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10 突然の訪問者




「ごめんなさい、ステラ。私が間違ってたわ」

「お、お母様大丈夫です。怪我も治りましたし……ね……」




 家に帰り、2日が経った頃だろうか、お母様から深く、深く頭を下げられた。どうやら、この間の件で勝手に婚約者を云々と言うことを反省したらしい。まあ、お母様もまさか、相手側が私を殺そうとしていただなんて思いもしなかっただろうし。この場合、お母様は何も悪くないと思った。

 それでも、お母様は責任を感じたのか、ここ最近私に滅茶苦茶甘い。いつもの、厳しくも麗しいお母様の方が好きなんだけどなあ……何てことは言わないでおこう。




(でも、相手も相手ね……ウルラから得られた情報は少ないし……これじゃあ、見つかりっこないかも)




 あの後も、ウルラから情報を聞きだそうとしたが彼が聞かされていた情報は少なく、全然犯人が見つかる様子がなかった。血眼になって探しているらしいけれど、偽物のユーイン様の情報は愚か、何の尻尾も掴めていないとかで。

 それでも、国家転覆……世界滅亡を企んでいる奴ららしいから野放しにしてはおけないと、騎士団は躍起になっているみたいだ。

 けど、このままだと、いつまで経っても進展しないような気がしてきた。


 私に出来ることも無いし……




(ソリス殿下の力になれればなあ、何て思ったけど……私が出たらまた足を引っ張るだけかも知れないし)




 私の弱点は、誰かを守りながら戦うことの下手くそさと、頭を使って行動出来ないところだろう。それに比べて、ソリス殿下は力もあって聡明な方で……私は、自分で動くより相手に指示して貰った方が良いのではないかとすら思った。だけど、弱い人の下について戦うのも嫌だし。そもそも、私は戦わせて貰えない。

 この力は、誰かを守る為にあると思っているのに、それを活用する場面がないのだ。




「ノイ」

「何でしょうか、ステラ様」

「そういえば何だけど……ユーイン様はどうなったの?」




 部屋の窓から、庭を眺めながら、お茶を淹れてくれているノイにそう話し掛けた。

 ノイの方も、怪我は無くて安心したし、彼女は危険な場面に遭遇しても取り乱さずに行動出来ていた。私が見習わなければならないところだとも思う。

 ノイは手を止めながら、「いいえ、何も話は入っていませんが」と応えて、私の所までお茶を持ってくる。




「美味しい」




 一口飲んでそう呟けば、ノイは微笑んでくれた。

 ユーイン様は、念のため、一回皇宮へ連れて帰ると言われて、それっきりだし、もしかしたら元のサイズ……身体に戻った可能性だってある。それなら、私に顔を出さない理由も分かるのだが。




(小さなユーイン様可愛かったんだよなあ……結婚してっていたったのもグッときた)




 あの可愛さに勝るものはないだろう。


 というか、あの可愛さに癒やされているところはあった。私は、ドレスとか舞踏会は嫌いだけれど、小さくて可愛いものは好きだったから。だからこそ、あのユーイン様の可愛さと素直さに惹かれていた。癒やしがなくなって、供給不足なのだ。

 でも、ソリス殿下は早くあの姿に戻ってくれないと困るとも言っていたし、私の願望は叶いそうにない。




「今日は、外に行かないんですか? ステラ様」

「うーん、今日は気分じゃないかな。日課のランニングやめたら、いけない気がするんだけど、どうしても倦怠感が抜けないって言うか」




 倦怠感は勿論あった。でも、一番はやはりユーイン様がいなくなったからだろうか。

 命に別状はないと言われたからほっとしているけれど、彼がいる生活が当たり前になってきていたからこそ、ユーイン様がいないと心細いというか。

 それを感じ取ったのか、ノイはスッと一歩下がって口を開いた。




「では、ステラ様が手紙を書いて差し上げれば良いんじゃないでしょうか」

「手紙?」

「はい、会いたいという意思を伝えればきっと向こうも何かしらの行動を起こすと思いますよ」

「なるほど……」




(確かにそうだよね……)




 会えるものならば、会いたい。それに、ユーイン様が今どんな状況なのかも知りたかった。




「けど、私、字が下手で……というか、何を伝えれば良いの!?」

「ですから、会いたいとだけでも……」

「それで、皇宮に手紙出すって恥ずかしいじゃない!?」




 こんな子供っぽい性格だったかと、自分で自分が恥ずかしくなる。普段、手紙を書かないから何て書けば良いかも分からないし、そもそも、書いたところで大きなユーイン様だったら、読んでくれないだろうし。




(小さなユーイン様であること、前提に考えてるのよね、私……大きなユーイン様だったらとか……も)




 読まれなかったらどうしようと、消極的になっている。自分らしくない。こんなに心が乱されるのは。

 でも、書いてみる価値はあるかも知れないと、立ち上がったとき、部屋の扉がノックされる。




「はい」

「ステラ様、第二皇子がお見えです」

「え、ええ……!?」




 ノイが扉を開けると、息を切らしたメイドが私にそう告げた。

 第二皇子……つまり、ユーイン様が来たということだ。何故、どうして……と疑問に思ったが、私は急いで身支度を整え、階段を駆け下りる。

 小さなユーイン様であることを心の中で願いながら、玄関を出ると、そこに立っていたのは、私より遥かに背の高い男だった。見下ろすように私を見ているが、逆光で欲顔が見えない。でも、あの小さくて可愛いユーイン様じゃないことは確かだった。




「あ、あ……あの」

「挨拶もろくに出来ないのか」

「ユーイン様……え……あー、帝国の第二の星に挨拶を……」




 慣れない無礼な挨拶と、格好悪いお辞儀をしながら、私はひくつく口を押さえてユーイン様を見上げる。




(小さくない、可愛げもない、あの可愛げのあるユーイン様は何処に!?)




 いや、これが普通サイズだし、これが普通なのだが、あまりにも変わりすぎて、同一人物か疑いたくなるほどだった。

 白い肌に、美しい銀髪はハーフアップに。そうして、冷たい海の底のようなサファイアの瞳。その目で見つめられるだけでキュッと心臓が握りつぶされるようだった。




「……えーっと」

「今日は、お前に会いに来たんだ。ステラ」

「ご用件は」




 そう私が言うと、一層不快だ、とでもいうように眉間に皺を寄せるユーイン様。


 ああ、本当に可愛くない。というか、怖い。


 震えている訳ではないが、あきれというか、失望がデカいというか。

 そんな私の心中なんてどうでも良いように、ユーイン様は大きなため息をつき、その大きな手で顔を一掃する。凄く不機嫌だと言うことは見て分かった。誰が見ても分かる。


 しかし、そんなユーイン様は、ふぅ、と小さく息を吐いた後私を見つめた。じっと。




「ステラ……僕と結婚して欲しい」




 一世一代の告白。


 女性としては、最高の瞬間だろう。分かる、心臓が煩い。

 私は、握った拳が震えているのが分かった。ふわりと風で花弁が舞っている。そんなロマンチックな雰囲気を周りがかもし出している。


 そうして、ようやく固く閉じていた唇が開く。




「――――え、嫌ですけど」




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