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キング・ゴールド編 終章 明日へ ~二部完~

 ――一か月後。

 エンチャント・ボイス本社の敷地内に佇む数本の桜は、薄紅色の花を咲かせていた。

 小鳥達の鳴き声に乗って、風と雅な舞いを花びらが踊り魅せる。

「すっかり春ねえ」



 小鞠は、橙色の和服を身に纏い、背筋を伸ばしてベンチに腰かけている。

 今日は忙しくない。こうしてのんびりと桜を眺める時間があるのは僥倖だ。

 キング・ゴールドでの一件以来、エンチャント・ボイスの名はさらに広まって、昨日までずっと忙しかったのだ。



「社長、お休みになられてますか。働きすぎはお肌に毒ですわよ」

 ドアを開けて外へ出たマリアが、嬉々とした様子で近寄ってくる。

 今日は小鞠に全力で尽くす。

朝に宣言した通り、彼女は古風なメイド服を身に纏い秘書のような働き方をしていた。

「それはあなたも一緒よ。帰ってからずっと次元決闘しまくって大変でしょ」



 マリアは、いえいえと首を振って、隣に腰掛けた。

「ワタクシはもっと強くならなければなりません。今度の一件で思い知らされましたわ。自らの弱さと仲間の大切さを。ワタクシもっと強くなって、この会社の皆のために役立ちたいですわ」



「マリア……」

「それに、もっと逞しくならないとお父様に笑われてしまいますわ」

 マリアは、照れたように舌をペロリと出す。

「ええ、そうね。ほんと、色々あったわね」

 深くマリアは頷く。



 結局、王は無事だった。

 そればかりか病も完治し、前よりも生き生きとした様子で政治に取り組んでいる。

 今までは異世界交流に積極的ではなかったが、エンチャント・ボイスを通して全異世界で活躍する企業ディメンション・スマイルと接触。異世界について学ぶ日々を送っているらしい。



「……お父様が、おっしゃってましたの。ワシはもっと生きられるようになった。だから、王の責務はしばらくワシが果たしておく。お前は、多くのことを学び、力をつけ、自らの道を見つけろって。……どうするかは、まだ決まっていません。でも、社長と皆と一緒に、異世界を見て回って、見識を広めれば、我が世界をより発展させるヒントを得られると思いますの」

「マリア、良い顔しているわよ」

 マリアは、桜に溶けるような満開の笑みを散らした。

 小鞠も釣られて笑う。



「あ、そういえば。ゾルガはどうなったの?」

「ゾルガは、あれ以来沈黙を貫いているらしいですの。お父様を救った功績を買われて、死刑は免れたらしいのですが、ずっと牢屋の中で眠り呆けているようです」

「そう。まあ、仮に脱走しても私らがコテンパンにしてやれば良いか」

「フフン、そうですわね。ワタクシもいますし、護もカルフレアもいて心強いですわ」



「ん? 一人欠けてるけど」

「え、ええ。あの男は、その……」

 歯切れが悪い。

 小鞠が顔を近づけると、マリアはそっぽを向いた。

 どうも顔が赤かった気がする。



「熱でもあるの?」

「ありませんですわ」

「そ、そう」

「おうおう、何話してるんだ?」

「ひい!」



 マリアは、凄まじい速度で走り去っていった。

 その背中を不思議そうに見つめる男、ヒューリは随分とズタボロの姿であった。

「まさか、あの子。……うう、ライバルが増えるのは嫌よ。しかも、強い」

「なあ、何の話?」

「うるさい!」

「ええー」



 小鞠は、ヒューリの破けたスラックスやジャケットを見て、ああ、と頷いた。

「また、イワサさんの所で戦ったの」

「ああ、負けたよ。あのクソッたれ、魔法を使って攻撃しても全部防ぎやがる。どうなってんだ」

 ヒューリは、小鞠の横にどっかりと座ると青空を見上げた。

 小鞠もそれに習って、共に空を眺めた。



「体の調子は?」

「絶好調だよ。あのエクーションって薬やばいな。試合中に使えたらチートだぜ」

「無理ね。あれは伝説の品。実在すら怪しいものだったのよ。売れば、異世界一つ購入できるんじゃないかしら?」

「ハ、ハア? 嘘つくなよ」



「嘘じゃないかも。誰も鑑定したことないから知らないけど。それにしても、あのゾルガって人、意外にも義理堅いのね。毒薬じゃなかったなんて」

「そういやお前、なんて恐ろしい決断を。……でも、助かったぜ。あの、ゾルガって野郎。やり方は大失敗だが、単に悪党って決めつけるには殺気が綺麗すぎた」



 小鞠が眉を顰める。それを察したヒューリは、つまりな、と説明しだした。

「悪党って奴の殺気は、濁ってんだよ。殺したい、無茶苦茶にしたいってな。けど、あいつの場合、殺気はあっても、それは必要に駆られて捻りだしたって感じだ。あれは、そう。あまりにも濁りなく、鋭い刃みたいな殺気だった。


