第十四話『雪薔薇騎士団』
辺境の地は、竜域に面している。
縄張り争いに敗れた魔獣や、
増え過ぎてこちら側に降りてきた
群れによる定期的な被害が
多発する危険な場所だ。
しかも六十年前にシュラージュで
発生した、多くの魔獣や通常種の竜による
スタンピードの黒幕であった隣国アルサフは、
これに便乗してシュラージュに攻め入り、
辺境の地は大規模な被害を
受けたのだった……。
「やあ、シャーリーとディルギーヴ殿!
“雪薔薇騎士団”へようこそ、だ!」
「おお、姫様!お倒れになられたと聞いて
騎士団全員、心配しましたぞ!」
「貴殿が姫様の父君か!歓迎します!」
「中々の筋肉…是非手合わせを!」
「おい!抜け駆けするなキサマァ!」
『……雪も薔薇も、
要素が何処にもないではないか。』
「すまん、雪どころか雪崩じゃないか、とは
よく言われる。」
シャルドーム達の元から帰った翌日、
ディルギーヴとシャーリーは
辺境を守る騎士団、通称“雪薔薇騎士団”の
本部に出向いていた。
出迎えたのは団長でシャーリーの叔父、
ダムズとその部下達。
“雪薔薇”とは辺境の地の更に山奥にしか
咲かない貴重な薔薇で、人間の体温程度でも
近付けば萎れてしまう花。
ヴィレネッテはその美貌から“雪薔薇”に
例えられる事も多く、彼女が領主になってから
発足したこの騎士団の名称に、
その“雪薔薇”が用いられるようになった。
……所属する猛者達は、雪薔薇に
近付くどころか百m離れていても
萎れさせそうな暑苦しさを
放っているのだが。
「詳しい事は母上や兄上から
聞いているよ。
確かに、うちの連中から認められたなら
シュラージュに早く馴染めるだろう。」
今回シャーリー親子が“雪薔薇騎士団”に
来た理由、それはディルギーヴの存在を
このシュラージュに馴染ませる為だ。
勿論、ディルギーヴの正体は明かせない。
しかしそれでは多くの人間が集まる
祭りには出られないし、
“現象”の竜に我慢を強いるのも後が恐ろしい。
祖母ヴィレネッテに相談したところ、
「雪薔薇騎士団で手合わせでもして
彼らに認められたら、民達も自然と
受け入れるでしょう。」と言われたのだ。
父親である事は明かすが、
今までいなかった事情の部分や
正体は誤魔化す。
中途半端な発表でどうしても残るだろう
モヤモヤ部分を吹き飛ばす為の一手が、
雪薔薇騎士団に認められる事、だった。
『認められれば民からも
受け入れられるなど……
この雪薔薇騎士団とやらは随分と
権威があるのだな。』
「シュラージュの民にとって
騎士団は憧れです!
私も剣の腕があれば、入りたかったです。」
「ここの前身は、父上に憧れた連中が
集まって始まったんだ。
父上はこの国の大英雄なもんでね。」
「私の父も、ジョン殿に憧れて
この地に訪れたのですよ。」
「六十年前にリュゼーヌが落ちなかったのは
ジョン殿のお陰ですからな!」
元々、この地を治めていたのは
アルフレド・アーヴェンという男。
だが、彼は六十年前のアルサフと
魔獣達による被害により、
家族や親類、婚約者を失った。
彼自身も大型の魔獣に殺されそうになった時、
布切れを身に纏い、ボロボロの斧を手にした
当時20歳前後のジョンに助けられて
生き延びたのである。
アルサフ軍や魔獣を片っ端から斬り伏せていた
大英雄ジョンは元々、竜域とシュラージュの
狭間……竜域ほどではないが、多くの魔獣が
生息する森で暮らす青年だった。
貴族の庶子で森に捨てられたのか、
それともただ運が悪かったのか……
物心ついた時から生きる為、一人で
魔獣と戦い狩っていたジョンは
シュラージュに住む人々から野蛮人と
蔑まれ、距離を取られていた。
先代辺境伯アルフレドは、ジョンが
忌み嫌われている存在であろうとも
助けてくれた事に深く感謝し、
ジョンに武器や鎧、知識を与えた。
そして、同じく前線に来ていた
当時王太子の先代国王スティーグスとも
戦友となり、魔獣と敵軍を討伐。
困難を退けたのである。
戦争が終わった後、荒れ果てた辺境の地に
英雄がいると知り、教えを乞いたいと
国中からジョンに憧れる多くの武芸者達が
集まるようになり……。
そうやってシュラージュの地はかつての
賑わいには程遠いが、少しずつ壁として、
街としての機能を取り戻していったのである。
「そんな訳で、本人にそんな気は
無かったけど復興の中心になった父上を
このシュラージュの顔として据えるべく、
先代辺境伯のアルフレド様が
王都から養子に迎えたのが母上だったんだ。
公爵令嬢ではあったものの、
色々事情があってフリーだった母上と
父上を結婚させて、新たな辺境伯夫婦に
シュラージュを譲ろうとなさったんだな。」
「雪薔薇騎士団はお祖父様とお祖母様の
ご結婚を機に、正式に結成されたんですよ!」
初代団長は勿論ジョン。
そして5年前、年齢を理由に
団長の座から退いたジョンの次に
団長となったのがダムズである。
勿論、贔屓ではなく実力で。
完全実力主義の雪薔薇騎士団には
嘘も遠慮も何もない。
武力と権力を持ちながらも驕らない彼らは、
辺境伯一家と同じ様に、民達から
絶大な人気を誇っている。
『手合わせは良いが、
我は斬り合いなど出来んぞ。
剣すら持った事が無い。』
「大丈夫ですよ、姫様の父君に
