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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

食べたいから食べられない

作者: 新田

 彼女の首に噛みつきたい。噛んだ瞬間にパツッと弾ける皮はきっと美しく、気持ちいいのだろう。彼女の指先を噛み砕きたい。桜色の爪や薄い膜の様な皮から出てくる赤はどんな味がするのだろう。彼女の顔や性格は知ろうとも思わない。ただ、後ろの席から見えるうなじや、ふと見える指先に僕は釘付けだった。振り向いた彼女の顔が強張っているのは視線に気づいているからだ。僕は彼女が振り向いたらペンを回して気のないふりをする。お陰で随分とペン回しが上手くなった。


 放課後、彼女に呼び出された。僕はその時になって初めて彼女の声を聞いた。呼ばれた教室に行くと彼女が待っていた。夕陽に照らされた手元がきつね色になっていた。


「急に呼び出して、ごめんね」


 声の震えから緊張しているのがわかる。顔を見れば彼女の頬も食いつき概がありそうだった。僕が何も言わないと困った様に目を泳がせた。


「気にしてない」


「そっか、よかった」


 彼女をじっと見つめると頬が染まった。


「用事は?」


 冷たく聞こえるだろうなと思いながらも、表情は変えなかった。彼女は一呼吸ついてから僕の目を見た。


「私、佐々木くんが好きです!私、と、付き合ってください!」


 彼女は頭を下げた。自分を食べる妄想をしている男に好意を持つとは可哀想な人だ。これはちゃんと言ってあげないといけない。僕は君が食べたいのだ。


「・・・いいよ。ただ、いつか君を食べてみたい」


「・・・え?いや、えっと、え?!食べたい?!」


 彼女は頬に手を当てて小声で何かを話している。やっぱりダメなのだろうか。


「あの、えっと!二十歳になったら・・・いいよ・・・」


「本当に?いいの?」


「う、うん・・・」


 思わず迫ってしまった。彼女はモジモジしている。 そういえば彼女の名前を知らなかった。彼女の手を取ると思ったよりも温かくて、僕の方が緊張していたのだと気づいた。





 僕達の付き合いは順調だった。明後日は彼女、百合さんの二十歳の誕生日。彼女の動きに違和感があるのは誕生日だからだろうか。


「明後日は君の誕生日だね、君もやっと二十歳だ。約束、覚えてる?」


 僕の言葉に彼女の肩がビクッとする。青ざめるはずの頬が赤くなる。


「・・・覚えてる、よ」


「よかった、楽しみにしてるよ」


 彼女は僕の顔を見て小さく「馬鹿」と呟いた。

 当日は彼女の家にお邪魔した。彼女に有名店のケーキを買った。袋の名前を見て目を輝かせる姿は僕の胃を擽る。僕は隣に腰かけて彼女の首を見た。食い千切るなら彼女を殺さなければ。あれ、なぜ彼女を殺さないといけないのだろう。そのまま噛みついてはいけない訳ではないのに。情でも湧いてしまったのか、それでは約束を守れない。

 彼女がシャワーを浴びている。僕はどうしたらいいのだろう。今まで食べるために一緒にいたのに、食べなければ彼女との約束を自ら破ってしまう。彼女がシャワーから出ると僕にも促した。


「体、キレイにしないと駄目でしょ?貴方も入らないと」


「え?・・・わかった」


 これから結局汚れるのに、彼女はきれい好きなのだな。また彼女の情報が増えた。

シャワーから出ると彼女がベッドに座っていた。隣に座ると姿勢を正した。僕が動けばベッドが少し揺れる。隣に顔を向けた。耳鳴りがするほど静かだ。


「・・・君が僕に告白してきた時、すごく困ったんだ。」


「えっ・・・」


 彼女の瞳が揺れる。ハッキリ目が合う。この三年間、どれだけ彼女を見つめてきたんだろう。


「僕はずっと、君を食べたいと思って見つめていたんだ。肉に喰らいついて、骨を噛み砕きたい。そう思っていた。

 でも・・・今は君を食べるのが凄く惜しい。君を生きたまま喰らおうと思っていたのに、君に痛みを与えたくないし、君が動かなくなるのが恐ろしいんだ。

 君と約束したのに。守れない・・・」


 目を逸らす。頭から熱が引き、手足はどんどん血の気を失っていく。彼女は僕に失望しただろうか。心臓の音が嫌に耳についてくる。

 口を開いたのは彼女だった。


「約束したけど、私はマジで食べられる約束をした覚えはないんだけど・・・」


 彼女の言葉に顔を上げる。僕を冷えた目で見るでもなく、頬を染めて頭を抱えていた。


「私、てっきり・・・その、エッチしたい的な意味かと思ってた・・・」


「・・・初っ端からセックスしたいって言ったと思われてたのか。」


 確かに本気で、食べたいと言われるとは思わないかもしれない。僕達は勘違いをしていたんだな。


「今さら別れるとか言わないよね?!」


 彼女が僕の肩を掴んで揺らす。認めよう、僕は彼女が大好きになってしまった。食べるのが惜しいと思うほどに。


「言わないよ。僕は君が凄く好きだってわかったから。」


「そ、そか。私も、好き、へへへ」


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