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キング・ゴールド編 第一章 とんだ大事件①

 「寒い、痛い、なんだってんだよ」

 

 黒髪の男、永礼 ヒューリは苛立ちを吐き出し、痛む体を引きずるように立ち上がった。

 その顔は、百人いれば百人振り返る美貌である。

 切れ長の瞳に、艶のある長髪は後ろで雑に結ばれている。黙っていれば女性に見えるが、見る者が見れば雄々しさを瞳の奥に認めるだろう。


 ヒューリは、周囲を見渡した。

 冬の澄み切った青空と相反して、株式会社エンチャント・ボイスの面々は泥と血にまみれた体を地面に晒していた。



「おい、お前ら無事か?」

 皆が頷く。派手にボロボロになっているが、見た目ほど仲間たちの傷は深くないようだ。

 ヒューリは、近くにいた女社長、千島 小鞠に手を差し出す。

「ありがとう」

 彼女は、ヒューリの手を握ると着物越しでもわかるしなやかな手足を動かして立ち上がった。

 ヒューリは、彼女の体に重大な傷がない事を確かめると、頬を赤らめて目を逸らした。

 彼女の美貌とスタイルの良さを考えれば、彼でなくてもそうしたかもしれない。



 長身の美女は、かんざしでまとめてある麗しき青髪を手で撫でつけ、愁いを帯びた瞳でヒューリの瞳を覗き込んだ。

「うん、無事みたいね良かった」

「ま、まあな。皆も大丈夫みたいだぜ」

「つつー、社長」

「僕らの心配もしてくださいっす」

 色黒の伊達男、間藤 カルフレアと短髪の好青年、防人 護がふらりと立ち上がり苦笑した。

「してるわよ。……それより」



 小鞠は、舌打ち交じりに上を見上げる。

 彼女の視線の先には、山沿いの道が見えた。その一部が崩れ落ちており、先ほどまで全員であそこにいたのだ。



「どうやら落ちたみたいっすね」 

 護は鎧の調子を確認しつつ呟いた。

 その隣で、普段の飄々とした態度を消したカルフレアが苛立つように言った。

「野郎、マリアちゃんを攫いやがった」



 エンチャント・ボイスの面々は、一人欠けている。

 ――マリア・ゴールドスタイン。愛らしい顔でつい先ほどまで小鞠と話をしていた女性は、今この場にいない。



 顔をお面で隠した盗賊のような連中が、不意打ちでヒューリたちを谷底に落とし、マリアを攫っていったのだ。

「社長、マリアちゃんが危ない。盗賊の野郎どもが何をするか」

「そ、そそそ、そうっすよ。う、売られる? それとも身ぐるみ剝がされて、ああ、あんなこととか?」

 慌てふためくカルフレアと護。



 表情には出さないようにしていたが、ヒューリも内心焦りを感じていた。

(……さて、どうしたものか?)

 チラリと横に立つ小鞠を見る。と、ヒューリは感心した様子で少し頷いた。

 凛々しき女社長は冷静な声で言う。



「落ち着きなさい。マリアを攫った連中は、恐らくだけど、盗賊じゃないわ」

「はあ?」

 訝しむカルフレアと護。ヒューリは、眉根を寄せ黙考。しばらくして、ああ、と声を上げた。

「かもしれない。あいつら、盗賊ってわりには統率が取れてたな。とても烏合の衆ができる動きじゃない。……あれは、そう。騎士のような」



 お面の男たちは、森から突如飛び出してきた。その後の動きは圧巻だった。ヒューリたちが迎撃する前に、魔法を地面に撃って落とし、マリアだけを攫った。



 ヒューリたちは、無力な子犬ではない。

 ――ある日、前触れもなく全ての世界が繋がった。

 異世界は、ゲートをくぐれば当たり前に行ける世界となり、出会えなかった隣人が顔見知りとなる時代。そんなさなか、次元を超えて全ての世界を熱狂させているエンターテイメントがある。

