キング・ゴールド編 第一章 とんだ大事件⑤
「おい、そこのあんたら」
ヒューリたちが、大通りからわき道に差しかった時、背後から声がかかった。
振り返れば、皮鎧を着込んだ男たちが三人、武器の柄に手をかけ、立っている。
ヒューリは、愛刀の柄に手を添えながら問いかけた。
「早速、予感的中か。んだよ、テメェら」
「あんたら株式会社エンチャント・ボイス?」
「ああ、そうだけど」
「へえ、君らが? オールワールドフェスティバル出場経験があるようには思えないな。おい、やっちまうぞ」
「あなた達、やめなさい!」
小鞠の制止の声は届かなかった。男達は、突如刃を翻し踊りかかる。
ヒューリは懐からハンドガンを取り出し無造作に乱射。後ろにいたカルフレアがライフルで追い打ちをかける。
男達は、弾丸を苦もなく切り裂き、こちらへ向かってくる。舌打ち交じりにヒューリは、斬撃を正面の男へ叩きつける。
「へえ、片手で重たく鋭い斬撃。さすがオールワールドフェスティバル出場者なだけあるか」
「そら、どうも」
ヒューリの脇を、残りの二人が通り過ぎていく。だが、
「【オヌ、遊ぶは賽の河原】、やらせないっす」
護の妖力に操られし、石つぶてが行く手を阻む。
「うわ!」
「が!」
通り過ぎたはずの二人が吹き飛ばされる。
「ナイス! 【放浪永礼流 混合の型 残光咆牙】」
ヒューリは、鍔迫り合いを演じていた男を弾き飛ばすと、踊るようなステップを刻む。
一瞬面食らった顔をする三人。――その顔は瞬時に、驚きに彩られる。
舞うが如く、されど攻撃は光の軌跡を残して襲い来る牙が如く。
日本刀型の魔剣、業魔が煌めき、ハンドガンが幾度も火を散らす。
一人が繰り出す攻撃とは思えない怒涛の攻撃に、襲撃者達は防戦一方になる。
「カルフレア!」
「はいはい。世話のかかる後輩だこと。シャーリア、合わせろ」
グリフォンが、大きな翼をはためかせ、乱れた気流を発生させる。
カルフレアは、目に見えぬ気流を眺め、三発の銃弾を放った。ランダムの気流を、心地よさそうに弾丸は駆け抜ける。
敵は嘲った。しかし、乱れたはずの弾は、正確に敵の太ももを射抜く。
絶叫とともに倒れ伏す襲撃者達。
ヒューリは、業魔を襲撃者の一人に突きつけた。
「お前ら、一体何のつもりだ?」
「あ、あああ。こ、殺さないで」
「殺さねーよ。ただ、事情を説明しねーと約束はできねぇな。なぜ俺たちを襲った」
「そ、それは……あの」
風切り音が鳴り、浅く男の頬に傷がついた。
「おわああ、待った、待てって。説明する。説明するから」
早口でまくし立てる男。僅か一分ほどで話し終えた内容に、ヒューリたちはしばし呆けて動けなくなった。
※
「はああ」
ヒューリたちは、あらかじめ予約していた宿に到着するなり、温かな温もりに安堵した。
宿は、路地の一角にある目立たない建物だ。この建物の正面には所々穴の開いた大きな両開きのドアがあった。これは、ドラゴンが寝泊まりする場所だ。キング・ゴールドの宿屋には、よくこのタイプのドラゴン専用部屋が用意されているらしい。
人間用のドアは、その両開きのドアの横にある。塗装ははげており、取っ手は錆で汚れている。
はじめは、「この宿大丈夫かよ」とごねていたヒューリであったが、中はそれほど悪くはない。
ダークブラウンの木材が使われた室内は、アンティーク店のような印象を受ける。一階は受付と壁に設置された暖炉があるのみ。時折爆ぜる薪の音に合わせるように、受付で老人がユラリユラリと体を揺らしている。
小鞠は、控えめに声をかける。
「寝てるの? ……あの」
「……」
ムッとした小鞠は、息を思いっきり吸い込んだ。
「あの!」
「ふ! おかわり、あとドラニックを持ってこい」
「いえ、違います。ここは酒場じゃなくて受付です」
「あ? あー、これは失礼。お客様でしたか」
老人は、寝起きとは思えないほど滑らかな動きで名簿をペラリペラリとめくる。
「小鞠様ご一行ですかな。え? お一人いない? ええ、ええ、構いませんとも。合流なさった時にご利用なさればいい。見ての通り、あまり人気のない宿ですので、いつでも宿泊し放題じゃ」
「は、はあ」
「あ、ちなみにうちはお食事がでないからね。シーツも自分で洗って交換して。うちはあくまで泊まる場所を提供するだけ。暖炉の薪だけは配ってあげる。どう? 良いサービスだろう」
「……ええ、すっごく。やらかした私」
小鞠は、がっくりと項垂れた。
老人は、「私、知りません」と言いたげに飄々と杖を振った。
――リィンと、鈴に似た音が鳴る。ドスドス、と重々しい足音。しばらくすると、二階へ続く階段から前足の短い、二足歩行のドラゴンが降りてきた。
「いらっしゃいませー。私はレムラと申します」
可愛らしい少女のような声。顔は厳つく、牛さえ食い殺しそうな牙が見えている。一同は、そのギャップにずっこけた。
「おいおい」
「ヤバイ。昨日ナンパした子より可愛い声がする」
「声優さんとかやれそうっすね」
