第二十一話『“現象”の竜の番』
『まず、ローズさんのお話からしましょうか。
といっても私が見た限りでは、
彼女は普段通りでしたが。』
「普段通り……。」
『喧嘩を売られては買い、
殴られれば避けて蹴り、
矢を放たれれば剣で切り落とし、
向けられた暗殺者を堂々と殺し……』
『本当に普段通りだな。』
「「普段通り!?」」
トーマスとシャーリーの声がシンクロした。
どれだけ過激な人生を歩んでいたんだ。
『彼女がお前の所に赴かなくなった辺りで、
可哀想に……番にさえフラれたのですね
ディルギーヴ……と思っていました。』
『あ゛?』
『よくよく思えば……その少し前、
珍しく彼女はとある刺客の攻撃を
受けていたと思います。
ローブを着ていたので顔は
分かりませんでしたが……
ローズさんの怪我の程度は
かすり傷程度だったと記憶しています。』
「でも、お母様の身体には何もなかったと
お医者様は言っていましたよ。」
ローズの死因は病気でも怪我でもない。
だからこそシャーリー達親子は、
その理由が知りたいのだ。
『そのまま刺客にも逃げられていましたね。
何か思い当たるといえばそれくらいです。』
『アレが? 攻撃を食らった上に
逃げられた、だと?』
ディルギーヴは顔をしかめる。
ローズは相当な手練れ、不意打ちとはいえ
相手の攻撃を易々受けるとは思えない。
更に、自分を傷付けた相手を逃がすなど。
相手も手練れだったのか、
その時既に身体に何か不調が起きていたのか。
『他には、特に思い当たる事はありません。
しかしあの血薔薇……随分と苛烈で、
“ラド”を思い出させるような方でしたね。
あのような方が好みだったのですか?』
『喧しいわ!』
『あぁ、お嬢さんにも説明をしますと。
そこな闇竜、己が子を十四年も
放置するような情けない竜ですが……
千年前の戦で“現象”の竜からも
恐れられた人間、ラドを一騎討ちで
討ち取っているのです。』
竜を殺す武器、竜達から恐れを込めて
“ラドの刃”と呼ばれるそれらは、
いくら優れた武器だとしても、普通の人間が
使ったところでたかが知れている。
とある人間……ラドが振るって多くの血の雨を
降らせたからそのあだ名が付いたのだ。
千年前の生き証竜たるネゥロデクスが
認めるほど、母ローズはかの伝説の
ラドを思わせる苛烈さだったらしい。
『こちらも死にかけたがな。
傷が全快するまで千年かかったぞ。』
「い、今は大丈夫なんですか……?」
『あぁ、問題無い。』
『血だらけ死にかけの状態で、
世界の闇を制御する任に着きましたからね。
制御に力を回す分、回復に時間が
かかったのは仕方ないでしょう。』
「おどうざま!!!」
『なっ、泣くなシャーリー……!?』
世界に吹き出した闇を制御する為に
眠っていたのは聞いていた。
しかし、死の一歩手前のような状態で
こなしていたとまでは聞いていない。
シャーリーは泣きながら父に詰め寄った。
「お父様! すっごく大変だったのなら!
何で言ってくれなかったんですか!!」
『いや……既に治っておるし……。』
「でもちゃんと言ってくださいよ!!!」
最近は甘えてばかりで、父に
色々頼りきりになってしまっていると
思っていた矢先に発覚した事実。
正直、ディルギーヴとしては
娘にもっと甘えて欲しいのだが、
如何せんシャーリーは真っ当に育てられた。
甘やかされるだけなのは納得いかない。
『見て下さいトーマス、
あのディルギーヴがタジタジです。
大変面白いですね。』
「お前なぁ……。」
あの傲慢で真面目一辺倒な竜が、
我が子一人に叱られてあそこまで縮むなんて!
親子喧嘩(未満)を眺めるネゥロデクスは
まさに「茶が美味い!」状態だった。
「そんなんだから、他の竜と
喧嘩ばっかりになるんだろ。」
『私には貴方と子達がいれば良いのです。』
『猫被っとる!
ミシケロトクラロ並みに
猫被っとるぞ其奴!
獲物はとことん甚振り尽くすのが趣味の
謙虚さも可愛さも欠片の無い竜だぞ!!』
『何ですか?
私の方がよっぽどお嬢さんの成長を
知っているのがそんなに悔しいのですか……?』
『ウッ』
容赦の無い追撃である。
ディルギーヴは机に突っ伏した。
『覗き魔めぇ……!』
『リュゼーヌ王国はカラスが多いので
仕方ないでしょう。』
「悪いな、こんな奴だが
“現象”の竜の役には立ってると思うんだ。」
ネゥロデクスにはその性質上、
世界中の情報が集まる。
そして、千年前の戦争が終わった今は
中立派に戻っていた。
そのせいで、といってはアレだが
“現象”の竜達に何かしらの問題が
発生した場合は、シャルドームと同じように
調整役や後始末に駆り出される事も
少なくない。
「大変なんですね……。」
『いえ、仕事ですから。』
『おいシャーリー、ネゥロデクスが
どうして中立を好むか知っておるか?
