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第三章 交わす刃と言葉⑭

「どうすりゃいい?」


 ヒューリの問いに、誰も答えられない。――と、そこに、


「私だ」


 イワサから通信が入った。


「んだよ、今忙しいっての」


「黙っていろ。良いか。あの龍は、グラーヴァと名乗っていたか?」


「ああ、まあな」


「……ならば、そうとうに厄介だぞ。お前の祖父から聞いたことがある。無尽蔵の体力と地獄の業火を操る龍の話を。奴が全盛期の頃は、ブレス一つで山が消滅したらしい。だが、一番グラーヴァが厄介なところは、火力ではなく頑丈さと生命力だそうだ。どれだけ斬りつけても倒れず、三日三晩戦ったらしい」


「ハア? じゃあ、勝てねーじゃん」


「話は最後まで聞け。グラーヴァは、体内に核がある。それを壊せば倒すことができる。ああ、だがな、お前の技量じゃ、あの硬い鱗を切り裂いて核を壊すなぞ夢のまた夢。ならば、方法は一つしかない」


「内部破壊、ですね」


 小鞠は、苦々しい顔で言った。


「それは私も考えていました。しかし、あれほどの猛攻をかいくぐって体内に爆弾や魔法を放つのは難しいのでは?」


「確かに君のいう通りだ、小鞠君。グラーヴァの核はどこにあるのかわからない。恐らく龍の泪を核にしているのだろうが、攻撃されにくい場所に隠しているに違いない。少々の爆弾や魔法を体内に入れることができたとて、壊せる保証はどこにもない。――そこで提案がある」


「提案だあ?」


「ああ。一か八かの大博打。失敗すれば、君らはもちろん、我らも危うい。それでも、決まれば確実に勝てる、そんな秘策だよ」


 イワサは、話し始めた。


 ヒューリと小鞠、護の三人は嫌そうな顔をしたが、カルフレアとマリアは子供のように無邪気に笑った。


「乗りましたわ」


「ちょ、ちょっと待って、マリア。イワサさん、私は反対です。ヒューリの安全が度外視されています」


 小鞠は、必死な顔で首を振った。


 やれやれ、とカルフレアはため息交じりにポケットに手を突っ込むと、ライフルの弾を取り出した。


「社長、心配なのは分かるけど、決めるのはヒューリじゃないかな。それに、俺たちだって援護するしね」


「そうっすね。僕もカルフレア先輩に賛成です。これは、ヒューリ先輩にしかできないこと。だからこそ、先輩が決断してください」


 全員の瞳が、ヒューリを捉えた。彼は、頬を引きつらせて沈黙したが、やがて「やるよ」と答えた。


 小鞠は勢いよく立ち上がり激しくヒューリの肩を揺さぶる。


「分かってるの? 下手すりゃ死ぬわよ」


「死ぬ、かもな」


「だったら」


「でも、あいつ倒さないと俺たち死んじまうぜ。護の体力が持つうちにやっちまおう。迷ってる暇ないだろ?」


 小鞠は背後を振り返り、辛そうな顔で息をする護を見た。


 彼女は、悔しそうに口を閉じ、やがてぎこちなく頷く。


「そうね。真・乱神ナイトの重装甲、高パワーを活かせるうちに勝負をつけましょう」


 エンチャント・ボイスの面々は、示し合わせたように頷いた。


 ※


 グラーヴァが、口を開け咆哮した。


 遠くの水平線から一度は逃げた軟弱者が、水しぶきを上げながら接近する様を目撃したからだ。


 真・乱神ナイトの周囲に次々と水が生じ、バリアを形成していく。


「小賢しい。我のマナ支配圏外で防御の魔法を駆使して、突っ込んでくるつもりか」


 グラーヴァは、口から次々と炎の塊を吐き出した。


 触れれば、どのような生き物も塵と帰す劫火は、空気を裂きつつ弾丸のような速度で飛んでいく。


 真・乱神ナイトは、死んでたまるものかと、ことごとくを切り裂き、躱していく。


 苛立った様子でグラーヴァは前足を振ると、真・乱神ナイトの周辺空間が歪み、焔が噴き出した。


「このおおおぉお、甘いですわ」


 マリアがさらに氷の魔法を機体の周囲に発動させ、焔と鍔迫り合いを演じる。あふれ出す水蒸気。真・乱神ナイトは、水蒸気のコートを纏いながら、グラーヴァとの距離を詰める。


 グラーヴァは鼻息を吐き、左前足の爪に魔力を蓄積させた。


「爪に魔力? ヒューリ先輩!」


「分かってる。アイツ、格闘戦を仕掛ける気みたいだ。左腕でどこまでやれるか」


「右脚部半壊。胴体のダメージ七十パーセント。熱を緊急排気。駆動部に影響が出てる。ヒューリ、海に機体を接触させて。浅瀬だから全身は沈まないけど、ある程度は焔の影響を軽減できるはずよ」