レムラは、短い前足をパタパタと動かしながら、恭しく礼をした。
「ウハハ、お客さん方異世界人? いやー、長旅だったんじゃないですか。ここ、ゲートから遠いですし」
「そうですね。ドラゴンの送り籠を使おうとしたんですけど、大会がやるせいかどこもいっぱいで。おかげで歩いてくる羽目になって大変でした」
「なるほど。お嬢さん方、運がありませんでしたね。このおんぼろ宿は人いませんけど、他の宿はどこもかしこもお客さんでいっぱいらしいですよ。
やっぱ、あれかなー。今回の次元決闘大会は、商品が豪華だからなのかなー」
レムラは、二階へ案内した。二階には二つの部屋があり、レムラは交互に指差す。
「この宿は二部屋しかありません。ベッドは、各部屋二つずつ。どなたがどのお部屋に入りますか?」
え、と一同は顔を見渡した。
「ご、ごめんなさい。空いてる宿ここしかなくて。まさか、ベッドが足りていないとは」
「……まあ、仕方ない。小鞠が一部屋使えよ。俺らで一部屋使う。床で寝る奴をじゃんけんで決めるぞ」
「駄目よ」
小鞠は、ピシャリと言い放ち、ヒューリの手を握った。
「あなた達は、今回の大会、負けを許されない。だから、床で寝るとか許可できません。んー、そうね。カルフレアと護はもう一部屋を使って。私達夫婦が同じ部屋使うから。
あ、カルフレアはシャーリアの様子を見に行って。ドラゴンが使う部屋に泊まってもらうけど、居心地良いか確認して。入用があれば買い物も行ってね。領収書を忘れずに」
それだけ告げると、小鞠はヒューリを引っ張って右のドアに入った。
「おい、俺とお前、いつ夫婦になったっけ?」
「生まれた時から」
「……自由ってないの?」
「どういう意味! 酷いわ。私が嫌いになったのね。ウワ――――――ン」
「だああ、うるせぇよ。お前のことは好きだから安心しろ」
「え?」
あ、とヒューリは顔を赤らめた。
「ち、違う。社長として友達として好きだ。別に、変な意味でとんなよ」
「……もう一回」
「あ?」
「もう一回言って。お願い!」
「友達として好き」
「好きだけもう一回」
「うるせーよ」
ヒューリは、荷物を放り投げるとベッドに腰掛けた。
小さな暖炉と二台のベッド、丸テーブルがあるだけの質素な部屋は、所々が傷んでいた。だが、掃除が行き届いているおかげで清潔感がある。
両開きのガラス窓から月の斜光が差し込まれ、薄暗い室内に僅かばかりの灯火をくれていた。
ヒューリは、ポツリとこぼす。
「なあ、どう思う?」
「大会のこと? どう、って言われてもね。……まあ、分かっていることは、マリアの意思は全く関係なく、ご両親の、もっといえば国の都合だけで決まったっぽいわね」
「だよなぁ。あいつが結婚とか、ちょっと早すぎッていうか考えられないよな」
さっきの襲撃者は、此度ヒューリたちが参加予定の大会【マリアトーナメント】の出場者であった。
彼らは言った。――今回の大会に優勝した者はマリアと結婚し、ゴールドブレスの次期国王になれると。だから、邪魔者を消そうとした、とのことだ。
小鞠は、外套を脱ぐと椅子に腰かけた。
「王様が私達を招いたのは、マリアを攫うためでしょうね。あの子、自分の意思で里帰りはしないでしょうから。ハア、こんな大会参加するんじゃなかった」
「んー。しかし、わからん。次元決闘は危険が伴うとはいえ、エンターテイメントだぜ? その優勝者に国王の位を何で譲るんだ」
「それは、そうね。予想に過ぎないけど」
小鞠は、着物の乱れを手で整え、背筋を伸ばした。
「ゴールドブレスはね、強き者を好む国なんだって。でね、知恵、力、人格の良さなど、全てを備えた人が、国の王様に代々なってきたんだって。
だから、見極めたいんでしょ。次元決闘は、全世界の強者が全てを用いて競う大会。次世代の王様を選ぶ試練代わりにはぴったりだし」
「フーン。世代交代が必要ってことは、マリアのオヤジさんは、高齢なのか?」
「いいえ。マリアは若い頃に生まれた子供だから、お爺さんってほどじゃないはずだけど……。どうしてかしら?」
ともかく、と小鞠は唇をかみしめた。
「いくら王様だからって、舐めた真似してくれちゃって。そっちの都合通りに行くと思わないでよね」
「おお、こわ。で、何をするつもりだボス? 俺たちも付き合うぜ」
軽やかな調子の声。それはヒューリではなく、ドアの外から聞こえてきた。
「……カルフレアと護もいるわね。ちょうど良いわ、入りなさい」
言われた通りに入室した二人は、力強く笑っている。
小鞠は満足そうに頷くと、「心して聞きなさい」と宣言した。
「あなたたちは、当初の予定通り大会に参加し、優勝しなさい。これよりマリア奪還作戦を開始します。あの子の人生はあの子のもの。親だろうと国だろうと、その人だけにある道を勝手に定める資格なんてないわ」
ダン、と力強く床を踏んだ小鞠は、大声でそう命じた。
ヒューリ達は、拳を突き出し、
「応!」
と響かせた。




