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夢想家タックンと妖精たちの森  作者: マーク・ランシット
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不思議の始まり

「もう宮崎に行く準備はしたの?」

 お母さんの提案はいつも突然だ。

 何・・?


「あんた何聞いてたのよ。金曜日からお父さんの実家に行くよって言ったでしょ」

 そう言えば、何か聞いたような気がした。

 マリナちゃんの事で頭がいっぱいで、みんなうわの空で聞いていた・・。


「お兄ちゃんは、静岡でサッカーの大会があるの。お母さんはその付き添い。あんた、家でお父さんと二人でいるつもり?」


「でも、宮崎に行くのって、夏休みの予定になかったよね」

「月曜日の夜に、宮崎のおばあちゃんから電話があったのよ。あんたの顔が見たいって」


 月曜日・・? 僕が、マリナちゃんの病院にラベンダーを持って行った日だ。 


 宮崎の実家・・。

 赤ちゃんの時に行ったことがあるらしいけど、おじいちゃんとおばあちゃんの顔も覚えてない。

 気乗りはゼンゼンしない。でも、家にいても何にも面白くなかった。


 宮崎空港から、お父さんと僕は日豊本線という電車に乗った。

 お父さんの実家は、都城みやこのじょうというところだった。


 飛行機に乗っている時間よりこの電車に乗っている時間の方が長かったから、僕は途中で眠ってしまった。そして、お父さんの背中で眠ったまま、おじいちゃんの家に着いたんだ。


 来る前に写真を見てたから、目の前のおじいちゃんとおばあちゃんはすぐに分かった。二人とも目を細めて喜んでくれたから、こっちに来て良かったのかなと、ちょっと思ったんだ。


「ご無沙汰してすいません」

 お父さんが、頭をぺこりと下げた。

「いいんだよ。家族4人でここまで帰ると、お金がかかるからね」

 おばあちゃんが、冷えた麦茶を出しながら笑った。


「タクちゃんには、ジュースがいいかな」

 笑ったおばあちゃんの目元には、たくさんのしわがあった。

 サンミャク...? 


 ほら、始まった。僕の得意の空想癖。

 僕は、飛行機の上から見えた日本アルプスの山の連なりを思い出した。結構な深さだぞ。


「タクちゃん疲れたでしょう。お父さんが使ってた部屋にベッドがあるから、ちょっとお昼寝したらいんじゃない」

 ジュースを飲み終えると、おばあちゃんがそういって、僕を廊下の先の部屋に連れて行ってくれた。


 廊下のガラス戸の向こうにはうっそうとした森が広がっていた。蝉の声が、猛烈な力でガラス板を震わせている。東京では、こんな大きな蝉の声を聴いた事がない。


 お父さんの部屋は、僕とお兄ちゃんが2人で使っているのと同じくらいの広さだった。窓際に机が置かれていて、あとは本棚とパイプ製のベッドがあった。


「あっ、ぬいぐるみだ」

 机の上にポツンと置いてある、かわいいぬいぐるみを見つけた。お父さんて、男のくせにこんなぬいぐるみを持ってたんだ..。お父さんの秘密を一つ見つけたような気がした。


「それはトラじゃなくて、ネコだからね」

おばあちゃんが、エアコンのスイッチを入れながら言った。


 初めからネコだと思ってたんだけど、おばあちゃんがあまりにもキッパリと言ったのでトラと勘違いする人もいるのかなと思った。


「触ってもいい?」

「もちろんいいとも。タクちゃんが赤ちゃんの時に来た時も、一緒に遊んだんだよ」

「えっ、そうなの」


 今まで見たことないぬいぐるみだったけど、あまりの可愛らしさに、僕は思わず頬ずりをした。とってもイイ匂いがした。

「なんかイイ匂いがするよ」


 僕が言うと、おばあちゃんは、はっとして黙り込んだ。なんだ、そのわざとらしい演技は? それとも本当?


「不思議だね。何年も触ってないのに・・」

 と、おばあちゃんはつぶやいた。そして、ゆっくりと僕の方に振り返ると、意味ありげな視線を向けた。


 この人、きっと脅かそうとしてるんだ。僕の直観が耳元でささやいた。お母さんのおばあちゃんも、時々こんなモードに入る時がある。


 あまい。こんなわざとらしいお芝居で、僕を騙せるとでも思っているのだろうか? 僕はあの意味不明の生き物であるお母さんに、ハチャメチャな攻撃を受けて、育って来たんだぞ。


 でも...。おばあちゃんはきっと、僕をその辺の普通の子供と思っているんだ。ここで怖がらないとガッカリするかも知れない。


 ウイーーーーン。

 僕の頭の中のコンピュータが、猛烈な勢いで計算を始めた。

 チーーーン。

 騙されてあげよう。それが、コンピュータの出した結論だ。


 ジャン、ジャ、ジャーーーン。


 事件の始まりにテレビで流れる音楽が、僕の頭に響き渡った。騙されてあげるモードに切り替わった時のテーマソングだ。

来るぞ...。僕は身構える。


 おばあちゃんは、片方の眉毛だけを窮屈そうに曲げて、額の中央にまたあの山脈みたいなしわを作った。その山脈が、僕の目の前に近づいてくる。体が怖くなって硬直し、息が出来なくなっている、・・・ふりをした。


 30cmのところまで日本アルプスが迫ったところで、おばあちゃんは、口に人差し指を押し当てて静かに口を開いた。二人だけの秘密だよって事らしいけど、僕の視線はアルプスの渓谷の中に吸い込まれてしまっている。


