番外編二話『エマのヴェール』
「ねえ、お父さん。」
「何だいエマ。」
辺境伯一家が住む屋敷から
少し離れた住宅街。
騎士団に勤める人間が多く住む
エリアにある、“普通”の家の書斎にて。
扉から部屋を覗き込む少女と、
そちらに見向きもせず書類を確認する
男がいた。
エマと呼ばれたのは、溢れんばかりの
艶やかなブルネットの髪と、
少し暗い室内でも星のように煌めく紫の瞳。
通りすぎた人々が思わず振り向く
美少女である。
しかし、椅子に腰掛けて文字に
集中している男は、少女の父親と考えるには
あまりにも平均的な男だった。
普通としか言いようがない、普通の金髪と
普通の碧眼、眼鏡をかけた中肉中背。
「どこにでもいる顔」「記憶に残らない顔」。
似ても似つかぬ2人だが、会話を聞くに
どうやら親子らしい。
果たして話をちゃんと聞いてくれるのか、
疑問な態度を取る父に構わず娘は
軽快に本題を告げる。
あまりにもあっけらかんとして、
その重さが全く感じられないぐらいに。
「顔を潰せる方法知らない?
出来れば一生治らん方法で。」
「とりあえず話を聞こうか。」
来年から辺境伯家に仕える予定の
齢十一歳のエマ・スミスの爆弾発言。
その発言には、雪薔薇騎士団に所属する
平坦で平凡な顔をした父、
マイク・スミスも思わず書類から顔を上げて
鮮やかな娘を見た。
「方法自体はいくつもあるが、
何故君がその選択したのかが分からないよ。」
「私、来年からシャルラハロートお嬢様の
侍女やるじゃない。
だから“この顔”を潰そうかと。」
「必要性を感じられないなぁ。」
マイクは平凡な顔でエマを見る。
平坦な声音で放たれた言葉だが、
マイク的には娘が「顔を潰したい!」と
言ってきて驚いているのだ。
十一歳の娘が自ら顔を潰すだなんて、
しかもエマの顔はとても美しいというのに。
「……この顔だと寄ってくるじゃん、
色々と面倒な奴らがさ。
これからお嬢様に仕えるのなら、
邪魔でしかないんだよね。」
「それなら隠せば良いだけだろうに。」
スミス家は騎士団の中でも
かなり特殊な立ち位置である。
他の兵と違い、仕事は諜報や裏での
立ち回りが主、すなわち辺境の地を守る
“影”の一員なのだ。
故に、スミス家は祖先からずっと
“どこにでもいる”容姿の人間ばかり。
美しすぎず、醜すぎず。目立たぬような、
疑われぬような。
先祖代々、敢えて狙って所謂
“平民的”な容姿の者同士で婚姻が続けられた。
まあ、流石に遠い遠い東や南では
目立ってしまうだろうが、
この王国周辺の国なら大体の街中に
溶け込める容姿である。
なので、派手な相貌のエマは
“影”にはなれなかった。
整った容姿の多い貴族の中ですら
圧倒的に目立つであろう美を誇るエマは、
あまりにも目立つ。
なのでスミス家の技術を叩き込めるだけ
叩き込まれ、辺境の問題児、ローズの
忘れ形見であるシャルラハロートの
侍女兼護衛として辺境伯邸に
勤める事になったのだ。
「やだやだやだー!
この前だって訓練の為にお屋敷行ったけど、
来客のオッサンに、私が
シャルラハロート様だと思われた!
このままだと絶対面倒な事になる!」
「顔を潰した方が、〖スミス家は
連れ子を虐待している〗と言われて
面倒な事になるとは思わないのかい?」
「言われるほど認知されてないでしょ、
私以外は影が薄すぎて。」
エマは連れ子である。
昨年病でこの世を去った母と赤ん坊の頃に
このシュラージュへ辿り着いた。
そして幼い頃、母がマイクと結婚し、
今では下に三人の弟妹がいる。
(全員マイクに瓜二つ)
母は最後までエマの父親を言わなかった。
少なくとも、自分が知っている母は
いつも何かに怯えているような人だったから、
きっとろくでもない人間だったのだろう。
エマは母にも似ていない。
身綺麗ではあったがどこか凡庸で、
マイクと並べば“お似合い”という言葉が
浮かぶような見目の人だった。
であるなら、この並外れた容姿は
明らかに生物学上の父の遺伝らしい。
「お母さんも死んで、
私の生まれの真実はもう分からない。
でも、この顔がある限り
いつ不意打ちで問題が噴き出すかも
分からないじゃない。」
もしも自分とそっくりの顔をした
男がここに現れたらどうしよう。
絶対にろくでもないであろう実父の血を
後世に残したくもない。
絶対に結婚なんてしてやるものか、
子どもだって作らないと幼いエマは
心を決めた。
というか、そもそもあんまりにも
美人なものだからしょっちゅう男に
絡まれるし、女性から妬まれる事もある。
この顔の原因の実父には憎しみしかない。
それに美人過ぎて、主になる人の前で
「シャルラハロート嬢ですか?」と
間違われて聞かれたのが辛すぎる。
鼻の下伸ばすなオッサン!
お前のすぐ側に辺境伯様と、その方と
同じ目の色をしたご令嬢がいるだろうがよ!
普通に侍女の制服を着ていたのに、
令嬢と勘違いしてくるとは何事か。
(孫を間違ったオッサンに向けられた
ヴィレネッテ様の笑顔はとても怖かった)
その時エマは心を決めた。
「自分の顔、潰そう」と。
結局、エマの覚悟に父が折れた。
エマは“事故”により顔を負傷し、
あの美しい顔は見る影も無くなったのだ。
周囲からの目も気にせず、エマは上機嫌で
侍女としての訓練に取り組んだ。
そして顔を特注のヴェールで隠し、
本日から、エマ・スミスは
シャルラハロート・アーヴェンの
専属侍女となったのだった。




