第十話『“黒の歪み”《影竜シャルドーム》』
『アーーーーーッハッハッハッハッ!!
馬鹿じゃん!ホント馬鹿じゃん!!』
血まみれの大の男は、ケタケタ笑いながら
腹を抱えて地面をゴロゴロ転がる。
血だけではなく泥までついて
とんでもない見た目になっているが、
笑いが収まる気配は無い。
『あの堅物のお兄ちゃんが
プレゼント用意するくらい入り込んでた
お義姉さんに、起こされなかったからっ、
十五年も寝坊……フフッ最悪すぎる……ッ
アーッハッハッ!!』
「すごい笑ってらっしゃる……。」
『しかも子ども放置してたんでしょ!?
愚か過ぎるよね!!!!』
ヒーヒー言いながらようやく立ち上がり、
目に浮かんだ涙を拭うシャルドーム。
片割れの失態がそれだけ面白かったようだ。
ディルギーヴは、凹みに凹んで哀れだが。
『フフッ……もうダメ、あと十年は笑ったまま
暮らしちゃいそう。』
『……』
「元気出して下さいお父様!」
『あーあ、それにしても……
会ったばっかりで距離もあるだろう
姪っ子ちゃんをなんで今、僕の所に
連れて来たの?
まだ人間なんだし、別に孵化してからでも
良かったのに。』
「それは、私のお母様の死について、
おじ様に意見をお聞きしたくて……。」
『お前は我と違って人脈もとい竜脈があろう、
爪を貸してもらいたい。』
『ん~、家族の事だし
別に構わないけど……。』
シャルドームは腕を組み、
少し考える素振りを見せた。
『僕、今爪が離せない用事が出来てさ。
最近は他の竜ともあんまり会ってないし、
ここから出たりもしてないんだ。
力になれないかもしれないけど……
ま、とりあえず僕が住んでる村に
行こうか!』
身体に付いた土を払い、
シャルドームはここから少し
離れた場所を指す。
そこまで出てみると、
頻繁に荷台等が通るのだろう。
轍や人の足跡が残った道があった。
どうやら村に続いているらしく、
シャルドームが先頭に立って進んでいく。
「その……血まみれですけど。
そのまま村に行って大丈夫ですか?」
『大丈夫大丈夫!
あ、僕が竜ってのは村では内緒だから、
そこん所よろしくね。』
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「おうシャルさん!
賊、捕まえたんだってな。」
「やだわぁ血まみれ!
折角の顔が台無しよぉ!」
「シャル兄、その人達誰?」
『僕のお兄ちゃんと姪っ子~
二人とも可愛いでしょ、仲良くしてね。』
のどかな村に入った瞬間、
シャルドームは村人らしき人達に囲まれる。
血まみれの方に目が行って
気付かなかったが、シャルドームも
彼らと同じ民族衣裳を身に纏っていた。
「えー、お姉ちゃんの方は
可愛いけどさぁ。」
『そうだろう、我が娘は誰よりも
愛らしい。』
「おっさんは可愛くない。」
『おっさ……!?』
「お、お父様は可愛いですよ!?」
『あ、ありがとうシャーリー……?』
村の子ども達によるズバズバと
容赦の無い言葉。
娘を褒められてご満悦だった
ディルギーヴだが、おっさん扱いされて
目を剥いた。
双子のシャルドームはお兄さん扱いなのに、
と思ったが、表情の厳つさが原因だろうか。
「あら本当、お兄さんは
シャルさんにそっくりじゃないの。」
「姪っ子さん別嬪だなぁ、
うちの息子なんてど……」
『消すぞ貴様。』
「怖えよ!冗談だって!!!!」
『はいはいお兄ちゃん、僕の家行こうね!』
軽口を叩いた男性に詰め寄るディルギーヴ。
今は人間体とはいえ、“現象”の竜から
至近距離で放たれる睨みはとても怖いだろう。
兄を無理矢理ひっぺがし、姪に手招きして
シャルドームは村の奥に歩き出した。
『親バカだなぁ……姪っ子ちゃんが
可愛いのは確かだけど、
結婚は冗談に決まってるっての。』
『可能性があれば消すべきだ。
その息子とやらが、シャーリーに
一目惚れしたらどうする?
我はこの村ごと葬り去るぞ。』
『止めてね!?
この村めっちゃ大事なんだからね!?』
「仲良いんですねえ……。」
その後も村人達から声をかけられ、
にこやかに返事を返すシャルドーム。
シャーリーは“現象”の竜を父である
ディルギーヴしか知らなかったのだが、
人間にここまで友好的な竜もいるのかと
少し驚いた。
「お父様から聞いていた通り、
シャルドームおじ様って人間が
お好きなんですね。」
『うん、大好きだよ!
だって面白いじゃない?
良くも悪くも、僕らには
出来ない事ばかりするんだもの。』
“現象”の竜は村なんて作らない。
そもそも助け合わずとも一頭で
生きていけるし、ただでさえ我と
縄張り意識が強い連中ばかりなのに、
集まって暮らすなど、ろくでもない
結末にしかならない。
服だっていらないし、本だって必要無い。
綺麗な装飾品や布なんて無くとも
己の鱗が一番だと誇る竜ばかりだから。
興味のある事だけ覚えておけば良いので、
様々な記録をまとめる必要も無いから。
『だから僕は、あの御方と人間に入れ込んだ。
お兄ちゃんには呆れられていたけどね。』
「あの御方……?」
『さ、着いたよ。
ここが~、僕の家!』
シャルドームが立ち止まったのは、
他の家とは少し離れた場所に建てられた
小さな木造の家だった。
シュラージュでは石造りの家が多いのだが、
木材が豊富に取れるこの場所では
こういった造りの家が多いのだろう。
そして、この家の家主であるシャルドームが
ドアノブに手を掛けようとした時。
「パパ!
