第十一話『ノワエ』
『アハハ!こんなにファンシー適正の無い
存在、初めて見たよ!』
『遺言はそれで全部か?』
結局、日が暮れるまでの数時間、
しっかりたっぷりノワエと遊ばされた
シャーリーとディルギーヴ。
女子達は花冠を作って遊んでおり、
シャーリーはノワエに教えられながら
初めての花冠に挑戦していた。
最初は上手く作れなかったが、
数をこなしていく内に
上手く作れるようになっていった。
……そして、ノワエとシャーリーの頭を飾る
花冠以外の作品は、全てディルギーヴが
身に付けている。とても似合っていない。
シャルドームは風呂のついでに夕食を
作ったらしく、『ご飯だよ~』と
のんびりしながら呼びに来た。
現在、兄の花まみれ姿を見て大爆笑。
弟に殴りかからんと、ディルギーヴに
胸ぐらを掴まれている真っ最中なのである。
「お姉ちゃん、パパのご飯美味しいんだよ!』
「そうなんですか?楽しみですね!」
兄弟の戯れを眺めるシャーリーとノワエは、
この短時間ですっかり仲良くなった。
元々人懐っこいのであろうノワエは
シャーリーにすぐ懐いたし、シャーリーも
「剣で役に立てないなら……」と辺境領では、
慈善活動に積極的に参加していた。
孤児院を回ったり、学校に通う前の
小さな子どもに勉強を教える手伝いをしたり。
なので年下の子どもと触れ合うのには
慣れていたのだった。
『え~ん、その前にご飯にしようよぉ!
お兄ちゃんは良くても、姪っ子ちゃんや
ノワエはお腹減ってるだろうからさぁ……。』
しくしく、と泣き真似をするシャルドーム。
ディルギーヴは冷たい視線を向け、
ため息を吐いて手を離した。
『そうだな、後でいくらでも殴れるからな。』
『可愛い弟殴ろうとしないで!』
シャルドームとノワエが暮らしている家は、
こじんまりとした小さな家だ。
中に置いてある家具は壁と同じ木で出来ており、
全体的に暖かみのあるデザインで、
室内は落ち着く雰囲気になっている。
まだ食事が置かれていない食卓の上では、
大きな三毛猫がドドンと中央に鎮座していた。
美しい毛並みをした猫は顔を
くしくしと洗っていたが、家に入ってきた
家主と客人を見て、怯えるでも威嚇するでも
逃げるでもなく、『にゃーん』と
声を出してそのまま丸くなってしまった。
シャーリーは「可愛いです!」と言って
猫に近付いたが、ディルギーヴは猫を見て
本日何回目か分からない驚愕の表情を浮かべ、
無言でシャルドームを睨みつける。
シャルドームは兄から目を反らしているが、
兄の圧はジワジワと増すばかりだ。
猫はそんな兄弟なんかを気にせず、
シャーリーに撫でられて
喉をゴロゴロ鳴らしていた。
が、ノワエに両脇を持ち上げられ、
「ボスちゃん、ご飯だからどいてね!』と
退場していく。
(とても大きい猫なので、床に
つくんじゃないかと思うくらい伸びていた。)
猫を運んだ別の部屋から戻ってきた
ノワエが「お腹減った!』と父に抱き着き、
兄の圧からようやく解放された
シャルドームの料理が振る舞われるまで
あと少しである。
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『……で、説明してもらおうか?』
食事が終わり、風呂にも入り、
(ノワエはシャーリーと入った)
まだ遊びたいとぐずるノワエを
寝かしつけたシャルドーム。
リビングに戻ってきた彼を、
椅子にどっかりと座って待ち構える
ディルギーヴは、今にも全力で
殴りかかりそうな勢いだ。
『怒らないでよお兄ちゃん、
お義姉さんの話もあるんでしょ?』
『それもあるが、あの御方の話が先決だ!』
『はいはい音声下げて、ノワエが起きる。』
「あの御方というと……お父様のお話に
何度か出てきた主君の方ですか?」
『おいシャルドーム、貴様……
何故、何故……エトワスタ様が
生まれ変わった事を隠していた!』
“エトワスタ”、その単語を聞いた瞬間、
穏やかだったシャルドームの顔は
険しくなった。
まさに今のディルギーヴと瓜二つ、
場の空気も少しピリつき始める。
『別に、お兄ちゃんに
隠すつもりは無かったよ。
養育に集中してたから……
会いに行けなくて説明出来なかったのは
悪かったと思ってる。』
はぁ、とため息を吐いて元の表情に戻り、
頬杖をつくシャルドーム。
父子家庭かと思いきや、
やはり何かしらの事情があるらしい。
『姪っ子ちゃん。
千年前の戦争で、どうして“現象”の竜は
この国を滅ぼさなかったと思う?』
「そう言えば……そこは詳しく
伝わっていませんね。」
“竜罰のお伽噺”でも、愚かな人間達が
圧倒的な力を持つ“現象”の竜に負け、
己達のしてきた事を反省をする、といった
締め括りだ。
滅ぼされても仕方の無い理由で
引き起こされた戦争で、何故王国も
王家も滅ぼされていないのか、
そこは書かれていない。
『簡単だよ……
“滅ぼすどころじゃなかった”んだ。
僕達の主、竜姫“エトワスタ”様が
あの『名無しの大樹』に
変化してしまったからね。』
「……あの『名無しの大樹』は、
竜のお姫様が変化したもの
だったんですか!?」
『……当時、エトワスタ様と親しかった
人間の姫も一緒にな。』
竜姫エトワスタ。
“現象”の竜達ですら頭を下げる、
竜王とその伴侶、竜妃との間に生まれた
唯一の竜。
星々の様にキラキラと輝く、
夜空色の鱗を持った美しい竜だった。
『エトワスタ様は人間がお好きだった。
御両親が諌めるのも聞かず、シャルを
連れて人間の街にしょっちゅう
潜り込んでは……我が追い掛けて
連れ帰ったものよ。』
『そんな御方だから、人間との戦争にも
最後まで反対していてね。
最終的に、『わたくしが居なくなれば
お父様もお母様も悲しみまくって
人間と戦争どころじゃ無くなるのでは?