 経歴を見たが、あいつは奴隷から人生がスタートして、剣闘士になった。そんで、ある日自分を飼ってた奴隷商人を殺して自由の身に、それからは傭兵として異世界中を駆け巡ったらしい。あいつには、自由がなかった。戦い以外の選択肢がなかった。だから、殺したいから殺してるんじゃなくて、仕方なく殺しているってのが正しいのかもしれん。閉じた平和を求めたのも、自分の生き方に嫌気を感じたのかもな」



「……うん。そう聞くと、可哀そうな人かもしれない。許されないけど、悪党と断じるにはあまりにも……。まったく、ままならないわね。異世界中が繋がっても、結局私達は本当の意味で平和な世界を構築できていない」

「ああ、まったくだ。ジジイは、異世界中を旅してどう思ったのかな?」

「……分からない。でも、人助けをしていたんでしょう? もしかしたら、悔しいって思ったんじゃないかしら」



 ヒューリは、肩をわざとらしくすくめた。

「根拠は?」

「ない。けど、まっとうな神経を持つ人なら、異世界中を跨いで蔓延る人の悪意を前に、拒絶反応を示すものだわ。ましてや、自分には力があった。なら、助けるって形で、その悪意に立ち向かおうとするのも人情じゃない」



「フン、そういうもんか。――あ!」

 あっけに取られた顔でヒューリは、目をぱちぱちとさせる。不思議そうにその顔を眺めた小鞠の手を、ヒューリはがっしりと掴んだ。

「分かった!」

「は、よ、え?」

「分かったんだよ。俺の道が!」



 ヒューリは、嬉しそうにベンチから立ち上がると強引に小鞠の手を引いて、踊りだした。

「え、ちょっと。社交ダンスはあんまり得意じゃないって言うか、その恥ずかしいっていうか」

「これが踊らずにいられるか。ジジイは英雄として、親父は商人として異世界に名を馳せた。けど、あいつらの力をもってしても、世界に平和なんか実現できていないじゃね―か」

「そう、だけど」

「だから、俺は次元決闘で平和を実現してみせるぜ。これまでは、強くなることしか考えてなかった。けどよ、次元決闘を通して伝えてやろーと思ったんだよ。



 戦いで命を奪って決着をつけるのは結構だけど、それは次元決闘っていうリスクを少なくした方法でも解決できるってさ」

「それって、つまり、次元決闘を本当の意味で代理戦争の代わりにするってこと?」

「ああ、そうだ。俺な、次元決闘で戦っていると、感じていることがあるんだ。

人は、どれだけ理性を身に着けたって戦いを忘れることができない生き物だって。悲しいことだけど、仕方ない。だったら、やり方を変えれば良い。戦争じゃなくて、競技として昇華できれば、少なくとも今よりは平和になれるって」



「それは……」

 大きすぎる夢ね、と小鞠は思った。

 次元決闘は人気だが、エンターテイメントの枠を超えていない。

 ゴールドブレスのように、国の大事を決める方法として利用されるのは稀な例といって良い。

 ヒューリの夢は、実現することは難しいだろう。

 だが、それでもいい、と小鞠は晴れやかに笑った。



「良いわね。私も全力で応援するし、サポートする」

「おう、ありがと。よっし、そうと決まれば、次の試合の日程を組んでくれ。ガンガン大会に出て、次元決闘者としての地位を確立するんだ。まずは発言力がないとな」

「うん、いんじゃない。けど、その前に!」



 小鞠は、ヒューリの唇を奪う。

「ん、んんー」

「プハ! 協力するんだから、報酬はもらわないとね」

 顔が赤く染まり、今にも爆発しそうなヒューリ。

 小鞠は、彼から離れるとクルリと一回転した。



「じゃあ、これからもよろしくね旦那様!」

 桜吹雪が舞う中、空に溶ける髪をなびかせた乙女は、無邪気さを孕む魅惑的な笑みを浮かべた。

 ヒューリは、雷に打たれたような様子で呆けていた。だが、時間が経過するごとに理性を取り戻し、空に向かって割れるように叫んだ。



「誰が旦那様だ! 俺とお前は付き合ってすらいねええええええええええ」

 轟いた絶叫。しかし、周囲の人々は慣れているのか、誰も苦情を言いに来なかった。

 今日も今日とて、エンチャント・ボイスは元気に活動している。


第二部は今回の話で終わりです。よければ、評価・感想よろしくお願いいたします。今後の私の創作活動におけるモチベーション、および参考にしたいと思います。

辛口の評価でも、甘口の評価でも構いません! お気軽にどうぞ!

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