 ――その名を【ディメンジョン・コロッセウム】。

 剣と魔法、銃、果ては巨大機動兵器まで。あらゆる世界のあらゆる技術・戦闘術が火花を散らす戦いの祭典。

 ヒューリたちは、会社員である。だが、ただの会社員ではない。



 異世界中に点在する闘技プロデュース社。その中でも新進気鋭の闘技プロデュース社として頭角を現した株式会社エンチャント・ボイスに所属する闘技者【次元闘技者ディメンション・ファイター】だ。

 小鞠を除く全員が、鍛えられた鋼のような戦闘術をその身に宿している。



 だが、そのヒューリたちを出し抜き、超一流の魔法使いであるマリアを攫った連中は、まごう事なきプロフェッショナルだろう。

 カルフレアは、ライフルを肩に担ぎ、大切な相棒であるグリフォンの怪我をチェックした。流石、人間と違って丈夫な体をしている。かすり傷一つ負っておらず、甘えるような声をあげながらカルフレアにすり寄っていた。



「騎士、ねえ。言われてみればそんな気もするが、詮索は後にしようや。社長、俺は空から探す。護は周囲の索敵、ヒューリは社長の護衛だ」

「勝手に仕切るなカルフレア。何様のつもりだ」

 苛立ちを隠しもせずヒューリは、カルフレアに指を突き付ける。彼は、その指を払いのけた。

「あ? 俺はお前の先輩だぜ。前から思ってたがヒューリ。先輩の顔を立てるって知らないのかね」



 真っ向から睨み合うカルフレアとヒューリ。諫めようとした小鞠は、突如驚きの声を上げた。

「どうした!」

「上を見なさい」

「上?」

「うああ。先輩たち、空、空っすよ」



 え、とヒューリは呆けた。見上げた空に、巨大な影が現れた。いや、あれはドラゴンだ。硬い鱗に覆われた巨大なドラゴンが、大空を舞っている。力強く空を泳ぐ姿は、なんと猛々しいのだろう。

 羽ばたくごとに生じる強風が、ヒューリたちのいる谷底まで駆け抜けていく。



「見ろ、背中にマリアちゃんがいる」

 カルフレアの言葉は事実だ。

 先ほどの集団が、マリアを取り囲むようにドラゴンの背に座っている。

 ヒューリは、目を細めた。



「妙だ」

「ええ、妙ね」

「妙……っすね」

「ああ、なんでだ。マリアちゃんは、どうして無抵抗なんだい? あの最強のおっぱいを揺らして、魔法をぶっ放す雄姿はどこへ?」

「カルフレア。セクハラはご法度よ。給料をゼロまで減らされたくなかったら黙ってなさい」

「そこまでいくと労働じゃなくてボランティアだよね」

 青ざめたカルフレア。小鞠は、冷えた目つきで彼に命じた。



「グリフォンで追って。恐らく、追う必要はないかもしれないけど」

「どういうことだい、社長?」

「……私の予想が正しければ、マリアに危害は加えられないわ。さっきの動き、そしてドラゴンを従えている事実。それが帰結する答えは、一つ。――ドラゴンナイトよ」



「ドラゴンナイトって?」

 ヒューリは、不機嫌そうな顔でそう言った。

「ったくよー。ヒューリ、お前さん次元決闘にかんけーないこと知らなすぎでしょ。よかろう! 数多の異世界を旅した俺様が、お前さんにレクチャーしてやろう」

「チィ、やっぱうぜぇ。結構だ」

「聞けよ! 良いかい。ドラゴンナイトってのは、この異世界【キング・ゴールド】で千年もの間、ずっとずっと、ずーと君臨し続けている王朝【ゴールドブレス】の精鋭騎士のことさ。

 ドラゴンと友好な関係を築き、特殊な戦闘技法【ドラゴンソウル】を操る誠の武人。そもそもドラゴンはプライドが高く、人を背中に乗せたりはしない。ドラゴンナイトってのは、選ばれし戦士の名前だ。だから」



「だから、あの光景はゴールドブレスの騎士が、マリアを連れている姿よ。――そして、マリアは」

 ゴールドミレミアムのお姫様なんだから。

 そう、小鞠は呟いた。


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