第一村人発見
未歩が異世界転移する少し前。
ある1人の男が、グレーウルフである相棒のグレイと森の探索をしていた。
彼が今いる森は、ジャーパネト王国北部全体を占めるボガード大森林、別名“導きの森”とも呼ばれる場所であった。ジャーパネト王国北部全体と言ったが、実際のところボガード大森林はその広大さ故にまだ未開拓の地であり、王国でもその全てを管理できている訳ではなかった。比較的王都に近い区域は管理されていたが、それでもボガード大森林の1割程度しか満たしていなかった。また管理と言っても、付近の街に魔獣が襲ってこないように、定期的に森林の街路沿いを見回りをし、危険な魔獣を処理するのみだ。もちろん王国としても新種の生物や植物がある可能性が高いため、大森林を把握すべく何度か視察団を向かわせた。しかしこの大森林には不思議な力があり、侵入してくる人々を迷い込ませ、帰還してきたものは僅かであった。その僅かな帰還者たちは帰還後、ある者は持病が治り、またある者は魔法の才能に目覚めたりと、まるで奇跡のような事が身に起こったにも関わらず、誰しも大森林での記憶が曖昧であった。選ばれたもののみが大森林から帰還でき、その後女神や妖精に祝福され導かれたかのように成功していることから、ボガード大森林は"導きの森"と呼ばれているのだった。
その森を1人、いや相棒と2人で探索する男。
彼はこの森の管理者であり、前述の管理を行っているものだった。
その昔、王国が戦時中だった頃、平民の冒険者から傭兵に名乗りを上げ、王国に功績を残した男がいた。王国は彼のその多大な功績を称え、彼に大森林とその付近の街を含む領地を与え、アルテマンという名と、辺境伯の位を与えた。貴重な資源の眠る大森林だったが、その特質さ故に管理ができず、王国にとってはいつ魔獣が襲ってくるかもわからない危険な森と化していた。王国はその大森林を、功績を上げた強き男に守らせようとしたのだ。
それから約100年後。今この森を歩いている男の名はクロウ・アルテマン。その後管理者として代々森林の脅威から王国を守ってきたアルテマン伯爵家の次男であった。
彼は伯爵家の次男であるため、伯爵家や領地を経営する長男とは違い、ある程度自由に育てられてきた。
今年で18になる彼は、成人してからは兄を支えるべく、伯爵家の大事な仕事の一つ、森林の管理を自ら買って出た。
辺境伯といえどその出立ちから、王国の貴族とは変わってかなり平民的な思想の持ち主が多く、クロウは幼い頃からよく森林付近を遊び場にしていた。
もちろん森の奥へ行けば帰ってこられなくなるが、森には入って1km範囲に森中心部を囲うように一定距離で結界を立てており、結界内の森は子供達と遊び場や、食用植物の採取の場となっていた。
管理者である彼の仕事は、結界が正常に作動しているかの確認と、たまに結界をすり抜けてくる魔獣の処理であった。
その日も、クロウはいつも通り相棒のグレイと結界の見回りを行っていた。
そんな彼は、森の様子がいつもと違うことに気がつく。何が違うかと聞かれればはっきりとは答えられないが、何かが違うことははっきりと断言できた。
その時、グレイが突然雄叫びをあげ、結界外の森の奥へと走って行った。
「グレイ!待て!」
そういえば、森に来てからグレイの様子も少しおかしかった気がする。
そんなことを思いながら、クロウは走っていくグレイを咄嗟に追いかけ、森林の暗闇に呑まれていった。
どれほど走っただろうか。目的地までは一瞬のようにも、かなり長い時間がかかったかのようにも感じた。
クロウはグレイを追いかけていたはずだが、そこが目的地なことは一目瞭然であった。
――――そこには、女神がいた。
光り輝く湖の中で、美しい黒髪と白く透き通った肌をもつ女性が、何もないはずの空中に向かってにこやかに語りかけていた。普通ならばただの頭のおかしい人にしか見えないが、あまりにもまばゆいその姿によって、きっと我々には見えない神秘的な何かと談笑しているのだろうと、勘違いさせてしまうほどであった。
そしてもちろんクロウもその1人であった。
『僕たちは人間からはリンクって呼ばれてるよ~』
『大自然と神々と人間をつなげるから”リンク”なんだって』
