Scene7
次の日。教室で帰りの会が終わると、僕は陸上選手になった気分で大急ぎで家に帰った。僕のあまりの急ぎっぷりに、大地と花織ちゃんはびっくりしたかもしれない。正門前でさようならの挨拶をしていた校長先生からも、そんなに慌てると危ないですよ、と心配されてしまうほどだった。こんなに急ぐ理由はただ一つ。シュウとトウとの待ち合わせ時間に遅れそうだったからだ。
昨日の夜、明日からどうやってボールを探すのか話し合った結果、ボールの手渡し場所にもう一度行って状況整理をすることに決まった。それだけなら慌てる必要なないんだけど、せっかくだから、当時の時間帯を再現するべきだとトウが言い始めた。その時間が、全力ダッシュしないと絶対に間に合わない時間だったのだ。
家に着いた僕は、息を切らしながら階段を駆け上がり、ベッドの上にランドセルを放り投げた。テレホンカードの入った小銭入れと、自転車のカギを両手に持って家を飛び出した。
自転車を立ちこぎすること十分。隣町とをつなぐ橋の側の河原に到着した。犬を飼っている人の散歩コースになっていて、人や犬もまばらにいた。自転車を押しながら土手を歩いていると、野良ネコとじゃれ合っている二人を発見した。なるべく人目のつかないところにいてほしいとお願いしたので、犬の散歩コースからは少し外れた木の茂みで待ってくれていたみたいだ。
「お待たせ、ちょっと遅くなってごめん」
『お、やっと来たか。ガッコウって大変だな』
『カナト君、この猫かわいいよ』
遅刻気味だったから怒られるかと思ったら、意外とそうでもなかった。それにしても、まるで緊張感がなくて、本当に困っているのか少々疑問だった。
「シュウ、ボールを手渡した時の様子がどんな風だったか教えて?」
自転車にカギをかけ、猫をひと撫でしたところで、シュウに話を促した。茂みから隠れるようにしつつ、僕たち三人は河原を見渡す。誰もこちらへ来る気配はなさそうだ。
『ナツちゃんには、僕から連絡をとったよ。もうすぐボールを受け取りたいから会おうって。そして、手渡す日と場所を提案されたんだ」
「受け渡す場所はどこでもいいの?」
『決まりはないよ』
「ふーん」
すごく神聖な場所でやり取りをするイメージだったんだけど、案外お手軽なんだなと思った。
『その日は朝からすごく天気が悪かったな。昨日も話したけど、ナツちゃんの機嫌が悪かったんだと思う』
シュウはそういって、僕たちの上にそびえたつ大きな木を指さした。
『この木の下で待ち合わせたんだ。この木が一番大きいからわかりやすいでしょって』
「うん、そうだね。この河原で一番最初に植えられた木だっていう噂だよ」
『カナトはそんなことまで知ってるのか』
「たまたまだって」
『で、そのあとどうなったんだ?』
『ナツちゃんと合流したんだけど、ちょっと急いでる様子だったから、あんまりのんびりせずにボールの受渡しの話になったよ。それで、ボールを受け取った瞬間……』
ピカッと空が光ったあと、大きな雷の音がすぐ近くで鳴ったらしい。確かに、急に空が光って近くで音がしたら、僕だってびっくりすると思う。
『ボールを落としたと言っても足元だろ? すぐ回収すれば問題ないじゃないか』
トウの言うことは正しいと思う。風船じゃないんだから、ボールは足元にあったはずだ。
『いや、それが……。雷の音が結構大きくて近かったから、しゃがみ込んで目をつぶってたの……』
「どのくらいの時間?」
『うーん……はっきりとは覚えてないや』
『……で、その後は? だいたい想像はつくけどな』
僕もトウの言葉に大きくうなずいた。
『……うん。しゃがんだ時には、あったはずのボールがどこかに消えちゃってた。ナツちゃんも気が付けば帰っちゃったみたいで。僕一人で受渡した場所の近くを少しは探してみたんだけど……』
「見つからないまま、今日まで来たんだね」
こくん、と本当に申し訳なさそうに頷いた。
『ボールの気配は?』
首を二回、横に振った。
『ない。消えてた』
「ねぇ。ボールの気配って、何?」
『感覚で、近くにボールがある・ない、っていうのが俺たち季節にはわかるんだ。ま、ここにはもうないだろうな。俺も全く気配を感じない』
「……そっか」
この場所になさそうなら、この周辺を中心に、少しずつ広い範囲を探していった方がよさそうな気がした。シュウは、当時のことを思い出したのかもしれない。表情が、今にも泣きそうだった。そんな彼に、トウも特に言葉をかけようとしなかった。
「今日はもうこのくらいにして、また明日探そう。家に帰ったら町マップあるから、それを参考に計画を立てようよ」
小さい子どもに言い聞かせるように、僕は言った。さっきと同じように、シュウは小さくこくん、とうなずいた。