お父さんといっしょ2
「そんな太陽や地球の様なグループが、大きな集団を作っていて、渦を巻くように繋がって動いているんだ」
「それがギンガなの?」
えっ、お父さんは目を見開いた。
「卓也、いま銀河って言ったよな。銀河系ではなく、銀河って?」
「うん」
僕のそっけない返事に、お父さんは狐につままれたような顔をした。
「話を続けてよ」
僕の言葉に押されて、お父さんは首をひねりながら、つづけた。
「その通りだ。そんなとても大きな星の集団を銀河って言うんだ。そんな銀河は宇宙にはたくさんあるんだ。そして、この地球が属している銀河の事を、特に銀河系と呼んでいる」
「その一部が、あのアマノガワなんだね」
えっ? お父さんが再び目を見開いた。
「お前、今までの話を全部理解してるのか?」
「うん。だから、大丈夫って言ったでしょ」
凄いな。そう唸るように言ってから、お父さんは続けた。
「地球は、その銀河系の端っこの方に位置していて、そこからは銀河系の星たちが、あんな風に見えるんだ」
「正確には、コウセイだけが見えてるんだよね」
ゴクリ、とお父さんの喉が鳴った。
僕の事をチラリと恐れるような眼差しで見た。少しおびえている様だった。
「そう。自ら光を放っている恒星だけが、あんな風に見えているんだ。ただ、天の川にはガス状の物質も含まれているけど...」
「お父さん、このギンガケイにはどれくらいのコウセイがあるの?」
いつの間にか、僕の方が主導権を握っていた。
「およそ2000億と言われてるますが・・・」
お父さんの体が、こわばって行くのが分かった。体と声は一緒だけど、話し方や態度が、自分の子供ではないことに気が付いたのだろう。
「凄いね。ギンガケイだけで、そんなにコウセイがあるんだ。そのコウセイには、見えない星がいっぱいくっついて動いているんだよね」
「そうですね。そう考えるのが普通でしょうね」
返事が、次第に他人行儀になっていく。
「と、言うことは、このギンガケイだけで一兆個以上のワクセイがあるってことだよね」
アア...。
という小さな声がした。きっと僕の変化を、何かに取り付かれたのではないかと感じているのだろう。
「ところで...」
大人びた僕の声に、お父さんの体がビクリとなった。
「この宇宙には、どれくらいの銀河があるんですか」
お父さんの返事がない。
「ねえ、お父さん。聞いてる?」
「そろそろ帰りましょうか?」
お父さんは、僕の顔を見ずに言った。その顔を見ると、ひきつっていた。
「もっと、ここにいたいんだけど」
「イ・イ・エ、もう遅いので帰ります」
「じゃ、また明日も来たい」
「イ・イ・エ、その予定はありません」
そんなギコチナイ会話が続いた。
少しの沈黙のあと、決心した様に、お父さんは僕に背を向けた。
そして、会話と同じようにギコチナイ動きで、荷台から降りようとした。
「来たばかりなのに、どうして帰ろうとするんですか?」
僕らしくない大人びた言い方に、お父さんの動きがピタリと止まった。
そして振り返った。その顔が、父親の顔に戻っていた。
「息子の様子が変だからです」
「どの様に変なのですか?」
「何かの妖怪にでも、取り付かれてしまった様な気がします」
キッパリとした言葉だった。
お父さんのお言葉に、タッくんの目が見開き、そして悲しい表情を作った。
次の瞬間、タッくんが一歩前に踏み出した。
「ちょっ、ちょっと待って」
お父さんは慌てて両手を前にして身構える。
タッくんは、静かに森の方を見た。
「妖怪とは物騒ですね。タカシくん」
タッくんの声が、別人の声に変っていた。
「えっ?」
お父さんは、その声とタカシくんという言葉に驚いた様子だった。
「あなたの発想の中に、妖精という選択肢は残っていなかったのですか? もしそうなら、とても残念ですね」
「も、もしかして、ナデット?」
お父さんは、懐かしい友人にでも問いかける様に聞いた。
しかし、タッくんは何も答えなかった。
そして、何かの魔法から解き放された様に、体がグニャリとなって、荷台に倒れ込んだ。
「卓也っ」
慌てて、お父さんがその体を支えた。もう少しで、頭が荷台にぶつかるところだった。
う、うーーーん。
「卓也、おい卓也。大丈夫か?」
薄い靄の中に、お父さんの顔が見えた。
「僕、どうしちゃったのかな?」
お父さんは、ニッコリと笑った。
「卓也、凄いぞ。この森の妖精たちが、お前の事を歓迎しているみたいだ」
「妖精って、あのネコ君のこと?」
「ああ、あのネコはナデットって名前なんだ」
「ナデット?」
「きっと、お前のこと好きなのは、ナデットだけじゃないと思うよ」
「他にも妖精っているの?」
「沢山いるさ。お父さんはナデットしか会った事無いけど、小学校の頃の友達が、犬や羊やウサギ、それから花や木の妖精にも会ってる」
「東京にもいるの?」
「さあ、どうだろう。星が綺麗で、豊かな森が残ってないと、無理かもしれない」
僕とお父さんは、改めて満面の星を眺めた。
「お母さんが、宮崎に来る前に神話の話をしてくれたんだ。宮崎には沢山の神話が残ってるって」
「そうか」
お父さんは嬉しそうに頷く。
「正直、そん時は、あっそう、っていう感じでスルーしちゃったんだよ。ボク」
お父さんの顔を見た。お父さんはそうだろうねって感じで笑った。
共有。キョウユウってなんだっけ?
お父さんと僕は、同じことを感じている。
「でも、この星空を見ているうちに思ったんだ。それって、本当かも知れないって」
うん。お父さんは再び夜空を見上げた。
「卓也は、昼と夜、どっちが好きだ?」
突然、お父さんが意外な質問をした。
ウイーーーーン。
僕のコンピュータが動きだした。
この人は、僕に誘導尋問をしています。何かの答えを引き出そうとしています。ヒントは、星空です。
チーーーン。
昼は引っ掛けです。ここは、夜と答えるべきでしょう。
「夜かな?」
「どうして?」
ウイーーーン。
さらに問題です。ヒントは神話です。
チーーーン。
「想像力?」
「凄いな、卓也」
お父さんが唸った。
「お前は、本当に頭がいいな」
「それほどでもないと思うよ。一学期の成績もあんまりよくなかったし」
謙遜。ケンソンってなんだっけ?
なぜか、僕の顔がニヤケテしまう。褒められるのは、やっぱり嬉しい。
「昔の人も、昼間は生きる為に必死に働いた。そして、夜は電灯もない暗闇の中であの星と向き合ったんだ。今の様な、文字も知識もなかったけど、直観力や想像力は今よりもずっと強かったと思うんだ」
僕もそう思う。実際にそう感じた。
「暗闇に恐怖を感じ、凶暴な獣たちの遠吠えに不安を抱き、病気や怪我や気候の変動に苦しめられながら、毎日を過ごしていたんだ。そんな時、見上げた夜空には満天の星が輝いていた...」
祈り。イノリってなんだっけ?
でも、そんな言葉が、僕の頭か心に張り付いた。とても純粋な響きがした。
純粋。ジュンスイってなんだっけ?
「今の僕たちって、幸せなのかな?」
想像もしていなかった言葉が、口をついて出た。
僕もみんなも、純粋と反対のところにいるような気がした。
「そろそろ、帰ろうか?」
お父さんには、僕の言葉が聞こえなかったのかもしれない。
うん。僕はそう言ってお父さんの手を握った。