中央にいれば、どちらも蔑んで
笑えるからよ。』
「わぁ。」
「ネロの趣味が悪いのは知ってるさ、
オレを選ぶくらいだからな。」
トーマスは平然とそう言って
茶菓子を口に運ぶ。
千年も共にいれば、相手の良し悪しも
嫌と言うほど分かっているのだ。
トーマスとしては良き番、
良き父であってくれるなら
ネゥロデクスに何も言う事はない。
「お前さんから見たら、
すこぶる性格の悪い奴なんだろうが……
これでも子ども達には良い父親やってんだ。」
『おや、貴方にとっての良い番では
ありませんでしたか?』
「はいはい、最高最高。」
『トーマス……。』
『我と娘の前で盛るな。』
感極まった様子で、トーマスの手を
再び取るネゥロデクス。
“現象”の竜が番に入れ込むのは本当らしい。
態度というか、熱量が違う。
父も母へ、こんな熱烈な感じで
接していたのだろうか?
ディルギーヴにこんな事をされたなら、
ローズはキレにキレて顔を蹴り飛ばす
くらいしそうであるが。
「す、すみません、
もう一つお伺いしたくて。
お子さんの番さんが、
“竜の診療所”をやっていらっしゃるとか。」
「竜の診療所?
あぁ、エドガーんとこか。」
「エドガー?」
『二百年ほど前、下の子の番になった
人間の名前です。
確か本名はエドガー……』
『二百年前』『“現象”の竜』『エドガー』、
シャーリーはその単語の組み合わせを
つい最近知ったばかりだ。
「……ラストラリー?」
『おや、ご存じでしたか。』
「お父様! 私の荷物!」
『む?』
シャーリーはディルギーヴの側に
置いてあった荷物の中から、
旅の間に読もうと思い、持ってきていた
一冊の本を取り出した。
結局読めていなかったのだが、
作者の名前はしっかりと覚えている。
「お城の図書室にあった
『“現象”の竜』という名前の本!
エドガー・ラストラリーさんの本です!」
「へぇ、エドガーの本って
リュゼーヌ王国でも出てたのか。」
『わざわざ翻訳したのでしょう。
あの国は私達にまつわる事象に
敏感ですから。』
どうやらネゥロデクスとトーマスの
子どもの一頭の番が例の本の
作者だったようだ。
例え二百年前の人間でも、番なら
今も生きていて、直接話を聞けるはず。
『この死竜ですら大した情報を
持っておらなんだ。
番とはいえ、人間からは更に期待出来んな。』
『カラスを通して見ていただけの私です。
仕方ありませんよ。
生きている頃なり死体なり、
直に見れば何かしら分かったかも
しれませんがね。
ですが、リュゼーヌでは
火葬がメインでしょう。』
「はい、お母様のご遺体も十四年前に……。」
ローズの遺体は既に灰になり、
シュラージュの大地へと還っている。
「でもなぁ、お前さんの番の死については
分からないかもしれないが……。
エドガーは“番”や“揺籃の雛”についても
研究してるから、お嬢ちゃんの為になる
情報は聞けるかも知れないぞ。」
トーマスの脳裏に、「番? “揺籃の雛”?
そもそも“現象”の竜って何なんだ。
分からない? もういい自分で研究する。」と
自分で研究を始めたエドガーの姿が過る。
ネゥロデクスから伝えられた話を
「そんなもんなのか……。」と
なんとなくでしか理解していなかった
自分とは大違いである。
『ここに来る為にカラスに見せた羽根を、
そのままお持ちなさい。
“竜の診療所”へ、と伝えれば、
カラスが案内してくれるでしょう。
ただ……。』
『ただ?』
「この場所よりもっと遠いんだ。
背中に乗せた嬢ちゃんに負担の少ない
速さで飛ぶんなら、ここから
一週間以上はかかる。」
エドガー達はソドシアンより
もっと向こう側、遠く離れたイルシャ国に
診療所を構えているらしい。
イルシャ国はとても遠い。
リュゼーヌ王国とは
ほとんど関わりのない国である。
「い、一週間以上……。」
ネゥロデクス達の棲みかは思っていたより
近かったが、それでもシャーリーには
大変な旅路だった。それを、更に…!?
『……一度、シュラージュに戻るか?』
「いえ…お祖母様からいただいた路銀も
ありますし、野宿だけではなく
途中の街で休み休みすればなんとか…。」
母の死について、自分について
少しでも分かるのならば我が儘は
言っていられないし、早く知りたいのだ。
でもいい加減お風呂に入りたい。
あとベッドで寝たい。
ひとまず今日は、ソドシアン内の宿を
探して泊まってから……と
シャーリーが考えていると。
「どうせなら泊まっていけよ。
明日、ここからイルシャに行けば良い。」
「良いんですか!?」
『トーマス……。』
「オレは嬢ちゃん達を気に入った。
部屋は余ってるんだし、良いだろ?
