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キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争④

 八十mもの巨体が天蓋を覆っている。

 山が蠢く、そんな矛盾が景色として成立していた。

 ――ああ、こんな景色に挑むなど馬鹿げている。

 だが、甲高い音を鳴らして飛翔する鋼鉄の鎧と力強い羽ばたきで舞うグリフォンナイトは、唸りを上げて挑むのだ。



「護君、頼んだ」

「任されました」

 蠢く巨体……つまりはヨグルが吐いた毒霧を、護が妖力で生み出した巨大扇風機で吹き散らす。

 カルフレアは、揺れるシャーリアの背に跨りながら、雷光の引き金を何度も引く。

 空を横切る光の筋、舞う血煙。

 しかし、ヨグルの顔に苦悶の表情はなかった。多少肉が削れたところで、八十mもの巨体にはひっかき傷程度のダメージしかない。



「クク、ザーギャ共が戦うのを譲った戦士のわりに、この程度か? 余の命には届かぬ」

 心底愉快そうにヨグルが尻尾を振るうと、酸性の雨が降り、毒の霧が舞った。

 そのたびに二人と一匹は、妖術や魔法を駆使して対応せねばならず、後手に回っている。

 カルフレアは、苛立ちを滲ませた顔で唸った。



「あいつの能力はなんだ? いい加減にしてほしいよまったく」

「ハハ、知りたいか。ならば、教えて進ぜよう。このままでは戦いにならぬのでな」

 ヨグルは、翼を広げ滞空すると滑らかに舌を動かす。

「ああ、我が能力【ドミネイト】は、我にとって有利な状況を生み出す。毒霧の噴出、毒沼の生成などな」



「だろうね。さっきから戦いにくいっての」

「おやおや、さすがに気付くか。ならば、サービスでこれも教えてやろう。余の能力は、まだある。戦闘に関係はあるのは……そうさな。【プロファイリング】という能力について教えてやろうぞ。これは、人の心を読み取る力。うぬらが、どれだけ頭をひねろうが、余には筒抜けということよ」



「なんすか、それ! 卑怯っすよ」

 護の叫びは、ヨグルが生み出した隕石群にかき消される。

 空から降り注ぐ絶望は、大気を震わせた。

 護は、追加アーマー【勇敢でイカレタ老騎士】で強化された大盾とランスを構える。



「こんなところで終われないっすよ。僕らは、マリアさんを元に戻して、また一流の闘技者を目指して頑張るっす。だから、邪魔するな! 【オヌ、遊ぼう遊ぼう。鬼は空を飛んで笑いころげる】」



 妖力で機体を浮かせ、スラスターの負担を軽くする。今の勇敢でイカレタ老騎士は、少しの噴射で何キロメートルも進む。



「行くっすよ。スラスターオン!」

 ゼロから音速へ。護は震える肉体を叱責し、眼前に迫る隕石を槍で砕く。何度も、何度も――。勇敢でイカレタ老騎士の内部には、アラクネの糸を筋肉に似せて造形した疑似筋肉が内蔵されている。妖力を通すことで稼働するその筋肉が、二十mもの巨体に人のような動きの実現を可能とさせる。



 荒れ狂え、槍は勇敢なる者が振るいし狂乱ぞ。――【槍は踊り狂う(ランスダンス・クレイジー)】。

 高速の突きは、隕石の悉くを穿った。



「ほう、やりおる。……して、うぬはどうする?」

 ヨグルの視線が、カルフレアに向く。彼は、雷光を構え射抜く瞳でヨグルを捉えている。

「どうって? こうするのさ」



 引き金を引き、雷鳴が轟いた。

 極大の熱源が、空を焦がす。しかし、光はヨグルに直撃せず、僅かに体表を掠めただけだ。

「意味はない。ドミネイトが発動しておる間、余にまともに攻撃を当てるのは難しかろう」

「クソ!」

 カルフレアは唸った。



 雷光は、光属性を付与された新しい性質を持った電撃だ。解毒、解呪、邪龍・悪龍・アンデッド系の魔物に対する有毒性、闇魔法の無効化など、従来の電撃にない効果が付与される。

 ――しかし、完全に雷の性質を失ったわけではない。それが強みであり、弱みでもある。理屈はわからないが、恐らく避雷針の代わりになるような物をマナから生成し、雷光の狙撃を逸らしているようだ。



