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第十六話『シュラージュという大地』





「……で、本日のお嬢様は

お一人で図書室にいる、と。」


「お父様は、死竜さんも

探さないといけませんからね。」



本日、ディルギーヴはシュラージュ周辺の

山奥を重点的にネゥロデクスの居場所を

探している。

大分うまく結べるようになってきた髪を

揺らし、残ったシャーリーは

エマと居城の図書室にやって来ていた。


祖母ヴィレネッテが読書家なのもそうだが、

現在は宰相の右腕として活躍する

二番目の伯父、レンズの持っていた本が

これまた大量に収蔵されていた。


シャーリーやエマの背よりも高く、

いくつも並ぶ本棚達は圧巻の一言だ。

…この中から、必要な本を探し出さないと

いけないという点に目を瞑れば。



「先に、司書の方にある程度

探してもらっておくべきでした……。」


「司書のオッサン、今は領主様と

新しく図書室に入れる本の

相談中ですからね。


しっかし、“現象”の竜に関する本なんて

九割ガセネタじゃないですか?

そんなもん探してどうするんです。」


「数打ちゃ当たる、の精神です!」


「騎士団のバカ共の影響受けるのは

ほどほどになさって下さいよ、お嬢様。」



正直、淑女として育てられたシャーリーに

悪影響でしかないんだよな、とエマは思う。

エマの父も騎士団の団員ではあるのだが、

表舞台で戦うのではなく諜報や……

あまり言えない仕事がメインの“影”である。



「まぁ、お嬢様が居なくなったら

私は雪薔薇騎士団所属になるんですけども。」


「そうなんですか?」


「そりゃそうですよ。

私、ローズ様のアレコレから

お嬢様を守る為に選ばれましたからね。」



二人以外誰も居ない図書室に

静かな会話と、本を動かす音が響く。


元々エマは、父と同じく

雪薔薇騎士団に入る予定だった。

だがローズの娘であるシャーリーの

専属侍女になったのは、シャーリーに

非は無くとも、母親への恨みから

起こされるであろう加害等を止める為だ。


ある程度腕が立ち、身の危険もある。

そんな仕事を任せられる相手を探していた時、

白羽の矢が立ったのがエマ。


頭を丸ごとをヴェールで隠しているので

初めて会った時はとても怖かったが、

今では友人兼お姉さん、といった

大切な関係になった。



「あの名前詐欺のむさ苦しい灼熱軍団と

仕事しないといけないの、嫌です。」


「エマは腕が立ちますものねぇ。

腕相撲大会でも殿堂入り手前でしょう?」


「去年は決勝戦で、スノウ様と

一騎討ちして負けました。


今でもすごい悔しいです。」



“現象”の竜について関係のありそうな本を

本棚から引き抜いてはパラパラと捲る。

内容は薄っぺらい文言の繰り返しや

馬鹿馬鹿しく飾り立てられた嘘ばかりだ。

“現象”の竜について調べようにも、

彼等に取材をしようにも、まず不可能なのだから

仕方ない、のだが。



「ちょっと、疲れてきました……。」


「こっちもです。

何なんですか『“現象”の竜は

グラマラスな美女が大好き!』とか

『拐われた美少年!“現象”の竜への

婿入り玉の輿伝説!!』とか。


不敬にも程があるでしょうよ。」



グラマラスな美女が大好きというなら、

どちらかと言えばスレンダーな体型だった

ローズを番にしたディルギーヴは

どうなるのだろう。


“現象”の竜はタイプで番を選ぶのではなく、

好きになった奴がタイプなのだ。

ちなみに、当のディルギーヴが

この場にいれば『其奴が番にする程、

好きになった人間の体型が

偶然そうだっただけであろう。』と

冷静に切り捨てた。


正直、人間以外に蝶や魚、花なんかも

番に選ばれる事がある。

体型だろうが性別だろうが種族だろうが、

“現象”の竜には関係無いし興味も無い。



「“現象”の竜って謎が多いです……。」


「謎が多いというより、

私達人間が理解出来ない高みにいる

存在なんじゃないでしょうかね。」


「……私もいつかはお父様みたいに

“現象”の竜になるらしいから、

もう少し知っておきたかったのに。」



“孵化”をすれば、晴れてシャーリーも

“現象”の竜の仲間入り。

しかし、突然上位存在になる、と言われても

分からないものは分からない。


父であるディルギーヴは、かなり娘に

寄り添ってくれてはいるものの、

どうしても実感という物は湧かない。



「“現象”の竜は、そこにいるだけで

場所も生物も変えてしまう。


だから私が“現象”の竜に孵化をしたら、

このシュラージュを、離れないと

いけなくなりました……。」



棲みかとした場所を灼熱に、極寒に。

ある個体は常に大嵐を起こし、

ある個体が住み着いた豊かな山は枯れ……。

ディルギーヴならば、真昼でも

夜中のような常闇に包み込んでしまうのだ。


存在するだけでその場所を浸食し、

徐々に自分と同期させてしまう“現象”の竜。

多くの人が暮らすこのシュラージュを

浸食してしまう訳にはいかない。



「お嬢様がいなくなると寂しくなりますね。

雪薔薇騎士団のマッチョ共は

多少大人しくなるので助かりますけど。」


「私も寂しいです……。

まだ、先の事なのに。」


「この場所って優しいですからねぇ。

助け合わないと死ぬってのもありますが。」



辺境の地の結束力はとても高い。

困難の多いこの地は、治める領主、

そして民達全員が協力し合わなければ、

とっくの昔に滅んでいた。



「それにここにいる連中は

