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夢想家タックンと妖精たちの森  作者: マーク・ランシット
6/22

お父さんといっしょ

「ここの星空は、凄いんだぞ」

 お父さんが、いまだにイジケテル風の僕に声を掛けた。


 僕は下を向いてたけど、実はもう別の事を考えていた。

 やけ食いしたご飯は、想像してた以上に美味しかった。でも僕は、美味しかったという言葉を最後まで言えなかった。


 最初は、ウンコのこと話しちゃったおばあちゃんのこと恨んでたんだけど、今になって考えれば、むしろ隠し事なんかしなかった方が良かったと思った。

 

 だって、たった5日間しかいないんだし、僕の性格では、そんな短い間に、僕の方からおじいちゃんたちに馴染んで行くことなんてありえない。ウンコの話題のせいで、みんなと僕の距離は一挙に近づいたと思った。


 みんな血が繋がってる家族なんだし、ずっと他人行儀な感じでいるのは、良くないんじゃないかな、と僕なりに考えていた。

(えっ、僕ってこんなこと考える人間だったっけ?)


 分かっているのに、正直になれない。そんなウジウジした自分の性格に、腹を立てていた。

 なんて言っていいのか分からないけど、この家は不思議だ。

 思えば、僕の中の心の変化は、この家に着いた時から始まっていたんだ。

 着いたぞって言われて、お父さんの背中から、この家とあの森を見た時から....。


 違和感? イワカンってなんだっけ?


 そうじゃない。その逆だ。まぎれもないものとして、おじいちゃんやおばあちゃんという存在を感じたんだ。

 血の繋がりや、この土地との繋がりみたいなものを感じたんだ。


 時空。ジクウってなんだっけ。


 兎に角、僕はここと繋がっているって感じた。ずっと、ずっと、ずーーーーーっと、遠いむかしから。


「母さん、ちょっと星を見てくる。父さん、あれ借りるね」


「おう」

 おじいちゃんは、テレビを見ながら、相変わらず焼酎を飲んでいる。


 お父さんは、僕の背中をトンと押して、一緒に行こうと言った。

 玄関で、車のカギと懐中電灯を手にすると、黒いトラックに乗り込んだ。


 えっ?

 裏の森に登るのかなと思っていたけど、お父さんは、車を道路に向けて走らせた。目の前には大きな山があって、うっそうとした森が広がっていた。


 キツイ登り道を、おじいちゃんのトラックは、ボオオオオーーーンという大きな音を立てながら登った。

「凄い音がするーー」

 僕は、両手で耳を塞いだ。


「これはー、ピックアップ・トラックーーっていうんだーー。アメリカの車でーー、もともとパワーがあるんだけどーー、おじいちゃんが改造してるんだーーー」


 ボオオオーーーン。

 開け放たれた窓から、さわやかな夜風が僕の顔に襲い掛かってくる。そして、エンジンの雄叫びと、心地好い振動が、僕の重かった心を、コノヤローって感じで揺さぶった。お父さんの思いやりが、嬉しかった。


「おじいちゃんはーー、優しそうな顔してるけどーー、昔はーー、暴走族のリーダーをーーやってたんだぞーー」

 今日のお父さんは、いつもよりずっと、おしゃべりだ。


「ボウソウゾクーー?」

 聞き取りにくいせいか、僕の声も大きくなる。


「仲間たちとー、夜にーーオートバイを乗り回してたんだーー」

「怖い人たちー?」

「見かけはねー。でもー、おじいちゃん達はー、悪いことはーー、しなかったみたいだよーー」


 何かのテレビで、そんな人たちの事を見た様な気がした。でも、おじいちゃんとその姿は全く重ならない。


「ここだけの話だぞーー、おばあちゃんもーーそのメンバーだったんだーー」

「うそだー。だってーー、おばあちゃんはー、女優をー、目指してたってーー言ってたよーー」

「大人のー言うことをーー、あんまりーー鵜呑みにーーしない方がいいぞーー」


 僕を元気にさせ様としているのか、お父さんはいつもより、過激な感じがした。


 暗い山道をしばらく走ると、黒い木立の切れ目から、街の灯りが見えて来た。そこは、峠の頂きの様な高台で、右手に車を止められるスペースがあった。お父さんは、そこに車を止めた。


 大声で話していたせいか、ジーーンという耳鳴りが残っていた。僕たちは、すぐには車から降りなかった。お父さんが、車内灯を点けた。


「ダッシュボードの中に、写真があるだろ」

 僕は言われたとおりに、ダッシュボードをあけて中を探った。プラスチック製の板に収まった、写真があった。


「それが、おじいちゃんとおばあちゃんの、若い時の写真だ」

 大きなオートバイに、高校生くらいの若い男女が乗っていた。白いオーバーオールの様な服を着て、日の丸の入った鉢巻を締めている。


「おばあちゃん、カワイイ・・・」

 男の人は、しかめっ面でカメラを睨んでいるけど、後ろに乗っている女の人は、嬉しそうにほほ笑んでいた。僕には、おばあちゃんとは別人の様に見えた。


「おばあちゃんは、ちょっと口が悪いけど、ホントはとっても優しいんだ。だから、なんか言われても、気にしない方がいいぞ」


 ウンチの事だと、思った。


「うん」

 僕は、心の中で最後にチを付けた。自分で言って、少し笑った。


 ドン。

 お父さんは車から降りると、僕をトラックの荷台に乗せてくれた。ちょうど、運転席の屋根のところに手摺が付いている。


「あれが、都城の町の灯りだよ」

 車の天井の向こうに、薄いオレンジ色の光が広がっていた。

「きれいだね」

 心地よい夜風が、頬をなぞってゆく。


「卓也、上を見てごらん」

 お父さんが、上を指差して言った。


「うわっ」

 僕は、思わず声を上げた。息を飲むような光景がそこに広がっていた。

 漆黒の夜空に、無数の宝石がキラキラと輝いている。


「うわーー。すごいね。おとうさん」

 正直、僕はこれまで、こんなに多くの星を見たことがなかった。東京でも、お母さんの田舎の秩父でも...。

 あまりの美しさに言葉が出ない。


「なんか、あすこだけ雲がかかったみたいに見えるんだけど...」

 僕は、その辺りを指差した。


「ああ、あれは天の川って言うんだよ」

「アマノガワ?」

 お父さんは、少し考えているそぶりを見せた。

 

「お母さんだったら、織姫と彦星の話でもするんだろうけど、お父さんはそんな話は苦手だから、銀河系のことを話してあげよう」

「ギンガケイ?」 

何かのアニメで、聞いた様な気がした。


「卓也にはまだ難しいだろうけど、お前は頭がいいから、そのうち理解してくれると思うんだ。だから、難しい言葉もそのままにして話すよ。退屈に感じたら、そう言ってくれ」

「うん。ボク、大丈夫だよ」


「卓也やお父さんが住んでいるのが、地球っていう惑星ほしなのは知っているよね」

「うん。太陽の周りを、回っているんだよね」

「そうだ。太陽の様に燃えて、自ら光を放っている星の事を、恒星というんだ」

 コウセイ...。僕は、繰り返した。


「恒星の周りを、地球以外にも水星や金星や火星といった惑星が回っているんだ」

「土星もまわってるんだよ。ワッカのあるやつ」

「卓也は何でも知ってるんだな」

 お父さんが、僕の頭を嬉しそうに撫でてくれた。


 その時だった。


 森の木立から甘い香りが流れて来た。いたずら好きの妖精たちの魔法。

 タッくんの目が、ぱっと大きく見開いた。


 だけど、お父さんは、僕のそんな変化には全然気づかなかった。

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