第十七話『祝誕祭、始まる』
「それでは皆様、この一年を
無事過ごせた事への感謝を。
そして、新たな一年を無事に
過ごせるように祈りを。
ただいまから、シュラージュの祝誕祭を
始めさせていただきます。」
女辺境伯ヴィレネッテによる開幕の挨拶により、
大歓声と共に盛大な祭りが始まるのだった。
シャーリーは辺境伯家の令嬢なので、
伯父一家と共に、祖母の後ろで
民達に手を振っている。
ダムズは騎士団として、祭りの最中は
巡回の仕事がある為この場にいない。
ダムズの妻と今年生まれたばかりの息子は、
息子が熱を出したので大事を取って
休んでいる。
この挨拶が終われば、
今年のシャーリーの仕事は無いので
(他の家族が気を利かせてくれた)
ディルギーヴと共に、祭りを見て回る予定だ。
これだけしか仕事が無いなら、
この分、いつもより全力で手を振ろう!
領民一人一人ににっこりと笑いかけて
手を振っていたシャーリー。
そんな時、雪薔薇騎士団の制服を着た
エマに引きずられるように広場にやって来た
ディルギーヴを見つけ、更に笑みを深くして。
父と友人にもしっかりと手を振ったのだった。
「お父様!エマ!」
「いい笑顔でした、お嬢様。」
「そうですか?
今回のお祭りは挨拶だけでいいと
お祖母様が仰ってくれたから、
いつもより頑張りました!」
「そりゃあもう、すごかったですよ。
お嬢様の笑顔に見惚れたアホ面を
見つける度、ディルギーヴ殿が
ぶちギレて消そうと……。」
『害虫は根絶やしにすべきだと
思うのだが?』
「殺傷沙汰はお止めください!」
ある程度、自分で身の回りの世話が
出来るようになったシャーリーの
専属侍女を卒業したエマは、
今日から雪薔薇騎士団の団員として
働く事になっている。
いつものヴェールはそのままに、
スラッとしたエマに騎士団の制服は
似合っていた。
今日のシャーリーの服装は
いつもの動きやすいワンピースと違い、
品のある薄紫色の軽やかなドレス。
美しい薔薇の刺繍が施された一品だ。
濃い闇色の艶やかな髪には、
いつも通り薔薇の髪飾りが輝いている。
……まあ、流石に晴れ舞台である今日は
エマに髪を整えてもらったが。
「思春期男子全員、殺意マシマシで
消そうとしてたので連れてきました。」
『シャーリーが愛らしいのは認めよう、
我とローズの娘だからな。
だからといって、我が子を
不埒な目で見るなど許せるか?
命は取らんが目は潰す。』
「もう、お父様ったら!
ありがとう、エマ。
お仕事もあるのにごめんなさい……。」
「いえいえ。
じゃ、エマさんは初仕事に向かいますんで
ディルギーヴ様の制御、お願いしますね。」
そう言って、エマはヒラヒラと
手を振りながら去っていった。
シャーリーとディルギーヴ達親子は、
喧騒の中、二人で取り残される。
『我にも容赦の無い女よな……。』
「そこがエマの良いところですから!
それではお父様、私がお祭りを
ご案内します!」
『……あぁ、頼んだ。』
ワクワクしたシャーリーに手を引かれ、
ディルギーヴはされるがままに、
娘と群衆の中へ消えていく。
「……。」
その後ろ姿を見つめる、
不審な影が一つあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おぉ、姫様と父君!
ボアッグの丸焼きはいかがですかな?」
「わぁ、いただきます!」
『想像の百倍は丸焼きだった。』
城下の中央にあたる大広場には、先日
雪薔薇騎士団の狩った巨大な魔獣ボアッグが
丸焼きにされて鎮座していた。
騎士団に所属する団員の妻や夫が、
切り分けを担当しており、希望する民に
無駄の無い動きで配っている。
また、騎士団の団員達は祭り期間中、
この街やシュラージュ領全体に散って
普段より警戒を緩める事無く、警備している。
この広場を警備している一人は
ダムズ直属の部下で、腕試しの時に
二人を出迎えた壮年の男性だ。
その為、ディルギーヴにも笑顔で声をかける。
「すみません、二人分下さい!」
「あらぁ~、姫様!
今すぐご用意しますよぉ、
エマちゃんと食べてくださいな。」
恰幅のよい夫人がシャーリーに、
にこやかに対応する。
夫人は、丸焼きの近くにいる
切り分け担当者に指で“二人分”と伝えると、
合図を受け取った相手は慣れた手付きで
肉を切り分けていく。
「はいどうぞ、姫様!」
「ありがとうございます!
