第三章 交わす刃と言葉⑪
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――チクショウ。
「ヒューリ、墜落していくわ。生きてるのはサブカメラだけ? 脱出装置を……駄目。起動しない」
――そんな。
「絶対、あなただけでも生きて。私が助けてみせる」
――おい、頭に覆いかぶさるなよ。お前、社長だろ? だったらお前が助からなきゃ。
「ごめん、ごめんなさい。皆、私が不甲斐ないせいで。ヒューリ、ごめん。私がもっとあなたの助けになれば」
――もしかして泣いてるのか? 冗談じゃない。お前が謝ることなんか一つもない。あるとすれば、俺の方だ。
「ヒューリ」
――小鞠の声じゃない。聞き覚えがある。この声は確か……。
「私だ、父さんだ! 脱出はできないのか? 墜落していく、ああ」
――らしくない、らしくないじゃないか。そんな慌てた声してどうした? 息子を心配するデリケートな気持ちがあんたにあるのか?
「クソ、どうすれば、どうすればいい! ……オゴ、そうだ。オゴだ。ヒューリ、よく聞け。オゴは破壊と再生の力だ。お前は、使いこなせていない。機体がオゴの力に振り回されて壊れるのは、破壊の力だけを使っているからだ。再生の、再生の力を使え。私も親父も、オゴを使いこなすことはできなかった。死にたくないだろう。だったら、今すぐ私たちを超えて見せろ。ヒューリ! オゴは、私達永礼の血を引く者の意思に反応する」
――破壊、と何だって?
「ヒューリ、地面が見えてきた。街に落ちる。なんだかわからないけれど、あなたならやれるわヒューリ。オゴを使いこなして」
――無茶をいう。正直、よくわかんねーんだよ。なんだよオゴって? 名前の由来さえ知らねーぞ。……けどさ。
「土壇場で親父たちを超えろ? 楽しいこと言ってくれるぜ」
――意識を集中させる。ああ、武術をやってて良かった。こんな緊急時でも、すんなり集中できる。思考を加速させろ。
……オゴって何だ? ただのエネルギーじゃない。ジジイが見つけてきた正体不明のエネルギー。意思に反応するってことは、魔剣みたいな性質があるってことか?
破壊と再生。
そういや、乱神が壊れる理由は、オゴの超絶パワーのせいで、ケーブル類や稼働部位に過剰な負荷がかかるからって整備士が言ってたっけ。
それが破壊の力によるものだと仮定する。
再生の力って何だ? ……そうだ。
「ヒューリ、もう数秒で地面が!」
こうか? いや、そうじゃない。きっと、こうか?
……死なせたくない。俺、小鞠が好きだ。大事な人、なんだ。終わりになんてしない。
「え! 速度が……緩やかになっていくわ」
癒しのイメージ。傷が閉じて治るように。乱神のパーツを不思議な力で撫でる。そうすりゃ勝手に元通りになる。疑うな。オゴっていう魔法よりも魔法じみたものがあると思え。
信じろ。……我ながら無茶苦茶だ。こんな得体のしれないもの、信じろって言うのか?
