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キング・ゴールド編 第四章 戦乱の気配漂う世界④

 ヒューリは、ルダヴァルーアに戻り、様々な物を買い込む。目的の場所は、ここから数キロ離れた【ダバラの丘】だ。

 ターゲットの名は、クスと言うらしい。



(一人でヨグルに喧嘩を売って、追われる身の上になったらしいが、馬鹿だねぇ……おっと)

 ヒューリは、飛んできた紙を掴んだ。

 徴兵のお知らせと書いてある。こんな張り紙が、この大陸のあらゆる場所に配られているようだ。



「年季の入った張り紙だな。随分前から戦争する気だったわけだ。マリアを巻き込むなっての」

 ヒューリは紙を丸めて捨てると、ダバラの丘に向けて歩き出す。

 街を出て街道へ。雪が降り積もっているが、硬く踏みならされているので、比較的歩きやすい。だが、街道を逸れて雪原に入ると、みるみる歩行速度は低下していった。



 雪原は、ルダヴァルーアの張り詰めた雰囲気とは異なり、静寂さが寄りそう世界だ。自らの呼吸音と足音、それと時おり吹く冷たい風の音色、それだけがヒューリの鼓膜を楽しませた。

「……ん、悪くない」



 人に害なすドラゴンや亜人が多い大陸と聞いていたが、白銀の地面、澄んだ風、銀紗の星空は、悪しき印象を砕くには十分だ。

 雪に足を取られながら歩むだけで、汗がどっと溢れる。

 ヒューリは、革袋から雪花の塩漬け肉を取り出す。雪花と書くが、これは植物ではなく花に似た形状をした獣の肉だ。汗を拭い、一口食べてみる。

 硬い、だが噛みしめるほどに塩のしょっぱさと牛に似た旨味が溢れてくる。



(ルダヴァルーアにも、まだましな食い物はあったんだな)

 小鞠のお土産に買っていくのも良いかもしれない。

 そんなことを考えた時、ふと道が緩やかに傾斜していることに気付いた。スマホを取り出し、異世界ナビアプリを確認すると、ここはすでにダバラの丘であることを示している。



 急ぎであることを考えると、気温が下がり危険な夜であっても先を急ぐ選択肢もあった。しかし、ターゲットは血の気の多そうな輩である。

(今日はテント張るか)

 ヒューリは背負っていた革袋から、折り畳みテントを取り出すと、平らな場所を探して放り投げた。一秒程度ですぐに出来上がったテント。最近は、文化レベルが中世の異世界でも、輸入品としてこういった物が販売されている。



 ヒューリは中に入り、寝袋に包まった。外は激しく吹雪いている。暖房のルーンが刻まれたテントのおかげで、中は暖かい。

 疲れた体は、泥のような眠りを欲している。瞳を閉じると、意識は泡のように溶けていった。


 ※

 

 ――ギィン。

(何だ?)

 激しい音に目が覚めた。

 まず視界に飛び込んできたのは、裂けたテントが風に揺れている様子。次に映った景色は、自身の右側で驚愕の表情で固まっている亜人の姿だ。



 ヒューリの右手にはナイフが握られており、手のシビレから察するにこの亜人を斬りつけたらしい。

(……無意識に反応したってことは、こいつ俺に敵意を抱いていたってことか)

