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キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争⑫

「勝ったか。見事だ」

 ドン王は、マリアに大丈夫だと告げて自らの足でどっしりと立つと、惜しみない拍手を送る。

 騎士達は、皆一様に喝采を上げ、凄まじい熱気が雪原の凍える寒さを蹴散らしている。

 マリアは、高飛車な笑い声を上げていた。



「見ましたか。あれが我が社の次元決闘者ですわ」

「フム……良き戦士だ。あの男が、お前の婿ならばワシも安心して王の位を譲れるのだが」

「ブ! あれが婿なんて死んでもごめんですわ。がさつでデリカシーのない男」

 不機嫌そうな顔でマリアはそう言った。

 ドン王は、豪快に笑いながらヒューリを見た。彼はまともに動けないようで、小鞠が駆け寄り応急処置をしているようだ。



「随分と、小鞠社長はヒューリに気があるのだな。社員として心配しているだけではあるまい」

「そうですわね。小鞠社長は、そもそもヒューリが活躍する場を用意するために、会社を立ち上げたらしいですから」

 ドン王は、ピクリと眉を反応させた。

 ほとんどの人間は気付かないだろうが、マリアの声がわずかに不機嫌な色を帯びている。

 チラリと、娘の顔を盗み見ると、ヒューリ達を眺めていた彼女の顔がこわばっていた。



 ドン王は、意地悪い表情をしつつ娘の肩をつつく。

「ん? 何ですの」

「いや、何。本当にヒューリが嫌いか?」

「な、何ですの。別に、嫌いとまでは言ってませんわ。ただ、婿としては嫌という話です」

「本当に?」

「しつこいですわ」



 頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。

 これ以上は、本気で機嫌を損ねてしまいかねない。ドン王は、口をつぐむことにした。――しかし、口から零れた鮮血と咳が、沈黙を許してはくれなかった。

「やはり、大丈夫じゃないですわ。お父様、お父様!」



 娘に抱きかかえられる。

 生まれた時はあまりに小さくて不安だったが、力強くなったものだ。

 自らの苦しさを差し置いて、そう思った。



「だ、だいじょう」

「バカバカバカ、お馬鹿! 全然大丈夫じゃありませんわ」

 吐血が止まらない。全身の力が抜けていく。どうやら戦に勝利したことで、気が抜けてしまったようだ。



「無理が、ゲホ、ガハ。祟ったか」

「そんな、どうすれば。衛生兵! 早く、お父様を」

 すぐさま衛生兵が近寄り、仰向けになった王の様子をチェックしていく。

 しかし、彼は重苦しい顔で首を振った。

「できることは何も。シザ病の末期症状が見られます。どうやら此度の戦が、随分と堪えたようです」



「お、お父様はどうなりますの」

「残念ですが……もう、回復する余地はありません。このまま、ここで……崩御なさるかもしれない」

「嘘よ」

 頭がくらりとした。 

 まさか祖国以外の場所で、死ぬことになるとは思わなかった。



 しかし、王は笑った。

「なぜ、笑ってますの」

「お前を取り戻せた。それだけで、ワシが頑張った甲斐はあったのだ。済まぬが、母さんに悪かったと伝えてくれ」

「ご自身で伝えてくださいまし」



 マリアが泣いている。

 涙を拭ってやりたいが、愚鈍な我が手では難しそうだ。

 この先、この世界はどうなっていくのだろうか。

 それを知れないことが、とても心残りだ。

 まだやりたい政策があった。

 異世界への交流も、この戦の戦後処理も考えなければならない。



 ああ、なにより。娘の花嫁姿。それをこの目で見れないことが、一番の心残りであった。そこに思い至り、王は涙した。

「誰か、お父様を助けてくださいまし」

 娘の声を聞いていたかったが、王の意識は深い海の底へ沈んでいった。


 ※


 ただならぬ声に、小鞠はそちらへ顔を向けた。

 騎士達が群がって見えないが、どうも彼らの話し声から王が死にかけていることがわかった。

「大変、どうしよう。ヒューリ、起きてヒューリ!」



 ヒューリは、気を失っているようだ。

 当然だ。生きているのが不思議なくらいの大怪我をしているのだから。

 しかし、王の病気を治療できるとしたら、乱神に搭載されている謎のエネルギー【オゴ】の再生の力だけだろう。



「ヒューリ、起きてよ。再生の力はあなたしか扱えないの」

 目を覚まさない。それどころか、ヒューリ本人の呼吸が少しずつ浅くなっている気がした。

 小鞠は助けを求めて、周囲を見る。

「あ……」

「社長、その……」

「俺らじゃ……クソ」



 カルフレア、護と目が合う。しかし、彼らは首を重々しく振るだけ。

「何か、できないの」

「その……え? うわ、小鞠社長、危ないっす」

「テメエ、まだ動けるのかい」

 カルフレアと護が、武器を構える。

 ゾルガが、よろりと立ち上がったのだ。



「フ、立ち上がるので精一杯か。おい、そこの。どちらでも構わない。俺の腰にぶら下げている袋から小瓶を二つ取り出せ。薬をやろう。俺に勝ったくせに死ぬのは、勝者の栄光としてはあまりに情けないだろう」

