キング・ゴールド編 第一章 とんだ大事件②
事の発端は、とある一本の電話だった。
「え? 当社に出場の依頼を。はい、はい。ええ? それは、何といいましょうか。光栄です」
電話を切った小鞠は、その場にいたヒューリとマリアに笑いかけた。
「やったわ。大口の依頼よ。このところ稼ぎが少なくなってたから助かるわ」
「へえ、どこのどいつがくれた依頼だ?」
大げさに言ってんだろ、と言いたげなヒューリに小鞠はニンマリと微笑む。
「キング・ゴールドの王様よ。首都サウザンドで大きな次元決闘大会を開くから、参加してくれって」
おお、と小鞠と同じ顔になるヒューリ。が、マリアだけは明らかに違う。頬を膨らまし、首を激しく振った。
「社長、お断りいたしましょう。ワタクシからお伝えしておきますわ」
「あ、こら!」
最近、小鞠が骨董屋で苦労して手に入れた黒電話に、マリアの手が伸びる。だが、すんでのところで小鞠が彼女の手首を握った。
「嫌ですわ。ぜーたい嫌ですわ」
「贅沢言わない」
マリアは、子供のように地団駄を踏む。珍しい光景だ。マリアは、小鞠を尊敬どころか心酔している。こんなに反発する姿は、見たことがない。
ヒューリの不思議そうな様子が伝わったのか、小鞠は困ったような顔で説明した。
「ああ、キング・ゴールドの王様って、この子のお父さんなのよ。知ってた?」
「ん? あ、そういえばそう聞いたことがあるな。ク、王族って似合わねえ」
ヒューリの端正な顔が、意地悪に歪んだ。
マリアは、その間も断りの電話を入れようと躍起になっている。
小鞠は、皺ひとつない和服を翻し、マリアの暴走を羽交い絞めで止めにかかる。
「く、この。あ、あのね。この子、私に憧れたとかで、ゴールドブレスから飛び出して、うちに面接に来たの。素性隠してたから、私、こーの! ……採用しちゃってさ。あの後なんやかんやあって、マリアは次元闘技者として働くことになったの」
「いや、説明、雑いだろ。王族が、次元闘技者なんて危険な仕事するって変じゃね?」
「変じゃありません」
「いや、お前……」
マリアは、小鞠に羽交い絞めされながら、堂々とした立ち姿で胸を張る。ヒューリは、彼女の大きな胸から視線を外し、わざとらしく咳をした。
「社長のように、強くたくましい女性になりたい。だからこそ、ワタクシは姫という立場を捨てましたの。だいたい、あの親は保守的で情けないですわ。会いたくありませんの」
「うーん、でも。マリアも一緒に連れていくのが参加する条件なの」
マリアは、八重歯をギラつかせた。
「大会なんて口実じゃありませんの。ワタクシに会うのが目的ですのね」
「まあまあ。あなた、こっちに来てから一度も帰ってないんでしょ。お仕事ついでに里帰りしましょ。あなたのご両親とはちゃんと顔を合わせたいしね。もう、そんなに膨れた顔しないの。おねがーい」
小鞠は、幼女のような舌足らずの言葉を囁きながら、マリアの頬に自らの頬を優しく擦り付けた。社長業務をこなしながら、アイドルとして活動する小鞠。さすがというべきだろう。
マリアは、クラクラとした様子で馬鹿みたいに何度も頷いた。
「しゃ、社長がおっしゃるならよろこんでー」
※
「で、結果がこれかよ」
ヒューリは、泥を払い苦笑いする。
小鞠が横で不思議そうに小首を傾げた。
空を見上げれば、太陽が頂点でふんぞり返っている。
「日が落ちる前に到着したいな。おい、護。この谷からサウザンドに行けるのか?」
「え、ええっと」
護は、腰のベルトに挟まっていた巻物を取り出し、【オヌ、教えたまえ】と唱えた。――途端、白紙だった巻物の表面に文字が浮かび上がる。
護は、難しい顔をして情報を目で手繰った。
「あーっと。うん、行けるみたいっすね。このまま直進するだけです。……距離を算出。夕方、には着きますね」
だったら、とカルフレアは意気揚々と先導する。
「早く行こうぜ。連中は、やっぱりと言うか、サウザンドで着陸した。マリアちゃんがあれからどうなってるか見たいし、泥だらけの体を綺麗にしたいさ。あ、この異世界ってシャワーくらいあるよね」
「さあな。なかったら、そこらの川で水浴びすりゃいいじゃねーか」
「ハア? ありえない。ヒューリ、それは野宿の時の心得だ。ちゃんと街に泊まれる時は、体をもっともっと綺麗にするもんだ。でないと、女の子を口説けないだろ」
「へ、アホらしい。おーい、グリフォン。お前のご主人様が、女口説こうとしてるぜー」
ヒューリは、空に向かって大声を張り上げる。
「馬鹿、ち、ちが!」
けたたましい鳴き声が響く。悠久なる空を泳ぐように飛ぶ獣。鷹の翼と顔、そして胴体。下半身はライオンで構成されたその生き物は、真っ白き体毛をなびかせ急降下すると、勢いよくカルフレアの頭をつついた。
「違う、違うんだよ。シャーリア。愛してるのはお前だけ。ほんと、本当だから。あ! そこをつついたら駄目だぁあああ」
騒がしい一人と一匹を横目に、残りの面々は歩き出す。冬の身を切るような風が、防寒具を纏った全員を嬲るように駆け抜ける。
ヒューリは、震えながらダウンジャケットの前を閉じた。目指すべき先にある空は、分厚い雨雲がそびえ立っていた。
「嫌な空だ。……まさかな」
呟き、歩き出す。
遠くの空で遠雷が吠え、木霊する。