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キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争⑩

「あの表情はろくでもねえ。やべえぞ!」

 ヒューリは、ヨグルの表情の変化を見逃さなかった。

 正確に次に起こるアクションが分かる。分かってしまった。



 ヒューリは、懐からハンドガンを取り出すとマガジンが空になるまで打ち続けた。しかし、ヨグルの分厚い鱗は貫通できなかった。

 ヨグルは、マリアに視線を向け、それから口を開いた。

 ヒューリの全身から冷や汗が噴き出す。



「あ、ああ。まずい、まずい。誰か止めろ!」

 叫びながら、ヒューリは駆けだす。

 業魔を巨大化させるか? いや、マリアごと潰してしまう可能性がある。

 だが、だが、……このままでは間に合わない。

「マリアぁぁぁああああ」

「もう、よい。余の夢は泡沫に消えた。マリアよ、死後の世界のお供として連れて行こう。いや、非常食か」



 ヨグルの体に力がみなぎり、マリアの細い体を締め付けていく。

 ヒューリは、雪原に足を取られながら駆ける。しかし、ふと足を止めて背後を見た。

 縋るような想いで、小鞠を見た。

 彼女は、まだ歌っている。

 その顔に悲愴はなく絶望もない。ただ、強い意思だけが満ちていた。

 歌う、歌う、歌う。



(マリアの好きなフレーズ、真似したダンス、ああ、あの笑顔はマリアが絶叫した表情だ)

 ヒューリは、拳を振り上げた。

「やれ、小鞠! お前の歌であいつを救ってやれ!」

 小鞠は、ヒューリにウィンクを飛ばし、サビを歌った。

「う、ぬう」



 ヨグルが苦しそうに呻く。締め付けたはずの体が、マリアから徐々に離れていく。

「あれは、高濃度の魔力か」

 ヒューリの瞳に輝きが灯る。

 マリアは、千年龍の杖を構え、荒れ狂う魔力を己がままにしている。 

 彼女の虚ろだった瞳に生気が宿り、だらしなく唾液を零していた口元をハンカチで拭った。



「しゃ、社長」

「マリア、正気に戻ったのマリア!」

 マリアは、小鞠を見つめると声高らかに叫んだ。



「神★降♡臨! ワタクシ、もう、もう、古参の小鞠専属ドルオタとして推しの神対応に発狂乱舞、昇天、待ったなしですわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ’あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



「う、うわあ」

 ヒューリの顔が青ざめた。

「はあ、ハア」

「う、ぬは、なぜ?」



 ヨグルの声は、わなわなと震えている。

「洗脳を自力で解いたのか? 馬鹿な、いくら歌の力で戦場の憎悪が減ったからといって、そんな人間がこの世にいるわけ」

「どいて」

「はあ?」

「どけって言ってるのが聞こえませんのぉおお」

 マリアは、杖を振るった。たったそれだけで幾本もの稲妻がヨグルを穿つ。



「ぐ、いかせぬ」

「まだ邪魔しますの。じゃあ、滅ぼしてあげます。【黄金の龍は、安寧を願った――】」



 この場にいた全員の顔が困惑に染まった。

 魔法とは、技術であり学問である。ゴールドブレスで主流の魔法は二つ。

 ドラー七属性魔法(火、風、土、雷、水・氷結、光、闇の属性魔法)。

 ドラゴニック召喚術(ドラゴンに限定した召喚魔法)。

 これらは、体系化されている。

 つまり、ゴールドブレスの魔法を知る者ならば、詠唱を聞いただけで何の魔法を発動させるつもりか分かるのだ。

 ――マリアの詠唱は誰にも分からない。

 困惑は、ヨグルの表情に見えた。



「何だその魔法は? うぬらの魔法はよく知っている。だが、その魔法は知らぬ」

 ヨグルは、困惑している。だが、マリアの詠唱を許す気はないようだ。

口を開き、触れたものを死に至らしめる毒霧を吐く。しかし、千年龍の粒子が、小さな爆発を繰り返し、毒霧を吹き散らしていく。



「【――世界は終わる。だが、終わらないように死力を尽くしたい。童のような想いを込めて行動した龍は、世界へ挑戦する。無窮なる平和を。そのためならば、私は爪を振るうことをいとわない。矛盾、それでも手を伸ばすは希望。パーティクル・フリュウランス】



 ――変化は劇的に。

 千年龍の粒子が、次々と降り注ぎ、それらは眩く光り輝く。これは、爆発か?