ネロ。」
“現象”の竜は縄張り意識が強い。
故に、己の巣に他の竜を入れるどころか
泊めるのはかなり精神的にキツい。
というか、泊まる側の竜も精神的にキツい。
あのネゥロデクスとあのディルギーヴが
同じ表情をしている。
しかし、トーマスはいつもの笑顔を浮かべ、
ネゥロデクスに笑いかけた。
ずるい、その顔はずるいですよトーマス!
“現象”の竜は、番の笑顔に逆らえないのだ。
『……貴方の望むままに。』
「決まりだな! うちの子ども達が
帰って来ても泊まれるように、
掃除はしてあるからそのまま使いな。」
「ありがとうございます!」
「エドガー達の所に行くなら、
ついでに茶葉でも持ってってくれや。」
「はい!」
トーマスとシャーリーは、
波長がとても合ったらしい。
親子のような二人は、そのまま
屋敷の中へ入っていった。
そして庭に残されたのは、波長の合わない
ネゥロデクスとディルギーヴの二頭。
『……お前はそこら辺の森で
寝ていればよろしい。』
『我だって貴様の巣で
寝泊まりなんぞしたくないわ。
だが……』
『だが?』
『貴様への嫌がらせになるからな、
邪魔をするぞ。』
『だから友がいないのですよ
お前には。』
嫌いな相手の巣に泊まる事より、
泊まる事で嫌いな相手への
嫌がらせにする方へ天秤が傾いた
ディルギーヴ。
もしこの場にシャルドームがいたら、
『お兄ちゃんってば本当に
お子様なんだから。』と嗜めただろう。
『……そう、友で思い出しました。
お前と親しかった鋼竜の事ですが。』
『死んだのだろう?』
『えぇ、シャルドームはあえて
詳細を伏せて伝えていましたね。』
シャルドームとディルギーヴ親子が
出会った時も、ネゥロデクスは
カラスを通して見ていた。
無論、話の内容も知っている。
『確かに死んだとしか言われておらんが。』
『正確には、“殺された”のですよ。
人間に。』
『何……?』
ディルギーヴと一番親しかったのは
鋼竜コァド。
荒いが真っ直ぐな気性の竜で、
鉄鋼業が盛んな国に棲んでいた。
特に優れた加工技術を持つ少数民族に
崇められ、他の“現象”の竜よりも
人に近い竜ではあった。
『あのコァドが、人間風情に
負ける訳がなかろう。』
『いえ……あの国の王族がコァドの持つ
鉱山を狙い、その為に民族の人間達と
番を殺したのです。
そして発狂したコァドに兵を差し向け……』
鋼竜コァドを、殺しました。
ネゥロデクスから発せられた真実に、
ディルギーヴの鋭い目は見開かれる。
『例え発狂し、己が正気を
失っていたのだとしても……
竜としての力が弱る訳では無い筈。』
『そこで“ラドの刃”が出てくるのですよ。
あの国の兵達は何処からか持ち込まれた、
大量の“ラドの刃”を持っていました。
しかと千年前の物とは違い、
随分と量産に適した形をしていましたね。
それは魔獣狩りでお前とお嬢さんが見た
なまくらとは違う……本物です。』
つまり、今から百年と少し前。
“現象”の竜から作られた大量の“ラドの刃”で、
鋼竜コァドは人間達に殺された。
『勿論、“ラドの刃”は処分しました。
あの国の王族も、私が手を回さずとも
滅びましたよ。
ですが……。』
『……裏で何かが手を引いている、
とでも言いたいのか。』
『えぇ、そして。
もしかしたら、お前の番が死んだ事と
関係があるのかもしれません。』
我が子にカラスをいくつか分けたといえ、
ネゥロデクスの情報網は健在だ。
しかし、そんなネゥロデクスでも
ここ千年は“分からない”事が多すぎる。
ローズの死の理由も、鋼竜コァドを殺した
“ラドの刃”の入手経路も。
このネゥロデクスですら、分からない。
あまりにも十分過ぎる共通点だった。
『お気を付けなさい、ディルギーヴ。
おそらくこれから……
更に“分からない”事が起きるでしょう。
お前だけではなく、お嬢さんにも。』
もしローズの死と、鋼竜の死に
繋がりがあるのなら。
ディルギーヴとシャーリーも、
その繋がりに絡め取られてしまうかも
しれない。
『ハッ、我を誰だと思っておる。
あの“ラド”を討ち取った闇竜ディルギーヴ、
我が娘は必ず守って見せるわ。』
『その我が子を十四年間放置した竜が、
何を格好つけているのです?』
『ウッ』




