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キング・ゴールド編 第三章 マリアを追って②

「こちらへ。閣下がお会いになります。どうか粗相のなきようお願い申し上げる」

 水色の薄い羽で舞いながら、ヒューリたち一行を案内するは、賢龍ワイズだ。小さきトカゲのような彼に、小鞠はすっかり骨抜きだ。

「か、可愛い。おうちに持って帰りたい」

「おい、国際問題になるからやめろ」

「分かってるわよ」



 そういうわりに、小鞠はワイズに手を伸ばすのをやめない。迷惑そうに小さな手を動かしていたワイズであったが、最終的には諦めたように小鞠の手の中に納まった。

 彼らは今、ゴード城の謁見の間にいる。中央に敷かれたレッドカーペットを挟む形で、立派な金の鎧を着た近衛兵達が、ずらりと整列している。

 おかげで息苦しさがカーテンのように降りていた。



 ヒューリは、ネクタイを僅かに緩め、コッソリとため息を吐く。

 目ざとくその様を見ていた小鞠は、クスリと笑った。

「我慢してよ」

「へいへい」

 謁見も間には、当然カルフレアと護もいた。

カルフレアは女性の近衛兵に笑いかけ、護はビクビクと青ざめた顔で立っていた。

 ホコリのない清潔かつ厳格で静謐な空間。ヒューリは、早く来い、と念じてみる。



「一同敬礼! 王がいらしたぞ」

「お!」

 祈りが通じたのか、王はヒューリ達が入ってきたドアとは逆方向の入り口から登場した。

 ゆったりと気品あるステップ。

(早く歩けよ)

 と、ヒューリは思ったが口にはしない。

王は、龍の意匠が施された金の椅子に腰かけた。



「楽にせよ。客人、色々とすまなかった」

 王は、軽く頭を下げる。

 家臣たちはざわついた。

 当然だ。一国の主が、ただの興行屋に頭を下げたのだ。

しかし、ヒューリたちの顔には苦い色が差し込まれた。



「……色々とは?」

 小鞠の鋭い視線に、王は素知らぬ顔で言った。

「此度のことすべてよ。汝らを大会に呼んだにもかかわらず、迎えも寄こさず、あまつさえマリアを攫うために襲った。……それに、これから依頼することもだ」

 ヒューリは、一歩だけ前に出ると叫んだ。

 近衛兵達が武器を構えそうになるが、王が首を振って制する。



「何がすまなかっただ! あんた王様だからって何でも許されると思うな。俺らの会社を舐めた真似しといて、さらにお願いするなんてふざけてんのか?」

「……」

 王は目を瞑り、言葉を甘んじて受けている。

 ヒューリは、拳を握り締め、さらに大音量で叫んだ。

「マリアのことも一言言っておきたい。あいつはな! 小鞠が大好きで仕方ない女だ。生意気で偉そうで、でもいつだって自分の憧れを追いかけてる。……そんな、あいつが。好きでもない相手と望まない結婚をすることに承諾するなんて変だ。それに、攫われちまったぞ。何で……だ。何でなんだよ、クソッたれ!」

 悔しさで吐き気がしそうだ。

 ヒューリは、口を閉じ、荒くなった呼吸を整えようとする。

 王様は目を開け、じっとヒューリを観察していたが、やがてゆっくりと頷く。



「貴公の指摘はごもっともだ。だが、私だって、いや我が国にとって手段を選べる状況ではないのだ」

「どういうことでしょう? 納得のいく説明をお願いします」

「ウム。小鞠社長、そしてその社員の皆様。理由をご説明しよう。……ワイズ」

「ハ! ちょっと、私を開放してください。出番ですので」

 小鞠の手から脱出したワイズは、ヒューリ達の前に浮遊しつつ、理性的な瞳をクリクリと動かした。

「私がご説明いたします。マリア姫が婚姻しなければならない理由。……そして、この世界の未曽有の危機のことを」



 ワイズは、小さな杖を近衛兵から受け取ると、小刻みに動かした。

「こいつは」

 ヒューリは、目を細める。

 空間に魔力で編まれた映像が浮かび上がったのだ。

 大きな二つの大陸が、海を挟んで存在している。事前にキング・ゴールドの情報を小鞠から共有されていたので、それがこの世界の地図であることはすぐに理解できた。

「まずは、我らの歴史を知ってもらう必要があります。こちらの地図をご覧ください。

ゴールドブレスは、地図の下にある大陸キーアムで千年前に興った王朝です。当時から人と龍が住まう大陸でしたが、争いが絶えませんでした。それを鎮め、統一したのがゴールドブレス初代の王セーネです。

 彼は千年龍と契約を結ぶことで、人ならざる力を振るう龍人となった英雄。キーアムはセーネによって平和が訪れ、今日の繁栄につながるのです。しかし、母なる海アイラフを跨いで存在する北方のニーファは、ずっと争いが絶えません。人と共存を拒んだ悪なる龍と亜人、盗賊やごろつきとなったヒューマン。彼らが住まう世界はまさに混沌。しかし」



