キング・ゴールド編 第四章 戦乱の気配漂う世界②
人をかき分け露店商人から食べ物を購入。それから雑多に並ぶテントの一つに入っていった。
木箱がたくさん積まれており、まるで商人の物置のようだ。ヒューリは木箱の迷路を窮屈に進み、ある一角に辿り着く。
「遅いわよ」
「悪い。ちょっと考えごとしてた」
小鞠が地面に座っている。その横で、マリアが寝袋のようなものにくるまれ、横になっていた。
ヒューリは、この地方で食べられているヴァと呼ばれる果物を小鞠に投げてよこして、地面に座る。
「様子は?」
「駄目。まだ洗脳の影響を受けているみたいで、完全には解けていないわ。……ねえ、追手は?」
「今日は見なかったな。けど、いつ見つかってもおかしくない。そろそろ場所を移したほうが良いかもしれない」
小鞠は、凸凹したヴァの皮をナイフで剥き、身を均一に八等分にした。甘酸っぱい匂いが立ち込める。小鞠はヒューリの口にヴァの果肉をねじ込み、自分の口にも一つ投げ入れた。
「ん、甘い。レモンとパインを混ぜたような味ね」
「寒い地方でも育つ果実らしい。他の食い物は、まずくて食えたもんじゃない。けどこれ、食感がイマイチだな。じゃりじゃりして、砂食ってるみてえだ」
「文句言ってる場合じゃないでしょ。食べれるだけで良しとしなきゃ。……あの二人とシャーリアはご飯食べれているかしら。逃げている時にはぐれるなんてね」
「旅慣れしてるカルフレアがいるから、どうにかなるんじゃねーか」
「そうだと良いけど。……連絡も今はできない」
「最後に連絡できた時、カルフレア達は洞窟に身を潜めてるって言ってたよな」
「ええ。安全な場所で、しばらく追手を気にしないで済みそうってね。その話の途中で、いきなり連絡が取れなくなった。
状況から考えると、カルフレア達は襲われたんじゃない。恐らくジャミング、かしら。……徹底しているわよね。ジャミング前に、どうにかゴールドブレスに私達の現状を報せることができたのは不幸中の幸いだわ」
ヒューリは頷く。
お世辞にも状況は良くないだろう。
ヒューリは物思いにふけようとする。――が、ふと何かを思い出したようで、「あ」と呟いた。
「……そういや、俺達が逃げる時に暴れていたあの飛竜は、あいつらがやったんだよな」
「ええ、そうね。逃げている最中に聞いたわ。地下と一階にいたあの飛竜達は鎖に繋がれ、拷問を受けていた。可哀そうってのもあったでしょうけど、カルフレア達はフレストレーションが溜まっている飛竜達を開放し、暴れさせその隙に脱出することにしたわけね」
ヒューリは、種を吐き出すと業魔の柄をトントンと叩いた。
「拷問ね。あの飛竜達は、一体何をしたからそんな目に遭ったんだか。陰湿だぜ」
「カーヴァはできたばかりの国。一枚岩とはいかないでしょう。当然、反対勢力はいるはず。その人達に、国の力を見せるための見せしめとして飛竜を捕えて痛めつけた? それとも情報を引き出すために。……でも、本当にそれだけかしら?」
「どういうことだよ」
「別に確かな証拠があるわけじゃないわ。でも、ゾルガやヨグルは、容赦をするようなタイプには見えない。普通、用が済んだら殺すのではないかしら。……ここからは推察に過ぎないけど……」
小鞠は髪をさらりと後方に流してから続きを話した。
「拷問はヨグルの能力【ブラック・マインド】の力を増すため、ではないかしら。ちょっと人から聞いたことあるの。どうもね、生き物は気を発しているらしいわ。そして、憎しみや悲しみといった負の感情を抱いている時はマイナスの気が生じるみたい。……もし、ヨグルがそういった気を自らの力に変換できる力を持ってるとしたら」
