キング・ゴールド編 第一章 とんだ大事件④
マリアが尖塔に佇んでいた時間と同時刻。ヒューリたちは、ゴールドブレスの首都サウザンドに到着した。
「おお」
「凄い」
竜と共にありし黄金世界【キング・ゴールド】。ヒューリたちは、この世界がそう呼ばれる理由を目にした。
首都は、金と白が織りなす幻想を抱いている。
レンガ造りの建物が軒を連ね、それらの外壁は金の輝きを放つ。後で知ったことだが、ゴールデン・ドラゴンの牙や骨をすりつぶして作った龍の粉を外壁に練り込んでいるらしい。
金はキング・ゴールドに住まう人々にとって、ドラゴンとの絆によって育まれた富と繁栄を意味している。
街には粉雪が降り注ぎ、防寒具を着込んだ人々が往来を歩む。キング・ゴールドの人々は、大半が魔法を得意とするリュンメージ人だ。見た目はアース人と変わりない。しかし、往来の様子を見れば、全く違う世界の人だと否応にも分かる。
彼ら・彼女らは杖で風を起こして物を動かし、ランタンに魔力を注いで明かりをともす。そんな人々の横で、大小様々なドラゴンたちが、共に笑いあっている。
ヒューリの目の前を、自らの翼を傘のように使い、女性を粉雪から守っているドラゴンが通り過ぎる。
「お、おう。ドラゴンが、街を歩いている。大丈夫なのかよ?」
「大丈夫みたいっすよ。アースじゃ、人のいるエリアにドラゴンが訪れるには、許可証を取らないといけないっすけど、ここじゃそんなの要らないっす。ドラゴンは、知能が高いから人間の生活になじんでいるドラゴンなら特に問題はおきないみたいですよ」
ああ、と小鞠は懐かしむように頷いた。
「マリアに聞いたことがあるわ。アースでは、ドラゴンはまるでペットや野獣のように扱われるけど、キング・ゴールドでは人と同じ扱いを受けるそうよ。
でも、本当に信じられない。いくら彼らが賢いって言っても、違う種族よ。こうも上手く共存できるものかしら」
小鞠は、防寒用の特殊加工が施された外套をハラハラと動かし、雪を落とした。彼女の美しい顔は、どことなく生気を失っているように見える。
ヒューリは、自身が着ていたコートを脱ぐと小鞠の肩にかけてやった。
「あ、ありがとう。でも、あなたが風邪を引いちゃうわ」
「大丈夫だ。このくらい滝行で慣れてるさ」
「そう。……ごめんね。徒歩で移動することになって」
「それも問題ねーよ。万年金欠ぶりは皆慣れてるさ」
「フーンだ。悪かったわね」
小鞠は、唇を尖らせてしまう。
ケラケラと笑ったヒューリであったが、すぐに表情を引き締めた。
「あいつなら大丈夫だ」
「え?」
「冷静なツラしてるけど、心配してんだろ。でも、あのお転婆姫なら絶対大丈夫だ。宿に荷物置いたらすぐ探しに行こうぜ」
ヒューリは、小鞠の肩に手を置いた。僅かな震えが伝わってくる。
小鞠は、ヒューリの手に自らの手を重ねた。
「うん、わかってるわ。ごめんね、しっかりしないといけないのに……。あの子は、しっかり者。きっと大丈夫。でも、十七歳相応のもろさもあるから、ちょっと不安」
「だったら」
「だったら、俺たちで探してやりましょうぜ」
カルフレアが、爽やかな笑顔で言った。ヒューリは舌打ちをして「俺のセリフだったのに」と呟くと、カルフレアが「お前にばっか良いカッコさせないよ」と小声で返す。
睨み合う二人。
隣で慌てふためく護。グリフォンが呆れたように鳴いた。
「アホやってないで行くわよ」
小鞠が歩むと、いがみ合っていた二人は弾かれたように歩き出した。
大通りは、人があまねく星のように歩いており、なかなか前へ進めない。
「ん?」
護が耳をピクピクと動かした。
どこからか子気味良い音楽が聞こえてくる。音に誘われるようにそちらへ視線を向けると、人々の隙間から縫うように明かりが見えた。
「あれは、露天かしら?」
「露店? ああ、間違いない。服とか、食い物屋とかいろいろ見えるぜ」
「大会前だからっすね。うわ! すいません、すいません」
護が、茶色いドラゴンにぶつかり全力で謝罪する。愛嬌のある顔だが、唸り声を上げているところを見るに怒らせてしまったようだ。
「ああ、ごめんね。謝ってるから許してよ」
カルフレアが、護の横に並んで頭を下げる。普段チャラさが目立つ男だが、存外に面倒見がよい。ドラゴンは、ドスドスと足を踏み鳴らしながら雑踏へ消えていった。
「ふぃー。お利口な後輩君。君は体がごついんだから、注意しなさいよ」
「すいません。……うーん、今のドラゴンは、温厚な種族のアードドラゴンだったような?」
「うん? おかしいな。彼らは怒ったりせず、人に対して友好な種族なんだが……」
カルフレアが周りを見渡す。
「おい、カルフレア。お前、異世界を旅してたわりには寝ぼけてんじゃねーのか」
ヒューリは意地の悪い顔でそう言った。
「あ? どういう意味だ」
「もっと意識を波紋のように広げてみろ」
渋々といった感じでカルフレアは、瞳を閉じた。
「……なんか、殺気つーか、敵意と浮ついた感じがするね」
やっと気づいたのかよ、ヒューリはため息を吐く。
平和な街に似つかわしくない熱狂はなんだ? そう考えてみると、答えは一つしかなかった。
「あー、大会があるからじゃないっすか」
「そうだろうね護君。でも」
カルフレアの言葉が濁る。癪だが、ヒューリもその気持ちは理解できた。
「次元決闘が盛り上がるのはいつものことだが、妙な感じがするぜ。この大会、本当にただの次元大会なのか? 嫌な予感がする」
ヒューリの眉間に皺が寄る。心が落ち着かない。
彼は無意識に、ブラックスーツの腰にぶら下がっている刀の柄をコンと叩いた。