「あれも、これも通じねえ。どう、したら」

 カルフレアの額に、汗が溜まっていく。

 ここでヨルガとゾルガを倒さなければならない。

 カルフレアは、一度エンチャント・ボイスの面々を裏切った。結果として、エンチャント・ボイスの敵を屠ることには成功したが、負い目をずっと感じている。



「……へ、信じられないけど、うちの会社。裏切った俺を許したんだぜ?」

「? 一体何を言っているのだ」

「黙ってなヨグル。……なあ、シャーリア。俺は君のためならば悪魔にだってなれる。けどね、恩をドブに捨てられるほど人間をやめた覚えはない」



 鋭く刺すような鳴き声がした。

 カルフレアは晴れやかに笑うと、シャーリアの頭を撫で、雷光を構えた。その様を見て、ヨグルは体をよじらせる。



「クク、無駄なことを。お前の思考は読めている。いくら引き金を引いても余には届かぬよ」

「どうかな? 護君」

「はいっす」

 護は、イカレタ老騎士の大盾を勢いよく投げる。唸りを上げて弧を描く盾は、豪華なブーメランのようにも見えた。

 護が手を振る。それを皮切りに、盾は粉々に砕けた。



「ほうほう、こっから、どうなる。知っているぞカルフレア。さあ、余に見せてみよ」

「ああ、これを喰らいな」

 カルフレアは、引き絞るように引き金を引いた。雷鳴が届き、空に真っすぐな線が伸びる。

 ヨグルは翼を広げ、まるで歓迎するように瞳を閉じた。

 雷光の光は、ヨグルにぶつかる前で幾本もの線に別れ、何度も屈折を繰り返しながら、周囲へ散っていく。



「光の拡散。雷に光属性が加わったことで、光のように屈折できるわけだ」

「ほう、科学を知ってるとはね」

「で? だからどうする、幾本ものレーザーでは死なぬぞ」



 それは事実であった。数本の光がヨグルの体に触れたが、少しばかり傷を負わせるだけで致命傷には至っていない。

「万策は尽きたか? しかし、どうしてそんな気持ちでいられる。絶望するでもなく、お前ら二人はまだ希望に満ちている。逆転の具体的な考えを抱いているわけでもない。何故だ?」

「答えが知りたいっすか?」

「だったら教えてやるって。シャーリア!」

「ぬ!」



 シャーリアは、あろうことか背に乗っていたカルフレアを宙に置き去りにしたまま、単身ヨグルへ突っ込んだ。

 ヨグルの爬虫類じみた瞳が大きく見開かれる。

 グリフォンなぞ、あらゆる生命の上位種であるドラゴンからすれば、蚊に等しい存在。尻尾で払えば、すぐさま散る儚き命だ。

 ――そのはずだった。



「光が……集まっていく」

 シャーリアの体に、細切れの雷光達が触れ、蓄積されていく。彼女の体は、七本の光を吸収する頃には、眩い光を放っていた。

「シャーリア、やっちまえ。あいつは人間の考えは読めても、グリフォンになっちまったお前の考えは読めんぜ」



「クアアアアアアアアアア」

 空に輝く星が、勇ましく鳴いた。翼が躍動し、体が空に残像を描く。

 我に返ったヨグルは、骨を溶かす毒霧を口から吐き、それから音速を超える速度で尻尾を振るった。

 圧倒的な暴力。されど、光の魔獣には届かない。毒はあっという間に霧散し、尻尾はシャーリアに触れた瞬間千切れ飛んだ。



 地を揺らすような絶叫がした。空を仰いで、驚愕する者、狂ったように喜んだ者がいた。

 ヨグルは、多量の血を大地に注ぎながら、シャーリアを睨む。勇ましい彼女の瞳に映るヨグルの瞳は、揺れ動いていた。

「あ、ああ。何故、余の攻撃が喰らわぬのだ」

「知りたいか?」



 イカレタ老騎士の手に乗ったカルフレアが叫ぶ。

「雷光は、ただの雷撃じゃない。光属性を付与されることで、光・雷撃属性のエンチャント魔法としての側面もある。今のシャーリアは、雷光そのもの。お前は自らを滅ぼす炎に手を突っ込んだんだ。俺がお前を倒すために用意した特別な装備、どうよ?」



「くあああああああああああ」

「うるせぇな。続きはあの世で叫べ。シャーリア!」

 カルフレアは、ライフルを構える動作をして、「パンッ!」と撃つ真似をした。 

 シャーリアが螺旋を描き突き進む。

 絶叫は途中で途切れる。空には、輝く流星の一筋が刻まれた。



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