キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争⑨
――気持ちを込めて。想いを伝えて。マイクに声を乗せていく。
小鞠は知っている。
言葉を鵜呑みにしてはいけない。
ありがとう、と口では言っても、内心は真逆のことを思っている人がいる。
言葉と気持ちは必ずしも一致しない。けれども、一致させた時、言葉は相手の心に触れる。――そう信じている。
小鞠は、頭の中をマリアでいっぱいにした。
王の娘、天才魔法使い、期待の次元決闘者。
そのどれもが彼女を示す肩書。――だけど小鞠は知っている。それは彼女にとって重荷なのだと。
強くて凛々しくて。
でも、本当は試合前に泣きそうな顔で震えているあなたは、どこにでもいる女の子で。
でも、涙を拭って試合に赴くあなたは燃ゆるように輝いていて。
弱くて強い。弱さを抱えたまま前に進める子。それが、小鞠にとってのマリアだ。
――もう、帰ろう。
胸が締め付けられるような感覚が、小鞠の内を駆け巡る。
いっぱい伝えたいことがある。
社長として友人として。
でも何よりもまずは、アースに帰ってゆっくりしたい。
温かいココアと甘いお菓子を食べて。
映画でも見に行って。
気になっているブティックで洋服を買って。
いっぱい、遊ぼう。
いっぱい、思い出を作ろう。
――だから、だから……。
魔力を注ぎ、疲労と麻痺で顔が蒼白となったマリアを見ていると、悲しさで息がつまり、涙で前が見えなくなった。
だが、歌は止めない。
吐き出せ、想いを。
伝えて、気持ちを。
声帯が紡ぐクリアな歌声が、空間に広がっていく。
沁みるように、心解くように。
必死に手を伸ばしてみるが、届かない。
きっと近寄ってもヨグルに殺されるのがおちだ。
ヨグルは笑っている。
歌でどうにかなるものか、見物してやろう。そんな騒音を裂けた口から零している。
小鞠は、ギュッと拳を握りしめた。
物理的に届かないのなら歌声を。純度百パーセントの想いを乗せた歌の手で、マリアの心へ触れて。
――届け、届いて。
小鞠は、祈りにも似た声をより一層響かせた。
※
「歌?」
微睡む意識の中、スッと朝日が差し込むように歌が聞こえた。
どこか懐かしいような気がする。なんだかわからないが胸が高鳴り、頬が紅潮する。
「……大事な人が歌っているような。大事な人って誰でしたっけ」
ズキン、と頭痛がした。
頭の中が、ある男の姿でいっぱいになった。
黄土色の髪。筋肉質の肉体。名はゾルガ。
「ワタクシは、ゾルガを愛してる。あの人は死んでしまった。復讐しなくては、復讐。……お待ちになって。本当に、ワタクシ、は、ゾルガを愛しているの?」
おかしい、変だ。ゾルガの容姿と相当な実力者であることは知っている。だが、それ以外は特に何もわからない。
そんなことしかわからない相手が、大事な相手?
ああ、駄目だ。考えるのがひどく億劫だ。
思考を放棄し、歌を聞くことに注力する。
空に溶けるようなクリアなボイス。大切な人を想う恥ずかしいくらいストレートな歌詞。
胸がすぐにドキドキした。
「この歌、知ってる。どこで?」
わからない、何も思い出せない。だから、代わりに音が鳴る方へ足を踏み出した。
何もかも不透明な世界で、歌だけが激しく自己主張している。
歩けば歩くほど、近づけば近づくほど、音は鮮明さを増していく。
「あなたが近くにいないと寂しい。どうかどうか、傍にいてください」
自然と口ずさんでいた。知っている、間違いなく。
これは、アイドルの歌だ。確か、デビュー曲で、当時は大勢の人々に騒がれたような……。何で、騒がれたのだろう。
「……社長。ああ、そうですわ。社長が、アイドルをしてるって珍しさが注目されたんでしたっけ」
閉じられた記憶が、花開いていく。
社長、社長、大事な社長。マリアの憧れ。あの人のようになりたい。その一心で、国を出て社長の会社に入社した。
――名前、名前は確か。
「千島 小鞠。……あ、ああ。どうして、ワタクシはこんな大事なことを忘れていたのでしょう。ゾルガなんて知らない。ワタクシの大事な人は、小鞠社長とその仲間達ですわ」
「違う。うぬが好きな者はゾルガだ。復讐をせよ」
「ふざけないで!」
走りだす。それを阻むために、触手がマリアの手足に絡みつく。
「離してくださいまし。ワタクシは……」
手に足に力を込めて、一歩、また一歩と踏み出す。
歌がマリアを応援している。
歌がマリアに力をくれる。
歌が導いてくれる。
マリアは、雄叫びを上げて歩み続けた。
※
「ぬう」
ヨグルが、唸り声を上げる。
マリアの杖に、魔力が注がれなくなっていく。それに伴い、千年龍の動きが鈍くなってしまった。
「あの歌の力か。馬鹿な、たかが声如きで何が変わる? ――やめろ、もう歌うな!」
ヨグルが、喉の奥から鋭い針を数本吐き出した。
唸りを上げて向かう先は、歌唱中の小鞠。
突然の動きに、誰も反応ができなかった。
「ふん!」
――否、ただ一人を除いては。空間に奔る刃の軌跡。散る火花。針が無残にも地へ落ちていく。
その男はずっと小鞠を見ていた。だから、危険に気付けた。
小鞠は、自らの横で業魔を振るった男、ヒューリを見て微笑んだ。
「言ったろ、見てるって。どっしり構えてろ。俺がお前を守る。……そろそろ、サビだろ。気合込めろ。腹に力を込めるのが良いらしいぜ」
小鞠は頷き、手をマリアに向けて一心に伸ばした。
顔は笑顔だが、手足は僅かに震えている。
正直、小鞠の疲労は限界にきていた。
慣れぬ旅先での大事件。
日々を重ねるごとに増す心労。
――だが、それが何だ?
今、小鞠の心と体すべてが、マリアの為にある。
乗せろ、乗せろ。言葉に想いを乗せろ。
戻ってこないかもしれない。届くだろうか。
そんな不安は置き去りに、ただ一心に想う、願う。
熱を帯びる歌声。響くほどに、聞く者の顔が安らかになっていく。
ただ一人、ヨグルだけは苦しい顔をしている。時が経つごとに、彼の顔は激しく歪んでいった。
「あ、ああ。力が弱っていく。このままでは、洗脳が……」
ヨグルは、ブツブツと呻いている。――しかし、ふとその顔に諦観の色が見えた。