 ゴクリ、と護が喉を鳴らした。  

 その反応がお気に召したのか、ワイズは得意げに鼻息を吹く。

「可愛い。フン! あれ、違うわね。こうか、フーン」

 小鞠が小声で真似をする。

 ワイズは、ピクピクと瞳を動かしたが、ため息交じりに無視を決め込んだ。



「――しかし、一年前、ゾルガ・ライオという人間と邪龍ヨグルが手を組んだことで、混沌に終止符が打たれ、ニーファにカーヴァという国が誕生しました。以降は、彼の大陸で戦いはなくなったようです」

「うん? なら、何が問題なのかな? 平和になったなら、どうしてマリアちゃんは攫われたんだい」

 軽い調子でカルフレアは問う。しかし、いつもより声音が低いことをヒューリは見逃さなかった。



「せ、急かさないでくださいませ。順に話していきます。……ゴホン、カーヴァは、国を興してからというもの、ゴールドブレスとの交流を完全に拒絶しました。

不気味ではあった。ですが、何も問題を起こさないならば、放置しても良いと思い、静観を決めたのです。しかし、それは間違いでした。ある日、どうもキナ臭いと間者から報告があったのです。彼らは、密かに戦の準備をしていると」



 護が「ひい」と喚く。銀の鎧を身に纏った偉丈夫が、カタカタと震えている様はなかなかに見苦しい。

 小鞠は護を見て、着物の裾を口元に持っていった。

 笑っているのだろう。

 ヒューリは、彼女の代わりに話の先を促した。



「カーヴァとゴールドブレスは、今密かに緊張状態ってか。それは理解したぜ。で、それが今回の大会を開催したことと何の関係がある?」

「素晴らしい理解力です永礼殿。ええ、まさに」

 ワイズは、王の様子を伺った。

「ウム、そのまま話して良い」

「ハッ! 今から話す内容は、この国でも一部の者しか知りません。だが、マリア姫が所属し、信頼する方達と知っているがゆえに話しましょう」

「ハハ、信頼って。あの人、小鞠社長しか信頼してないっすよ」



「それは違います、護殿」

 ワイズは、小さな歯をズラリと見せて笑う。

「あの方は昔から天才児として名を馳せていました。齢十二歳で最難関の大学ルー魔術学院を卒業。人生はバラ色のはず……だったのですが」

 王が苦い顔で顔を伏せた。



「それについてはワシが話そう。あの子は、全属性の最上級魔法と召喚魔法を容易に使いこなす。特にドラゴンに関する魔法は、右に出る者はいないだろう。だが、驕っていたのかもしれん」

「驕っていたですって。あのマリアが? いいえ、彼女は口調はともかく内面はとても自己評価の低い女の子です。驕るとは思えません」

 キラリ、と王の目が光った。



「ほう、さすがあの子が見込んだ女性なだけある。……だがな、小鞠社長よ。誰だって驕ることはある。マリアは、あの時驕っていた。天才な自分ならばできると。

 ……十三歳の頃、マリアは千年龍の召喚に挑戦した。千年龍は、異世界ともまた違う次元の狭間にて眠りについていらっしゃる。しかし、理論上、千年龍は召喚できると言われている。成功する気だったのだろう。――だが、失敗した。死人こそ出なかったが、大勢が怪我をしたのだ。以降、しばらくは部屋から出ず、人と関わることを恐れた」



「そんな話、マリアから一度も話してもらったことはありません」

 目を見開いた小鞠。顔にこそ出さなかったが、ヒューリも驚いた。

「……話せなかったのだろう。ともかく、あの一件で心を閉ざしたマリアが、また外へ出てくれたのは、あなたのおかげなのだ。そして、辛い記憶を乗り越えて、日々を懸命に生きられているのは、皆様のおかげだ。あの子は、意外と人見知りなところがあってな。あなた方を信頼しているのがよくわかるのだ」

 王は、エンチャント・ボイスの面々に柔らかな笑みを向けた。

「小鞠社長。あなたが活躍し、頑張っている姿をテレビで見かけ、それが励みになったようだ。本当に、礼を言いたい」

「へ、いやいやいや、そ、そそそ、そんな」

「馬鹿かよ。そんな言葉に騙されんな。コイツは恩人であるお前に刃を振るったんだぞ」



 ヒューリの鋭い怒鳴り声に、場内は静まり返った。

「……確かに、貴公のいう通りだ。だが、仕方ない。……そうでもしないと、ん!」

 王の動きが止まった。かと思うと、突如激しく咳き込んだ。

「王!」

 ワイズが駆け寄る。

 王は苦しそうに胸を押さえた。



「王族専門医を呼べ。大至急」

「騒ぎ立てるな。いつもの発作だ。すぐに収まる」

 王は荒い呼吸を深呼吸で沈めつつ、ヒューリ達を見渡した。

「マリアには、ゴールドブレスの繁栄のために結婚してもらわねばならん。なぜならば――」

 それは、国を負う責任者であるがゆえか。ヒューリが聞いた事もないほど、重みのある口調で王は言った。

「私は死ぬ。不治の病だ。私が倒れれば、次の王が国を支えばならん。……もう、マリアに好きに生きる時間を残してやれんのだ」

 重い響きを伴って、広間に響く告白。沈黙の帳が下りた。


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