 その場の全員が、そう思ったかもしれない。

 だが、粒子はその身に込められたエネルギーを爆発ではなく、光のランスに変換し解き放った。

 隙間なく殺到する光の槍は、ヨグルに逃げることを許さない。

 彼は口を開き、ブレスを吐こうとした。だが、光は音よりも早い。

「が、あ……」



 光の刃が全身を貫いた。彼は体を数度震わせる。

 マリアが千年龍の杖に魔力を込めるのをキャンセルした。槍は消え失せ、千年龍は光に包まれ退去する。

 ヨグルは、全身から血を噴き出し、地に伏した。彼の口から弱弱しく息が吐き出されている。どうやら、生きているようだ。



「その、魔法はなんだ?」

「まだ、喋る元気がありますの? 感動の再開を邪魔されてはかないませんし、教えて差し上げます。さっきのは、ワタクシのオリジナル魔法ですわ」

 さらりと言ってのけたが、オリジナルの魔法を開発するなぞ、ゴールドプレス千年の歴史を紐解いても、片手で数えられるほどしかいない。



 魔法とは、研究と発展が基本。既存の魔法と別系統の魔法を生み出すことは容易ではないのだ。

「千年龍を召喚した時、彼の者の力、その性質を少し理解できた気がしますの。……そのおかげでしょうか。千年龍の力をワタクシがちょっとだけ扱えましたの」

 この杖があったおかげでもありますが、とマリアは千年龍の杖を掲げた。



「千年龍の力を召喚者本人が直接扱う魔法。人でありながら千年龍と同質の存在と化す魔法、ともいえるか。……天才か。いや、分かってはおったが、ここまでとは」

「天才ではありませんわ。ただ、ワタクシは自らができることを邁進してきた。今回はその結果が出たということ。さあ、邪魔しないでくださいまし。ワタクシは社長に謝らないといけないのですから」



 マリアは、ヨグルに背を向け小鞠に向かって歩き出す。

 ヨグルは、全身が穴だらけ。とても動ける状態ではない。

 周囲の人々は、マリアの天才的な魔法の技に、放心している様子だ。

 ヒューリは、全身の力が少し抜けた。



「あいつ、やっと帰って来やがった。おせえよ」

 チラリと、ヒューリは護とカルフレアを見る。

 彼らも喜んでいる様子だ。護に至っては、鼻水も涙も流している。

 マリアは、小鞠に近寄ると静かに頭を下げた。



「申し訳ございません。とんだ、ご迷惑を」

 小鞠は首を振る。

「全然。帰ってきてくれたことが嬉しい」

 小鞠は、乱神の手から地面に飛び降り、マリアを強く抱きしめた。

 マリアは、甘えた子供のように小鞠の肩に額を置くと、堰を切ったように涙した。

 小鞠もドン王も騎士達も、ザーギャ達も大勢が、マリアに引きずられるように瞳を光らせる。



 ――それがいけなかった。

 ヨグルは静かに頭を起こすと、口を開いた。

 少し遅れてヒューリが気付き動き出したが、マリアとヨグルの間に入るには数秒足りない。

「死ね」

「貴様がな」



 新たな鮮血が、無垢な大地を赤く染める。

 流れた血はヨグルのものだ。彼の頭部に深々と手が突き刺さっている。

 刺した主は、ゾルガだ。

「あ、あ」



「油断したよ、ヨグル。貴様の裏切りは気付いていたが、このタイミングとは思わなかった。俺らは互いに、千年龍の力を利用した者同士。だが、方向性が違っていた。おおかた、貴様は人間を喰らうためにこの世界を征服しようとしたのだろう。そして、この世界の人間を喰い終われば次の異世界でまた、飽食の限りを尽くすと。自分の欲望をコントロールできないうつけ。……裏切った罪は重い。とっとと失せろ」



