キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争⑦
――【放浪永礼流 刺突の型 渦巻く刃】
乱神の姿勢バーニアを使って機体を独楽のように高速回転。その勢いのまま、刃を千年龍の前腕に突き刺す。
それが、始まりの合図だった。
「愚か、愚か、愚か、我に抗う者。死すべし。繁栄を妨害せし者よ」
「へ、喋れるのかよ。おい、お前。理性があるなら消えろ。お前が暴れると、死人が増える」
「死すべし、死すべし、繁栄を邪魔する者は死すべし」
「なあ!」
千年龍は、羽ばたきで乱神を吹き飛ばすと、金の粒子をまき散らす。
粒子は乱神の近くまで浮遊し、爆発した。
「がああああ。ううああ、コイツ話が通じないぜ」
直撃はしていないが、爆発の余波が機体を揺らす。
ヒューリは、スラスターを細やかに吹かして回避運動をとった。
「あいつ、手ごたえがなかった。どういう能力だ?」
「ヒューリ、聞こえる?」
「小鞠か」
「ごめん。マリアが、逃げて行ってしまった」
「マリアが。ってことは、やっぱあいつが千年龍を召喚したってことだな」
「千年龍……。ヒューリ、詳しい情報を教えて」
「詳しくって、大したことはわからねえよ。あのドラゴンに話は通じなかった。それに、攻撃も通じない。空気を切ってるみたいだ」
「空気を……もしかして完全召喚できていないから?」
「どういうことだ?」
「召喚って結構複雑な魔法らしいの。特に強大な存在を召喚するのは、至難の業らしくてね。まず召喚したい相手を、マナ、力、魂の三要素に分ける。そして、マナ、力、魂の順で召喚し、現世で再構成するらしいの」
「あー、データ容量が大きいから、分割でダウンロードするみたいな感じか? だったら、あのドラゴンは召喚の途中ってことか」
「恐らくは。攻撃が通じないのは、まだ現世での再構成が途中だからなのかもしれない。言ってしまえば、暴力的な幽霊ってところかしら。完全召喚されれば、攻撃が当たるでしょうけど、相手の力も万全になる。とてもじゃないけど太刀打ちできないわ」
「一部の力だけで、あれかよ。……俺にできることは、千年龍の攻撃を防ぐことか」
「ごめん」
くぐもった声が、通信越しに聞こえた。
「お前、泣いてるのか?」
「だって、私無力なんだもの。クス達に指示を出して、被害の拡大を防ぐくらいしかできない。あとはもう祈るくらいしか」
「小鞠……」
ヒューリは、操縦桿を強く握りしめた。
どうすれば良い? マリアを探すべきか。しかし、すぐに見つかるだろうか。
千年龍の攻撃を防ぎ、カルフレアと護がヨグルを倒す時間を稼ぐほうが良いのでは?
「グヴァワワワワワワワ」
ヒューリの葛藤を見透かしたように、千年龍はまたもやブレスを吐こうとする。
「クッソ、時間をくれよ」
乱神は、千年龍の前に飛び出すと、業魔を上段に構えた。
「業魔よ、俺の闘志を吸え。大きく、巨大になれ!」
天を突くような鉄塊が、そびえ立った。
巨大な山と化した業魔を乱神が振るう。
千年龍は、ほぼ同時のタイミングでブレスを吐く。
業魔に触れたブレスが左右に分たれる。
乱神のコックピットは光包まれた。計器類がアラームを鳴らし、激しい振動がヒューリを襲う。
「警告。外部装甲五十パーセント融解。このままでは当機体がもちません」
「持たせろクソAI! ……俺は動けない。小鞠、クスとザーギャ達にマリアを探すように指示しろ。あとは……!」
「ヒューリ?」
稲妻のような閃きが、脳裏をよぎった。
「あ……あった。そうだよ、小鞠! お前ができることがまだあるぜ」
ヒューリは額の汗を拭うと、明るく笑った。
「小鞠、発声練習しとけ。お前のプロ魂を見せてみろ」
「ふぇ?」
「良いから急げ。お前の頑張りが、時間を稼ぐことにつながるんだよ。いや、そのまま救っちまうかもな」
ヒューリは、小鞠にあることを指示した。
「……マジ?」
小鞠の動揺した声が、アラートが鳴り響くコックピット内でやけに鮮明に聞こえた。
※
「なんということだ」
ドン王は、唖然としていた。その理由は二つある。
一つは、千年龍のブレスによる被害の大きさだ。たった一発喰らっただけで、部隊は半数になってしまった。普通ならば、ここまで損害を受ければ撤退や降伏が考えられるだろう。しかし、あのブレスは、味方であるはずのカーヴァ軍も巻き添えにした。被害の状況で言えば、あちらも大差はない。むしろ、後方からのあり得ぬ攻撃にカーヴァ軍は混乱を極めており、押せば勝てそうな気配を感じていた。この状況で逃げの一手は愚策の可能性がある。
「王よ、被害が半数で済んでいるのは、あの若者のおかげです」
「あ、ああ。分かっている。興行屋と侮った非礼を詫びねばな」
二つ目の理由は、黒き武者の活躍である。
巨大な魔剣を振りかざし、乱神は名に恥じぬ暴れざまを見せていた。
千年龍のブレスを斬撃で三度防ぎ、金色の粒子による爆発を泳ぐように回避してみせた。
「……イグラ・アラーヴァのようですね」
ポツリ、とワイズが零す。
「イブルタ英雄譚に登場するドラゴンか。千年龍の同郷とも言われている幻の存在。人の側に立つ救国の英雄。……我らを救いし彼は、まさにイグラ・アラーヴァと言うわけだ」
「ええ、まさに。しかし……」
ワイズの濁した言葉を、王は正確に理解した。
乱神は、もう長く戦えないだろう。魔法で投影した映像には、剥き出しになった内部フレームと、もうもうと黒煙を上げている姿が見える。
「救援に行きたいが、千年龍の相手をするのは無謀だ。それよりもここを突破し、ヨグルを倒さねば」
「ええ、王よ。彼は可哀そうですが、自力でどうにかしてもらうしか」
王は、眉間に皺を寄せた。所詮、王と言えど人だ。万人を救うことはできない。敵を瞬時に滅ぼす絶対なる力はない。
「悔しさを飲みほすことだけが、老齢な人間にできる足掻きか。何でもできると感じていた若き日は遠い。……老いたな」
「王よ、数百年生きた私を前にそのセリフはいかがなものかと」
「フハハ、そうかもな。さて、そろそろ戦局を変えようか」
王は、伝令係に声をかけようとした。
「……フム」
――その前に、今一度黒き武者を見た。
いつ墜落してもおかしくない。だが、迷いのない斬撃、機敏とした動作。そのどれもが、敗北に向かう者の絶望をにおわせないのだ。
なんとなくだが、黒武者のパイロットは不敵に笑っているのでは、と王は思った。