脛に傷持ってたり、誰にも言えないような

秘密抱えてたり。


お貴族様の“厄介ごと”とかが

ポイポイ放り込まれる場所のせいで、

目線を変えれば傷の舐め合いしてるだけ

なんですけどね。」


「うぅ……シュラージュが抱える

最大の問題である私は何も言えません。」



シュラージュはリュゼーヌ内において、

かなり特殊、そして重要な場所だ。

軍事力はどこよりもずば抜けているが、

最高位の貴族ではない。

治める領主一族は王家の血も入っている

高貴な血筋だが、中枢権力には興味が無い。


なので、秘密裏に他の貴族の厄介ごとの

受け入れ等を行う事も多いのである。


エマだって母の連れ子で、

少し前のシャーリーと同じように

父親を知らない。

今のエマは自ら“顔を潰した”ので

もう分からないが、ただ、昔の自分の顔は

明らかに厄介ごとの塊だった。



「私は一生シュラージュから出ませんし、

誰かと結婚する気もありません。


なのでお嬢様、時々帰ってきて

私に外の話を聞かせて下さいね。」


「……うん、お祖母様にも

似たような事を言われました。


……ありがとう、ございます。」



やはりシャーリーは、この故郷が大好きだ。

いつか、自分を知る人間が

全員いなくなる時も来るだろう。

でもその時まで、このシュラージュは

ずっと自分を待っていてくれる。



「おぉ、シャーリー様にエマ嬢。

探し物は見つかりましたかな?」


「あ、司書のオッサン。」


「駄目です……面白おかしく書かれた

情報しかなくて。」



これから良い本が入ってくるのか、

ホクホク顔の司書が図書室に入ってきた。


実は、今年で五十歳を迎える司書の男性、

図書室の蔵書全てを覚えているらしい。

シャーリーも昔からよくお世話になっている。



「“現象”の竜について

ちゃんとした情報が載ってる本は

ないんですか、オッサン。」


「“現象”の竜?

随分とマニアックな本を探してるんだね。

ちょっと待ちなさい、確か奥の方に……


あぁ、あったよ。」



迷い無く図書室の奥に消えていった

司書の男性はすぐに戻ってきた。

手に、とても古そうな本を携えて。



「何しろ“現象”の竜の話ですからね。


真偽は分かりませんが、

一番“それっぽく”書かれているのは

この本です。」



どうぞ、とシャーリーに手渡された本は

やはりとても古い物のようだ。

シンプルなデザインの表紙には

細かい傷が付き、タイトルは掠れて読みにくい。



「えっとタイトルは、『“現象”の竜』?

作者は『エドガー・ラストラリー』……。」


「今から二百年程前の本でして。

“現象”の竜の生態についての情報が

書かれています。

元々は別の国で出された本ですが、

当時の王家の方が“現象”の竜に関係する

本だという事で、翻訳させたようですな。


しかし、“現象”の竜を詳しく知らない

我々からすれば……書かれているのが

本当の事なのか、確認のしようが

ありません。」


「えーっと何々?

〖この世界には、“現象の竜”と

呼ばれる生物が存在する。

いや、彼等は正確には生物ではない。


生物としての竜種は“現象”の竜に似た姿を

取っている為、同じように竜と呼ばれているが、

“現象”の竜と同じ枠では語れないのだ。


“現象”の竜は自然“現象”の化身、

その実態は正しく“現象”。

北の国、ユユルフでは『世界から染み出た雫』、

世界最高峰ヅォーガン山の先住民族、

コヤコ族では『自然の力が形を取った化身』と

語られている。


彼等には滅びという概念は無い。

例え、その“現象”を司る個体が一度に全て

死んだとしても間を置かず、代わりが生まれる。

即ち、決して絶える事が無い“自然現象”。


普通の竜よりも遥かに寿命が長く、

各々が司る属性の力を自在に振るう。

存在するだけで周囲を書き換え、境界を融かし、

己に最適化させてしまえる。


“現象”の前では種族も性別も、地位も名前も。

それらは何の意味も、成さない。〗


……確かに、他の本に比べれば

それっぽい事書いてありますね

お嬢様。」


「あの、これ、お借りしても?」


「えぇもちろんです、かしこまりました。

早速手続きしますね。」



そう言って、司書は貸し出し手続きを

手早く済ませてくれた。

シャーリーとエマは礼を言い、

図書室を後にする。



「この本に、何か重要な情報があると

良いんですけれど……。」


「二百年前の本なのに、“現象”の竜について

詳しく書いてありそうな本ですねぇ。


一体、どうやって竜について

調べたんでしょう?」



聞けるなら、書いた本人に

詳しく聞いてみたいものだが、

二百年前の人間に話を聞くのは無理な話だ。


とりあえずシャーリーは、

ディルギーヴが帰ってくるまでに

本を読んでおこうと思った。が。



「でもお嬢様、本を読む前に

今日は午後から料理のお稽古ありますよね。

料理長が気合い入れてましたよ?」


「……あっ!」


「あと、メイド長から昨日習った

洗濯の仕方の復習も。

それから騎士団の方で野宿の方法と……」



シャーリーが一人で身の回りの世話を

出来るようになる為の、鬼のような特訓が

待ち受けているのをすっかり

忘れていたのだった。


そうやって積み重なった

あれやこれやを学んでこなしていたら、

本など読む時間など無く。


あっという間に、

祝誕祭当日になってしまったのだった。












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