 ゾルガが腕を引き抜くと、ヨグルは完全に息絶えた。

「生きてる、だと。嘘だ。あいつ、生身で千年龍の攻撃に耐えたのか」

 ヒューリは、頭がくらりとした。千年龍の攻撃を数度塞いだ彼はわかる。あのドラゴンの攻撃は別格だ。

 チラリと、ヒューリは背後を見た。装甲のほとんどが壊れ、内部フレームやケーブルが剥き出しとなった乱神の姿。

異次元の戦闘能力を持つ乱神が死力を尽くしても、千年龍の前にはあの姿とならざるえなかった。



 それを、生身で……。

 ヒューリは、恐れ交じりにゾルガを見た。

「……ウム」

 事の成り行きを見ていたドン王は、スッと手を上げた。

「全軍、此度の戦争の首謀者がここにいる。我らは野蛮人ではない。殺すのではなく、捕えて裁判にかける。包囲せよ」



 遅れてやってきた軍団も加わり、七千五百ほどの騎士達がゾルガを隙間なく囲んだ。

 圧倒的に数で勝るとはいえ、ドラゴンを素手で屠る男に油断などできようはずがない。ドラゴンナイト達は、緊張した面持ちで武器を構えた。

「陣形、龍の加護。抵抗するかもしれん、心せよ」

 騎士達は、ドラゴンから降りると盾と槍を構えた。



「エンチャント」

 騎士達は槍を上空に掲げる。ドラゴン達は、槍先にブレスを吐く。刃は赤く染まり、熱気が雪原を溶かしていく。

 さらに、ドラゴン達は上空にブレスを次々と吐き散らしていく。

「空は赤熱、地はよく鍛えられた兵士達。俺を逃がさないための策か。良いぞ、見せてやろう。俺の本気を」



「なぜ抗う? 貴公らの兵は千年龍によってほとんどが滅んだ。もう戦は終わったのだ」

「ドン王、それは違う。確かに戦は終わったが、俺の夢は終わっていない。俺の夢は閉じた平和を実現することだ」

「閉じた?」

「そう、閉じた。俺は傭兵としてあらゆる異世界に渡り、戦い抜いてきた。だから、分かる。他の世界との交流など戦しか生まない。お前は、異世界との交流を否定はしていないようだな。……危険だ。お前はこの世界を統べる器ではない」



「貴公ならできると?」

「ああ、可能だ。正しく言えば、俺とマリアが居れば。その娘の力を見ただろう。あの力で、この世界を統一し、異世界との交流を完全に閉じる。交流なき楽園。そこで俺は、強制的な平和社会を実現する。……そのためには、俺は生きねばならぬ」



 ゾルガは、突如咆哮した。

 人ならざる大音量が、空間を揺るがす。

「ひい」

 それは誰の悲鳴だったのだろう。

 ゾルガの全身から銀の毛が湧きだした。変化はそれだけにとどまらず、グロテスクな音を鳴らしながら、彼の骨格が変化していく。



「……ああ、なるほど」

 ヒューリは、納得した面持ちで頷いた。

 千年龍の攻撃から生き延びる生命力と危機察知能力。

 乱神の攻撃を受け止めた膂力。



 それらは、ただの人ではないからこそ成し遂げたのだ。

 異世界同士が接続された世界で、最強と名高い種族はいくつかある。

 ドラゴン。

 白虎。

 吸血鬼。

 鬼。

 ――そして、狼男。



 最も獣としての強さを発揮する種族と言われている。

 強く、早く、死ににくい。

 シンプルゆえの最強。

 そのチートクラスの種族が目の前にいる。



 分厚く鋼のような筋肉が蠢き、走るために特化した二本足は、雪を深く踏みしめる。

 無駄をそぎ落とした腕は力強く、指から伸びた爪は日本刀のように鋭く尖りぎらつく。

 顔は、オオカミのような見た目をしている。ナイフを並べたような牙は、人の肉など軽く削いでしまうだろう。



「相手にとって不足なし、行くぞ」

 千人隊長達が、自身の部下に指示を飛ばす。

 エンチャントされた槍が四方八方から襲い掛かる。

 ゾルガは、高速で回転して槍の穂先を弾き、雪を吹き散らしながら近くにいた騎士の盾を易々と切り裂く。



 七千五百VS一人。勝負ではなく蹂躙。そのはずだ。しかし、ゾルガは、どれだけ攻撃を受けても倒れず、やられた数の倍の損害を騎士達に与える。

「なんだよ、それ」

 ヒューリは、業魔の柄を指が白くなるほど握りしめた。

「ふざけんな。俺は、毎日何時間も剣を振るって、飯を食ってる時だって戦術を考えている。……なのに、あいつはあんなにも強いのかよ。卑怯だ、ふざけんな」

「ヒューリ!」



 小鞠の制止を振り切り、ヒューリは駆けだした。

「どけ、どいてくれ」

 騎士を押しのけ、ヒューリはゾルガの眼前に躍り出た。

「ゾルガァアアア」

「!」

 猛々しく業魔を叩きつける。

 不意打ちゆえに回避はされなかったが、斬撃は爪であっさりと弾かれた。



「貴様は、ヒューリか」

「俺と勝負をしろ」

「応じるとでも?」

「応じるさ。俺が強引に襲い掛かるんだからな」

 素早い三連撃。苦も無くゾルガは弾くが、顔には苦渋の色が見てとれた。

「ク、失せろ。お前と遊んでいる暇はない」

「逃すかよ。お前を捕まえないとまた、マリアを狙うだろ。あいつはな、うちの大事な社員なんだ。好き勝手されてたまるか」



 ヘエ、と声が聞こえた気がした。

 ヒューリは知る由もないが、マリアの頬が熟したトマトのように赤くなっている。

「それにな、やっぱり俺、お前に勝ちたい。お前は強い。でもさ、ジジイの方がもっと強いんだろ? だったら、お前を追い越さないとな。だって俺は、ジジイを追い越す戦士になりたいんだから」



「……この状況で、そんな些細なことを」

「些細かどうかは俺が決める。迷惑だろうが付き合ってもらうぜ。うちの会社に迷惑かけたんだから、迷惑料だと思えよ」

 ヒューリは、業魔を正眼に構えると、呼吸を一つ。意識を深く深く剣の世界に埋没させた。 


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