第三章 交わす刃と言葉⑫
――その昔。
世界がまだ全ての世界と繋がる前のこと。
巨人が自由を謳歌する異世界【ギガーム】にて、地上が割れる音が聞こえた。
ア族の長とン族の長が、互いの存亡を賭けて行われたギガント・カルマ戦争で壮絶な殴り合いを繰り広げたらしい。
逃げ遅れた観客の一人が、己が故郷で過去に起きた戦乱を連想した。それは無理からぬことと言えた。
闘技場の大型ディスプレイに映し出された悪龍と巨大ギアの戦い。
それは、圧倒的暴力と暴力の殴り合いだ。
※
――数分前、乱神のコックピット内にて。
「ハア? 皆ってどういうことだ」
「決まってるでしょ。ほら」
小鞠の言葉がまるで合図だったかのように、三人の声がスピーカー越しから聞こえた。――これは、
「護、マリア、……そんでカルフレアか」
「おいおい、俺の名前だけ呼びにくそうじゃねえの。……ま、そうだよなあ。裏切ったのは事実なんだし」
「その話はどうでも良い。お前の情けない泣き顔、拝見できたからチャラにしてやる」
「かっわいくねーやつ。ま、まあ、今回は俺が折れるさ。――で、何で復活した。やっぱり、不思議なメッセージのおかげか?」
ヒューリは、怪訝な顔をした。忙しくて、カルフレアと細かい話をしていなかったのだ。
「何の話だ? メッセージって」
「いや、だから……ああ、話してなかったな。倉庫にある、ほら、整備用デバイスがあるじゃねーの。あれにさ、こんなメッセージが届いたのさ。
『乱神を壊しても問題はない。今回だけは、事情が事情だけに力を貸そう。爆破後、しばらく経過すれば、乱神は元通りになる。オゴには、そんな力がある』ってね」
ヒューリは、盛大にため息を吐いた。
「嘘だろ、コイツ。やっぱ、ムカつくわ。フツー、そんな怪しいメッセージ信じるかよ。……そいつ、何者だ?」
イワサだろうか? しかし、彼の場合は、そんな回りくどいやり方をするとは思えない。
考えても、答えは出ない。だが、不思議と不審な感じはせず、ヒューリは首を傾げた。
「フン? てか、そんな重要な話、まず先にしとけよな」
「仕方ね―っしょ。謝った時は、俺、泣いて忙しかったし。翌日からシルビア欺くので忙しかったし。それに、俺の話信じたのオメーさんだぜ? とにかく乱神は、すぐに直るから信じてくれって言ったら、わーったって言ったじゃねーの。いやー、俺は嬉しかったね」
「気のせいじゃねかな」
「あ? グ!」
「ハア? フハ!」
ヒューリは、脇腹の激痛に涙した。小鞠が、肘打ちを放ったのだ。
「今はそんな暇ないでしょ。状況考えて」
「そうですわ。まったく、これだから馬鹿二人は。良いこと、護? こんなアホ先輩は悪い見本だから真似しないように」
「アハハ。その、カルフレア先輩、大丈夫ですか? ……マジ、痛そう」
「ハ、ヤバイ、かなり、良い所に入ったっていうか。護君、俺、死ぬかも」
「奇遇だな、カルフレア。俺も痛い、吐きそう。……けど、そんな場合じゃないか。小鞠、早く話せ。グラーヴァの奴、何かやべーぞ」
距離にして七キロほど。グラーヴァは、海に佇み、不気味な沈黙を保っている。
彼の体から燐光が浮かび、消えては灯ってを繰り返していた。
「マナを魔力に変換しているの? だとすれば、大規模な攻撃をする気ね。時間はなさそう。なら……えい」
小鞠は可愛らしい声で、ディスプレイのボタンを押した。画面には、「ファンタズム・フュージョンをしますか? イエス・ノー」と書かれており、彼女の人差し指は力強くイエスを押している。
「おい、何それ? 俺、何も聞いてねーけど」
「護、早く来なさい。ボタン押しちゃったから。もう、合体シークエンスに入ってるでしょ」
「え、うわ! 本当だ。待って、これ、どうしたらいいですか?」
「護、どうでも良いからスピードアップしますわよ。カルフレア、邪魔!」
「グハ! そこ、君が殴って痣になってるところ、なんだけどな」
ヒューリの額から冷や汗が流れた。
自分が知らないところで、何か重要な話が進んでいる。
小鞠は、次々と護たちに指示を飛ばすと、ヒューリの両手に己が手を重ね、勢いよく操縦桿を引いた。
「行くわよ。当社の奥の手。対チーム戦の切り札、ここで先に公開してしまいましょう。えっと、外部音声に切り替えて、動画も配信してっと。……あ、あー、コホン。つがい街の皆さん、スマホ、テレビの前にご注目。とんでもない事態が発生しており、不安に感じている方も多いでしょう」
そういっている間に、コックピット内は派手な振動と機械音で騒がしい。メインディスプレイには、乱神の全身が表示されており、胴体から頭、手、足が分離されていく。
「ラーラ・キューレ社は、暴走しています。ディメンション・スマイル本社を襲撃し、ギガントコロッセウムでは謎のドラゴンを操り街を破壊しようとしています。なぜ、そのような暴挙に出たのか。それは、推測の域を出ず、首謀者と思わしきシルビア社長に、事情を話していただくしかないでしょう。
