キング・ゴールド編 第二章 シンデレラマリア①
ゴード城の裏手に、新設されたばかりの闘技場がある。
ロボット、魔獣、果てはドラゴンまで召喚し戦う場所なだけあって、地面から見上げれば巨人の住まう住宅に迷い込んだ気さえする。
ドラゴンの口を模した入り口には、「マリアトーナメント開催」と黄金色の大きな文字で書かれた垂れ幕が風に揺られている。
人々は甘い蜜に集まるアリのように、我先にと闘技場へ押し寄せた。観客席は満席御礼。それは無理からぬことだ。次元決闘が、過去にキング・ゴールドで開催されたことはない。全世界を熱狂の渦に叩きこむエンターテイメントが開催されるだけでも興奮ものだが、ゴールドブレスの次世代の王を決める戦いともなれば、我を忘れるほど熱にうなされるのも頷ける。
商魂たくましい者を除き、人もドラゴンも仕事を休み、今日の一大イベントを見物するつもりだ。
会場は、東側に人間が、西側にドラゴンが座る席が用意されている。しかし、ドラゴンの中には、何十メートルもある者もいるので、あいにく会場に入れない場合があった。
しかし、大会運営側に抜かりはなし。闘技場外には巨大なモニターが多数設置されていた。
空は雲一つない晴れ模様。冬の寒い日差しを壊すような強い日差しが、闘技場の中央に立つ次元闘技者たちに降り注いでいる。
「さあ、会場にいるテメェら! 元気してっか? 私は元気だぜぇええええええ!」
スピーカーが割れんばかりの爆音。闘技場上段に設置された実況席に、赤毛の女がマイクを片手に叫んでいる。
「私は次元決闘名物アナウンサー、赤毛のミリーだ。知らねぇって奴はぶっ飛ばす」
飛び交う笑い声。自分で名物アナウンサーと言うだけあって、盛り上げ方を心得ているようだ。――しかし、浮かない顔をした一団が一つ。
「チィ、早くやれよ。それにしてもよ、気持ち悪いって感じねーか? 周囲の奴らを見ろよ。気持ちがフワフワしてるぜ」
「んー、まあそうっすね。カルフレア先輩はどう思うっすか?」
「え? あ、ごめん。前列にさ、すっごい美人がいたから、その子に釘付けだったわ」
「マジ、滅べ」
ヒューリは、切れ長の瞳でカルフレアを睨み、舌打ちをする。
総勢五十名の闘技者たちは、浮ついた敵意を放出している。具体的には、殺気のこもった目で周囲の男達を睨んでいるが、口元はだらしなく歪んでいるのだ。
「まあまあ、仕方ないっすよ。今回大会に出場した闘技者たちは、会社から派遣されたわけではなく、プライベートとして参加してる人達がほとんどです。目的はもちろん、マリアさんと王様の椅子。
美人なマリアさんと結婚できるうえに、一国の王になるチャンスですからね。まあ、男として気持ちはわかるっすよ」
ブラックスーツ姿のヒューリとは対照的に、銀の大型鎧を着込む護は、力強い印象を感じさせた。彼は額と頬に大きな傷があるが、まん丸の愛嬌ある瞳と人のよさそうな顔のおかげで可愛らしさが目立つ。
しかし、そんな愛嬌ある後輩だろうとヒューリは容赦がない。勢いよく護の頭を叩く。
「テメェ何浮ついてやがる。お前、あわよくばマリアと結婚しようとか思ってんじゃねえだろうな。真面目にやれ。これは仕事だ」
「え、ええ! 違いますよ。や、ほんと」
ヒューリの目の温度が低くなっていく。護は逃れるように目を逸らした。
「こらこら、ヒューリ。護を責めるなって。美しき姫と王になる権利。それは漢のロマンだろうが。いやー、俺もそろそろ身を固める時が来たかな」
カルフレアは、白い歯を輝かせ笑う。特徴的な長い耳と短く整えられた白い髪。そして純白の長パンツに、オリーブドライのジャケットといった出で立ち。ヒューリと同様、戦いに赴く格好ではないが、これが彼の流儀なのだから仕方ない。
ヒューリは、呆れた様子で肩をすくめた。
「あとでグリフォンに言いつけてやる」
「ちょ、卑怯だぞ」
「……あの先輩方。ミリーさんの説明が終わったらしいっす。あとは戦うだけ。ルールはバトルロワイヤル形式っすね。連携が大事ですから……あれ?」
呆けた顔で一点を見つめる護。釣られて視線を追ったヒューリは固まった。
闘技場観客席の上段に、王族が座る席が設けてある。そこに向かって歩くマリアの姿があった。
純白のドレスを身に纏い、宝石が散りばめられたティアラを頭にのせている。童顔の彼女だが、今日は大人びて見えた。
儚げな美を体中から発露している彼女は、多くの人々を魅了しているようだ。
優雅に歩めば女性がうっとりとし、一礼をすれば男性が呆けた様子で眺めた。
「マリア姫のご登場です。うーん、私でさえうっとりする美貌。闘技場でよくお会いしましたが、こういうお姿も良いですねー。さあ、いよいよ大会が始まるけどよ、その前にまずマリア姫から一言いただきたい。お願いできますか?」
ミリーの言葉に、マリアはピクリと反応した。
ヒューリは腕を組み、マリアの言葉を待つ。普段、勝ち気なマリアのことだ。結婚はしない。魔法でぶっ飛ばす。そんな言葉を喚くだろう。そう、ヒューリは思った。――しかし、
「本日はお集りいただきありがとうございます。お父様自ら厳選し、招待されたあなた方は誰もが我が伴侶となる資格があります。……どうか、この国の未来のために、そしてワタクシのために、死力を尽くして勝利を掴んでください。ワタクシは……ワタクシは、勝者のものです」
雄叫びが上がった。興奮した戦士たちは、色欲で濁った瞳でマリアを見ている。
ヒューリは、ギリギリと拳を握り締め、小石を激しく蹴り飛ばした。
「クソ、何だよあの言葉! らしくねぇ、全然らしくねぇじゃねえか」
「落ち着け。マリアちゃんのあの言葉、理由があるに違いない」
「これが落ち着いてられるか、カルフレア!」
ガッと、カルフレアはヒューリの胸元を掴んだ。
「お前さんだけイラついていると思うな。俺だって、俺だってな、あんなことを言うマリアちゃんなんか見たくねぇ。あの子は、社長大好きっ子で、男にはツンケンしているほうがらしいって」
「カルフレア……お前と意見が合うとはな」
「同感だ。よし、やるぞ」
ああ、と力強くヒューリは頷いた。




