表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/78

キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争⑨

 ――気持ちを込めて。想いを伝えて。マイクに声を乗せていく。

 小鞠は知っている。

 言葉を鵜呑みにしてはいけない。

 ありがとう、と口では言っても、内心は真逆のことを思っている人がいる。

 言葉と気持ちは必ずしも一致しない。けれども、一致させた時、言葉は相手の心に触れる。――そう信じている。



 小鞠は、頭の中をマリアでいっぱいにした。

 王の娘、天才魔法使い、期待の次元決闘者。

 そのどれもが彼女を示す肩書。――だけど小鞠は知っている。それは彼女にとって重荷なのだと。

 強くて凛々しくて。



 でも、本当は試合前に泣きそうな顔で震えているあなたは、どこにでもいる女の子で。

 でも、涙を拭って試合に赴くあなたは燃ゆるように輝いていて。

 弱くて強い。弱さを抱えたまま前に進める子。それが、小鞠にとってのマリアだ。



 ――もう、帰ろう。

 胸が締め付けられるような感覚が、小鞠の内を駆け巡る。

 いっぱい伝えたいことがある。

 社長として友人として。



 でも何よりもまずは、アースに帰ってゆっくりしたい。

 温かいココアと甘いお菓子を食べて。

 映画でも見に行って。

 気になっているブティックで洋服を買って。



 いっぱい、遊ぼう。

 いっぱい、思い出を作ろう。

 ――だから、だから……。

 魔力を注ぎ、疲労と麻痺で顔が蒼白となったマリアを見ていると、悲しさで息がつまり、涙で前が見えなくなった。



 だが、歌は止めない。

 吐き出せ、想いを。

 伝えて、気持ちを。

 声帯が紡ぐクリアな歌声が、空間に広がっていく。

 沁みるように、心解くように。



 必死に手を伸ばしてみるが、届かない。

 きっと近寄ってもヨグルに殺されるのがおちだ。

 ヨグルは笑っている。



 歌でどうにかなるものか、見物してやろう。そんな騒音を裂けた口から零している。

 小鞠は、ギュッと拳を握りしめた。

物理的に届かないのなら歌声を。純度百パーセントの想いを乗せた歌の手で、マリアの心へ触れて。

 ――届け、届いて。

 小鞠は、祈りにも似た声をより一層響かせた。


 ※


「歌?」

 微睡む意識の中、スッと朝日が差し込むように歌が聞こえた。

 どこか懐かしいような気がする。なんだかわからないが胸が高鳴り、頬が紅潮する。



「……大事な人が歌っているような。大事な人って誰でしたっけ」

 ズキン、と頭痛がした。

 頭の中が、ある男の姿でいっぱいになった。

 黄土色の髪。筋肉質の肉体。名はゾルガ。



「ワタクシは、ゾルガを愛してる。あの人は死んでしまった。復讐しなくては、復讐。……お待ちになって。本当に、ワタクシ、は、ゾルガを愛しているの?」

 おかしい、変だ。ゾルガの容姿と相当な実力者であることは知っている。だが、それ以外は特に何もわからない。



 そんなことしかわからない相手が、大事な相手? 

 ああ、駄目だ。考えるのがひどく億劫だ。

 思考を放棄し、歌を聞くことに注力する。

 空に溶けるようなクリアなボイス。大切な人を想う恥ずかしいくらいストレートな歌詞。

 胸がすぐにドキドキした。



「この歌、知ってる。どこで?」

 わからない、何も思い出せない。だから、代わりに音が鳴る方へ足を踏み出した。

 何もかも不透明な世界で、歌だけが激しく自己主張している。

 歩けば歩くほど、近づけば近づくほど、音は鮮明さを増していく。



「あなたが近くにいないと寂しい。どうかどうか、傍にいてください」

 自然と口ずさんでいた。知っている、間違いなく。

 これは、アイドルの歌だ。確か、デビュー曲で、当時は大勢の人々に騒がれたような……。何で、騒がれたのだろう。

「……社長。ああ、そうですわ。社長が、アイドルをしてるって珍しさが注目されたんでしたっけ」

 閉じられた記憶が、花開いていく。

 社長、社長、大事な社長。マリアの憧れ。あの人のようになりたい。その一心で、国を出て社長の会社に入社した。



 ――名前、名前は確か。

「千島 小鞠。……あ、ああ。どうして、ワタクシはこんな大事なことを忘れていたのでしょう。ゾルガなんて知らない。ワタクシの大事な人は、小鞠社長とその仲間達ですわ」

「違う。うぬが好きな者はゾルガだ。復讐をせよ」



「ふざけないで!」

 走りだす。それを阻むために、触手がマリアの手足に絡みつく。

「離してくださいまし。ワタクシは……」

 手に足に力を込めて、一歩、また一歩と踏み出す。



 歌がマリアを応援している。

 歌がマリアに力をくれる。

 歌が導いてくれる。

 マリアは、雄叫びを上げて歩み続けた。


 ※


「ぬう」

 ヨグルが、唸り声を上げる。

 マリアの杖に、魔力が注がれなくなっていく。それに伴い、千年龍の動きが鈍くなってしまった。

「あの歌の力か。馬鹿な、たかが声如きで何が変わる? ――やめろ、もう歌うな!」

 ヨグルが、喉の奥から鋭い針を数本吐き出した。

 唸りを上げて向かう先は、歌唱中の小鞠。

 突然の動きに、誰も反応ができなかった。



「ふん!」

 ――否、ただ一人を除いては。空間に奔る刃の軌跡。散る火花。針が無残にも地へ落ちていく。

 その男はずっと小鞠を見ていた。だから、危険に気付けた。

 小鞠は、自らの横で業魔を振るった男、ヒューリを見て微笑んだ。



「言ったろ、見てるって。どっしり構えてろ。俺がお前を守る。……そろそろ、サビだろ。気合込めろ。腹に力を込めるのが良いらしいぜ」

 小鞠は頷き、手をマリアに向けて一心に伸ばした。

 顔は笑顔だが、手足は僅かに震えている。

 正直、小鞠の疲労は限界にきていた。



 慣れぬ旅先での大事件。

 日々を重ねるごとに増す心労。

 ――だが、それが何だ?

 今、小鞠の心と体すべてが、マリアの為にある。



 乗せろ、乗せろ。言葉に想いを乗せろ。 

 戻ってこないかもしれない。届くだろうか。

 そんな不安は置き去りに、ただ一心に想う、願う。



 熱を帯びる歌声。響くほどに、聞く者の顔が安らかになっていく。

 ただ一人、ヨグルだけは苦しい顔をしている。時が経つごとに、彼の顔は激しく歪んでいった。

「あ、ああ。力が弱っていく。このままでは、洗脳が……」

 ヨグルは、ブツブツと呻いている。――しかし、ふとその顔に諦観の色が見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