『未歩の世界の妖精みたいなものだよ』
妖精、もといリンクたちの何人かが未歩に集まる。
「私の世界?リンクたち、私がなんでこんなとこにいるかわかるの?」
未歩の世界ということは、ここはそれ以外の世界ということ。やはりここは異世界なのだという確信と、それならば元の世界に戻れるのかという不安が、美歩の心臓を鳴らす。
『美歩の世界はこことは違う世界だよ』
『僕たちは”リンク”だから他の世界とこの世界をつなげて遊びに行くことができるんだ』
『人間たちはたぶん出来ないと思うなあ』
心臓がより一層跳ねた。
リンクたちは無慈悲に現実をつきつける。
ニンゲンニハデキナイ。つまり未歩は帰れないということ。
胸が苦しい。勝手に涙がこぼれる。もう、大切な人たちに会えない。元の日常には戻れない。
(帰れない…………でも……でもリンクは「たぶん」って言ってたからもしかすると戻れる方法があるかも知れない。うん、まだ諦めるのははやい。)
でもそんな期待をして、出来ないとわかったときに絶望するのも怖い。期待は抱く期間が長くなればなるほど大きくなってしまうのだ。胸が苦しい。勝手に溢れる涙は頬を伝って湖に溶けていく。今日だけで何度泣くのだろう。長い間森を彷徨ってる間にある程度覚悟していたはずなのに。ぐるぐると思考と感情が回る。
「…落ち着こう」
大きく息をすって深呼吸する。吐く息の方がずいぶん大きいため、ため息ともいうのかもしれない。
周りを見ると、心配そうに私を眺める新しくできた小さな友達たち。
(泣くな、私。いくら泣いても現実は涙を拭いてはくれないのだ。)
奮いあがる美歩を見て、リンクは話の続きをしようとする。
『それでね、美歩がこの世界に来た理由なんだけど…』
その時、低く響く聞き慣れない新たな声がリンクの声を遮った。
「そこのきみ!こんな時間にそこで何をしているの?」
リンクの話を遮り、少し離れた背後から声がかかる。
明らかに人間の声だ。リンクたちは声というより楽器の音のような不思議な音で話しかけてくる。リンクが特殊なのかと思ったが、人間の声もちゃんと理解できているということはどうやら異世界チート言語能力がばっちり備わっているようだ。
おっかなびっくりしつつ美歩はゆっくり振り向く。
暗闇の中、ポツンと灯りが一つ。
灯りに照らされて、同年代ほどの若い男がいるのが見えた。
少し離れているため顔ははっきりわからないが、骨格や髪形、先程の声から男だとわかる。
「第一村人発見…」
ポカンとしてボソっと小さく呟く。
そしてすぐに我に返る。
「ちょっと待ってくださいね!」
そう叫びつつ美歩は第一村人のいる湖のほとりまで早歩きで向かう。服は濡れて肌に張り付いてるし、水の中は歩きにくい。
そういえば私すっぴんだ。でも湖パワーでなんとか見れる顔にはなってるかな。
そう思いつつ手櫛で髪を軽く整えて歩く。
第一印象は大事だ。
どんどん距離が近くなり、第一村人の顔もはっきりとしてくる。
(あら?あらら?イケメンじゃん。うーん。ゲームに出てくる同期の冒険者?鍛冶屋の息子?みたいな感じだ。)
前髪をあげた赤茶色の短髪で、その下にある丸い金色の瞳はまっすぐこちらを見ている。一つ一つのパーツが派手なわけではないが、それぞれがバランスよく配置されたイケメンだ。丸目なのが少し庇護欲をそそる。
なんとか地上までたどり着き、濡れた髪や服の水を絞りつつ目の前にいる第一村人さんに声をかける。
「あの、私美歩と言います。第一村人さん…いえ、あなたは?」
「俺はクロウ・アルテミス。…その、君は湖で何を?というか、あなたは人間でしょうか?」
「え?に、人間です!湖に入ってたのは成り行きで…というかここはどこなんでしょうか?私、気づいたらこの森にいて…」
私が人間以外の何に見えるのだろうか。もしかしてイケメンからは見てられないほど醜い顔をしているとでもいうのか。そこまでではないだろうとは思いつつ、このくらいのイケメンが当たり前の世界ならありえそうで怖い。
(そうだ。第一村人発見をクリアしたら次の問題に移らなければ。見た感じは優しくて誠実そうな人だしいけるかもしれない。てかこの人以外に頼める人はいないし。ここは女の武器を使う時!必殺!困り眉上目遣い!!)