 カルフレアと護が目を合わせ、護が行く意思を示した。

「今からそっちに行くっすけど。妙な動きはよすっすよ。僕は鬼の混血っすから、ボコボコにできます」

「何もしない。敗者は勝者に従うのみ。ゴールドブレスの連中に俺の命は預けた」

「……ッ!」



 護は恐る恐るゾルガに近寄り、彼の持つ袋から小瓶を二つ取り出した。

「これ、何ですか? キラキラしているけど」

「エクーションだ」

 カルフレアはギョッとしたが、護は戸惑った顔で頷くのみだ。



「えくーしょん? 毒じゃ……ないですよね」

「そればかりは信じてもらうしかないな」

「信じられるわけ、ないっすよ。だって、あなたはマリアさんを攫って、その後も」

「護!」



 駆け寄ったカルフレアは、エクーションを護の手からひったくると、一本をマリアに、一本を小鞠に投げた。

「社長、マリアちゃん。それをヒューリと王様に飲ませろ」

「先輩!」

「黙ってろ。どっちにしろ、二人とも死ぬか生きるかの瀬戸際だ。かけるしかないんだよ」

 小瓶を受け取った二人の女は、ジッと手元にある小瓶を見た。


 ※


 綺麗だ、というのが第一印象だ。

 ぼんやりと輝く液体が、小瓶の中で対流している。

 小鞠は、ヒューリの顔に触れた。ヒヤリと冷たい感覚。これは、気温のせいだけではないだろう。脇腹に視線を移せば、包帯を蝕む血の赤が心をかき乱す。



 ヒューリが自ら目を開け、【オゴ】の力で回復させる見込みは薄い。

 こうしている間にも、彼の顔から熱と色が失われていっている。

 ――だったら。


 ※


 マリアは、横たわる父の顔を見た。雪原を赤く染める血を吐き、頬や唇は土塊の色に落ちてゆく。

 ギュッと小瓶を握りしめる。

 このままでは父は死んでしまうだろう。しかし、エクーションならば望みがあるかもしれない。



 これは伝説のアイテムだ。いかなる傷も病も癒すと伝えられている。だが、それは本物であればの話だ。エクーションと呼ばれる品のほとんどは偽物であるうえ、そもそもこれはゾルガが渡したもの。確率でいえば、毒薬の可能性が高いだろう。

 どうすれば良い。

 毒薬ならば、父に止めを刺したのはマリアになる。父殺しの姫君。それはなんと身の毛のよだつ罪だろうか。



 だが、本物ならば父はまたマリアに話しかけてくれる。

「う……」

 ずっと父が嫌いだった。

 マリアの発言全てを否定し、行く末を勝手に決められてきた。

 しかし、わかってはいるのだ。王としての責務と娘の愛ゆえの言葉と行動であることは。



「……この薬を飲ますべきか否か」

「マリア!」

 小鞠の声。姿は騎士達に隠されて見えない。しかし、マリアを呼び戻してくれた力強い声がはっきりと聞こえてくる。



「私はヒューリに飲ますわ」

「で、ですが、この薬は!」

「わかってる。嘘をつかれているかもしれない。普通に考えればそうでしょう。でもね、このままじゃこの二人の男達は死んでしまうわ。だったら、飲ませる。私はやらないで後悔するよりも、やって苦しむほうがましだと思うわ」



「……やって苦しむほうが」

「お父様に飲ませるかどうかは、あなたが決めて。私は、いつだって行動して道を切り開いてきた。それはこれからも変わらない。指をくわえるなんてごめんなの」



 それきり、声は途切れた。

 マリアは、小瓶と父を交互に見る。

 ああ、汗がジワリとにじみ出て気持ち悪いったらない。



「いつだって行動して。……それは、ワタクシも一緒。あなたと立場は違えど、ワタクシだってその背を追いかけて自らを磨いてきました。壁を乗り越えてきました。……ならば」

 瞳を閉じて、小瓶を強く握り締める。

 そうしていたのは数秒のこと。

 マリアは小瓶の蓋を開け、父の口に液体を流し込んだ。


 ※


「う、あああ」

「ヒューリ!」

 ヒューリは、苦しそうに体を痙攣させ、激しく暴れる。

 カルフレアと護が押さえつけるが、凄まじい力で抵抗した。



「これ、本当に!」

「護君、しっかり押さえろ。信じるしかない」

「ヒューリ!」

 叫びは、届いているのか。ヒューリの脇腹から灼けるような音が聞こえてきた。


 ※


「お父様!」

 ドン王は、白目をむいて暴れていた。

 マリアと騎士達が必死になって王の体を抑えるが、こちらもあまりの力強さに完全には抑えきれない。

「お父様、生きてくださいまし」

「あ、あああああああ」



 ドン王は口から叫びなのか、苦悶の声なのか判別のつかない声を挙げた。

 マリアは、瞳から涙を零し、何度も何度も父を呼んだ。

「ま、りあ」

「お父様! 目を覚ましましたの」

 王は、娘の手を握り締める。



「ワシは、どう、なる?」

「きっと、大丈夫ですわ」

「あ、うう」



 王は、再び意識を失う。

 騎士達が、恥も外聞も投げ捨て泣き叫ぶ。

 悲しみに包まれる雪原。

 王の身体から灼けるような音が響く。


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