 ヒューリはナイフを投げつけると、すぐさま左手にあった業魔を手繰り寄せた。

 亜人は、見事な体裁きでナイフを躱すと、右拳を叩きつけてくる。



「ッ!」

 間一髪、抜刀が間に合った。スイカほどの大きな拳と刀が鍔迫り合いを演じる。

「魔剣で切れないだと」

「……お前、よく寝ていたのに反応できたな」

「へ、あいにくクソ親父に寝ている時も修行だって言われて、よく睡眠時襲撃受けてたわ。おかげで、寝てても俺に奇襲は成功しにくいぜ」



「興味、ぶかい。けど、死ね」

 拳の圧力が増した。とてもではないが、対抗できる膂力ではない。ヒューリは刀を引いて受け流すと、魔剣の魔力を噴出させて超高速の斬撃を放つ。

 直撃を受けて外へ吹き飛ばされる亜人。ヒューリもすぐに外へ飛び出す。

 外は吹雪が収まり、静やかな朝の雪景色を披露している。



 油断なく刀を構えつつ、亜人を観察した。

 ヒューリよりも二回りは大きな体躯。窮屈そうに皮鎧を身に着け、露出した肌は毛におおわれている。その毛は顔さえも覆い隠し、目だけが黄色く発色し、浮かび上がっていた。

「ビッグフットみたいな見た目。……そうか、お前がクスか」

「俺の名前、どうして、知ってる?」

「ちょっと、お前みたいな血の気の多い野郎を探していてね。少し、話をしねーか」



「話、苦手。……お前、敵じゃないのか? ……でも、ひとまず、お前、強そう。戦ってくれるなら良いよ」

「強くなる練習ってか。へ、嫌いじゃねえぞ。けど、命の取り合いはなしな。そうだな、次元決闘方式で戦うのはどうだ?」

「次元決闘!」

「おわっ!」



 クスは、手足をばたつかせている。どうやら、よろこんでいるらしい。

「俺の夢、次元決闘者」

「へえ、どうしてだ?」

「俺、元々は剣闘士だった。俺が戦うと、皆喜んでくれて嬉しい。そんでな、最近、次元決闘ってのが流行ってるって聞いて、興味沸いた。次元決闘して、もっと活躍する。そしたら、亜人だって差別されようが関係ない。皆、友達になれる」



 ヒューリは、ここでもか、と呟く。亜人は、差別の対象であることが多い。人間と亜人のハーフである護も、学生の頃はかなり苦労したようだ。

「お前、前向きなんだな。皆友達ってか? でもよ、自分を差別してきた奴とも友達になる気か?」

「皆、知らないだけ。亜人も人。ちょっと見た目が違うだけ。誤解を解くためにも、俺、次元決闘者になって頑張りたい」



 ヒューリは、じんわりと体が熱くなるのを感じた。顔には、しらず温かな笑顔が灯る。

「お前、気に入ったぜ。よっし、次元決闘者の先輩として、俺がお前に次元決闘の戦い方を伝授してやるぜ」

「次元、決闘者なのか、お前! わかった、よろしく」

 ヒューリは、次元決闘のルールの一つセカンドボルテージ制について説明した。



「わかったか?」

「ファーストタイムとセカンドタイムがあって、最初の五分はファーストタイム。使える能力や武器に制限がある。セカンドタイムなったら本気で戦って良い」

「おう、覚えたな。ま、つっても殺し合いじゃねーから、セカンドタイムになっても俺を殺したら駄目だぜ。負ける気、ねーけど」



 妙なことになったが、悪い気はしない。

 ヒューリは、業魔を逆手に握る。

 クスは、楽しそうに拳を握り、ボクシングのような構えを取った。

「それじゃ、行くぜ? 三、二、一。ゴォオオオオオオオオオオオウ!」



 ヒューリの掛け声と共に、クスが雪を散らし駆けてくる。大きい体躯とは裏腹に、あっという間に距離を詰めた彼はマシンガンのようにジャブを繰り出す。

 緩やかに業魔を動かし、軽やかに捌く。しかし、ヒューリの顔に余裕はない。

(なんって、拳だ。大砲が連射してきているみたいだ。一発もらったら、大怪我だな。なら、攻撃だ!)



 ヒューリは防御の型から攻撃の型へ変じた。

 フック気味の一撃を懐に飛び込みつつ躱すと、業魔を振るった。岩すら両断する一撃。しかし、棒で分厚い布を殴ったような感触が、切り裂けなかった事実をヒューリに伝える。

「嘘、だろ。お前、全身硬すぎる」

「俺、頑丈。だから、もっとこい」

「こんのお」



 業魔の魔力を爆発させ、クスをよろめかす。

「ぬわ! す、すごい」

 ヒューリは、業魔を上段から振り下ろす。体勢を崩したとはいえ、クスのバランス感覚は凄まじいものがあった。片足で器用にバランスを取りつつ、右腕で業魔を受け止めようとする。しかし、ヒューリの顔に焦りはない。



 クスの前腕を避けて振りぬいたかと思えば、連続して業魔を爆発させる。刀身の側面、後方の順に生じた魔力の爆発は、刃の軌道を水平切りに変化させた。

「ぬ!」

 クスのがら空きの胴へ刃がぶつかる。相変わらず、斬れない。だが、ヒューリは業魔の柄を握り締め、大爆発が起きるイメージをした。――その瞬間、腕が引っ張られる感触と共に、凄まじい魔力の爆発が引き起こされた。



 浅い。だが、クスの脇腹から真っ赤な血が零れた。

「切られた。……しん、じられない」

「今の感触は……魔力をより精密に制御できたのか」

 ヒューリは、呆然と自身の手のひらを見た。震えた手のひらは、先ほどの大爆発が嘘ではなかったことを示していた。



「俺、人間に斬られたの初めて。お前、凄い」

 クスは切られたのも構わずに、何度もジャンプして喜んでいる。

「お、おう。喜んでもらえて、何よりだ」

 ヒューリは、渇いた顔で笑うので精一杯だった。


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