ヒューリは、パチンと指を鳴らした。
「そうか。ゾルガが言っていたぜ、【ブラック・マインド】は、憎悪の力を使って対象者を洗脳するって。んで、こうも言ってた。いきなりは洗脳できず、初めは認識を少し狂わす程度しかできない。時間をかけないと完全洗脳できないってさ」
「なるほどね。そうか、それが狙いだったの」
「うん? どういうこった」
「ほら、カーヴァがゴールドブレスに喧嘩を売るような真似をしたくせに、一向に戦争を始めない理由よ。【ブラック・マインド】は便利な能力よ。これがあれば、マリアの千年龍召喚の力を使って、好き放題できる。でも、洗脳に時間がかかるのが難点。だから、カーヴァはゴールドブレスに戦争を仕掛けず、半端な態度をとり続けた。マリアを完全に支配するためにね」
「ああ、そうか。時間稼ぎか」
「そう。……マリアは、ゾルガを大切な人として認識してた。認識を狂わせたのね。……洗脳が進めば、マリアはゾルガの言いなりになる。愛する人の命令には絶対服従ってことね」
「んだよ、それ!」
ヒューリは、木箱を殴りつけた。
「落ち着いて」
小鞠は、ヴァの果肉に刃を入れ、種を取り出すと、またヒューリの口に押し入れた。
ヒューリは、気まずそうにしていたが、「最近、心配させている罰」とのことなので、成されるがままヴィを食べた。
「俺達がただの次元決闘者に戻るには、ゾルガとヨグルを倒すしかないってか」
「うん、そうなる可能性が高い。彼らは死に物狂いでマリアを探すでしょうね。千年龍の召喚。牙だけであの強さなら、本体が召喚されれば、ゴールドブレスは滅びるかもしれない」
「……急がないとな」
「ええ。マリアの洗脳の第一段階は済んでいる。ここまでくれば、カーヴァは戦争をすることを躊躇しないでしょう。戦場に満ちる負の感情。それは、完全洗脳を実現するカギになるわ」
「なんてこった。……これからどうする? また、首都まで行って戦うのは現実的じゃねーぞ」
「そうね。だからと言って、戦争が起きそうなこの状況を静観しているつもりはない。どうにかしてゾルガとヨグルに接触して、マリアの可哀そうな因縁を解消してあげないと」
「俺に考えがあるぜ」
男性の声。ヒューリではない。
ヒューリは素早く業魔を抜き放ち、声の主へ向けた。
「誰だ!」
「俺だよ、残念な後輩君。探すのに苦労しましたぜ」
甘いマスクに色気のある笑顔。エンチャント・ボイスの伊達男、カルフレアが木箱に座っていた。
「お前、どうやって?」
「マリアを抱えて逃げているとなると目立つ。となれば、カーヴァの支配が薄いエリアにいると思ってね。護と手分けして心当たりがある街を探してたんだ。そしたら、この街で流れの凄腕戦士がいるって聞いてピーンと来たわけだ。お前さん、腕っぷしだけはまともだからな」
「一言多いんだよ」
カルフレアは、チラリとマリアを一瞥。苦い顔でため息を吐いた。
「まだ、悪夢の中か」
「ええ、悔しいけどね。……護とシャーリアは?」
「合流地点で待ってますよ、社長」
「良かった、二人とも無事で」
小鞠の目尻に涙が見える。ヒューリとカルフレアは微笑を浮かべたが、互いの顔を見て舌打ちをした。
「で、考えって?」
「一言で言えば強襲だ」
「強襲って、ゾルガとヨグルに? そんなこと可能かしら? 前回の反省点を活かして警備は厳しくなっているでしょ」
カルフレアは、人差し指を左右に振った。
「それも織り込み済みの策ですよ。一度っきりの大博打になるでしょうが、成功する見込みはある」
ヒューリと小鞠は、顔を見合わせて首を傾げた。