未歩はクロウに少し近づき、下から覗き込むようにクロウに声をかける。
「クロウさん、その、本当にいきなりで大変心苦しいのですが、そういったわけですのでよければ今晩寝泊まりできるところを提供して頂けませんでしょうか…行く当ても、先立つものもなくてですね…」
「……」
クロウはこちらを見て何も言わない。
心臓が動いている音が鮮明に聞こえる。
(はっ!クロウさんイケメンだしそれ目当てで誘ってる痴女だと勘違いされてないかな!?ていうか過去にそういうことありそうだし普通に断られる可能性大じゃん。頼むには早すぎたかな?うーんやっぱりちゃんと一から事情を説明して…)
顔は崩さずに、だが内心は焦っている未歩。
「ガウ!」
「ひゃ!?」
突然、身体にドンっと衝撃を受け後ろに倒れそうになる。
そんな未歩を、クロウが慌てて片手で支える。
クロウにお礼を言い、衝撃の原因を見下ろすとそこには、シベリアンハスキーに少し似た、とても大きな灰色の犬がいた。
突然現れたその大きな犬はしっぽほぶんぶん振り回し舌を出しながらこちらを見ている。同じ犬でも小型犬しか飼ったことのない未歩は少し怖がりつつ犬の頭を撫でる。その犬は人懐っこい性格なのか、美歩の手を甘んじて受けていた。
「かわいい。クロウさんのお友達ですか?」
「うん、俺の相棒。グレイって言うんだ。」
色が色だけに、暗闇に紛ぎれて見えなかったのだろう。
「グレイ」
名を呼ぶと、嬉しそうにしっぽの揺れが激しくなる。しっぽが飛んで行ってしまうのではないかと心配になるほどだ。
少しの間グレイのふわふわな毛並みを堪能していると、クロウが口を開いた。
「寝床を貸す件については全然問題ないんだけど…ごめんね。俺もグレイを追いかけてここに着いたから、帰り道がわからないんだ」
クロウはそう言って少し眉を八の字にする。
グレイもしっぽも垂らしてしゅんとしているように見えた。
「そうなんですか……。あの、私もクロウさんたちがちゃんと家に帰れるように手伝います。だから元気出してください」
気づけば自分よりもクロウたちの心配をする未歩。クロウは少し驚いた後、苦笑しつつ礼を言う。
『僕、町がどこにあるか知ってるよ』
『私も』
「ほんと!?」
思わず高い声がもれる。
視界の端でクロウがびくりと身体を揺らした。
『こっちだよ』
リンクたちは大勢でぞろぞろと先導を切る。グレイもリンクたちにちょっかいをかけながらついていった。観光ツアーをしているみたいだと微笑ましく思いつつ、その団体の後ろに参加する。
ふと、クロウだけがその場にとどまっているのに気付いた。
「どうしたんですか?」
もしかしてリンクたちを信用できないのだろうか。確かに出会ったばかりのよくわからない生き物に身を任せるのは不安かもしれない。けれども未歩は出会ってからの短い時間で、未歩の言うことを素直に聞いてくれたり、悪いと思えば謝ってくれるリンクたちを、どうしても悪い子だとは思わなかった。
「いやその…何と会話しているんだ?そこに何かいるの?」
「え」
未歩は驚いてクロウとリンクたちを交互に見てハッとする。
(そういえば私も湖パワーもらうまで見えなかったんだった。ん?てことは私もしかしてクロウから見たら何もない空中に話しかけるやばい奴ってこと?最悪だあああ)
どんどん未歩の顔が羞恥心で赤く染まっていく。
その勢いのまま未歩は叫ぶ。
「水筒!もしくは何か液体を入れるものないですか!?」
先ほどの質問の返答がないことや、急に水筒を求めてくる未歩に疑問を抱きつつも、クロウはその迫力に押されつつ水袋を取り出す。
「ちょっとかりますね!」
水袋を借りた未歩は中に入っていた液体を茂みにぶちまけ、すぐに湖の水を入れる。
クロウは茫然とその一連の行動を眺めていた。
しばらくすると未歩がやってきて、クロウに水袋を差しだす。
「これ全部飲んでください」
少し強引な未歩に逆らえず、クロウはおずおずと口を付け、水袋の中身を飲み干す。
「どうですか??」
『見えるかなあ』
未歩は飛んでいたリンクを一人両手のひらに乗せクロウに近づく。
クロウは未歩の手のひらをまじまじと見つめる。
「うーん?なんだか少し光っている気がする。あと、シャンシャン?って感じの楽器のような音が少し聞こえる…かな。未歩さんには何が見えてるの?」
「よかったあ」
(これで私の変人説は消えたはず。人目があるとこでは今後は気を付けよう。)
ひそかに心に誓う未歩。
「白い服着た妖精?小人さん?リンクって言うらしいです。この辺に2,30人くらい。羽根が生えてる子とか、葉っぱとか木の実に乗って移動してる子もいます。声もちゃんとはっきり聞こえます。」
「リンク!?」
驚いたクロウは未歩の手のひらをさらに凝視する。
リンクとは、魔力が高い者にしか見えず、名の通り様々な人や物と縁を結んでくれる結びの精霊のことだ。リンクに好かれたものは良縁、財宝、幸福に結ばれるという伝承があり、魔力が高い人間であれば皆一度はリンクを探し回ったことがあるという。だが実際に出会えたとしても、リンクに好かれ、会話ができるほど親密になることはとても難しいことだと言われている。
リンクを見ながら考えこんだ様子のクロウを見つめていた未歩だったが、ふとクロウと目が合う。
それに少し気まずそうにしながら未歩は話を続ける。
「それでね、リンクたちが町までの道を知ってるみたいなので案内してもらおうと思って。
クロウさんもグレイもお家に帰れますよ。よかったですね!」
自身の寝床が確保できそうなことより、クロウたちが帰れることを笑顔で一緒に喜ぶ未歩。
クロウもそれに釣られて笑った。
クロウくんの口調が統一しないかも