その、エマは今日から騎士団の方に……。
私はお父様と来たので。」
「お父様?あぁ、特殊な任務に就いてたとかで
最近帰ってきたって聞きましたねぇ。」
『……。』
「なになに?」
「あらやぁだ!い~い男!」
「どっかの国のやんごとない方って
聞いたわよ?」
「顔面が異常に良いわね……。」
「姫様のお父さん!?まぁまぁ!」
「ローズお嬢様ってこういう殿方が
好みだったのねぇ~!」
「うちの旦那程じゃないけど
良い面構えじゃないのさ!」
民や臣下に伝えられたディルギーヴの紹介は
『この国を守る重要な任務に就いていた、
身分の高い男』である。
まあ、嘘は言っていない、嘘は。
手は決して休めず、注文を捌きながら
夫人達は最近話題になっていた噂の対象に
黄色い歓声を上げる。
むしろ作業効率が上がっている、怖い。
「姫様と並ぶとほんと親子だわ。」
「見てみなさい、姫様の父親。
近くで見ると顔がべらぼうに良すぎる。」
「毛穴も髭も無いわ!?」
「夫がこの顔だったら逆に怖すぎるわね。
起きて横見たらこの顔があんのよ?」
「起きた瞬間永眠しちゃう!」
「おばさんもワンチャンあるかしら。」
「無いわよ~!ローズ様に勝てるのアンタ。」
『すまんな、娘。
我が伴侶はローズのみだ。』
ディルギーヴがシャーリーから肉を
受け取りながらそう言うと、
夫人達の動きがピタリと止まる。
そしてそれを疑問に思う前に、
……夫人達は、爆発した。
「やっだ~!!!!」
「聞いた!?娘ですって娘!!!」
「やだやだ私達おばさんよ!?」
「夫とは大違いだわぁ!」
「やだわもう、やだわ~!」
「お兄さんったら口がうまいわね~!」
『?
我から見れば、
貴様らは全員うら若い娘よ。』
「「「「「キャーッ!!!♡♡♡」」」」」
その時、広場にいた領民は語る。
……ときめいた夫人達による、
ボアッグの丸焼き肉が提供される速度。
それは、音速どころか光速を越えていた、と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
マダム達からの、サービスと言う名の
肉乗せ攻撃を命からがら躱し、
シャーリーとディルギーヴは祭りを
楽しむ為に様々な場所を巡った。
大通りには数え切れない程の出店が立ち並び、
シャーリーは気に入っているお菓子や
装飾品を売る店にディルギーヴを連れていく。
腕試し大会、即ち腕相撲大会では
エマが化け物クラスで優勝。
そして、殿堂入りするのを見届けた。
(ディルギーヴは騎士団で十人抜きをして、
腕相撲は十分なので参加しなかった)
大広場とは違う広場で行われていた
アクセサリーの手作り体験では、
シャーリーが奉仕活動でよく顔を出す
孤児院の子ども達に遭遇。
厳つい顔のディルギーヴが怖がられたり、
威嚇されたりするなどしていた。
道中で他の領から来た観光客に
シャーリーがナンパされ、ディルギーヴが
相手を消そうとしたり、
来賓としてやって来ていたフレシオスも
ついでにまとめて消そうとしていたが、
概ね問題なく楽しめたと言えるだろう。
「残すところ、あとは大花火だけですね!」
『花火を見るのなら、
いつもの丘ではないのか?』
「丘は、たくさん人がいるんですよ。
今日お父様をお連れするのは
内緒の穴場スポットです!」
祭りはまだ一週間ほど続くが、
初日と最終日の最後には大きな花火が
上げられる。
シャーリーが日課の散歩でいつも行く
丘は、普段こそ人が居ないものの、
祭りの夜は花火を見る為に多くの人達が
集まるのだ。
なので毎年花火の時間は城に戻り、
エマと二人で内緒の場所から
花火を見ていた。
「こっちです、お父様!」
『随分と上に上がるのだな。
屋根の上にでも出る気か?』
「いえ、この扉を開けると……。」
城の最上階まで登り、
シャーリーは古びた扉を開ける。
『……ここは。』
「お母様が、使っていた部屋なんです。」
いわゆる屋根裏部屋、と呼ばれる部屋だ。
幼少期のローズがこの部屋がいいと
暴れたので、ここが彼女の部屋になったらしい。
埃一つ無く綺麗に掃除された部屋には、
何年も使われていないシンプルなデザインの
ベッドや机が置かれたままになっていた。
部屋の中には最低限の家具しかなく、
主の気質が見て取れる。
「この部屋からは、すごく綺麗に
花火が見えるんですよ。」
母の最期もこの部屋だったと聞く。
シャーリーは小さい頃、何かあると
この部屋でよく泣いていた。
ここでしか、もういない母親を感じる事が
出来なかったから。
その時に気付いたのだ。
この部屋が一番、花火が美しく見えるのだと。
「もしかしたらお母様も、
ここから見た花火に惹かれて……
自分の部屋にしたのかもしれませんね。」
『……そうかもしれんな。
仕事を抜け出して、この部屋で
花火を見ていたのやもしれん。』
「お母様ったらお行儀悪く、
靴も脱がないままベッドに横になる事も
多かったみたいですよ!」
ディルギーヴは幻想する。
ローズが幼いシャーリーを腕に抱いて、
この部屋で花火を眺める姿を。
いつもと変わらない無表情で、
鮮やかな光に照らされる己が番のかんばせを。
でももう番はいないのだ。
十四年前、この部屋で確かに死んだ。
ーコンコン。
『む。』
「!」
静かな室内に、
突然ノックの音が響いた。