お帰りなさい!』
『お~っと!
ただいま、ノワエ。』
ドアが勢い良く開かれ、シャーリーよりも
小さな……7歳くらいの少女が飛び出し、
シャルドームに抱き着…きかけた。
ぐい、と伸ばされた手で頭を押さえられ、
少女は手足をバタバタと振る。
シャルドームは屈み、幼い少女と
目線を合わせ、優しい声をかけた。
『ごめんねぇ、パパ汚れてるから
先にお風呂入って着替えてくるね。
抱き着くなら向こうのお姉さんにしな。』
「!
……だぁれ?』
『パパの姪っ子ちゃん。
そんでその後ろのがパパのお兄ちゃん。』
少女は父親の陰から、恐る恐る
シャーリーとディルギーヴを覗き込む。
とても整った顔立ちは、貴族や王族の
一人と言われても信じてしまう美しさだ。
良く手入れされ、ゆるく三つ編みされた
亜麻色の髪と透き通った藍色の瞳は、
光を反射して虹色に煌めいている。
「怖く……ない?』
「怖くない……と思います!」
シャーリーも膝を曲げて、
ノワエと呼ばれたシャルドームの娘に
目線を合わせる。
そして、ニッコリと優しい笑顔を
作って見せた。
余談ではあるが、シャーリーの笑顔は
辺境領に犇めく豪傑達の頬も
思わず緩む威力である。
戦闘狂でとにかくむさ苦しい
辺境マッスル達にとって、
シャーリーの無害で愛らしい笑顔は
体力&メンタル回復スポットであった。
緊張している様子だったノワエは、
ほんの少し笑顔を浮かべた、しかし……。
「でも、後ろのおじちゃん
ちょっと怖い……。』
「私のお父様は見た目はちょっと
怖いかもしれませんけど……お父様?」
『……。』
ディルギーヴは信じられない物を
見るかの様に、目を見開いてノワエを
凝視している。
『じゃ、僕はお風呂入ってくるから!
その間ノワエの面倒見てね!』
「えっ」
「お姉ちゃん、あっちにお花畑あるから
一緒に行こ……?』
「あっ、はい!」
シャルドームはニコニコしたまま
家に入って行き、そのまま扉はパタン、と
閉じられた。
呆然としていたシャーリーは、
ノワエに服を引っ張られてぐいぐい
花畑の方へ連れていかれる。
そして、その場に残されたのは
固まったままのディルギーヴだけだった。
『……ッシャルドォオオオムゥウウッ!!
貴様ッ、貴様これ程大切な事をッ!!!!
何故我に! 言わなんだァアアッ!!!!!!』
意識が戻ったのか、ハッとした後、
牙を剥き出しにして怒鳴りつける
ディルギーヴ。
家の風呂場とおぼしき場所からは
笑い声と共に、全く反省していない
陽気な声が聞こえてきた。
『アハハッごめ~ん!
忙しくてお兄ちゃんの事、
すっかり忘れててさ~!』
『我も馬鹿なら貴様も馬鹿だ!!
出てこいシャルドーム!!!!』
あまりの怒りにより、ディルギーヴは
弟の家を壊す勢いである。
しかし、そんな闇竜を引き戻したのは、
ノワエと共に遊ぶシャーリーの声だった。
「お父様ー!
ノワエちゃんがお花の冠、
作ってくれるんですってー!」
娘の声で多少冷静さを取り戻した頭で考える。
待て、今シャーリーと“あの御方”には
護衛もついていないのでは……?
『ッ今行く!
後で覚悟せよシャルドーム……!!』
呑気に風呂を堪能しているであろう弟は
後でしばこう。絶対しばく。
そう決意し、ディルギーヴは
花畑の方向へ駆け出していった。
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《“現象”の竜の説明~変化編~》
解説:シャルドーム
『今回は“現象”の竜の変化について
僕が説明するよ!
“現象”の竜が姿形を自在に変えられるのは
知ってると思うけど、人間に変化してる時、
服とかどうしてるのかって思わない?
実は、服は皮膚を変化させて
それっぽく見せてるだけなんだ。
元々人間だった個体は未だに服を
着てる事もあるらしいけど……
まぁ、基本的に変化の度に服を脱ぎ着する
必要は無いんだよ!
お洒落な個体は色んな服を知ってるから
よく人間体の服を変えるけど、
お兄ちゃんみたいに興味が無い個体は
参考にした服そっくりに変化させたまま
変えないんだよね……勿体無いなぁ。
そもそも、興味が無かったり
よく知らなかったりすると上手く
変化って出来ないんだ。
角が出っぱなしだったり、尻尾出てたり、
大きさが全然違ったり。
人間達の間で神話の生き物として
語られてる不思議な生物って、大体が
変化失敗した“現象”の竜なんだよね。
人間達はカッコいいって言うけど、
本竜達にとってはバリバリの黒歴史だよ。
それに、その変化させた身体の
種族の動きと同じ動きをしないと
いけないから大変で……。
人間体なのに四足歩行とかしたら
街とかで浮いちゃうでしょ?
自分の意志で肉体を操作して変えてるから、
見た事ある生き物じゃないと
僕でも変化はできないんだよねぇ……。
あ、それと僕らが人間とかの
小さな生き物に変化する時、
結構窮屈で慣れるまですごく大変なんだ。
例えるなら……人間の女の子が
よく持ってる、片手で持てるサイズの
小さい鞄あるじゃない?
あれに入ってろって言われる感じ。
でも他種族を番にした“現象”の竜は、
窮屈だけど相手と同じ種族に
よく変化するんだ。
愛だよねぇ!』
『……シャル、本当にお喋りよな。』