でも完全に居なくなったら
悲しみ過ぎてしまうでしょうから、
姿を換えようかしら!』とか
よく分からない事言って、それを
実行しちゃってぇ……!』
ディルギーヴもシャルドームも、
当時を思い出して頭を抱える。
いつもエトワスタが浮かべていた、
あの満天の星空の様な笑顔が鮮明に蘇る。
『仲の良かったこの国の王女も
一緒に樹になるって言い始めるし、
樹竜とか命竜とか……戦争強硬派じゃない
連中の力をこっそり借りて、
姫様達の身体を無理やり永久的に
換える為の準備に走らされてさぁ!
あの御方、疲労でボロボロの
僕になんて仰ったと思う!?
『千年経ったら会いましょう!』だよ!?』
「話が……壮大過ぎて、
ついて行けなくなってきました……。」
『うん、ごめんねそうだよね。
人間にはちょっとどころか
かなりスケールが大きすぎるよね。』
戦争を止める為に、人間を救う為に。
この、とんでもない選択ですら
笑って選んだのだろう。
誰からも愛された竜の姫君は、
流星の様にこの世界を駆け抜けていった。
置いていかれた方は思惑通り、
戦争どころでは無かったのだが。
『そうして竜側が牙と爪を収め、
戦争が終わって千年。
……もう、あの樹は抜け殻な訳か。』
『そうさ、僕がここでエトワスタ様の
魂を持って生まれた人間、つまりノワエを
育てているんだからね。
人間の方の姫様も、どっかに
転生してるんじゃないかなぁ。』
「竜のお姫様の魂……
ノワエちゃんは、どうなるんですか?」
『恐らく、人間の脆弱な身体は
姫様の魂に耐えられぬ。
その内、“揺籃の雛”の如く孵化…
否、この場合は“羽化”をするのではないか?』
“ノワエ”という少女から、
“エトワスタ”という竜が羽化をする。
そして、エトワスタが人間に転生したのは、
きっと人間があれだけ好きだったから。
その意思を汲み、忠臣たるシャルドームは
人間に混ざって人間として暮らし、
“人間の娘”として主君の魂を持つ子どもを
育てているのだ。
いつか、主君が再びこの世界へ
羽ばたくその日まで。
『ローズの話を聞きに来ただけであったのに、
ここまで疲れるはめになるとはな……。』
「まあまあ、お父様。
お父様の主君の方の今が知れて、
良かったじゃありませんか。」
『いーんだよ姪っ子ちゃん、どうせ
『何故我に言わなかったのだ……』って感じで
拗ねてるだけだから。』
『フン……サヴァン様とルェロナ様は、
この事を御存知なのか。」
“現象”の竜達の頂点、
竜王サヴァンとその番、竜妃ルェロナ。
二頭の竜は、戦争が終わった後からずっと
『名無しの大樹』の根元で寄り添いながら、
千年の時を過ごしている。
『……伝えてあるさ。
だけど、エトワスタ様と会うのは
“羽化”してからと御決めになられた。』
『そうか。
……ならば、やはり我に一言伝えてくれても
良かったのではないか?
シャーリーもそう思うだろう?』
不機嫌感丸出しで不満を垂れるディルギーヴ。
まるで、伝えなかったシャルドームだけが
悪いと言わんばかりの兄の態度に、
とうとう弟も声を少しだけ荒げた。
『だってさぁ~!お兄ちゃんって
隠し事下手じゃんか!
嘘つけないから、隠し事する時は
意味深に黙ってるだけじゃんか!
もしもお兄ちゃん経由でバレて……
ただでさえうっさい竜域在住の連中が、
エトワスタ様が人間に転生したなんて
知ったらどうなるか分かるでしょ!?』
「確かにお父様って不器用そうですものね。」
『ウッ』
ディルギーヴに一番深く刺さったのは、
娘の何気ない一言だった。
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《“現象”の竜の説明~言葉編~》
解説:ディルギーヴ
『……“現象”の竜の言葉は……それを聞いた
生き物の言葉に、勝手に翻訳される……。
書き換えが進んだ番や孵化間近の
“揺籃の雛”も、そうなるぞ……。
我等には、基本的に性別が無い為……
一人称が“俺”や“アタシ”、といった竜は、
大抵、“揺籃の雛”だった個体だ……。
“揺籃の雛”時代は性別が、あるからな……。
エトワスタ様は“姫”という人間の
言葉を気に入り、自ら“竜姫”を
名乗っておられた……。
御両親を竜王”、“竜妃”と、呼び始めたのも
姫様だ……。
我等兄弟も……姫様にならって兄……弟と……
呼び、合う、よ、う、に……ウッ。』
『姪っ子ちゃんからちょっとでも
格好悪く見られてたってダメージがエグいね、
お兄ちゃん。』