でも、信じる。癪だが、俺がここまで戦えたのは、ジジイが遺した放浪永礼流があったからだ。あんたのおかげだ、ありがとう。そんなあんたが持ってきたエネルギーって言うなら、信じてやるさ。
……そして、もっと癪だが、親父。あんたは嫌いだ。けど、俺に技を教えてくれたこと、育ててくれたこと。……ほんとはちょっとだけど、感謝してる。言わねえけど、ありがとう。
緊急事態だからかな? こんなこと思うなんて、俺らしくない。
「ヒューリ、凄い、凄いわ。墜落しない。むしろ上昇しているわ。どうして? え、ええ! ちょっと、私とあなたの傷も治ってるわ。ちょ、え、ど、どういう、こと」
「落ち着けよ」
「落ち着けないって! ハア? 何で墜落しないの?」
小鞠が、コックピットハッチを開ける。うっかり落ちてしまわないように、慎重に頭だけを出した彼女の顔が、驚愕に彩られた。
「ねえ、ヒューリ。乱神が直ってるわ。手も足も、新品同然なんだけど?」
「ああ、知ってる。オゴの力だ」
「え、ええ?」
――不思議だ。奇跡を起こしたのに、まるで驚きはない。穏やかな昼下がりに、ぼんやりとコーヒーを飲みながら空を眺めているような、そんな平和な安らぎさえ感じる。
「オゴの……そうだな。安らぎの力って呼ぼうか。これが機能している間は、ちょっとやそっとのダメージじゃ壊れない。活動限界もないはずだ」
「説明して、何?」
「いや、俺だって完璧に理解しているわけじゃねぇんだ。でも、たぶんだけど、今までオゴのせいで機体が壊れていたのって、俺に原因があったと思うんだ。
なあ、小鞠。俺は、劣等感の塊みたいな人間だ。人より劣っていることが悔しくて仕方なかった。血も涙も全てを吐き出すような思いで身につけた放浪永礼流だって、未だに未熟でさ。
焦ってて、それで攻撃的になってる面もあったと思う。オゴは、そんな俺の気持ちを見透かしてたんだな。……今は、お前を救いたい気持ちが勝った。俺のその気持ちをオゴが受け取って、破壊は再生の力に転じた……のかな?」
「そう、なの?」
「ああ、たぶんな。そういや、カルフレアがこの機体を壊したのに、すぐ直ったのってオゴの力だろうな。……そん時は何で直ったんだ? 俺、何もしてないけど」
「さあ?」
「……まあ、どうでもいいか」
「わ、え!」
俺は立ち上がると、すぐさま小鞠に手を伸ばし、抱き寄せた。
温かな体温と甘く軽やかな匂いがする。心地良い重さを、体で感じた。
「ヒューリ?」
「生きてる。良かった、守れた。お前を、守れないと思ったら、怖かった」
「もしかして、泣いてる? は、ああああ!」
彼女の髪を手で撫でた。青い髪は、サラサラと流れ、手に優しい感触を与えてくれる。
「あの、ヤバイ。そんな、結構、ぐいぐい、来るんです、ね?」
「……おっと、スマン。座れよ。迷惑な奴を倒さないとな」
小鞠を抱きしめたまま、コックピットに腰を下ろす。
――まったく、随分遠くまで飛ばしてくれたものだ。彼方の海で、グラーヴァがこちらを睨んでいる。
「ヒューリ、上手くいったようだな」
少しノイズ交じりの声が聞こえた。
「親父か?」
「ああ。まったく肝を冷やしたぞ」
「あんたが、俺を心配した?」
「……フン、いちおう私はお前の父親だからな」
「そうかよ。ま、そうだけどな。……親父、その、何ていうか」
「早く倒せ」
「ハ?」
「良いから早く倒せ。無事だったのだろう。だったら、あの不届き者を倒せ。ドラゴンはもちろん、中にいるだろうシルビアにも罰を与えねば。私の部下をはじめ、多くの命を奪ったツケを払ってもらう」
「……ま、そうだけどさ。クソ、だからお前とは話が合わないんだ」
「何か言ったか?」
「いや、別にぃ」
可愛らしい笑い声が聞こえた。小鞠が、腹を抱えて笑っているのだ。
まったく、面白くない。俺は通信を切り、画面を睨んだ。
「ひとまず、最悪は回避したが、このまま戦っても勝てる気がしねえ」
「そうよね。……うん、なら奥の手を使いましょう」
「奥の手?」
頷いた小鞠が、画面の端を指出す。そこには、「準備が完了しました」という文字が表示されている。
「一人が駄目なら二人。二人が駄目なら皆よ」
小鞠は、勇ましく拳を鳴らすと、冷ややかだが熱い闘志を宿した瞳でグラーヴァを睨み返した。
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