キング・ゴールド編 第四章 戦乱の気配漂う世界③
「お、ここ、ここ」
カルフレアに連れて来られた場所は、ルダヴァルーアから数キロ離れた場所にある洞窟だ。山の側面に入り口がぽっかりと口を開いている。
カルフレアの話によると、ここは、大昔に風を司るドラゴンのブレスによってできた【ブレースゥルホ】と呼ばれる洞窟らしい。
ヒューリと小鞠は感心したように、洞窟をまじまじと眺めた。
「人知を超えてるわね」
「マジ、それな」
「お二人さん、観光も良いけど先に行こう。護とシャーリアはここにいる」
カルフレアの先導の元、二人は歩く。
洞窟は広く、十五階建てのビルならすっぽりと入りそうだ。
足音を鳴らすたびに音が残響し、冷えた風が入り口から入ってくる。
マリアは、ヒューリに背負われていた。
(こんなに軽かったっけ?)
騒がしくて猛々しい女。模擬戦闘をしたときは、意外にも近接格闘もできて驚いた。
ちょっとやそっとじゃ、負けやしない。……マリアとはそんな女のはずだ。
苦しそうに息をするマリアは、しっかりと掴んでいないとどこかへ吹き飛んでしまいそうだ。
(ゾルガの元から逃げてから、ずっと目を覚まさない。洗脳に無意識に抗っているからか? どっちにしろ、早く休ませないと)
しかし、想いに反してなかなか目的地には到着しない。
歩いて二十分経過した頃、じれた様子でヒューリが問う。
「おい、いつ到着するんだよ。つか、何でここに連れてきた」
しかし、カルフレアは鼻で笑い、あと少しと言うのみだ。
「んだよ。感じ悪いな」
外の光は刺さず、暗い洞窟は不気味だ。
なぜかカルフレアからは明かりを付けるな、と言われており、壁に手をついたままゆっくりと進み続けた。
「おわ!」
「キャ!」
カルフレアが立ち止まり、ヒューリ、小鞠の順で追突事故のようにぶつかってしまった。
「突然立ち止まるな」
「悪い。ところで駄目な後輩君、ライト付けてくれ」
「ハ? あ、ああ」
釈然としない様子で、ヒューリはポケットからスマホを取り出しライトを付けた。
「ひ!」
小鞠が、ヒューリの腕にしがみ付く。
柔らかな胸の感触が腕に伝わるが、照れる余裕はヒューリにはない。
なぜならば、
「ど、ドラゴン」
何十匹もの飛竜達が、地面に寝そべっているからだ。
ヒューリは、業魔を引き抜き、油断なく構えた。
「小鞠、マリアを連れて逃げろ」
「せ、先輩。落ち着いてくださいっす」
護が、こけそうになりながら現れた。
「落ち着け? こんな危険一杯の場所で目開けたまま寝言言ってんじゃねーぞ」
「クケー」
シャーリアが、勢いよく飛んでヒューリの刀をつつく。
「あ、こら」
「落ち着けよ、ムカつく後輩君。こいつらは味方さ」
「ハア? 女口説きすぎて頭壊れたんじゃねーの」
「ちょ、馬鹿。そんなことない、そんなことないぞ、シャーリァアアアアアアアアアア」
ヒューリは横で繰り広げられた惨劇を無視し、周囲に視線を巡らせる。
飛竜達は、警戒した様子もなく穏やかな瞳でヒューリ達を眺めていた。
業魔をしまうほどでないが、心の緊張を一段階下げることにする。
「あなた達は?」
小鞠が、強張った顔で問いかけた。ドラゴン達は顔を見合わせると、一番体の大きな者が喋り出す。
「これは失礼した。吾輩はザーギャ。そして吾輩らは、ドラグーン騎兵隊所属のドラゴンだ」
「ドラグーン騎兵隊? ということは、ドラゴンナイトですか」
「ああ。二百年も前の話だが」
「に、二百年ですって!」
「そうだ、人の子よ。我らは二百年前に、ヨグルと戦った。その結果、傷を負った我らは眠りについた」
「あの邪龍、そんな昔からいたのかよ。おい、もっと詳しい話を聞かせろよ」
ヒューリは、鋭い眼光で飛竜を睨む。
「良き戦士だ。油断は一切なく、研ぎ澄まされた刃のような闘志。そうだ、守りたい者がいるならば、それくらいの気概がなければな」
「はいはいどーも。んなことより話の続きだ。あんたらは、眠りについていたのに、どうして捕まっていたんだ?」
ザーギャは、荒々しく鼻息を吐いた。
「スキを突かれたのだ。ヨグルも、吾輩らと同様に傷を負い眠りについていたはずだ。しかし、一歩ヨグルのあん畜生めが早く目を覚ましたようだ。眠っている間に捕えるなぞ、許すまじ。むうううう、ましてや拷問を受けるなぞ、屈辱の極み。ちきしょう」
「若干、キャラ変わってるじゃねえか」
「あっちが素かも」
「マジで? ウケルな」
ザーギャは、低く唸るように喉を鳴らした。
「違う、違うからな。ああ、そうじゃない。このような話をしたかったのではないのだ。……そこのカルフレアとか言う小僧から聞いた。人の子らよ。貴公らは、ヨグルとその協力者ゾルガを相手にしようというのだろう。ならば、吾輩らの力を使え」
ヒューリは、なるほどと頷いた。
「そういうことか。何となく分かってきたぜ。確かにこれだけの飛竜がいれば、強襲は夢物語じゃねえ。でもよ、戦力が増しただけじゃ、まだ成功確率は低い。話せよカルフレア。お前、悪知恵だけは働くだろう」
「フン、意趣返しのつもりか。だが、否定はできないな」
カルフレアは、白い歯を煌めかせるように笑った。
「この大陸は、ゴールドブレスに馴染めなかった連中が住んでいる場所だ。けどね、だからといって全員がゾルガに従っているわけじゃない。ま、仮の名称としてお馬鹿さんと呼ぼう。で、このお馬鹿さん達は、ゾルガやヨルガをやっつけたい気持ちでいっぱいなわけだ。そこで、その感情を利用したい。具体的には、こいつらも巻き込んで、大規模な反乱を起こす」
「なるほどね。――面白そうじゃない」
小鞠は、形の良い唇をペロリと舐めた。
護がおっかなびっくりといった様子で手を挙げる。
「やる気になってなによりっす。ただ、問題はその反乱分子達と話をまだ通してないってことでして」
「駄目じゃねえか」
「無理言うな。お前らを探すのでこっちは手一杯だったんだぞ。ったく……。駄目な後輩君と俺、護君は手分けしてお馬鹿さん達と話を付けに行くぞ。幸い、奴さん達がいる場所に目星はついてる」
ブブ、と胸ポケットに入れておいたスマホが震えた。ヒューリはスマホの画面を見て、露骨に嫌な顔をする。
「おい、俺の行くとこ辺鄙なとこじゃねえか」
「他だって似たようなもんだ。世間から隠れて過ごしている奴らばかりなんだから、そんなもんだろ」
文句言うなよ。そう言い残しカルフレアは去っていく。その背中に、ヒューリは中指をこっそり立てた。




