キング・ゴールド編 第五章 二大陸戦争③
風に乗って、大蛇が空を泳ぐ。
その大蛇の周囲を数百ものドラゴンが並走している。彼方の空から届く戦の音色。あと数十分もすれば、その音色を奏でる一団になるだろう。
――しかし、それを阻止する光が、突如下方からやってきた。空に落ちる星、いや昇ると評するべきか。数々の光弾が描く淡々しい軌跡は幻想的だが、攻撃を受けている側からすればたまったものではない。
ある者は回避運動をとり、ある者は撃墜された。
「森からか」
ヨグルの背に乗っていたゾルガは、即座に全軍へ指揮を飛ばす。
水のドラゴンが宙に水の壁を形成し、光弾を防ぐ。さらに、火のドラゴンが炎を水にかけ、水蒸気爆発を発生。それを風のドラゴンが気流を操作し、森へ降らせた。
森を命を、一瞬で吹き飛ばす暴力によって、不届き者は滅んだ。そう思うには十分なほど、森は吹き飛び、地面が剥き出しになっている。
しかし、ゾルガの顔は依然厳しい表情のままだ。
「……来る!」
「ああ、来るな。者ども、各個撃破に移れ。余らは戦士と相対せねばならない」
ヨグルは、翼を広げ上昇する。
部下のドラゴン達は、森から次々と押し寄せる敵ドラゴン達に目を奪われた。
※
「チィ、やってくれたな」
ヒューリは、乱神のコックピット内で、けたたましく鳴り響くアラートを切った。
乱神の隣で、巨大な防壁を張っていた護は、追加アーマーで全長二十mになった自らの体をゆっくりと動かす。
「味方の損傷軽微。敵は倒しきったと慢心している者もいるっぽいっす」
「なら、攻めるなら今だな。お前ら、小鞠の指示を聞いて戦え。特にクス、お前は強いけど、頭が弱いからよく聞けよ」
ザーギャの背中に乗っているクスが、大声で喚き、周囲に笑いが起こる。
ヒューリは、乱神の親指を立てた。
「うっし。お前ら行くぜ!」
飛竜が飛翔し、それを追う形でヒューリと護、カルフレアが空を飛ぶ。
「あ!」
と護の声がした。ヒューリには、彼の驚きが分かっている。
ヨグルの巨体が、とぐろを巻いて遠ざかっていた。
「クッソ。離脱して戦場に行くつもりか。やらせるな、カルフレア」
「はいよ。ったく。小鞠ちゃんは飛竜達の指揮で忙しいのは分かるけど、お前さんが指揮するのかぁ。命日は今日かな」
「うるせ」
シャーリアの背に跨っているカルフレアが、二メートルほどのライフルを取り出す。
「安全装置解除。各部展開、エネルギー充電開始」
真四角のライフルは各部が開き、砲身に光が集まっていく。
「マナを圧縮、光属性魔法に変換。さらに高圧電流に光属性魔法をエンチャント。性質の変化確認。第二架空属性雷光、目標をロックオン。よっし、――ファイア!」
カルフレアは、スコープを覗き込み、引き金を引いた。
一直線に高温のエネルギー体が飛翔する。急激に温められた空気が膨張し、破裂音が鳴った。――ヨグルは、避けられない。直撃し、下へ落ちていく。
「いやっほう。見たか! 社長に無理言って買ってもらった俺の新兵器【雷光】の威力を」
「凄いなその兵器。お前は凄くないけど」
なんだと、と怒鳴るカルフレアの声を、ヒューリは鼻で笑った。
乱神はスラスターを吹かして敵に接近。落ちゆくヨグルに斬撃を浴びせた。しかし、刃はゾルガの大剣に止められる。
「は? 生身で乱神の斬撃を止めただと」
「ギアの斬撃程度で、俺を殺せるものか。ヨグル、いつまでも眠ってないで戦え」
「生意気な! ぬう」
護とカルフレアが、ヨグルに攻撃を浴びせる。
ゾルガは、邪龍から離れると、高高度から派手に着地した。
「あの野郎……この高さから落ちて無傷だと? 高度一万二千メートルはあったぞ。やってくれる。護、カルフレアはそのままヨグルの相手を。そんで、他の奴ら聞け!」
ヒューリは、ザーギャ達に向かって叫んだ。
「ここはお前らの世界だろう。だったら、自分達の手で世界の明日を握れ。