やってもらうのは我々騎士団団員との
“腕試し”ですからね。
さ、着きましたぞ。」
本部の通路を渡り、すれ違う兵達に
挨拶をしながら到着したのは、
見るからに重厚な両開きの扉の前だ。
シャーリーの細腕では絶対に
動かせないであろう扉を、ダムズの部下達が
二人がかりで開けていく。
そして、開けられた部屋の中には。
「「「「「ようこそ!我等が腕相撲大会へ!」」」」」
『……シャーリー。』
「頑張って下さい、お父様!」
筋骨隆々のマッチョ(男女問わず)達が、
思い思いのマッスルポーズを決めて
客人を待ち構えていたのであった。
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シュラージュを上げて行われる
一年に一度の盛大な祭。
それの大目玉が、『腕試し大会』と言う名の
腕相撲大会なのだ。
他の領では騎士達の腕を競う大会が
行われたりするのだが、過酷な
シュラージュではお綺麗な剣術だけで
生き延びられない。
騎士団では主に、実戦に重点を置いた戦い方を
叩き込まれる。
なので騎士団内での大会自体はある、
のだが……怪我人続出の真っ赤に染まった
イベントと化す。
祭で行うには血腥すぎるのである。
それ故、雪薔薇騎士団内で起きた
何かしらの問題や喧嘩の決着を着ける為に
行われていた腕相撲が、騎士達の大会の
代わりに、祭の目玉として
行われるようになったのだった。
「父君には雪薔薇騎士団でも
豪腕と名高い面子、十人抜きを
していただきましょう。」
『ハッ、何人でも構わん。』
「そう言っていただけると思いました。
まあ、ローズ様の伴侶ならば余裕かと。
まずは辣腕のグレック!前へ!」
「よろしくお願いします。」
「行けグレック!メガネパワーを見せろ!」
「姫様には悪いが勝て!」
「お前のメガネは筋肉で出来ているんだろ!」
「私の眼鏡は鋼鉄製ですよ、十キロあります。」
「馬鹿じゃん。」
部屋の中央に置かれた腕相撲用の机に
スタンバイしたのは、メガネをかけた
知的なマッチョ男性だった。
メガネの奥から覗く目から放たれる、
轟々と燃え上がる闘志がディルギーヴを
射抜く。
正直、竜であるディルギーヴからすれば
人間との腕相撲など普通に勝てるので
別にやりたくはないのだが、
これも娘の為だ。
溜め息を吐いて気分を切り替え、
戦場に向かう。
『フン、他愛ない。』
「なっ……お見事です。」
「グ……グレックがあんな簡単に
負けただと!?」
「涼しい顔してやがるぜ……!」
「最低でも化け物クラスってことか!」
「では次、強腕のナターシャ!」
祭りの腕試し大会、
もとい腕相撲大会では出場出来る
ランクが分かれている。
子どもやシャーリー等の若い女性も
参加できる優しいランクもあれば、
騎士団所属の化け物しかいない
通称“化け物”ランクまである。
ちなみに、化け物ランクの殿堂入りだった
ローズは騎士団所属ではあったが
まともに活動はしていなかった。
自分の好き勝手に動き回り、それを
非難する相手は誰であろうと噛みついて
叩き潰す。
まさしく暴君といった有り様の血薔薇は、
戦闘狂ばかりの雪薔薇騎士団でも
かなり浮いていた。
「おいおい、鉄腕のミラまでやられたぞ!」
「すげぇ……流石ローズ様の夫!」
「あと四人で団長だ!」
「勝てるんですか団長!?」
「団長だもんなぁ。」
「団長だしなぁ。」
「お前ら好き勝手に言うな!
俺はウィンズ兄上と死闘を繰り広げて
団長になったんだぞ!
……姉上に勝てた事は無かったけども!」
辺境伯家には三人の息子と一人の娘がいた。
長男にして次期辺境伯のウィンズ。
次男は王都にて宰相の右腕を務めるレンズ。
長女が御存じ血薔薇のローズ。
そして、三男が騎士団長ダムズ。
ウィンズと騎士団長を巡る決闘を
(流石に腕相撲ではない)経て、
勝利を掴んだ努力の男である。
「怪腕のマイケルまで……!?」
「団長!出番ですよ!」
「では最後!剛腕のダムズ!」
「申し訳無いが、俺も姪は可愛いのでね。
全力で行かせていただきますよ。」
『やれるものならやってみろ。』
「ダムズ叔父様!お父様!
頑張って下さいね!」
騎士団には、肉体も精神も
屈強な女性しかいない。
ダムズの妻も騎士団の団員だし、
なんなら騎士団が仕える辺境伯家の
女性陣も見た目こそたおやかだが、
心が鋼鉄の女傑揃いだ。
特にスノウなんて女神みたいな
美しい見た目で、ローズ程ではないが
ゴリゴリの武闘派。
きらびやかなドレスの下には、
ハイヒールで全力疾走しても一切
姿勢が揺らがない体幹を支える
秘密が隠されている。
しかし、シャーリーは見るからに
か弱くて守るべき対象だった。
スノウと手を繋ぎながら騎士団に
遊びに来るシャーリーに全員
メロメロだったし、騎士団一丸で
フレシオスやウィンズとシャーリーの
父親の枠を競っていた。
だからこそディルギーヴの対戦相手に
選ばれた全員、手は一切抜いていない。
遠慮無しのぶつかり合いだからこそ、
相手への尊敬は生まれるのだ。
そして腕相撲は決着が着き、
歓声と嘆きが聞こえてくる賑やかな場所を
入り口に屯して覗く一般兵達の後ろから。
ディルギーヴに抱き着くシャーリーを、
祖父、ジョンは静かに眺めていた。