「いや、駄目だ。速度が落ちるのは避けたい。このまま行く。総員、対ショック体勢」


 グラーヴァとの距離は、百メートル。


 マリアの水と氷の魔法はすべて蒸発し、右脚部が熱に耐えきれず融解・爆発した。


 真・乱神ナイトは、体勢を崩しながら業魔で袈裟切りを放つ。


「ぬるい! 切り裂く。終わりだ小僧!」


 空間に赤い閃光が刻まれた。サムライの抜刀を思わせる鋭い攻撃は、グラーヴァの赤熱した爪によるもの。


 ほぼ同時に振るわれた真・乱神ナイトの斬撃と、宙で火花を散らし相克する。


「うぉおおおおおおおおお」


 ヒューリは、フットペダルを全力で押し込むが、徐々に刀は後退していく。


「ヒューリ先輩、やっぱ片手じゃ無理がありますって」


「へ、だよなぁ! じゃあ、こうしてやるさ」


 真・乱神ナイトは、スラスターを止め、力を抜いた。グラーヴァの左腕に弾かれるように、機体が一回転する。


 回る視界の中、ヒューリは機体を精密にコントロールし、後ろ回し蹴りを放つ。


 雄叫びが海に染みこむように木霊する。真・乱神ナイトの蹴りは、悪龍の顎を的確に捉えた。のけ反るグラーヴァ。真・乱神ナイトは、そのままグラーヴァに組み付くと、コックピットハッチを開放した。


「ッ! 怖くねぇ」


 ハッチからヒューリは飛び出すと、グラーヴァのかしいだ首にしがみ付き、鱗を蹴り上げながら登っていく。


「ぐ、ううあ……」


「グ、ハア、ハア。おい、グラーヴァ、意識が飛びそうか?」


「ッう! 小僧、貴様何をしている」


 数瞬意識が飛んでいたグラーヴァの焦点が、ヒューリに定まる。放浪永礼流を操りし次元決闘者は、あろうことかグラーヴァの首を登りきると勢いよくジャンプ。空中で物を投げるようなモーションに入っていた。


「やっべ!」


 ヒューリは、目を見開いた。


 グラーヴァの口が開く。煌煌と燃ゆる焔が、喉の奥に見えた。


 あの光が殺到すれば、生身のヒューリは消し炭だ。


 次元決闘者として大成する夢も、父も祖父も超える目標も、すべては焼却の彼方へ飛んで行ってしまうだろう。


 ――ああ、死ぬかもな。……ジジイもきっとこんな想いでコイツと戦ったかもしれない。


 加速した思考のさなか、そんな言葉が浮かんで消えた。


「殺させないよ。そいつは俺の後輩なんでね」


 銃声が二度鳴った。グラーヴァの双眸から赤い鮮血が飛び散る。


 遠くの空で、グリフォンの背に跨り、ライフルを構えているカルフレアが叫ぶ。


「ヒューリィイイ!」


「ああ、わーってるよ!」


 落ちゆくさなか、ヒューリは手に持ったものを投げた。


 一直線に突き進んだ軌道を見れば、メジャーの投手も拍手を送ったかもしれない。


 一瞬で、その何かはグラーヴァの口の奥に入っていく。


「う?」


 勢いよく悪龍は口を閉じた。停止ボタンを押したように、彼は動かない。血の涙だけが、時の流れを感じさせる。


「うぉおおおお、死ぬ、死ぬ!」


 ヒューリは、グラーヴァを見ている余裕がない。


 体は吸い込まれるように、水面へ落ちていく。


 高い所から水面に落下した場合、水はコンクリート並になる、といった話を聞いたことがあった。それが、具体的に何メートルで、どのくらいの速度で落ちればその現象になるのか、ヒューリは知らない。


 だが、落下する速度は冷や汗をかく程度には大迫力で、死が迫っているように思えた。


「おい、おい、カルフレア、早く!」


「うるせぇえ後輩だ」


 浮遊感が途切れた。フワリとした柔らかな感触が伝わる。


「ハア、ハア、フウ、ゲホゲホ。おい、死ぬ、ところだっただろうが」


 ヒューリは怒鳴った。彼は、グリフォンの背中にうつ伏せで乗っている。


「こんくらいの高さなら大丈夫じゃない? なあ、シャーリア」


 ヒューリの隣で、陽気に笑うのはカルフレアだ。シャーリアは、カルフレアに同調するように鳴き声を上げた。


「ったく。様子は?」


「今、動きが止まって、いや、見ろ!」


 ヒューリは、顔を上げた。


 視界に飛び込んできたのは、グラーヴァがハチャメチャに暴れまわり、苦しそうに呻いている姿であった。

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