しかし、そのためには、まずこの暴走を止めなければなりません。皆さん、どうか私達を応援してください。ディメンション・スマイル社長イワサ氏と我ら株式会社エンチャント・ボイスが協力し、暴走を食い止めます。この街に住まう者として、つがい街を壊させはしません。激しい戦いになります。……どうか、皆さんは身の安全を第一に考えてください。無事に私たちが生きていたら、明日また会いましょう。当社は、これからも変わらずとびっきりのエンターテイメントを皆様へお届けします」
小鞠は、それだけを告げて外部との接続を全て断った。
実に満足げな表情で結構なことだが、ヒューリとしては理解が追いつかない。
「おい、良い感じの雰囲気のところわりーけどよ。……な、何が起こってのか説明しろってえええのおおおおおおおおおおおお」
「あ、ヒューリ。舌噛むから、お口にチャックして」
口が手で塞がれた。
一際大きく機体が揺れ、コックピットが分解した。
数瞬外の景色が見えたが、すぐに壁に覆われて見えなくなる。
「? あ、え?」
困惑するヒューリを置いてきぼりに、振動と音が止んだ。
コックピットはちょっとした小部屋と呼べるほど広くなっており、中央にヒューリと小鞠、周囲に護、マリア、カルフレアがそれぞれの席に座っている。
納得顔の小鞠とマリアを除き、男性陣はポカンとした顔になっていた。
「さすが、社長。素晴らしい出来ですわ」
「でしょう。んー、うちのメカニックマンたち、頑張ってくれたわ。あ、護もありがとね。これ、護がいないと成立しない設計だし」
「あ、はい。社長、いつの間にこんなものを」
「うわ、スゲ。護君、この機体、全長三十メートルあるって。でっか。つか空飛んでるよ」
「……小鞠、おい、小鞠ってば」
「うん? ああ、説明ね」
拡張されたコックピットの中で、なぜかヒューリの膝に座ったままの小鞠は、操縦桿のボタンを操作した。
映画館のように大きなマルチディスプレイに、機体のイラストが表示される。その機体は、一言でいえば和洋折衷の巨人だ。和の黒い鎧と洋の銀の鎧が組み合わさり、重騎士のような見た目となっている。
「今、たぶんこんな感じの見た目になってるわ。護のアーマーと合体してね」
「合体って……」
護は、サードタイムに移行すると、棺桶に似た鋼鉄の追加アーマーを呼び、それを着込む。全長二十メートルもの巨大な騎士。あれが、乱神と合体した。……理屈は分かっても、ヒューリには信じられなかった。
「乱神は、特注のギアだ。合体しようにも他のパーツと規格が合わねーだろ」
「そこは、護の妖力によって帳尻を合わせたの。妖力って圧縮すると、物質化するでしょ。それを応用すれば、好きな形のパーツを作れるってことじゃない。そこで、規格が合わないパーツは、護の妖力で接続部を作って、強引に乱神に取り付けているの。
メインパイロットはヒューリ。妖術兵器が護、魔法攻撃がマリア、火器類の操作がカルフレアで――」
「社長!」
護の焦った声で、全員がハッとした。
グラーヴァが口を開け、ドラゴンブレスを吐こうとしている。
小鞠が、護とカルフレアを交互に指差した。
「二人とも迎撃よ。あれだけのチャージを重ねたドラゴンブレスと真っ向から勝負するのは分が悪い。護、大型のガトリングガンを妖力で作って。この機体には、妖力・魔力変換補助システムが組み込まれているから、大きい武器もいけるはずよ。
カルフレアはガトリングガンの照準と引き金をよろしく。銃弾でグラーヴァの気を逸らして。さあ、真・乱神ナイト、出陣よ。二人とも早く早く」
「おす」
と叫ぶ二人の男。
真・乱神ナイトの眼前に、巨大なガトリングガンが出現。勢いよくつかみ取り、引き金を引いた。
黒光りする砲身が高速で回転し、少し遅れて弾丸が飛び出した。
建物を縫うように走る銃弾の雨は、的確にグラーヴァの顔面に直撃していく。致命傷にはなりえないが、威力はそれなりにある。グラーヴァは、首を振って暴れまわった。
「次、マリア、援護して。ヒューリ、接近して攻撃よ」
頷いたヒューリが、フットペダルと操縦桿を操作する。巨大になったといっても、操縦の仕方は変わらないようだ。
スラスターをふかし、足元の住宅街を背後に追いやり加速。その間もガトリングガンは掃射されたままだ。
マリアは、自らの席の前にある水晶に手を触れると、詠唱をし始めた。
「このうつけが。我にそのような小賢しい攻撃が効くものか」
グラーヴァが笑う。真・乱神ナイトの周囲の空間が歪み、次々と焔が襲い掛かってきた。
「やべえ」
ヒューリは、表情を硬くした。しかし、小鞠はニヤリと不敵に笑う。
「大丈夫、そのまま進んで」
焔が、機体の表面に直撃する。先ほどは、熱であっという間に融解してしまった。だが、黒と銀のハイブリッド装甲は、僅かに表面が溶けただけで内部まで熱が通らない。
「合体用に、装甲を分厚くしていたのが功を奏したわね。マリア、ゴー!」
「了解。――悪しき龍を屠る刃をここに【ドラゴンキラー・ソードプリズン】」
グラーヴァの周囲に顕現するは、ドラゴンを屠りし英雄ジートが携えし魔剣の再現。
禍々しい形をした刃が次々と生み出され、グラーヴァへ殺到した。