「このぬいぐるみには、不思議な力があるんだよ」

 おばあちゃんはわざと低い声で言った。そして、僕の目をジッと見つめた。


「ど、どんな?」 

 僕は声を詰まらせながら聞いた。


 おばあちゃんは、教えるべきかどうかを考えている様に、そっと目をつぶった。

 どんな不思議な話をしてくれるんだろう? 僕は、期待に胸を膨らませた。


 おばあちゃんは、そこでニコリと笑った。

「タクちゃんを脅かそうと思ったんだけど、何にも思いつかなかったわ。若い時は女優を目指してたんだけどね。やっぱり才能がなかったんだね」


 実にあっけらかんとしている。どんな話で騙してくれるのかと期待していた僕が、むしろ哀れに思えた。


「でも、おばあちゃん安心したよ。みんなタクちゃんのこと好きみたいだから」


 は?

 おばあちゃんは、そんな意味不明の言葉を唐突に投げつけた。そして、僕をベッドに寝かせると、何事もなかったように、さっさとドアを閉めて部屋を出て行った。


 なに、今の言葉?

 みんなって、おじいちゃんとおばあちゃんの事ですか? でも、おばあちゃんは言った本人だから、おじいちゃんだけなら、みんなって言わないんじゃないの?


 また出た、悪いクセだ。他人の言葉の、些細な部分まで勘ぐってしまう。

 さっきまでの眠気が、おばあちゃんの意味不明な言葉のせいで、吹っ飛んでしまった。


 あれっ、何か、変な感じ。


 ミーーーーン、ミーーーン、ミーーーーン。

 突然、蝉たちが思い出したように泣き始める。


 ウイーーーン、ウイーーーン、ウイーーーン。

 年代物のエアコンも、一生懸命ハタライテマッセと訴えるように、低いうなり声をあげはじめた。まるで、僕が集中するのを、邪魔しようとしてるみたいだ。


 言いようのない不安が渦巻いている。 

 さっきまでの安心感と居心地の良さが、砕け散っていた。


 もしかしたら、あれは演技なんかじゃない。おばあちゃんは、ホントは何かを伝えようとしたのかも知れない。


 突然、そんな発想が浮かんだ。ごくまれに訪れる感覚だ。


 僕のお母さんは凄い。でも同時にまだ若い。ハリーポッターを見て、バカ騒ぎをするのはむしろお母さんの方だ。

 映画を見て、凄いね凄いねって、お兄ちゃんや僕に念押しをする。つまり、その作品が作り話だと信じているからだ。


 それは、お話のなかに巧妙に隠されている真実を、理解していないってこと。だけど、おばあちゃんならくすりと笑って、真面目な顔で頷く。そんな気がした。


 もしかしたら、おばあちゃんは、深い闇の世界を知っているのかもしれない。そんなたぐいの直観。それを感じたんだ。


 また始まった。僕の悪い癖だ。いつもこんな風に、裏のうらのウラを読もうとするんだ。

 でも悲しいことに、こんな突飛な発想が浮かんだ時は、意外と真相に近いことが多い。


 思い出さなくちゃ、この違和感の正体を。


 僕は、意識を集中しようと天井に目を向けた。今の僕に見えるのは、天井の木目だけだ。


 ズン。


 突然、頭の中に、低く響く、音がした。


 ズン。ズン。


 その音が、次第に大きくなっていく。


 ズン。ズン。ズン。


 気が付くと、なぜか天井板の模様が次第に大きくなっていく。そして、ズン、ズンと僕に迫って来た。

 次の瞬間、木の節目から黒い点が浮き上がってきた。よく見ると、一匹の虫みたいだった。そして木目の上を這いずり始める。


 えっ、何?

 

 最初はゆっくりだったその動きが、だんだんと速くなっていく。それから、虫が2匹にわかれた。そして、その2匹がまた2匹に分かれる。次第に天井は虫で覆いつくされていく。


 き、も、ち、ワ・ル・イ。

 キ、ぶー、ン、がー、ワルイ、デス、ヤメテ...。


 始まった。コンピュータがパニクッってる。


「あれっ。やばい」

 いつの間にか、体がベッドに縛り付けられて動かなくなっているぞ。


 ちょっと、これ、怖い。

 ジョーダンが、ス、ギ、マ、ス。


 ざわっ。枕の横で、何かが動いた。


 ワーワーワー、虫? ムシ? むし? 

 オチテ、キタノ? テンジョウから?


 背筋に冷たいものが走った。

 オシッコ、モ、レチャ・・・。


 でも動いたのは、あのネコのぬいぐるみだった。僕は首だけを動かして、そのぬいぐるみを見た。僕と同じように、つぶらな瞳が天井の模様を見つめていた。


「うそっ。目が動いてる」


 そう、確かにその瞳が虫の動きを追っていた。


 オ、バ、ア、チャー、ン。

 ボク、モー、カエリターーーイ。


 声が出ない。だから、心の中で叫ぶだけだ。


 あれっ? 

 ぬいぐるみの胴体が、もぞもぞと動き始めた。その背中から、何か白いものがはえてくる。


 これって、ハネ? ネコに羽って・・・?

 イミ、ワ、カ、リ、マ、セン、ケ、ド。


 そう思った瞬間、あのイイ香りが頭の中に染み込んで来た。

 まるで白いもやでもかかった様に、記憶が薄らいで行く。


 蝉の鳴き声とエアコンの騒音が、一瞬にして消えた。僕は、深い眠りの中に落ちていった。

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