「“現象”の竜はただでさえ個体数が

少ない上に、他種族を番に据える

物好きはもっと少ない。


番や“揺籃の雛”の資料は

ほとんど無い手探りの状態でな、

良い時間潰しになる訳だ。」


「えっ。」


「ついでに竜の研究と治療も始めた。

人間を相手出来なくなったんでね、

ちょうど良い。」



何でもない事のように言うエドガー。

時間潰しと本人は言うが、

どう考えてもこなしている仕事が多すぎる。


番相手のネェログシムは

エドガーの身体が心配なのだろう。

若干涙目になっていた。



「さて、“揺籃の雛”である

君の診察もしよう。

そちらも目的の一つだろう?


番や“揺籃の雛”のデータは貴重なんだ。

少しでも新しい情報が得られるのは

有り難い。」


「は、はい!

お願い、します?」


『……大丈夫なのか、彼奴。』


『……。』



エドガーの身体と頭、両方の

心配をするディルギーヴの問いに、

ネェログシムは俯いた。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



触診や瞳孔の確認など、

様々な検査を行われたシャーリー。

エドガーによる診察が一通り終わり、

現在は居住区のリビングにあたる場所で

ネェログシム達と、トーマスが

持たせてくれた色んな茶葉を使って

お茶を飲んでいる。

(どうやらトーマスはハーブだけではなく

茶も栽培しているらしい)


古いが落ち着いた内装と、

壁に飾られたいくつかの風景画が

良い味を出している。

ゆったりとした時間が流れていた。



『あの、いけ好かぬ死竜に子がいると

聞いた時点で身構えてはいたが。


あそこまでこう、個性が爆発した

輩だとは思わなんだ。』


『……。』


『貴様は地味だな。』


『……!!』


「落ち着いてるって言いたいんですよね!

お父様! ね!」



ディルギーヴの発言にショックを

受けた様子のネェログシム。

確かに姉のネェロネペのインパクトが

強すぎて、大人しい弟は地味と言われても

仕方がなかった。



「そいつもやらかす時はやらかすぞ。

番になる前、自前の鱗を剥いで

いくつか渡してきたんだ。

その時の自分が、製薬の為に

通常種の竜の鱗を欲しがっていたからな。


……竜状態での怪我は

変化しても人間体に反映される。

血が出ていたが、包帯を巻いて

隠していた。


だが普通に考えて、死竜の鱗なんて

人間の薬に使えないだろ。

毒にしかならんぞ。」


『……。』


「お優しいんですねネェログシムさん!

とっても素敵だと思います!」



番による追撃で、ネェログシムは

とうとう泣き出した。

この場の最年少十四歳は、

ぐすぐすと泣き始めた五百十九歳を

なんとか泣き止ませようと励ます。



「そいつはすぐに泣くから問題ない。」


「問題ありでは!?」


「義両親殿……特に義母殿が甘やかしてな。

義父殿のカラス達も一緒になって

甘やかしたもんだから、

立派な甘ったれの出来上がりだ。」



泣いている幼いネェログシムを、

あの晴れた空のような笑顔であやす

トーマス。

そして番と我が子を愛おしそうに

眺めるネゥロデクス。


とても想像出来る。



「確かに、あのお二人は

お優しそうでしたね。」


『優しくないぞ死竜は。』


「優しいふりをして下さるだけ

良いじゃないですか!」


『シャ、シャーリー……。』



シャルラハロート・アーヴェン。

優しいふりすらしてくれない人間に

たくさん会ってきた彼女からすれば、

まだ優しい“ふり”でもしてくれるだけ

マシなのだ。



「そろそろ、義姉殿の

壁の修理も終わるだろう。」


『おい義弟!!終わったぞ!!!!

おやつ!!!!!!』


「ほら。」


『……!』



ドタドタと駆け込んできたのは、

ちょうどエドガーに名前を上げられていた

ネェロネペ。

汚れたままで机の上に置かれた菓子を

掴もうとしたところを、慌てた様子の

ネェログシムに阻止された。


涙が引っ込んだネェログシムは、

ギャンギャン吠える姉に手を洗わせようと

流しに引きずっていく。



「……仲が良いご姉弟ですね。」


「喧しいの間違いだ。

ま、見ているだけなら

多少の退屈凌ぎにはなる。」


「……。」



ネェロネペもネェログシムも、

元はシャーリーと同じ“揺籃の雛”だった。

だが、彼らは産まれた時から両親に

愛されて育っている。


それがほんの少し、羨ましい。

自分も父と母に甘やかして欲しかった。

側に、いて欲しかった。


だがそれを一切表に出さず、

シャーリーは微笑む。

隣に座るディルギーヴはそんな我が子の

横顔を見て何か言いかけ、

結局何も言わず、無言を貫いた。














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