二人が何を言っているのか、誰も知らない
近頃…、全米を賑わせている日本人たちがいる。
『JJシスターズ』…若い日本人女性二人で構成された、バラエティトークユニットである。
ファニーな見た目と小粋な発言、知性を思わせる呟きとほんのり漂うセクシーなしぐさ、古都日本を誇る気高さと諸外国に対する尊敬…、独特の雰囲気をまとう彼女たちは、その姿を見ない日がないほどにあらゆるメディアに登場し、人気をほしいままにしている。
「… I came here today to talk about something interesting ♡」
「I don't think it's interesting, but she's motivated so we decide to go out with her, yeah…」
ネイティブを思わせる流暢な英会話、アメリカ人としか思えないシニカルジョーク。トレンドをいち早くゲットして面白おかしく紹介する貪欲さ、失敗をなんてことないさとゲラゲラと明るく笑い飛ばす度胸。
若さのあふれる勢いのあるトークは、多くの人々を魅了している。
彼女たちの真骨頂は、軽快な会話の先にあった。
「… You can’t be serious!」
「Say that again !!!!!」
トークが煮詰まりヒートアップすると、かわいらしい見た目とは裏腹に…どぎつい言葉のラッシュが始まる。穏やかで優しそうな雰囲気を秒で吹き飛ばすような、下品で呆れかえるような言葉選びをすることも珍しくなく…多くの人々の注目を集めた。
感情が高ぶり、限界を超えてしまうと、彼女たちの一番の見せ所がスタートする。
「…何度でも言ったラァッ!!!おめえのかーちゃんはデベソだっつってんじゃドボケェ!!!」
「あんだとゴルァ!!ふざけんのも大概にしときなよ?!つか頭の悪さがチョー丸出しでめっちゃウケる!!」
生まれ育った国の言葉があふれ出し…収拾がつかなくなった瞬間、観客は盛り上がるのだ。
──Oh my god!
──What are they saying?!
何を言っているのかはさっぱりわからないが…、クルクルと変わる表情、愉快な身振りと手ぶりから目が離せなくなって、ついつい見入ってしまう人は少なくなかった。
どれほどスマートな英会話ができていたとしても自分たちは生粋の日本生まれ・日本育ちであり、日本魂が染みこんだ日本人なのだと見せ付けるかのごとく矢継ぎ早に発せられる日本語は、信じられないくらいパワフルで……人々を魅了したのだ。
何を言っているのか全くわからないのに延々と会話が続いていく状況…、雰囲気だけでなんとなく会話の内容を推理するスリル、視聴者が自由に想像して自分勝手に納得するおかしな流れ…、それらがたまらなく滑稽だったのである。
彼女たちの大喧嘩は、クセが強く、独特であった。
一体何を話しているのか、どんなことを訴えているのか、どうしてあの場面でいきなり会場内をスキップで回り始めてしまったのか…謎を解明するために、二人の会話を翻訳しようと試みるものは少なくなかった。
しかし…、手練れの翻訳者、日本語研究者、最新の翻訳アプリなど、数々の技術が投入されても、何を話しているのか解析することはできなかった。
「何いっとりゃーすか?!アンタこそちょーすいた事ばっか抜かしとらすとちゃっとメイダイで学びなおしてこなかんわ!!」
「しゃーしいったい!さっきのばりムカついたけんくらしちゃろか?!」
なぜなら、彼女たちが巧みに操る言語は、関西弁のように海外に認知されているわけではない、ややマイナーな方言だったからである。しかも、高齢者が好んで使うような、とびきりコアな言い回しが非常に多かったのだ。
通訳も頭をひねる、生粋の地方生まれが発する、謎の言語。どうしても翻訳することができず、テレビのワイプにおかしな記号が並び、憶測が飛び交い、さらに笑いが巻き起こった。
他の演者を巻き込んでどうにもお手上げになった時、MCが日本でおなじみのおやつをそっと差し出すのがいつもの流れだ。大げんかをしていた二人は祖国の味を思い出し、我を取り戻して、仲良く分け合って微笑みあうのである。…その安定のわかりきった結末が、ガッツリお茶の間に笑いをもたらした。
すっかり愛されキャラになった彼女たちの発言からは、多くの流行語が生まれる事となった。日本を遠く離れた地では、謎のフレーズが街を賑わせていたりするのである。
「KETTAMASIN」「BIKITAN」「MITOKOROHAN」「YARIN」…などなど。
プリントTシャツの販売はもちろん、様々なグッズやスナックなども発売され、ブームになっている。
歌姫は『DAMONDE』というマッサージ器を愛用しているし、『MOGAME』という卵の殻を破壊するおもちゃは大ヒット販売中だ。
また、このところ、翻訳チャレンジがブームになりつつある。
「◎△$♪×¥●&%#やけ、はかたとおりもん@$?!」
──I don't think ``YAKE'' in this case should be translated as ``Bake it.'' There are many roads in Hakata, so many people pass by...?
「!!!○×△☆♯♭きてみりん、●□▲なごやん★※…」
──In Japan, there is a sweet cooking alcohol called mirin.Probably...I think Nagoya.But what did he mean by that?
二人が一体何を言っているのかを考察するYouTubeチャンネルが乱立しているのだ。
日本人による考察チャンネルもあるのだが、あまりにもクセが強すぎて…正しい解釈ができないという問題が発生しており、更なる混乱が起きている。
もはやJJシスターズ二人だけの共通言語となったのだと、世界最高峰の言語学者をうならせているような状況なのである。
……今日も、JJシスターズのライブを一目見ようと、会場にはファンが押し寄せている。
一万人の観客が大笑いしている、謎の言語。
何を言っているのかさっぱりわからないけれど、しゃべっている本人たちだけは言葉の意味を知っているのだから…それでいいだろう、誰もがそう思っている。
「…だでかんだわ!!アンタがしゃらくさい事ばっかいっとるであたしがね?!たいがいにしときんよ…」
「ナニ、はぶてとーと?!もういっぺんゆうてんない!!」
けたたましくしゃべっているJJシスターズの本人たちの胸が、はげしくドキドキしていることに……気づく者はいない。
(ヤバい…なんかめっちゃヒートアップしてるけど…ミキちゃん、何言ってるんだろう?)
(どうしよう…ユメちゃんが何言ってるか全然わかんないよぅ…でもなんか言わないと!!)
JJシスターズの二人が、お互い、相手が何を言っているのか理解できていないと言うことは、誰一人として気がついていない。
「じゃんだらりんだで、ときんときんでこまったがや!」
「きさんごつもり、とっとっと?!たいたたいたい!」
(ヤバイ、ちょっとニュアンス違うけど適当な事言っちゃった!!)
(ヤバイ、適当な単語が思い浮かばなかったからノリで言葉作っちゃった!!)
言葉を発した本人ですらまるで意味がわからない、ただの発音で場を繋ぎがちになっている事に、誰一人として気がついていない。
歓声に包まれながら、この上なく輝いてキラキラしている二人が…今、何を言っているのか。
誰も……、知らないのである。