忘れるな。辛く、負けそうになったら俺を見ろ。俺は今から、ゾルガに戦いを挑む。間違いなく絶対に苦戦する。ボロボロになる。――けど、勝利を諦めねぇから。俺は異世界中を沸かすエンターテイメント次元決闘の闘技者、永礼 ヒューリだ。人の心にエールを送るのが俺の仕事なんだからな。お前らの絶望ぐらい吹き飛ばしてやる」
ザーギャ達飛竜やクスをはじめとした亜人達が、雄叫びを上げる。
乱神でガッツポーズを決めたヒューリは、ゾルガの待つ地上へ降り立った。
ゾルガは、大剣を地に差し、静かにヒューリの到着を待つ。
「……来るとは思っていた。しかし、ここまで派手にとはな」
「そりゃ、戦争しようって馬鹿に喧嘩を売るんだ。これくらい派手じゃないと会えないだろ」
ヒューリはコックピットから降りると己が目で、鋭い灰色の瞳を睨んだ。
「ギアで戦わんのか?」
「……お前は強い。認めるよ。正直、さっきで確信した。お前はギアに乗った俺を相手にしても、生身で勝利しうる存在だ。けどさ、だから何だ?」
「ん?」
「お前と生身で戦ってみたいって思っちまった。俺の祖父、永礼 ハルカゼはよ。なんつーか、巨大機動兵器だろうが、ヨグルよりデカいドラゴンだろうが倒したらしい。
俺さ、ジジイや親父には負けたくないんだ。アイツらに比較される人生はまっぴらごめんさ。だから、ガキくさい俺のこのくだらないプライドに付き合ってもらうぜ」
ゾルガは、見下すような視線を投げる。
「本当にくだらんな。俺を倒し、マリアの洗脳を解くことがお前の目的だろう。ならば、手段なぞ選ぶな。これはエンターテイメントにあらず、戦場だ」
「知ってるよ。次元決闘って、試合中の殺しはよしって事になってる。だから、少しは命のやり取りを知っているつもりだ。ひりつくような戦い。それは、決して気持ちの良いものじゃない。だが、極限状態だからこそ、成長できるものがある。お前なら分かってるだろ?」
「……そうか。いらぬ言葉をかけた。非礼を詫びよう。永礼 ヒューリ。ならば、乗り越えて見せろ。死をかいくぐり、自らを進化させることができなければ、貴様は死ぬ。それだけの話」
「そう、それだけの話だ」
ヒューリは、業魔を水平に構え、ゾルガは拳を鳴らした。
糸をピンと張ったかのような緊張が満ちていく。戦場に満ちる戦闘音は、彼らの耳には届かない。五感は、眼前の敵を屠る事だけに用いる。
「……はああああああ!」
ヒューリが、駆けだした。雪を蹴散らして疾走する様は、コヨーテに似ている。
ゾルガは、大剣を地面から引き抜くと、両手でしっかりと柄を掴み泰然の構えをとった。
両者の距離、残り五メートル。ヒューリは、体勢を低くすると、魔剣の魔力を爆発させながら雪を大量にすくい上げた。
舞う白き煙。ゾルガは、微動だにせず大剣を振り下ろした。それだけであっさりと白き煙は左右に分たれる。
しかし、すでにヒューリはそこにはいない。巻き上げたと同時に左に飛んだヒューリは、ゾルガの懐に入っている。
「はあああ!」
水平切りから突き、上段切りから蹴りへ。刹那の攻撃を、淡々と処理するゾルガ。
「やはり避けられるか。なら、こいつは?」
「!」
余裕を持って躱していたゾルガの額が浅く切り裂かれる。魔剣の魔力を爆発させ、斬撃の軌道を変化させたことで意表を突いたのだ。
「ほう、興味深いな。技量での変化ではなく、魔剣の特性を生かした変化。これは予想しにくい」
「褒めてる場合か! 喰らえ」
袈裟切りから水平切り、突きの変化。魔力の爆発を活かして、攻撃を多段変化させる。
無秩序に、水が如く無形の剣技がゾルガの意表を突く。
しかし、彼とてやられっぱなしではない。
ゾルガは、凄まじい速度で後退すると、大剣の柄を捻る。低く唸るような音が鳴り、刀身に赤い血管のようなラインが浮かび上がる。
「紅の大剣よ、これまでたらふく血を吸わせてやった借りを返せ。ふうん!」
ゾルガが振るう横なぎの斬撃が、飛翔した。真っ赤な赤いラインが津波のようにヒューリへ押し寄せる。避けられるような規模ではない、圧倒的な破壊。――ヒューリは、柄を握りしめた。